建築事務所として数々のデザインを手掛ける一方で、革製品ブランド「SYRINX」やスピーカーなどの家電製品、アート作品なども展開する佐藤宏尚建築デザイン。
代表の佐藤宏尚氏が手掛けるデザインは、建築、プロダクトに関わらず、合理性と利便性がシンプルかつスタイリッシュな中にも遊び心を持って融合している。
幅広い分野で活躍する氏の事務所では、2023年にオフィスを東京都港区芝公園に移転。新たにスタッフを募集している。高輪ゲートウェイで新プロジェクトがスタートするなど、多彩な事業を展開する佐藤宏尚建築デザインが、新オフィスでどのような人材を求めているのか、同事務所の未来像を含めて語っていただいた。
佐藤宏尚 | Hirotaka Sato
1972年兵庫県加古川市生まれ。1996年東京大学工学部建築学科卒業。1998年東京大学大学院修士課程修了、プランテック総合計画事務所入社。2001年佐藤宏尚建築デザイン設立。2016年SYRINX設立。
—— 佐藤さんの事務所では、幅広い建築デザインを手掛けておられます。独立前後の佐藤さんの経歴を教えてください。
佐藤 プランテックで3年半働いた後、2001年に独立して20年ほどになります。プランテックという会社は、比較的大きな物件を手掛けることが多く、私自身も入社早々から公共建築を現場で担当させてもらいました。独立した後の仕事は小さなものから少しずつ大きなものへと広がってきたのですが、現在はかなり幅広いジャンルの建築物をデザインしています。依頼をいただくたびに、こうした仕事ができるのはプランテックで学んだ経験があるからだなと感じます。
独立した当時は、インターネットでコンペが行われ始めた黎明期でした。その後戸建て住宅のお客様も、インターネットを通じてコンペのようなものができる時代になり、僕の感覚的には3、4件に1つくらいで仕事をいただける感じでした。それ以前の時代であれば、何か別の部分でご縁がないと、なかなか仕事をいただける機会は難しかったかもしれませんが、実力さえあれば仕事が取れる時代になったという点では良いタイミングで独立したように思いますね。そうして仕事を重ねるうちに、リピーターの方が増えてきたり、飛び込みで問い合わせが入るようになってきたりして、今があるという感じです。
—— 独立後の仕事で印象に残っているものはありますか?
佐藤 そうですね。最初に転機になったのは自由が丘につくったマンション〈DeuxFle(デュフレ) 自由が丘〉だと思います。比較的大きな規模で、独立したてのころのコンペで勝ち取った案件でした。クライアントのデベロッパーさん自体も、都心につくる初めてのマンションだったということがあり、デザイン性に特化したものをつくりたいというお話をもらいました。私自身も、大規模のマンションを自分でデザインしたことはなかったんですが、コンペの案を見て「ぜひやりましょう」と言ってもらい、その仕事でグッドデザイン賞を受賞しました。その後にも同じデベロッパーさんと数件お仕事をさせていただき、そのすべてでグッドデザイン賞をいただきました。
最近では、大きいものでは大妻女子大学の学生寮をデザインしました。設計と施工、さらに運営までを含めたコンペだったのですが、私は設計担当で参画しました。最近の傾向としてコンペでは、そうしたデザインビルド方式が増えている気がしますね。建築費が読みにくくなっていることもあり、施工とセットで提案することが増えています。
—— 建築デザインの事務所としての特徴は、どのような点にあると考えていますか?
佐藤 あまり独自のスタイルというものを決めてないというところが、ある意味で特徴かもしれません。いただいたお話に合わせて、何がベストなのかというところから提案をつくるようにしています。物件ごとに与件がすべて異なるわけですから、僕はむしろそうあるべきだと考えています。
奇をてらったものをつくろうというスタイルではなく、しっかり合理的・論理的に考えたうえにモノをつくるという考え方をしているので、基本的な進め方はすごくロジカルで、理由がないものはデザインしません。ごく普通のデザインになるかと思われるかもしれませんが、多くの人が思い込んでいることだとか、既成概念だとか、そういった前提条件にまで踏み込んでもう1回考え直すことで、これまでにない新しい視点でものづくりができるのではないかと考えています。それがその建物の個性やおもしろさに結びつく。私自身の目標として、そのような考え方をしています。
—— 事務所としては、徐々に規模が大きくなっていったのですか?
