空間設計でも注目が高まるブランディングデザイン
「ブランディングデザインで日本を元気にする」というコンセプトのもと、エイトブランディングデザインを率いて活躍する、西澤明洋氏。
幅広いジャンルでのブランド・商品・店舗などの開発やデザインを手掛け、グッドデザイン賞をはじめ、国内外で100以上の賞を受賞してきた。
独自のデザイン開発手法と実践は、ブランディングに関わることの多い建築やインテリア業界においても注目度が高まっている。
建築学科の出身であるという西澤氏に、ブランディングデザインの領域、建築との関係、設計のあり方まで聞いた。
Photographs: toha(特記をのぞく)
西澤明洋|Akihiro Nishizawa
滋賀県生まれ。株式会社エイトブランディングデザイン代表。「ブランディングデザインで日本を元気にする」というコンセプトのもと、企業のブランド開発、商品開発、店舗開発など幅広いジャンルでのデザイン活動を行い、グッドデザイン賞をはじめ、国内外100以上の賞を受賞。
主な仕事にクラフトビール「COEDO」、抹茶カフェ「nana’s green tea」、ヤマサ醤油「鮮度生活」、スキンケア「ユースキン」、手織りじゅうたん「山形緞通」、料理道具屋「釜浅商店」など。
著書に『ブランディングデザインの教科書』(パイ インターナショナル)などがあり、2022年7月にはエイトブランディングデザインのロジックを多様な事例とともに紹介する「デザインノート『西澤明洋の成功するブランディングデザイン』」(誠文堂新光社)も発刊された。
建築からデザイン経営へ
── ブランディングデザインが必要という認識が広がっている一方で、どのようなことをすればいいのか具体的なビジョンやプランを持っている人は少ないように思います。本来ブランディングデザインとはどのようなことをいうのでしょうか?
西澤:ブランディングを考えるとき最も大切にすべきことは、経営戦略の「マネジメント」から商品や店舗、サービスなどの「コンテンツ」、WEBサイトやパンフレット、広告などの「コミュニケーション」までが一気通貫でデザインされていることです。
建築やインテリア、プロダクトでも、何かをつくろうとするときのフローはおおまかにリサーチからプランニング、コンセプトのデザインと進んでいきますよね。建築家やプロダクトデザイナーにすれば当たり前の話だと思うんですが、この考え方を「ブランディング」という行為にも適用しよう、もう少し広く考えれば、デザインする対象を「経営」にしてみたらどうなるだろう、というのが僕の考えていることです。
経営をデザインする、つまり経営戦略と向き合うためには、リサーチの段階からきちんとひも解いていくべきで、それには手順があります。ブランディングには筋の通ったロジックが必要で、言い換えればデザインプロセスの中で何に「フォーカス」するか、何を拠り所にするかという点が非常に大切になります。
エイトブランディングデザインのオフィスには、これまで関わったブランドにまつわる商品などが一部ディスプレイされている
西澤氏が活動の初期に関わった「COEDOビール」
── エイトブランディングデザインを設立し、初めの仕事となったのは、よく知られている「COEDOビール」でしょうか?
西澤:そうですね。いわゆるブランディングを最初から体系的に手掛けたのは、COEDOビールが初めてでした。
当時から僕の中にはブランディングの方法論の構想がありました。それが「フォーカスRPCD®」です(「デザインノート」にて詳細を掲載)。これはリサーチから入って、戦略をプランニングして、コンセプトを開発し、それからデザインをしっかりつくっていくというフローだったのですが、当時はまだその実践例がありませんでした。
「フォーカスRPCD®」を示す図。自社の強みであるフォーカスを念頭に置きながら、リサーチ→プラン→コンセプト→デザインのサイクルを回してブランドを成長させていく
携わらせていただくことが決まったとき、COEDOビールの朝霧重治社長に「デザインを経営資源に使う『デザインマネジメント』の手法で臨みたいので、リサーチからしっかりしてみたい」と伝えました。朝霧社長がおもしろそうだと言ってくださったので、実際にやらせていただいたのですが、自分の考え方に間違いはなかったと感じました。それ以降は、どの案件も全部この「フォーカスRPCD®」に沿って行っています。
── どのような経緯でブランディングデザインを始められたのですか?
