「その先の出来事」を設計する。人とまちの関係を解きほぐし、“やわらかい公共性”を纏う建築・TA+A - TECTURE MAG(テクチャーマガジン) | 空間デザイン・建築メディア
「その先の出来事」を設計する。人とまちの関係を解きほぐし、“やわらかい公共性”を纏う建築・TA+A

「その先の出来事」を設計する。人とまちの関係を解きほぐし、“やわらかい公共性”を纏う建築・TA+A

BUSINESS

東京・神宮前を拠点とし、建物だけでなく、そこから生まれる人々の営みや風景までを含めて空間をデザインする建築設計事務所「東京アーキテクツアンドアソシエイツ(Tokyo Architects & Associates)」(以下、TA+A)。建物の完成をゴールとせず、「その先の出来事を生む建築」をテーマに、まちや都市と緩やかに繋がる建築を創出し続けています。

今回は、TA+Aを主宰し、実務のみならず大学での教育・研究活動にも携わる建築家・伊原 慶 氏 にインタビュー。建築に「やわらかい公共性」を纏わせる設計思想とその源泉、組織設計で培われた強み、そして個人の才覚に寄り添う組織像まで、幅広く伺いました。

「その先の出来事」を設計する

── 多様なプロジェクトを手掛けられていますが、TA+Aの建築に通底する設計思想とはどのようなものでしょうか。

伊原 慶(以下、伊原):「その先の出来事を生む建築」を設計活動の主題にしました。

建物を完成させて終わりではなく、その空間でどのような人の営みが生まれ、まちや都市とどう関係を育んでいくのか。公共施設における、長く使われ続けるための事業性や運営方法。あるいは住宅においての、住まい手が自ら選び取る都市との距離感。

私たちはそうした「出来事」を主体に据えながら、建築が社会のなかで自走していく過程にまで、長く伴走し続けたいと考えています。

〈HOTEL ON\OFF〉Photo: 小野寺宗貴

伊原:そうした「出来事」を創出するために、私たちが大切にしている考え方の1つが「やわらかい公共性」です。

最近、行政などを中心に「準公共」という言葉が使われ始めていますが、私たちが意図しているのは、そうした“公と私のあいだや多様な主体の関わり”の領域をつくることだけではなく、他者の存在を自然に感じながらも個々が自由にふるまうことのできる、共在の居場所といったものも含みます。

また、建築界では長らく「建物を開く」という言葉が使われてきましたが、ガラスや開口によって物理的に空間を開け放つことだけが豊かな公共性に直結するわけではないと考えています。

たとえ物理的には比較的閉じた建築でも、人と人、人と空間、そして社会との凝り固まった関係性をほぐしていくことで、そこに「やわらかい公共性」を生み出すことができると考えています。

伊原 慶 氏。〈HOTEL ON\OFF〉にて。

やわらかい公共性

── 実際の設計においては、どのように実践されているのでしょうか。

伊原:近作である東京・新富町のホテル〈HOTEL ON\OFF〉を例にお話しします。10階建て、各部屋35平米ほどのシンプルな構成ですが、のっぺりと面的になりがちな都市の街並みに対し、全客室にバルコニーを設け奥行きのあるファサードを提案しました。

特にプロポーションにこだわって納めました。鉄骨造でありながら、前面の木フレームには通常の木造軸組構造に近い1800mm程度のモジュールを採用しました。ファサード面ともうひとグリッド奥側の木柱は135mm角とし、取り合うスラブの厚さも135mmに。階高も2.95mに抑え、都市のなかにあっても「人間的なささやかなスケール」を感じられる構えとしています。

Photo: 小野寺宗貴

伊原:このバルコニーは、まちとの境界となる層と、ゲストの営みが間接的に滲み出る層を重ね合わせた「二重のレイヤー」として機能します。

「中間領域」や「コモンズ」といった言葉は、柔軟な使い方を示唆する一方で、えてして用途をあらかじめ定義することにもなります。ここではゲストの暮らしの気配がじんわりとまちへ溶け出していく。直接顔を合わせて交流するのではなく、大きな「都市」と、そこに滞在する「ゲスト」が、互いの存在をどこかで感じながら「共在」する。そんな役割や距離感を目指しました。