佐藤 独立して20年ほど経ちますが、スタッフは多いときで10名ほどが在籍していました。多くは独立し、現在も共に仕事をする関係です。ただ、世の中が大きく変化していくなかで、必ずしも大所帯になることが良いとは感じなくなり、人数はその時々で変化しています。一気にスタッフが増えすぎると、やはり多少は無理してでも仕事を取りにいかなくてはならない部分が出てきてしまうので。ただ、コロナ禍も落ち着きつつあり、今回は新たなプロジェクトも進めることになったため、改めて募集をかけているところです。
—— 現在も佐藤さんがすべてのプロジェクトに関わっているということですか?
佐藤 そうですね。担当者も付けてはいますが、基本的に私が全部一緒にやっています。物件によりますけれど、基本的には現場にも行きますね。そもそも、僕はモノをつくるのが好きなんです。今年の夏に完成したこのオフィスも、家具を含めてほとんど自分でデザインしました。変わったところだと、壁面収納の扉材の仕上げにはエゾシカの革を使っています。エゾシカが増え続けていることは大問題になっている一方で、革などの2次利用ができず、ほとんどすべて捨てられていることも問題になっているんです。このような視点は、レザープロダクトブランドのSYRINXの仕事を通じて、環境問題も深く考えるようになって培われました。
また、事務所の家具は、すべて床から10cmぐらい浮かせてあります。こうしておくとロボット掃除機が自在に動き回れて掃除がしやすい。人だけでなく、ロボットも働きやすい環境を心がけました(笑)。事務所の立地は東京タワーの真下で、芝公園エリアの中心地ですが、窓からは増上寺の緑がよく見えるのが僕自身気に入って選んだ場所です。
—— インテリアの一部にエゾシカの革を使っておられましたが、建築デザインの一方でそうした革製品を用いたプロダクトも手掛けておられますね。
佐藤 そうですね、もともとはスピーカーづくりから始めたんです。自分で設計した空間に置くためのスピーカーを探したときに最適なものが見つからず、自分でつくってみようということで。革をボディに使ってつくってみたら、すごく良い音がしたんです。そこで、きちんと特許も取って事業化しようと思い「SYRINX」というブランドをつくりました。 革でスピーカーを制作すると端材が出る。「いただいた命を大切にしたい。」その想いで、端材を利用したレザー アイテムを生産したのが始まりでした。
そうしたスタートだったこともあり、製品の開発だけでなく、販売を含めた事業全体もどれだけ効率的に展開できるかということを考えました。実は当初は専属のスタッフが1人もいない状態でSYRINXを運営していたんです。事業を回すためには、ほぼすべてをオートメーション化しないと難しい。デザインしたものを外部に委託して製造してもらい、できたものは倉庫に預けておいて、お客様への連絡も含め、出荷作業まですべて全自動で回るようにビジネスモデルを組み立てました。
販売員も営業スタッフも必要ないかたちにしたのは、当初から売上高を増やすことではなく、生産性を上げることを目標にしていたからです。けれども、それをやる中で、設計事務所の事業とのコントラストが目につくようになって(笑)。建築設計というのは、ベストなクオリティを求めれば非常に時間がかかる仕事になりますし、クオリティを上げようとすればするほど生産効率が落ちていく側面があります。どうすればそこを改善していけるのかということについては、SYRINXの事業をきっかけに深く考えるようになりましたね。
—— 建築設計とプロダクトの事業が、互いに影響しているということですか。
佐藤 そうですね。生産性という意味では建築の対極にあるようなビジネスモデルですが、発想は共通しているというか、根っこは一緒だと感じます。革製品はものすごくミニマルで、無駄な要素をすべて削ぎ落としてあるんですが、そうしたことを通してこれまでにない新しいものをつくろうとしています。物事をロジカルに、合理的に考えて、その結果としてこれまでなかった新しいものをつくり出そうとしているという点で、建築デザインにも共通する部分があるように感じます。
—— そのような考え方を持つ佐藤さんが、新たに募集するスタッフ、これから一緒に働きたいと思う人材はどのような人物像なのでしょうか?
