TECTURE MAG では、若手の建築家の手掛けた事例を積極的に取り上げている。今回の連続記事では「次代の建築をつくる」と題し、これから本格的に活躍する建築家たちにインタビュー。これまで何を大事にして自らの基軸を見出してきたのか、これからどのように建築をつくろうとしているのかを浮き彫りにする。
「建築家」と一概にいっても、人々の暮らし方・働き方が多様化する現代においては建築活動の領域や方向性は多岐に渡る。この記事では、さまざまな視座からその活動が特徴的な建築家たちに注目していくことで、現代の建築界の全体像と、その次代を探ることを試みる。
第5回目は、KAMIYA ARCHITECTS代表の神谷修平氏。建築、土木、インテリア、家具、プロダクト、そして完成後のブランディングまで一気通貫して手掛ける。事務所設立以前には、隈研吾建築都市設計事務所やBIG(コペンハーゲン)に在籍し、それぞれのエッセンスや北欧文化を吸収。その経験を踏まえ、どのような創造をかたちにしているのか、これまで手掛けた各プロジェクトや、それらを超えて通じる建築への思考について詳しく聞いた。
Photo: nanako ono
神谷修平 | Shuhei Kamiya
建築家 / KAMIYA ARCHITECTS 代表1982年 愛知県生まれ。2005年 早稲田大学理工学部建築学科 卒業、2007年 早稲田大学大学院理工学研究科 修了。2007-2016年 隈研吾建築都市設計事務所 設計室長として国内外のプロジェクトを担当、2016-2017年 文化庁新進芸術家海外派遣制度によりデンマークに滞在、北欧のデザイン・文化を研究。滞在中はBIG (BJARKE INGELS GROUP) にてシニアアーキテクトを務める。2017年 東京青山に株式会社カミヤアーキテクツ 設立。
https://kamiya-architects.com/
INDEX
- 場所にとらわれない価値
- ジオメトリーを取り入れた建築
- 普遍的な個別解
- 雄大な自然と調和する「道」
- スケールにとらわれない価値
- 建築家=デザインで課題解決する人
場所にとらわれない価値
── 早速ですが、神谷さんが設計で大切にされていることを教えてください。
神谷修平氏(以下、神谷):建築は個別解となりがちですが、その中でデザイン開発においては、普遍的な価値をもつことを意識しています。その土地ならではの条件で成立する建築の「個別性」に対し、土地やクライアントの要望などの個別条件を超えた「普遍性」のあるデザインは、プレイスレス(placeless)な価値をもつと言えます。
また、設計手法として他者と共有しやすいことも特徴の1つです。プロジェクトごとに程度の差はあれど、常に普遍性を追求することで、建築設計事務所としての地力を蓄えようとしています。

神谷修平氏。
── 普遍性というと、具体的にはどのようなことでしょうか?
神谷:モジュールやシステムを開発するという姿勢も、その1つですね。分かりやすい事例としては、おはぎ専門店の〈ohagi3 FLAGSHIP CAFE〉。おはぎの円をモチーフに、空間デザインだけでなく家具や照明まで一貫して設計しました。ほかにも、ブランドのロゴやシンボルマークを含む、店舗全体のクリエイティブディレクションも手掛けています。

〈ohagi3 FLAGSHIP CAFE〉。エリアを仕切る「ohagi wall」は、円を積み木のように積み重ねたデザイン。Photo: Takumi Ota
神谷:今後、事業を拡大させていく際には、今回の店舗デザインを活用することで、ブランドイメージを普遍的な価値として幅広く展開することが可能です。このようなプロダクトの設計では、普遍性を特に重視しています。どのような場所でも揺るがない価値が求められているためです。

「ohagi wall」だけでなく、テーブルや照明などでも同じ円形の木板が用いられている。Photo: Takumi Ota
ジオメトリーを取り入れた建築
── では、1つの場所に固定される建築物には、どのような普遍性があるのでしょうか。
神谷:現状では、建物のかたちや素材に表れることが多いと感じています。例えば、軽井沢で設計した〈THE CONE〉では、建物のかたちにジオメトリー(特に純粋幾何学)を取り入れた点に普遍性を見出せます。
ここでは、敷地の大部分を占める斜面地に沿う、円弧型のプランを採用しました。崖側に向かって開く片流れ屋根を同様に掛け、断面はどこを切り取っても同じ形状となるように設計しています。基本構想の設計期間が2週間と非常に短かく、施工性・コストの効率にも配慮した結果でもあるこのジオメトリーによって生まれた円錐形ボリュームに、必要とされる機能を落とし込んでいきました。

