パレスサイドビルに見る“骨格と装備”のリノベーション思想 レガシー建築に“共創”の新拠点、日建設計がつくる「PYNT 竹橋」・「日建設計竹橋オフィス」 - TECTURE MAG(テクチャーマガジン) | 空間デザイン・建築メディア
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パレスサイドビルに見る“骨格と装備”のリノベーション思想 レガシー建築に“共創”の新拠点、日建設計がつくる「PYNT 竹橋」・「日建設計竹橋オフィス」

パレスサイドビルに見る“骨格と装備”のリノベーション思想

レガシー建築に“共創”の新拠点、日建設計がつくる「PYNT 竹橋」・「日建設計竹橋オフィス」

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日建設計が運営する共創プラットフォーム「PYNT(ピント)」の新拠点が竹橋・パレスサイドビルに誕生しました。「PYNT」は、都市・福祉・教育・医療など多領域の課題を横断し、多様なテーマを抱える人・企業・自治体が集まり、新しい価値を生み出すための実験と対話の場です。

“出会いと創発”の場として機能してきた飯田橋の「PYNT 東京」に対し、新拠点の「PYNT 竹橋」は、アイデアを社会へ実装する“出口”としての役割を担います。この二拠点が連動することで、社会課題解決に向けたプロセスはより立体的に、そして現実的な実践へと加速していきます。今回整備されたPYNT 竹橋は、築60年を迎える歴史的建築を大規模にリノベーションした空間です。戦後の都市形成を支えてきた建築ストックを現代の働き方へ接続し、“ひらかれたワークプレイス”という新たな価値観を実装する試みとなりました。

都市とともに歩んできた複合建築、パレスサイドビル

1966年に誕生したパレスサイドビルは、アントニン・レーモンドが手がけた旧リーダースダイジェスト社の建物を継承しながら、日建設計の林昌二を中心に設計されました。皇居を望む立地に建ち、竹橋駅や高速道路の整備と同時期に完成したこのビルは、築60年を迎えたいまも創建当時の骨格を保ちながら現役で稼働し続ける希少な存在です。

パレスサイドビル(日建設計)

パレスサイドビルは、地下6階から地上9階までを貫くボリュームの中に商店街、新聞社の本社機能、屋上庭園、さらに大規模印刷工場までも内包し、働く場と暮らし、公共性をひとつの建築に重ね合わせた先進的な複合ビルとして戦後の都市形成に寄与してきました。その巨大ボリュームを合理的に構成するため、両端に円筒形コアを置く“センターコアを廃した”計画が採用された点も当時として画期的でした。

パレスサイドビル(雨樋と庇) 日建設計

東西約200mの長大なフロアや深い庇、水平性を強調した外観は、皇居の静けさと高速道路の都市性が交差する敷地条件に応答して設計されたものです。また、長寿命の躯体(骨格)と短寿命の設備・内装(装備)を分離して段階的に整備するレイヤー思想が採用され、構造躯体を先行して確定しながら、内装や設備を柔軟に更新できる仕組みも組み込まれていました。こうした設計手法は、用途変更や将来的な更新への対応力を建物に与えるものでした。

設計担当者コメント

高度経済成長期の象徴でもあるこの建物は、皇居の緑と高速道路の都市性を同時に抱き込みながら発展してきました。60年前の屋上庭園で縄跳びをする利用者の写真は象徴的で、当時の人々は建物を都市に開き、風景と共に時間を過ごしていました。その一方で、廊下の暗さや南北の格差、時代に合わなくなった階高や設備といった課題も残してきました。

設計グループ アソシエイト 谷内 啓太郎氏

 

パレスサイドビル(屋上庭園) 日建設計

パレスサイドビルを現代に受け継ぐ

今回のリノベーションは、こうした歴史的建築が持つ文脈と構造的ポテンシャルを丁寧に読み解きながら、「共創」や「社会実装」の活動を受け止める空間への再編集です。鍵となったのは、堅牢な躯体という“骨格”を保ちながら、短寿命の“装備”を柔軟に入れ替えるという、パレスサイドビルに受け継がれてきたレイヤー思想でした。

この思想は今回の改修にも深く引き継がれ、電源計画や可変性のある空間構成、設備更新のしやすさの設計判断、共用廊下の再解釈として、現代へと翻訳されています。建物の歴史を損なうことなく、都市と建築、インテリアをシームレスにつなぐことは、現代の働き方や社会実装の活動を支えるための重要なアプローチでもあります。

