今年のNHK大河ドラマの舞台のひとつ、明智光秀が築いた福知山城をとりまく城下町京都府福知山市に、丹波の粋を感じる宿〈菱屋〉が2020年12月1日(火)に開業しました。
〈菱屋〉がある菱屋町は、16世紀からの城下町の街並みが今も残るエリアです。大正時代に建てられた民家の面影を残しつつ、旅好きのオーナーが各地を旅する中で感じた現代の宿に求める要素をかたちにしました。
完成したのは、1室2名まで利用の客室が4つ、1日の利用客は最大で8名という小さな宿ですが、他の地域にはない、福知山ならではの魅力で客人を迎えたいというオーナーの想いから、この地域ならではの資源と職人の技が結集してつくり上げられています。
建物の改修は、中村外二工務店に数寄屋大工として弟子入りした経歴をもつ、建築家で美術家でもある佐野文彦氏が代表を務める、Fumihiko Sano Studioが手がけているほか、庭師や建具・紙漉き職人らが参画しています。
エントランスの引き戸を開けると、かつては住居だった頃の様式を残した上り框が客人を迎えます。床には名栗加工を施した吉野杉を張り、壁には和紙が使われています。宿を訪れた人がこれらに手や足で触れることで、宿を起点に、福知山と周辺地域が育んできた多様な素材や手法に興味を持ってもらいたいという願いが込められています。
近隣を流れる由良川は、古くは小倉百人一首に詠まれるなど、福知山の人々の暮らしとともにある大切な河川です。一方で、度重なる水害にも見舞われてきたこの地域では、氾濫時には屋根裏部屋に家財道具を引き上げ、避難するための吹き向け空間を設けるなど、自然災害と共存してきた歴史があります。〈菱屋〉の前身の住宅にもこの造りがあり、今回の改修では、元の躯体も活かした吹き抜けをホールとし、箱庭や、4つの客室を2フロアに分けて配しました。小さな料理屋は、地元の人々にも利用できるように別の入口も設けています。
客室数は4つと少ないながらも、建具などの元の造りを読み解きながら、古きを温ね、新しきを知る温故知新の姿勢で、今の時代にあったしつらえに読み替えられています。藍で染めた土壁、錫を混ぜ込んだ和紙、通常外壁に用いる杉皮を使用した内装、丹後檜、丹波漆、福知山藍、黒谷和紙といった、古くからこの地域の人々の生活を支えてきた資源と技で要所がしつらえられました。
設計:佐野文彦、高橋向生(Fumihiko Sano Studio)
作庭:庭師松下
建具:Backyard Blacksmith NAO
木材:桐村製材
和紙:ハタノワタル
照明:ニューライトポタリ―(NEW LIGHT POTTERY)
ガラス作品:荒川尚也
丹波漆:山内耕佑(NPO法人丹波漆)
施工:舟越工務店
京都・福知山市にある明智光秀が作った城下町の風情を残す通りに建つ、築80年程の古民家をコンバージョンするプロジェクト。
この通りはクライアント家族が育った通りだが、近年空家が増えている。クライアントは飲食店を経営しており、遠方から来られたお客様の宿泊先がビジネスホテルしかないことを憂いておられた。
賑わいや風情が失われていく街に何ができるかを考えた際に、地域の素材や職人のもつ技術、地域文化を活かした宿をつくることとなった。
昔は頻繁に起こった由良川の氾濫に備え、屋根裏部屋へ避難できるよう設けられた吹き抜けの意匠はそのままに、受付と階段ホール、4つの客室と小さな飲食店舗を作り、福知山の奥にあった蔵を解体し、広い庭をつくった。各部屋には丹波漆や福知山の藍、綾部の手漉き和紙、丹後檜、丹波石などさまざまな地域の素材を使い、地域の職人たちとつくり上げた。
泊まる場所を作ることで空き家が1つ生きた施設となり、訪れたお客さんが街に滞在できる時間が増え、地域の職人や作家の仕事が生まれ、宿泊することで使われている素材や作品を通して丹波や丹後を知ってもらうことができる。
そうした循環が生まれ続くことで、地域が活性化し、新たな人やものを呼び込むきっかけになればと考えている。(佐野文彦)
〈菱屋〉施設概要
開業日:2020年12月1日(火)
所在地:京都府福知山市菱屋52(Google Map)
TEL:0773-45-8232
構成:客室4(1室2名)、飲食店(料理屋)
宿泊料金:20,000円から(1名あたり)
運営:有限会社鳥名子
公式ウェブサイト:http://hishiya.kyoto.jp