過剰に干渉し合うことなく、かといって遮断するわけでもない。それでも互いの気配を感じられる。そうした関係性が、「やわらかい公共性」の1つのあり方だと考えています。

伊原:実は、このホテルから1つ建物を挟んだ角地に、同じクライアントからご依頼いただいた8階建てのオフィスが間もなく竣工します。

異なる用途の建築が、共通の意匠をまとって街に並び立ち、お互いに呼応することでエリア一帯の風景を書き換えていく。そうした、複数棟だからこそ生み出せる都市的なスケールのアプローチを設計の射程に捉えています。

一方で、その足元にあるのは徹底した人間的なスケールです。都市という大きな風景の骨格と、人が直接触れる小さな空間のディテール。その2つを丁寧に繋ぎ合わせた先に、人と都市との新しい関係性が育まれていくことを期待しています。

左手前の建物が建設中のオフィス。2026年9月撮影。Photo: 小野寺宗貴

まちや都市との関係性を解きほぐす

伊原:建築には、構造や構成という絶対的な「骨格」が存在します。それは、まちや都市を形づくる確かな基盤であり、建築が成立するための大前提です。

大切なのは、その強固な骨格を備えつつも、人と建築、そして都市との間にある関係性を解きほぐしていくこと。骨格という揺るぎない土台の上で、関わり方を解きほぐした先に立ち現れる風景。それこそが、私たちの目指す「やわらかい公共性」なのだと思います。

〈さめうらテントパーク〉Photo: 小川重雄

伊原:高知県の森林公園・キャンプ場〈さめうらテントパーク〉は、もともとは近隣住民すら寄り付かないような鬱蒼とした場所でした。低予算・短工期という制約のもと、新しく建てる構造物は小さな炊事場のみで、残りは既存棟の機能改善と外構整備に割く必要がありました。「たった一手」で風景を劇的に変える必要がありました。

そこで構造家の森部康司さんと辿り着いたのが、「コンクリートの柱型以外は現場で取り付けるだけ」という、極限まで要素を削ぎ落としたアプローチでした。

Photo: 小川重雄

伊原:屋根材は、12mm厚の規格合板を加工せずに3層に積層して曲げただけのシンプルな造りです。風圧を受け止めるため、テントのペグを打つように梁へ留めています。帆のような屋根越しに山並みが覗くといったささやかな体験ですが、建築単体がそこに立ち現れるのではなく、公園の風景や事物の一部として立ち現れることを目指しました。

もう1つの工夫が、L字型断面にした柱です。その開かれた面をすべて外側へ向けています。空間を囲い込むのではなく柱の方向を外へ反転し、物理的な枠を越え、周囲の森や自然へと人々の意識が連なっていくような広がりを生み出しています。

〈さめうらテントパーク〉の模型。

伊原:同じエリアに建つ〈湖の駅さめうらカヌーテラス〉も、既存の環境と建築が混ざり合う状態を目指したプロジェクトです。2018年に公募型プロポーザルで特定され、2020年に竣工しました。

当初は競技カヌーの拠点として艇庫を主用途とした計画でしたが、町民や役場とのワークショップや対話を重ねるなかで、地域のガイド拠点や観光機能を盛り込んだ両輪の計画へと発展しました。

敷地には旧施設(青少年の家)の解体後に残された段差や擁壁といった微地形が残っていましたが、それらを平坦にならすのではなく、地形と紡ぎ合わせるように建築を挿入しています。周りの山並みに馴染む大屋根を架け、中央には開放的ながらんどうの空間と大きな軒下を設けました。

シャッターを開け放つと、建築と環境が境界なく繋がり、カヌーの出し入れだけでなく多様なアクティビティを受け止める場が立ち上がります。空間を言葉で無理に定義するのではなく、使い手が自由に振る舞える「緩衝帯」が、この場所に固有の佇まいを与えています。

〈湖の駅さめうらカヌーテラス〉Photo: 小川重雄

Photo: 小川重雄

都市との距離感をチューニングする

── 公共空間や都市の建築だけでなく、住まいというプライベートな領域でも、同じ思想が通底しているのでしょうか。

伊原:そうですね。東京・板橋区で2017年に手掛けたシェアハウス〈東京合宿所〉が良い例です。ここでは1ヶ月限定居住という運営のもと、住人が常に入れ替わりながらコミュニティが拡張していく、新しいシェアードスペースのあり方を目指しました。(現在は民泊利用で週単位の居住が可能です。)

