多くの読者の関心を集める建築には、必ず理由があります。設計の巧みさや空間の魅力はもちろんのこと、現代の社会性や使い手の身体感覚とどこかで深く共鳴しているからこそ、人を惹きつけるのではないでしょうか。
この記事では、「PROJECT」月間PVランキングで上位となった作品を、多く読まれたという事実を1つの手がかりに、建築がどのように構想され、かたちになっていったのかを紐といていきます。
2026年3月の月間PVランキングの1位は、KKALAによる〈斜めの家〉。共同代表の工藤希久枝 氏、工藤キュウリ 氏にインタビューを行い、事務所のデビュー作となる本作の設計背景や思考のプロセス、そして多くの読者の関心を集めた理由を探りました。
INDEX
- 広大な敷地のなかで、内と外という異なる指向性を受け止める
- 「斜め」を際立たせる正方形
- 段々の床が生む空間の多様性
- 「浜辺のような建築」
- なぜ、この建築は読まれたのか
KKALA
工藤希久枝|Kikue Kudo
1994年 静岡県生まれ。2019年 東京都市大学大学院 修了。2019-23年 内藤廣建築設計事務所 勤務。2025年 KKALA 設立。工藤キュウリ|Kyuri Kudo
1996年 神奈川県生まれ。2019年 東京都市大学 卒業。2019-25年 隈研吾建築都市設計事務所 勤務。2025年 KKALA 設立。
広大な敷地のなかで、内と外という異なる指向性を受け止める
── 〈斜めの家〉はKKALAにとっての独立第1作ですね。まずは、プロジェクトが始動した経緯からお聞かせください。
工藤キュウリ氏(以下、キュウリ):クライアントは、私たちと同世代の画家一家です。画家であるお父さんの個展に、私の手がけた椅子が展示されたことがきっかけでした。その椅子を気に入ってくださり、「いつか住宅を建てる時は、お願いするよ」と声をかけてもらったのが始まりです。
私たちは当時、お互いに設計事務所に在籍していたので、まずは私が職務の傍ら、3年ほどかけて構想を練りました。やがて計画が具体化するなかで「このプロジェクトに腰を据えて取り組もう」と、独立を決意しました。
工藤希久枝氏(以下、希久枝):私は事務所を退所したタイミングで計画に加わりました。実施設計をまとめ、着工を目前に控えた時期に、2人で「KKALA」という事務所を掲げることにしました。

坂のうえに、斜めに掛かった切妻屋根の平屋がぽつんと建つ。Photo: KKALA
── とても広大な土地が舞台となりました。どのように建築を立ち上げようと考えたのでしょうか。
キュウリ:敷地は浅間山を望む標高1,000mの山あいに位置します。広大な環境に魅せられ、家族は「ここで暮らしたい」と強く決意されたようでした。

敷地周辺の景観。広大でなだらかな傾斜地に、ゆったりと住宅が点在している。Photo: KKALA

建物前面の通りから外観を見る。Photo: KKALA
キュウリ:住宅は極めて私的な場所であり、画家のためのアトリエもまた、自分自身と深く向き合うための内省的な場となります。一方で、この地には雄大な風景への「開き」もある。その両義的な性質を、手がかりの少ない広大な原っぱのなかでどう建築として定着させるか。また、その中で家族がどのように生きていくのか。それが思考の出発点でした。
スタディでは、外向性と内向性のあいだを行き来しながら、この土地がもつ質に寄り添う可能性を探りました。時間がありましたので膨大な検討数を経て、たどり着いたのは、単純な傾いた正方形であり、それは一種の悟りのようでもありました。それは、敷地の「斜め」という条件を素直に受け止めつつ、そこに彼らの営みを重ねていく上で導かれた、自然な解でした。