〈THE CONE〉。建物上空から屋根を見る。Photo: Takumi Ota
── おはぎも「円」という幾何学でしたね。何か共通する狙いがあるのでしょうか。
神谷:1つの方向からでも純粋幾何学に見えるかたちは力強く、印象的なものになりますからね。〈THE CONE〉は、不動産開発事業などを手掛ける企業が立ち上げた新事業の一環として設計した、複数人で共同所有するシェアタイプの別荘です。そのため、住宅としての居心地だけではなく、ホテルとの中間のような存在としての付加価値が求められていました。

キッチンから見るリビング・ダイニング。Photo: Takumi Ota
神谷:内部では居心地の良さを常に最大化するよう、マテリアルとミニマルさの関係性を意識しています。表出する線の数を減らしているのですが、こうしたコントロールされたミニマルな空間に対して、暖炉を自然の巨石でつくるといった、人間がコントロールできないランダムネスを取り入れることで、印象的でありながらも落ち着く居場所となるようにしています。

リビング・ダイニングの中央には、重さ約3トンの巨石からつくられた暖炉を設置。Photo: Takumi Ota
〈THE CONE〉の概要は「TECTURE」サイトページをご覧ください。
https://www.tecture.jp/projects/5970
── そもそも、建築にジオメトリーを取り入れ始めたのはなぜでしょうか。
神谷:BIG(Bjarke Ingels Group)に勤め、2年ほど暮らしていた北欧での経験が大きいかもしれません。北欧の名建築には印象的で大胆なジオメトリーを用いた事例も多く、その外観は雄大な自然に引けを取らない存在感を放ちます。ですが、足を踏み入れると、きめが細かく整えられていくような艶感のある空間が広がり、人に寄り添う居心地の良さが感じられるのです。

〈8 House〉(設計:BIG)。Photo: KAMIYA ARCHITECTS

〈グルントヴィークス教会〉(設計:イェンセン・クリント)。Photo: KAMIYA ARCHITECTS
神谷:隈事務所での経験からも多くの学びを得ました。2つの国でそれぞれ師事した、2人の師匠の建築のエッセンスを掛け合わせ、いかに昇華させるかを模索し続けたのが、独立してから現在にいたる期間だったと感じています。
普遍的な個別解
── 「普遍性」と対比的に語られている「個別性」については、どのようにお考えでしょうか。
神谷:個別性が背景にないところには陳腐な普遍性しか生まれないと思っています。それでは、世界中どこでも同じように建つコンビニと同義になってしまう。建築はさまざまな制約や条件、リソースを踏まえた個別解として土地に根づいていきます。その根源にあるのは、世の中が多様であることですからね。
普遍性は、あくまで設計の手法やプロセスに対して。例えば、「ジオメトリーを用いる」や「ミニマルな空間にランダムネスを取り入れる」などは、手法としての再現性がありますが、プロジェクトごとに異なる条件を反映させた結果、最終的な建築物は個別解となります。

〈THE CONE〉外観。Photo: Takumi Ota
雄大な自然と調和する「道」
── ほかのプロジェクトについても教えてください。
神谷:〈山のアトリエ/海のヴィラ〉という、とあるクリエイターのアトリエと、その家族やゲストが過ごすヴィラを設計しました。敷地は広大な国立公園の森林に隣接し、太平洋を一望する雄大な自然の中に位置しています。

アトリエからは森に囲まれた庭園が伸びる。Photo: Takumi Ota
神谷:コンセプトの軸となるのは、「INSPIRATION TRAIL」というテーマで設計した、自然と一体となる「道」です。細長い敷地形状に対し、海側のオーシャンテラスから2棟の建築、庭園、星見台までを繋げています。クリエイターであるクライアントがスケッチブック片手に歩き、自由なインスピレーションを育むことができる環境を考えました。終点にあたる星見台では上空の視界が抜けていて、寝転んで星空を楽しむことができます。

庭園を歩いた先にある「STARDAM」(星見台+ダム)。Photo: Takumi Ota
また、この土地は土砂災害のレッドゾーンに指定されているような環境の厳しい地域です。地産材である小松石造りの星見台は、治水のための堤(ダム)としての機能も備えています。
── 星見台は家具でありながら、土木としてのスケールを合わせもつのですね。
神谷:星見台には、建物と外構の灯りを一括で消灯できるスイッチが付いています。庭園を歩き切った先で、ほかの灯りに邪魔をされずに星空と対峙する。そんなストーリーを描いていました。少しロマンチックかもしれませんが、クライアントはストーリーも含めて気に入ってくれています。なので、スケールの話で言えば、土木を超え、家具と天体のスケールを横断するようなイメージでした。