8階「日建設計竹橋オフィス」の改修

・天井を生かしたスケルトン化と光の再編集
・共用廊下へひらくことで生まれた新たなストリート性

5階「PYNT 竹橋」「日建設計竹橋 オフィス」の改修

・建物全体を俯瞰したマスタープランの再構成
・素材と家具を継承する空間デザイン
・空調に頼らない“気流のデザイン”で環境を最適化

8階「日建設計 竹橋オフィス」の改修

2019年に先行して整備されたのは、皇居に面した8階のワークプレイスです。3.6mの階高と16.8mの長スパンは、新聞社ビルとして合理的に設計された当時としては革新的なものでしたが、現代のオフィスとしてはやや閉塞感を伴う条件でもありました。

そこで、天井をスケルトン化し、白塗装で統一することで光を最大限に取り込み、両面採光の豊かな環境を引き出しました。また、組織改編が多い日建設計の働き方に合わせ、OAフロアを設けず、小梁から電源を落とす方式を採用。キャスター付きの家具と組み合わせることで、状況に応じて利用者が自由にレイアウト変更できる柔軟な環境を整えています。固定化された職能に最適化されたオフィスではなく、組織の変化を受け止める“余白を残す設計”が大きなテーマでした。

日建設計 竹橋オフィス8階の様子

さらに象徴的なのは、共用廊下に対して空間を“開く”という判断でした。通常、テナント区画はセキュリティやビル管理の観点から閉じた構えになりがちですが、8階では、EVホールから皇居へと視線が抜けるよう、境界をガラススクリーンとし、外部環境を積極的に内部へと引き込みました。

光が廊下へにじみ出し、利用者同士の気配が自然に交差するようになったことで、共用廊下が都市とオフィスをつなぐ“ストリート”的空間へと性質を変えています。この姿勢は他テナントにも広がりつつあり、建物全体に新たなリズムを生み出し始めています。

日建設計 竹橋オフィス8階の様子

5階「PYNT 竹橋」「日建設計 竹橋オフィス」の改修

今回、2025年に新たに整備された5階は、さらに難しい条件を抱えていました。共用廊下を挟んで南北に分断された6区画で構成され、そのうちの3区画は皇居に面さない閉鎖的な空間でした。そのため、テナントオフィス特有の“閉じたワークプレイス”という構造的課題に加え、“共用廊下による分断”というパレスサイドビル固有の問題にも向き合う必要がありました。

日建設計 竹橋オフィス8階平面図

8階平面図

そこで日建設計は、区画単位での最適化にとどまらず、建物全体を俯瞰し、共用部やその外側を含めた“建物全体のマスタープラン”を検討しました。高速道路側の閉鎖的な北面を“パレスサイド化”して南北の環境格差を調整し、共用廊下に対してガラススクリーンを配して開く構えをつくることで、光や活動がにじみ出る連続的な環境を目指しました。

日建設計 竹橋オフィス5階平面図

5階平面図

日建設計 パレスサイドビル周辺鳥瞰図

暗さが課題だった共用廊下は、今回の改修により、光や人の動きが自然と感じられる“中心的な広場”のような役割を担うようになりました。視線の抜けが連続性を生み、分断されていた区画同士がゆるやかにつながり、利用者同士の気配が建物内部に新しい広がりを与えています。

パレスサイドビル 旧廊下 日建設計

パレスサイドビル 現在の廊下(5階) 日建設計

パレスサイドビルの改修は、単なる老朽化への対応ではなく、60年分の歴史が積み重ねた“都市としての経験値”と向き合う作業でした。日建設計が今回取り組んだのは、そうした課題を否定するのではなく、建物が本来持っていた思想をもう一度読み解き、現在の働き方や社会の価値観に引き寄せながら再構築していくことでした。

もともと備わっていた“開く文化”、その精神を現代のフロア構成に接続するための試みは、8階では開放的なワークプレイスづくりとして、5階の大規模リノベーションではさらに一歩発展させた“高速道路側をパレスサイドに変える”という挑戦へとつながりました。

日建設計 PYNT 竹橋 毎日新聞社時代に使用されていた椅子

60年前から引き継がれる柱や梁にあわせて計画された長押パネルと、毎日新聞社時代に使用されていた椅子

5階では天井が“インフラの受け皿”として徹底的に整備されました。柱の位置や既存の梁成に寄り添う形で設置された長押パネルによって、電源・照明・通信が上部で整理されることで、完全にフリーな床を実現。つまずきや断線のリスクも軽減され、空間の可変性を大幅に高めています。また、元々あったかのような意匠の十字柱周囲に必要な装備を重ねていく方法をとることで、構造体を傷つけずにインフラを更新できる仕組みが生まれています。