西澤:僕はもともとは建築学科の出身なのですが、京都工芸繊維大学の大学院時代、日本で初めて「デザイン経営工学科」という学科を立ち上げられた山内陸平先生と一緒に研究する中で、デザインマネジメントという分野も学んでいました。
特に海外の事例を多く研究していたのですが、当時フィリップスやサムスンは、デザインを「経営資源」として先端的に取り入れていたんですね。そうした企業の実例や、意思決定がどういう組織体制のもとでなされているかを調べたりして、「これは面白い」と感じていました。
大学院時代の研究が建築からデザイン経営へ移ったことが、自分のキャリアシフトにおいて最も大きな出来事だった気がします。ただ、当時はデザインマネジメントという分野の専門の仕事がなかったので、その後、東芝に入社しました。
── まずはプロダクトデザインに関わられたのですか?
西澤:はい。2年ほど開発グループでいろいろなことを経験しました。火力発電所のプロポーザルコンペに参加したり、先端的な医療機器の開発に関わったり。ただ、東芝全体や商品のブランディングをさせてもらえる部署ではなかったんです。やるにしてももう少しキャリアが必要でした。
それでも、デザインマネジメントというのがどういうことなのかを、自分の仕事としてやってみたいと思って、勢いで独立しました。自信があったわけではありません。本当にまったくの勢いでしたね。
“デザイン部長”としてクライアントと二人三脚
── 以来、さまざまな企業と仕事をされておられますね。
西澤:共につくることを意味する「共創」や「コクリエーション」という言葉を大切にしています。一定のフレームワークをつくって、スタッフともお客様ともさまざまな情報を共有しブランドをデザインしているのですが、建築でいえば、都市開発におけるワークショップなどの感じに近いのではないかと感じます。
だから僕の場合は、仕事の1つひとつが「作品」という意識は全然なくて、子育てというか運命共同体というか、「二人三脚でお客さまと一緒につくって育てている」という感覚があります。
仕事としては、これまでやったことのない業種の仕事は率先して引き受けるようにしていますね。美術館、神社、社会福祉施設、ガス会社などからも仕事が来たりします。こうした積み重ねを16年間させていただき、これまでにお仕事をさせてもらったブランドは100以上になりました。「ブランディングデザインで日本を元気にする」というコンセプトを掲げているので、仕事を通してそれを証明していくんだという感覚が自分の中には常にあります。
福岡天神にある博多「警固神社」のブランディングデザイン
LPガス「カナエル」のブランディングデザイン
ブランディングデザインを考える時、今はウェブ、映像のほかにもプロダクトやサービス設計、あとは空間デザインにも携わらないと、なかなかトータルでブランディングしたということにはなりません。
僕たちはクライアント企業の“デザイン部長”という役回りに近いポジションで、全体のデザインを担当させてもらいます。表面上のデザインだけではなく、デジタル面やもちろん経営面でも密に相談しながら、社会の変化とともにトータルでフォローしつつデザインさせてもらっています。
── スタッフでは分業していないと聞きますが、どのように人材を育てているのでしょうか?
西澤:基本的に弊社のスタッフには「ブランディングデザイナー」という職種しかありません。これは実は、建築設計事務所のロールモデルを応用しています。統合的なデザインができる人材を育てるために、各分野のデザインをひと通りできる訓練をしてもらうのです。ある程度トータルにデザインできるようになったら、ブランディングデザイナーとして認められるような感じです。
建築設計はそもそも統合的ですよね。1つの建築物をつくろうと思ったら、予算、法律、構造、クライアントのライフスタイルなど、フォローして一緒に解決していかなければならない事柄や問題がたくさんあります。
ブランディングデザインも一緒です。昔はロゴや商品、パンフレットなどといったものくらいしか「デザイン」されるべき事柄がなかっただけで、今はウェブもコミュニケーションツールも含めて幅広いメディアを複合的に運用する必要があります。たとえばSNSの展開や、サイトでのSEO(サーチエンジン最適化)といったことも全部考えていかなければならない。
やることは、本当に増えています。経営をデザインするという意味では、経営のあり方も時代とともに変わっていくので、その変化にアジャストできるデザインが必要なんです。
── 経営というと損益の勘定、経営資源の配分といったことも考えなければいけませんよね。具体的な数字の面までデザインの面からアプローチするのでしょうか?
