オフィスを中心に「はたらく」「まなぶ」「くらす」に対して価値創造と課題解決を包括的に進めるコクヨ株式会社。築40年の自社ビルであるコクヨ品川オフィスおよび東京ショールームをリニューアルして2021年2月に誕生したTHE CAMPUSにおいて、最後の遊休空間となっていたイベントホールを改装し、2023年4月7日にオープンした。
「THE CAMPUS HALL “CORE”」(以下、「CORE」)と名付けられたホールは、社員を含むさまざまなステークホルダーに向けてコクヨの実験的なチャレンジや新しく生まれたモノ・コトを発信することで共感を生み出すためのオープンコミュニケーションホール。COREを通してコクヨが目指すこれからの情報発信のあり方を、設計を担当した原田 怜氏に聞いた。
(原田氏の写真=TECTURE MAG、それ以外の写真=コクヨ提供)
原田 怜 | Satoshi Harada
2011年武蔵野美術大学卒業後、商業空間設計施工会社を経て、2017年コクヨ入社。オフィス、コワーキングなどの空間デザインを担当。受賞歴にA’design Award “Spatial Category Bronze”、日経ニューオフィス賞クリエイティブオフィス賞、DSA Design Award地域賞など、その他国内外で受賞多数。
── COREが実現した背景から教えてください。
原田 怜(以下、原田):COREの構想自体は、THE CAMPUSが開業する2021年2月までの第1期工事と同時期からあったのですが、コロナ禍と重なったことで見送られていました。未だに終息こそしていませんが、おおよその見通しが付くようになってきた2022年の春ごろ、改めてプロジェクトが動き出しました。
その間、2022年にコクヨはグループのパーパス「ワクワクする未来のワークとライフをヨコクする」を発表し、中長期的な視点で社会課題に向き合っていくことを宣言しています。こうした背景もあり、これから生まれるヨコクの発信拠点として、THE CAMPUSから生まれるエネルギーを世の中に広げ、新しい情報発信と共感を生み出すオープンコミュニケーションホールとなることを期待しました。
── オープンコミュニケーションホールとは?
原田:COREでは、人と情報とが自由に繋がり、広がっていくような場をイメージしました。そこでまず、改修前の旧来型ホールで見られた「ステージと客席」という「情報を発信する側→受け取る側」の一方通行の関係性を取り払い、再構築することから始めています。
具体的には、方向性を問わない すり鉢状の空間形状と、大型LEDビジョンなどのデジタルテクノロジーを導入することで、多様で自由度の高い集い方を可能にしました。オープン後にはカルチャーイベントやプロダクトのプレゼンテーションなど、アクティビティに合わせてフレキシブルに空間を変容させ、従来のビジネスイベントとは一線を画する実験的な活動が日々行われています。
原田:主な利用シーンはイベントですが、平時にはワークラウンジとして社員に開放していて、最近の出社率の上昇と合わせて利用する社員も増えてきました。旧来型ホールの一方向性を排除したことで、打ち合わせをする人、黙々と作業をする人、休憩を取る人、さまざまなシチュエーションが流動的に混在するマルチパーパススペースになっています。
── 具体的な改装内容について教えてください。
原田:ホール自体の規模はあまり変わっていなくて、既存を活かしながら更新することで施設が紡いできた歴史に敬意を払いつつ、コスト面にも配慮しました。そうした中にも、空間の自由度を上げる工夫を散りばめています。例えば、すり鉢状の床面にはホールのAV機器との接続箇所を7カ所設けていたり、天井を剥がして既存配管を整える最低限の処理に留めた天井面には、遠隔で可動するスポットライトを配置していたりと、ホール内のシチュエーションに合わせたフレキシビリティを確保しています。
また、外周に回したカーテンは配色がグラデーションになっていて、ディスプレイ側ほど黒く、反対のステージ側ほど白くなっています。ディスプレイの映像を際立たせつつも、空間に抑揚を与えています。
── 置かれている家具も、このホールに合わせて制作されたものですか?
原田:そうですね。家具制作において課題となったのは、さまざまなイベント形態に変容できるフレキシブルな流動性を担保しつつも、ラウンジとしてのゆったりとした使用感を両立することでした。ラウンジであることを意識しすぎると、ズッシリと重たい家具になりがちですが、一方で、仮設テーブルやパイプ椅子が並んでいたら味気ないですからね。
例えば、中ほどにあるテーブルは、天板と脚が互いの摩擦で固定されているだけなので、互いを引っ張るだけで簡単に分解してスタッキングできるようになります。ラウンジチェアについても、ゆったりとした座り心地を提供しながら軽くつくられ、分解とスタッキングが可能です。そのほか、家具自体をゴロゴロと転がして運べたりと、設営や撤収を円滑にする仕掛けとしました。
家具全般に共有している点として、脚の径を極力小さくすることで、重厚感のある上部に対して軽やかな印象として全体のバランスを取っています。結果的にどの家具も、COREならではのユニークなキャラクターになったと思っています。
── 大型LEDビジョンを採用した意図を教えてください。
原田:COREでもっとも特徴的と言えるのが、この大型LEDビジョンです。ホール外周に沿って、200インチのディスプレイ4面をシームレスに繋げていて、他ではなかなか味わえない没入感があり、イベント時には情報発信者による多彩な表現に受け応えることができます。またこの没入感は、コロナ禍で定着したハイブリットな繋がり方に臨場感を与えています。
こうしたAV機器においては簡単な操作性が要で、操作が難しいと面倒になってしまい、いつの間にか誰も使わなくなってしまうことが往々にしてあります。今回は、想定される出力形式のパターンをプリセットとして作成していて、利用者はパソコンを繋ぎ付属のタッチパネルで直感的に操作できるようにしています。
── 映し出されている映像は何でしょうか?
原田:イベントのない平時には、中山晃子氏のコミッションワークによる映像作品『呼吸する時計』を投影しています。動きのあるものを常時取り入れることで、窓のないホール内で「時の移り変わり」を表現しています。
合わせて流れている音楽は社員によって選定されたものですが、動画内の動きとあえてリンクしない異なる尺としています。その時々で、同じ映像と音楽の組み合わせがないので、利用者にとって同じ瞬間が訪れないように意図しました。
── COREを通して伝えたい、これからの情報発信のあり方とは何ですか?
原田:「CORE」のネーミングには、アナログだからこそできるリアルな空間の共有と、この場所だからこそ体感できるダイナミックなデジタル表現を用いて、コクヨの情報発信の「中心」となれるような場所でありたいという意味が込められています。
THE CAMPUS で醸成されたエネルギーを世の中に向けて拡散していく拠点として、人や情報の熱量が集約・凝縮され新たな形で世の中に広がっていく起点となることを目指し、地球の「核」のような熱を帯びた場所でありたいという思いを込めました。
原田:今回もっとも苦労したのは、どこまでを設計して、どこからを利用者に委ねるのか、という線引きでした。そして利用者もまた、こうした実験的な空間がまだまだ少ない中で、その活用方法の幅を楽しみながら模索しているのが現状だと思います。
情報発信の場をいかに捉え直し、情報と人とを繋げていくことができるのか。その可能性を今後の取り組みでも広げていきたいと考えています。
(2023.10.23 THE CAMPUS HALL “CORE”にて)
Text: Naomichi Suzuki
Edit: Jun Kato