さらに、素材だけでなく“家具の記憶”も継承する試みとして、インテリアの面からも建物の歴史を空間に溶け込ませる工夫がされています。毎日新聞社時代から使われてきた椅子をはじめ、異なるプロジェクトで使われてきた椅子を積極的に再利用することで、単一のデザインにはない表情が生まれ、利用者の身体スケールに基づく多様な選択肢が提供されています。使い込まれたヴィンテージ家具がもたらす落ち着きや安心感は、空間がもともと持つ静けさとも相性がよく、“新築ではつくれない時間のレイヤー”を空間に宿らせています。

パレスサイドビル5階 PYNT 竹橋の様子 日建設計

設計担当者コメント

今回の改修では、省エネを設備更新の問題として捉えるのではなく、空間側の工夫でどこまで達成できるかを探りました。かつて天井材として使われていた木材を再利用したのも、意匠的な理由だけでなく、建物が積み重ねてきた時間を継承しながら廃棄物を生まない循環型の改修とするためです。また、空調機の稼働を抑えるために設定温度を上げ、扇風機(スポットファン)による揺らぎのある気流で快適性を補うカーボンオフセットの実験も準備しています。

皇居側から抜ける自然な風の心地よさを参照し、その“風の質”を室内に再現することで、空調に頼らず体感温度を下げられ、エネルギー消費を大きく抑えることができます。こうした家電的な発想の導入により、技術進化にも追従しやすい柔軟な環境づくりを目指しています。将来的には、この気流設計を他のオフィスにも応用し、運用型の環境デザインとして展開していきたいと考えています。

設計グループ アソシエイト 谷内 啓太郎氏

パレスサイドビル5階 竹橋オフィスの様子 日建設計

開かれた廊下、ガラススクリーンのエントランス、皇居まで抜ける視線、さまざまな使い方を受け止める余白のある空間。これらはすべて、建物の骨格と装備を分離したレイヤー構造を読み解いた、柔軟性を最大限に高めるためのデザインです。かつての設計思想が現代の技術や働き方に接続されることで、パレスサイドビルは“古い建物だからこそ実現できる新しい価値”を獲得し始めています。

設計担当者コメント

パレスサイドビルは、都市の中心にありながら、皇居の静けさと高速道路のダイナミズムが交差する特別な場所に立っています。この建物が持つ二面的な風景を、これからの社会でどう活かせるか。歴史が残した課題に向き合い、良いところは継承し、さらに都市への開き方を更新していく。その循環こそが、この建物が次の時代に向けて持ち得る最大の価値だと思っています。

今回の改修は、パレスサイドビルの長い歴史の中ではまだ一つの章にすぎません。空間は使われ続けることで磨かれ、また新しい課題も見えてきます。私たちは、課題が現れることは歓迎すべきことだと考えています。それは“生きた建築”である証拠だからです。設備を家電のように更新できる仕組みや、天井インフラによるレイアウトの自由度、扇風機の風を利用した環境制御の実験など、未来に向けた改善の余白はまだ数多く残されています。今回の改修を通して、私たちはこの場所がまだまだ大きな可能性を秘めていることを確信しました。60年の蓄積の先に、また次の60年に向けた新しい文化と風景が生まれていくはずです。この場所が、働き方や都市の関係を更新し続ける拠点へ育っていくことを、楽しみにしています。

スペースデザイングループ アソシエイト 遠山義雅氏、設計グループ アソシエイト 谷内 啓太郎氏

歴史・現在・未来をつなぐ PYNT 竹橋

パレスサイドビル5階 PYNT 竹橋の様子 日建設計

PYNT 竹橋における今回のリノベーションは、歴史的建築の価値を未来へ接続するための多層的なデザイン実践でした。60年の時間を蓄えた建物の記憶を尊重しつつ、現代の共創や社会実装という新たな文化を受け止める器へと変換するこのプロセスは、単なる内装更新ではなく、建築そのものの価値を更新する試みです。

PYNT 竹橋は、歴史と現在をつなぎ、未来の活動が自然と育つような「ひらかれたワークプレイス」の舞台として新しい時間を刻み始めています。


写真:日建設計提供、一部TECTURE MAGによる撮影
参照:日建設計共創プラットフォーム「PYNT」第2期活動記者説明会 / PYNT 竹橋 内覧ツアー配布資料

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