西澤:実務の中ではマーケティングや経営についてもある程度の知識がないと、クライアントのサービス設計や戦略設計に携われないので勉強はしています。ですが、成果としての数字の部分にはコミットしていません。
僕らは「ブランディングは伝言ゲーム」と言っています。デザインだけで売り上げが上がるわけではありません。デザインやコミュニケーションが良くなったところで、クライアントがお客さまに営業するからその効果が高くなるのです。僕らはクライアントがマーケットを切りひらいていく道具や武器をデザインでつくり出す感覚で仕事をしています。
デザイナーもブランディングまで考える時代
── 設計では、特に店舗デザインに関わるときは建築物単独で考える時代ではなくなっていると思います。設計者が空間をつくる以外に考えるべきことはありますか?
西澤:「与件を整理すること」に尽きるでしょうね。僕らが言うところの「リサーチ」ですが、クライアントが気づかなかった課題を洗い出してあげることが大切です。クライアントが出してくる課題は、ごく一部ですよね。
設計者の皆さんは、理想的なアウトプットのかたちや、そこに至るまでに必要な過程がなんとなく先読みでイメージできるはずです。そうした目線で、初めにきちんと丁寧に与件の整理をすることが大事だと思います。
そうしてクライアントが見えていなかったところをポンと見出せるかが、クリエイティブの源泉になっている気がします。言い換えれば、アイデアは無理やりひねり出すものではなくて、見出した新しい与件を丁寧に考えていき、そこから自然に新しいかたちが生まれてくる。それがクリエイティブの本筋なのではないでしょうか。
僕たちは「ブランディングデザインの3階層®」を使って、クライアントの課題を整理していきます。コミュニケーションのデザインをはじめる前に、より上位階層のコンテンツやマネジメントに強い差異化要因のアイデアがみつからないか考えていくのです。
「ブランディングデザインの3階層®」。マネジメントレベルのデザインからはじめることで、強いブランドをつくり出す
── 例えば、クライアントから「建て替えてほしい」という相談があったとしても、解決策は建築物以外にあるかもしれないということですね?
西澤:そうですね。極端に言えば「この建物は本当に必要か?」と問い直すことが必要かもしれません。「都内に5000万円での家を建てたい」という人がいたとしても、必要なものは仮住まいのマンションと田舎の別荘なのかもしれないわけです。クライアントの言うことを与件として鵜呑みにしてしまうと、新しいアイデアは出てこないと思うので、いかに筋道を立てて“ほぐして”いけるか。その初動がうまい人が、良いクリエイティブを生み出せるのではないでしょうか。
僕らより上の世代の建築家であれば、向き合う課題は「かたち」がほとんどだったように思います。つくると決まった建物自体の前提条件から仕事がスタートしていたと思うのですが、最近の建築家やデザイナーは空間を使う組織づくりから考えたり、事業を興したりと、課題そのものをつくり出そうというクリエーションをされていて、現代的だなと見ています。
── 今はデザイナーがブランディングまでする必要が出てきたということですね。
西澤:まあ、建築の人がいきなりブランディングまでするのは難しいと思いますけどね。ただ、ブランディングデザインと建築を接続するという意識をもってプロジェクトを進めることは、とても面白いと思います。
例えば、デザインノートの特集号の中で事例として挙げた〈サツドラ〉はSUPPOSE DESIGN OFFICEの谷尻 誠さんと吉田 愛さんと協働しました。〈堀口珈琲〉はaaatの高塚章夫さんと。KAMITOPENの吉田昌弘さんとは〈カカオロジー〉の店舗や〈nana’s green tea〉の多店舗展開なども、一緒にしています。
北海道のドラッグストア「サツドラ」のブランディングデザインでは、SUPPOSE DESIGN OFFICEと協働。フラッグシップ店をともにつくった
〈横浜ロースタリー〉。スペシャルティコーヒー「HORIGUCHI COFFEE」のブランディングデザインから、製造工程を可視化することを目指してaaat高塚章夫建築設計事務所と協働
建築設計では建築家とブランディングデザイナーが協働すれば、大きな効果があるのではないかと感じます。そういう入り方をした事例が〈アーツ前橋〉(設計:水谷俊博建築設計事務所)です。すでにプロポーザルで採用された水谷さんのコンバージョン計画に、ソフトを強化するかたちでデザインを依頼していただいて参加しました。
〈アーツ前橋〉では街に開かれた施設となることを目指してブランディングを行い、VIを考案した
ある程度大きな規模だったり、その後に新たな展開を見据えてデザインするのであれば、僕らのようなブランディングデザイナーを巻き込むことをお勧めします。建物というハードと経営のソフト面がデザインで融合しやすくなります。
── 協働することが上手な方もいますが、建築家は自分で抱え込みがちにも見えます。
西澤:「自分たちでやれそうだ」という気がするのかもしれませんね。ご自身でやってみるのも面白いかもしれません。でも、クライアントの経営戦略までしっかり把握しているのかというと、デザイナーは経営までは勉強していないことがほとんどです。経営をデザインするプロセスはやっぱりアプローチが違うと思うので、ぜひブランディングデザイナーとコラボレーションしていただきたいと思います。
いったん “業界の当たり前” を忘れよう
── お仕事はどのようなキッカケでお話があるのですか?