三方が道路に面した敷地に、18の個室と共用スペースを効率よく収めるため、2本の螺旋階段を中心軸に置き、その外周を囲むよう住室を配置しています。

4階の共用リビングは、あえて外周からセットバックさせてテラスを設け開口部を豊かに配置、また住室の扉には曇りガラスを採用。中心に抱え込んだ吹き抜けの階段空間に、光や住人の気配が溢れ出ていく構造です。

〈東京合宿所〉Photo: 鳥村鋼一

伊原:集合住宅の廊下は、ただ通過するだけの「何も起こらない移動空間」になりがちですよね。かといって、交流を促そうと共用部をオープンにしすぎても人の目が気になって落ち着かないし、逆にクローズドにしすぎると特定の人のナワバリのようになってしまう。

重要なのは、その場所の特徴を手掛かりに、住む人が都市や他者との距離感をその時々で「自ら選択できる設定」を組み込んでおくことです。単に開くか閉じるかではなく、自分の気分に合わせて関わりの「調整しろ」をつくる。それもまた、私たちが考える建築の「やわらかさ」なのだと思います。

Photo: 鳥村鋼一

TA+Aのルーツ

── そうした設計思想は、これまでのどのような経験から育まれてきたものだと思いますか。

伊原:原点は2つあります。1つは大学院(早稲田大学大学院入江正之研究室)時代、入江先生が進められていた東京・田園調布に建つ住宅のプロジェクトに、担当として携わった経験ですね。

母屋と離れのように将来的な二世帯居住にも対応できるように計画した住宅で、2棟の配置や内部・外部の関係が複雑に入り組む構成でした。端部のディテールまで徹底的に突き詰めるなかで、単に「内」と「外」に二分できない、その間に漂う「中間”的”な領域」の手触りを肌で学びました。

伊原 氏が大学院時代に担当した〈06’blanc〉の模型。Photo:早稲田大学入江正之研究室

伊原:もう1つは、学生時代に抱いていた進路への葛藤です。当時は建築を離れ、広告代理店に就職するつもりでした。完成までに時間がかかるうえに、用途にもよりますそこに関わる人が限られる建築に対して、「社会へのアプローチが狭いのではないか」と疑問を感じていたからです。最終的には色々なご縁があって大成建設の設計本部に入り、8年間揉まれることになります。

大成建設での日々や独立後の歩みを振り返るなかで、かつての疑問に対する答えが明確になっていきました。

人とまち・社会との関係性は、一朝一夕でつくれるものではありません。途方もない時間を費やし、1つの場所、1つの風景とじっくり向き合い続ける。その気の遠くなるような「建築」という営みこそが、実はどこよりも深く社会と繋がる方法なのだと気づいたのです。

TA+Aの事務所にて。

── ゼネコンでの経験は、現在の設計にどのように活きていますか。

伊原:まず何より大きかったのは、図面上の理屈で終わらせず、施工者と現場で「現実の形としていかに納めるか」を粘り強く対話する姿勢を学べたことです。

それに加えて、建築業界が何十年も積み重ねてきた「標準的な納まり」という暗黙知を、実務を通して身につけられたことも代えがたい財産となりました。

〈まわる住まい O邸〉Photo: 大倉英揮(Kurome Photo Studio)

伊原:手掛けた対象も、研究所や大使館、大型商業施設から本社施設まで多岐にわたります。事業の構想や組成といった上流から泥臭い裏方業務まで、怒涛のように駆け抜けた8年間でした。

あらゆる専門家が集い、組織の力で社会そのものを動かしていくダイナミズムは圧巻でした。ただ、そのシステムを内側から知れば知るほど、「自分個人の手が届く範囲で建築に向き合いたい」と独立への思いが固まっていったんです。

〈Ready to Flight ! NARITA 旅の準備をする宿 くずみ第二小学校〉Photo: 塩谷嘉章

── 社名にある「東京」にはどのような意味が込められているのでしょうか。

伊原:この社名には、私たちの建築に対するスタンスそのものを込めています。

個人の作家性を看板にするのではなく、都市や国という大きなスケールのなかで、どこまでもアノニマスに風景の一部となる建築を目指したかったからです。

独立当初は自ら名付けたはずの「東京」という主語の大きさに気おされ、少し濁すように「TA+A」という略称を途中から使っていたのですが、今ではその匿名性も含めて、自分たちのあり方としてしっくり馴染んでいます。

