鹿児島と沖縄の中間にある、奄美大島。
現在、世界遺産登録に推薦されており、海・山・川の豊かな自然が広がる。
この島で建築の設計活動を続けているのが、酒井一徳氏である。
奄美大島で働くということ、また彼が目指す建築の姿はどのようなものか。
酒井建築事務所のスタッフを県内外から募集する酒井氏に、話を聞いた。
── 奄美大島で設計活動をされている背景から教えてください。
酒井:奄美市に生まれて育った私は、広島大学で土木を学んでいたのですが、大学生時代に訪れたニューヨークでグッゲンハイム美術館に衝撃を受け、建築の道に進もうと思い直しました。
アメリカのフロリダ大学に通って修士をおさめ、そのままアメリカの設計事務所で働く予定でした。
しかし諸事情で帰国することになり、一時は東京の設計事務所で働いた後に、奄美大島で設計事務所を営む父のところに戻って今に至ります。
改めて戻ってみると、島のさまざまな状況や課題が見えるようになってきました。また、個人的に仕事をいくつか依頼されるようにもなりました。奄美大島での設計活動を通して、島の建築の状況を変えていきたい、と思うようになりました。
父はもともと設計事務所をたたもうと思っていたのですが、父が築き上げた長年の実績を引き継ぎながら、今後は積極的に公共のコンペやプロポーザルに参加していきたいと考えています。5年後には、10人程度の規模の事務所にしたいですね。
── 地元以外の地域でも仕事をされていますが、どのようなメリットがありますか?
酒井:奄美大島を拠点としながら、今まで東京や沖縄、鹿児島でさまざまな建築をつくってきました。規模や用途の異なる建築をさまざまなコンテクストで設計できることは、素材の使い方や異なる工法など多々勉強になることがあり、いつも刺激をもらっています。
また島を拠点としながら、島外でも仕事をつくり出すことができるという事例を積み上げていくことによって、有能な若者が島に戻りやすくなる環境の基盤づくりになれば、と考えています。
島に帰ってきた当初、デザイン文化が島に根付いていないことを痛感していました。
今でこそ少しずつ観光に力を入れ始めている奄美大島ですが、以前はお土産のパッケージデザインも乏しく、島内にデザインだけで生計を立てている人がほとんどいませんでした。
島に戻ってきて間もなく、小さなことから変えようと「Shall we design」という団体を有志でつくりました。「パッケージを変えませんか」と物産業者に呼びかけ、依頼を受けてデザインすることから始めたのです。すると、デザインしたある土産物の売り上げが、ものすごく伸びたのですね。そのうちにいろんな仕事が増え、大企業や役場からも依頼されるようになり、一般社団法人として法人化するまでになりました。
島の中だけで仕事をしているとどうしても視野が狭くなりがちなので、常に外の世界とも繋がりを保ちながら、刺激ある環境をつくり続けていきたいですね。
── 建築の設計で心がけていることはなんですか?
酒井:島に戻って、10年目になります。最初は、島の外でも仕事を得るために、いわばキャッチーな建築をつくろうとしていたように思います。でもそれは、必ずしも奄美の建築ではありませんでした。近年では、奄美らしく、奄美でしか体験できない建築をつくりたいという想いが強くなっています。
今、自邸を計画しているんですが、奄美らしい建築に仕上げていきたいと考えています。
強い日差しの中でガジュマルの木陰を大切にする習慣や、深い軒を設ける家のつくり、事あるごとに集う「結」の風習など、伝統的文化の継承を体現できる、おおらかな建築にしたいですね。
── これから採用する人に求めることは何ですか?
酒井:奄美大島の人口は全体で6万人ほどで、奄美市で4万人くらいです。良くも悪くも狭いというか…、悪いことはできません(笑)。
その中で求める人物像は、コミュニケーションがしっかりととれることですね。例えば工事現場での定例会議では、職人さんも全員が集まって、納まりなどを直にやり取りします。自分たちが毎回、違うディテールを描いていることもありますが、彼らはどれだけ大変かという想いを伝えてくれます。そうしたことも含めて、話し合いながら互いに成長することを楽しむ姿勢が大切だと思います。
現在プロジェクトは、公共や民間の大きな複合施設、サウナの温浴施設、宿泊施設、納骨堂、ペンション、共同住宅、住宅、別荘と、スケールと地域の異なるプロジェクトが15件ほど同時に進行しています。
これまで一緒に働いたスタッフで、やる気のある人は吸収しようという意識が高く、伸びていきます。1つのプロジェクトに対して、基本的には1人のスタッフにひと通り見てもらおうと考えていますから、独立を考えている人にとっては、実務を学べる環境にあると思います。
長期的に奄美に来ていただける人を募集していますが、テレワークも整ってきたので、経験者にはプロジェクトごとにパートナーとなっていただくこともできると考えています。多様な働き方に対応しながら、魅力的な建築を一緒につくっていきたいですね。
(2021.01.28 オンラインにて)