西澤:雑誌を見たり、本を読んだり、セミナーを聞いてくださったりした方から相談を受けることが多いですね。逆にウェブサイトだけを見て依頼してくださる方は意外と少ないです。クライアントからすれば、ブランディングは「社運をかけたプロジェクト」という場合がほとんどなので、多くの方がしっかり僕らのことを調べ、覚悟を持って相談に来られます。
建築もその点では同じとは思うのですが、ブランディングの依頼では建物のように明確なイメージが持たれていません。だから「ブランディングとはなにか」ということを伝えることはとても大事な仕事だと考えています。いまだに「ブランディングって、ロゴやVIデザインでしょう?」と思っている人が多いんですけど、それは本当に部分的な話ですから。ブランディングは営業や生産、採用など、経営のすべてが紐づいている必要があります。
ブランディングデザインをしているときには、建築設計と同じように「解けた」と感じることがあるのですが、僕らが少し変わっているのは「クライアントと決めていく」ということです。クライアントと一緒にコンセプトをつくって戦略を立て、「だからデザインはこうですね」とみんなで「解けた」という状態までクリエイションしていくのです。
ブランドのプランニングでは、「業界の“当たり前”をどれだけ忘れられるか」を心がけています。例えば、味噌や醤油のような昔からあるモノを売るクライアントに対し、「味噌や醤油の業界の当たり前を、1回忘れましょう」と言えるかどうか。結局つくるのは味噌や醤油であったとしても、当たり前の部分を「忘れた」うえでいろいろとアイデアを出しておけば、1割ぐらいは新しいことができるんです。
それを意図的にできるかどうかが、新しいモノやコンセプトをつくり出すコツだと思います。建築の分野でいえば、特に今は「建物が本当に必要かどうか」ということが求められ始めていて、逆に面白い時代だと思うんです。あえて建てない建築や減築、あるいはリノベーションが当たり前になる時代にあって「新築を大前提にしない」と考えられると、面白いことが生まれてくると思います。
── 新しい建築家のあり方が見える気がします。
西澤:設計という技能は、今どんどん拡張中だと思います。活躍されている方々の仕事を見ていると、従来の建物をつくるための設計という職能を飛び超えている人が多いと思います。
建築の仕事はまだ建物がクライアントの身近なものなので説明しやすいのですが、僕のように建築の業界から外れた人間は、新たなレールを一所懸命につくりながらなんとか走っていかなければなりません。仕事の対象に対してのコミットの仕方を、きちんと言語化しなければ仕事自体が成立しなくなるからです。
そして、そうしたところから生まれた言説や方法論は、実は建築の人から見たときに得られる学びが多いのではないかと感じています。だから設計者の皆さんには、ぜひエイトブランディングデザインの経営に向き合う方法を参考にしていただきたいと思います。
西澤明洋氏のロジックとメソッドを解き明かし、設計者とのコラボレーション事例を数多く掲載した「デザインノート『西澤明洋の成功するブランディングデザイン』」はこちら。