「STARDAM」へのアプローチ。Photo: Takumi Ota
スケールにとらわれない価値
── 神谷さんの手掛けるプロジェクトは、スケールの幅が広いですよね。
神谷:スケール感は常々意識していることの1つですからね。〈THE CONTOUR〉という都内の集合住宅では、コンクリート外壁の目地を20cm間隔で設けています。これもスケールの横断の1つで、一般的にコンクリートの目地は約3m間隔で入れられるのですが、最小単位である20cmを積み重ねていくことで、多様な高さに応用できます。実際にエントランスや屋上では、全体の幾何学的リズムに合わせて単位を積み重ね、外壁を家具的なスケールにまで落とし込んでいます。

〈THE CONTOUR〉エントランス。外壁が徐々に崩れて腰掛に。Photo: Takumi Ota
── このプロジェクトには、どういった背景があったのでしょうか。
神谷:投資用集合住宅という性格上、最大容積を無駄なく確保することが求められていました。また、敷地は道路側の2面が環状線と歩道橋に接していて、プライバシーの確保が難しい条件下にありました。
こうなると、どうにか手を加えられそうなのはファサードくらいなものです。こうした課題に対して、木や石などの自然素材を仕上げ材として用いることで建物の圧迫感を和らげる、といった手法がよく見られますが、私はスケールの操作による解答を試みました。モジュール操作と言われればその通りですが、積み木を組み立てていくような、自由な発想を受け止められる設計手法を導き出せたのではないかと思います。

Photo: Takumi Ota
── 普遍的な価値があるからこそスケールを横断できる、とも考えられますね。
神谷:そうかもしれません。当然ですが、どのプロジェクトでもクライアントは私たちの実績から依頼の判断をされることが多いです。建築の姿形はもちろん、コンセプト、ディテール、どういった態度で取り組んでいるのか、その隅々まで見られています。
何が次の依頼に繋がるのか分からない以上、スケールの大小にとらわれず1つ1つ丁寧な仕事をし、それを説明し尽くしていくしかありません。そこで重要になるのが、プロジェクトごとに一貫し、時にプロジェクト間を飛び越える、プレイスレスな価値の有無なのです。

自然木でつくった、シンプルな積み木のような玩具〈TSUMIKI〉。神谷氏が隈研吾建築都市設計事務所で担当。Photo: nanako ono

製品発表の際には六本木ミッドタウンで、スケールアップされた〈TSUMIKI〉で広場をデザインした。Photo: KAMIYA ARCHITECTS
建築家=デザインで課題解決する人
── プレイスレスな価値というのは、プロジェクトの初期から意識されているのですか?
神谷:そうですね。私たちは「価値を建築する」ことを大切にしていて、「どんな価値を達成したいのか」を時間を掛けてクライアントと構築していきます。ほかには、プロジェクトに合わせて制作したプロダクトが、後に評価され、プロジェクトをまたぐ普遍的な価値あるものになるケースなどもあります。
1つのプロジェクトの最適解を探るためには、「何のためにつくるのか」という根っこの部分にも、常に疑いの目をもつ必要があります。建築は先人が開発してきた知恵や技術の延長にある訳ですから、その根本を疑うことは、建築およびデザインの歴史そのものを前に進めていくためにも重要なプロセスです。
── 普遍性を求める設計姿勢の根源は何でしょうか。神谷さんの師匠2人が手掛けるプロジェクトも幅広いですよね。
神谷:学生の頃から「クリエイティブに関わることなら何でも挑戦したい」と考えていました。そして、それを実現できる設計事務所を就職先に選びました。隈事務所の採用面談では「大きな都市計画から小さなプロダクトまで、何でもやる場所で揉まれたい」と隈さんに伝えたことを覚えています。

神谷氏が隈研吾建築都市設計事務所で担当した〈TSUMIKI〉。Photo: nanako ono

神谷氏が隈研吾建築都市設計事務所で担当した〈九州芸文館 本館・アネックス〉 。Photo: KAMIYA ARCHITECTS
神谷:北欧での経験も、この考えをより確信させてくれるものでした。北欧において建築家は「プロジェクトの課題を定義しデザインによって解決する」存在といった、大きな枠割を担っていると感じました。私が在籍したBIGでは、都市計画も建築もプロダクトも、プロジェクトに対する解決手段として同列に扱われ、プロジェクト間を超えた価値基準がそこにはありました。
日本では建築は建築設計事務所が、プロダクトはプロダクトデザイナーが、と役割が明確に分けられていることの方が多いですよね。どちらも一長一短で、日本の場合、細分化されていることで1つ1つのモノづくりの精度が高められるといったメリットがあるとは感じています。
ですが私は、プロジェクトの課題を正確に把握したうえで、総合的なクリエイティブでその解決をしたいと考えています。驕りかもしれませんが、建築家はそうあるべきだと考えています。
(後編へ続く)