佐藤 そうですね。この仕事をやっていて僕が一番「気持ちいい」と感じる瞬間は、良いアイデアが浮かんだときなのですが、一番「嬉しい瞬間」というのはクライアントに引き渡して喜んでもらえたときなんですよね。そういうお客様の喜ぶ姿にやりがいを感じるようなスタッフと一緒に働きたいと感じます。なぜならそれこそが、建築の仕事をやっている意味でもあると思うので。 建築家としての独自のスタイルも大切ですが、「お客様あってこそ」という視点は大切にしています。
あとは、待遇面についても既存のシステムから脱したかたちで提案したいと考えています。好きなことをやっているときは長時間の労働も決して苦とは感じない一方で、やはり建築事務所のスタッフの待遇はもっと変わらなくてはいけないと考えています。
—— 具体的な働き方はどういったかたちを想定しているのですか?
佐藤 私の事務所では基本的に各スタッフがプロジェクトの担当者として、最初から最後まで見る形式をとっています。そのほうが仕事のやりがいを持ちやすいと思いますし、経験値としても得られるものが大きいと思います。プロジェクトも、用途ごとにスペシャリストになるというよりは、いろいろな案件に関わりながらデザインしてもらいたいと考えています。
先述したとおり、クライアントはもちろん、その建築を使う人、携わる人すべてに喜んでもらうことに自分自身の喜びを感じてもらいたいとは思いますが、能力的なこと云々よりも、会社の中でみんなが働きやすく働けること、職場の中での信頼関係も重視してもらいたいなと思います。建築のプロジェクトは、長期間にわたってさまざまな人と関わりますし、トラブルも含めていろいろなことが起きるので、そういうときにきちんとした信頼関係のもとに物事を考えられる人、動ける人というのはすごく貴重な存在だと思うんです。
良い建築をつくり、その建築が関わる人たちに愛され、建築主も事業として成功し、こちらもきちんとした報酬をいただく。この当たり前な循環をつくり、存在価値を社会に提供していければ、長時間・低賃金が常態化した設計事務所を変えていくことができると思っています。
規模が大きいとその変革は困難になりますが、現在の状況だと、その方向に舵を切り直しやすいと考えています。新たな事務所での新たな求人を、その始まりにしたいと思っています。
池田達彦さん
私は、大学は意匠系の研究室出身で、佐藤宏尚建築デザイン にはオープンデスクからアルバイトを経て、10年前から正社員になりました。佐藤宏尚建築デザインではさまざまなタイプの案件を手がけていること、デザインがスマートで面白いひと工夫がされていることが、事務所選びの決め手になったと思います。
オープンデスクの初日から、あるオフィスの改修案件を担当することになりました。大学では木工などの実習も経験していたので、「自分でつくるところまでやってみよう」となりまして。造作家具などの図面を描いて業者に材料を切り出してもらい、発送されたものを現場で組み立てたのは、いい経験になりました。
これまでに自分が担当したのは、マンションの新築やデザイン監修、個人邸、商業施設の改修などです。毎回のように新しいタイプのプロジェクトなので大変ですが、楽しいほうが勝っていますね。プロジェクトの規模や性格によって重点の置き方は異なりますが、自分たちに何ができるかを考えるのは、やりがいとなっています。
代表の佐藤さんからよく言われるのは「一度いいと思ったことでも疑ってみるべき。限られた時間の中で、どれだけトライ&エラーを繰り返すかが大事」ということです。佐藤さんは思考のスピードが早くて自分の理解が追いつかないこともありますが(笑)、基本的にフレンドリーで、何か疑問や相談ごとがあればすぐに話しかけています。新しいスタッフの方と仕事をするのは自分にとっても刺激になるので、一緒に働けることを楽しみにしています。
(2023.10.10 佐藤宏尚建築デザインにて)