〈セントラルクリニック世田谷〉Photo: 小川重雄

伊原:私たちの建築からは、「これがTA+Aの作品だ」という強い自己主張はあまり感じられないはずです。あらかじめ用意した作家性を押し付けるのではなく、その場所の環境や周囲の営みに対して即興的に反応しながら、柔軟に空間を編み上げていくことを大切にしています。

強固な自己主張を捨て、環境や使う人に答えを委ねる「余裕」を残すこと。そうしたアノニマスなアプローチを取るからこそ、固定的な枠組みに縛られない「やわらかい公共性」が立ち現れるのだと考えています。

個の才覚を引き出し、次代へ繋げる

── 大学での教育活動についてお聞かせください。

伊原:現在は昭和女子大学環境デザイン学で専任教員を務めていますが、研究室でも「公共性」をテーマに据え、書籍や研究論文の輪読とフィールサーベイを軸に活動しています。

最近の学生は本を読む習慣が身についていないことも多いため、3年次に配属が決まってから輪読を通して読書を習慣化し、自らの言葉で意見を交わしながら、研究室という1つの組織全体として思考を深められるようにしています。その他にも読んだ書籍はスキャンをする習慣づけをして共有知になるように心掛けています。

フィールドサーベイでは、まず身近な公共空間や興味の沸く地域からアプローチします。一見するとただの自然風景に見える場所でも、そこに人々の営みがどう滲み出ているかを、地域の信仰・食などの文化を体験しながら読み取っていきます。

これまでTA+Aで手掛けてきたプロジェクトのリサーチと同様に、文献やデータだけに頼らず、現地に刻まれた時間の変化や建築の変遷を直接紐解きながら、地域の課題を発見していく経験を共有しています。

伊原 氏が京都芸術大学大学院で教授を務めていた頃に行ったフィールドサーベイの様子。Photo: 伊原 慶

〈湖の駅さめうらカヌーテラス〉でフィールドサーベイの最後にラップアップを行う様子。Photo: 伊原 慶

伊原:こうした学びは、かつて私が学生として建築に向き合っていた時と同じく、事務所での実践と深く繋がっています。単なる机上の分析で終わらせず、実際にものをつくり上げる段階まで導くこと。自分の手で空間を立ち上げる手応えを知ることで、建築に対するモチベーションが根本から変わっていくと考えています。

昭和女子大学では着任2年目になるのですが、変化の表れとして、例年学科全体でもそれほど多くなかった大学院への進学希望者が、今年度は研究室からだけで5人に増えるなど、学生たちの意識も確実に高まっています。

── 今回はプロジェクトの増加に伴い、新たにスタッフを募集されるとのことですね。

伊原:現在は私を含めた計5人(所員3人・外部パートナー1人)の体制で、全員がフラットに意見を交わしながら設計を進めています。今回は案件増加に伴い、この密な対話のバランスを保ちつつ、実務経験2年以上と5年以上の方を1名ずつ募集することにしました。

TA+Aの事務所風景。都心にありながらも、窓の外には開放的な眺望が広がる。

伊原:経験5年目ともなれば、一級建築士の取得や独立を視野に入れるキャリアの節目です。TA+Aは個人が主宰するアトリエでありながら、手掛けるプロジェクトの規模や用途が幅広く、ゼネコンレベルの設計品質や工事監理のノウハウまで学ぶことができます。これまでの実績に新たな知見を重ね、独立を見据えて成長したいという野心的な方には最適な環境だと思います。

一方で、若手の転職理由が常にポジティブなものばかりではないことも理解しています。ゼネコン時代にリクルーターや選考担当として200人以上の学生を見てきた経験があるので、若手が壁にぶつかる気持ちもよく分かります。もし前職で不完全燃焼だったり挫折を味わっていたりしても、それは「あなたの才覚を前の組織が扱い切れなかっただけ」かもしれません。

私たちは、1人ひとりの目標に合わせて段階的に経験を積める環境を用意していますから、過去の退職理由やネガティブな感情にとらわれず、まずは思い切って飛び込んできてほしいなと思っています。

インタビュー:9月24日 〈HOTEL ON\OFF〉、TA+A事務所にて
特記なき撮影:佐々木慧


TA+A(東京アーキテクツアンドアソシエイツ)がスタッフを募集中

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