スタディの変遷。右下から左上へ、多様な形式の検討を経て正方形の平面へと行き着いた。

配置図/平面図
「斜め」を際立たせる正方形
── 正方形へと収束した決め手は何だったのでしょうか。
希久枝:当初は、「斜め」という条件を建物そのものにも反映させようとしていました。しかし、検討を重ねるうちに、むしろ建物のかたちがシンプルであればあるほど、地形の「斜め」が際立つのではないかと考え、最終的には10m角の正方形という平面形に落ち着きました。整った平面形だからこそ、その内部に思いがけない方向性やズレが生まれたと感じています。
家の中央には、5.5m角のアトリエを配置しています。最終的には絵を描くことと暮らすことが分断されないよう、アトリエをあえて生活動線の中心へと据えました。
キュウリ:ここで「絵を描く」という行為は、画家個人の営みにとどまらず、家族のためにあります。彼らの生活のなかに、描くことは溶け込んでいます。お父さんが絵を描いている横で小さな娘さんが気ままに走り回っている。そんな風景を想像しながら、創作と暮らしが緩やかに重なり合う正方形を見つけました。空間は斜めにずれながら連続して、日々の営みが自然に広がっていきます。 昨年、お母さんはここでアクセサリーショップを立ち上げました。まさに家でありアトリエなんです。
段々の床が生む空間の多様性
── 断面については、どのような思考を辿られたのでしょうか。
希久枝:地形に沿って斜めに打った基礎の上に、床を水平に、段状に架け渡す構成をとりました。天井は地形と同じ傾斜で伸びているため、同一の床レベルであっても立つ位置によって天井との距離が変化します。

断面図
キュウリ:床のもっとも高い玄関からダイニングの大開口を望むと、視線は斜面に沿って流れ、足元のたんぽぽ畑を這います。そこからアトリエ、ダイニングへと降りていくにつれて、次第に視線は水平へ角度を変え、やがて遠くのアルプスの山並みへと抜けていきます。
この風景の変化は、窓だけでなく、部屋同士の関係性にも現れます。ある床の高さを変えると、どこかから見える景色ががらりと変わるので、微調整に微調整を重ね、絶妙なバランスの上にこの空間は成立しています。これは、体験してみないと分かりません。

アトリエからリビングを見る。Photo: KKALA
── 「斜め」の建築として成立させる上で、どのようなハードルがありましたか。
希久枝:構造面では、屋根の形状が1つのハードルでした。構造は構造設計事務所のKAPさんにお願いしました。当初はシャープな外観を求めて片流れ屋根を検討していましたが、構造的な合理性を優先すると室内に4本の柱が必要になってしまう。そこで、中央に棟を通した切妻屋根へと計画を変更しました。結果的には、敷地の勾配と直交する方向にも屋根の傾斜が生まれ、空間が広がりました。

施工風景。基礎は地形の勾配(1.4寸)に沿って打設。Photo: KKALA
キュウリ:「斜め」の選択は、平面構成を成立するうえで、極めて合理的な手段でもありました。コンクリートの打設量は平地の住宅と同等に抑えられています。一般的に斜面地では、造成によって地面を平らに整えるため、盛土や切土、擁壁の立ち上げによりコストがかかります。しかし、「斜め」はそれらの負担を必要としませんでした。みんながそれに気づき、イメージを共有できたことで、実現に至りました。
物価高騰が続く現在において、私たちは低コストであればあるほど、空間の純度を高める契機であると捉えています。不要な要素は削ぎ落され、本質だけがそこに残ります。

ダイニング・リビングの開口はサッシを外付けとし、室内からはその存在を消すことで景観だけを切り取る。 Photo: KKALA

基礎と同じく、屋根も地形に沿って架けられている。Photo: KKALA
「浜辺のような建築」
── 本作は、若手建築家の登竜門「U-35 Architects exhibition 2025」にも出展されていました。そこでは「浜辺のような建築」というタイトルを掲げていましたね。
キュウリ:私たちは、浜辺という場所がもつおおらかさが好きです。そこでは人々が思い思いに自由な時間を過ごしながらも、海や夕日のような共有の風景を介して、緩やかに繋がっています。この建築において「斜め」という環境は、個々の生活要素を1つに結びつける、浜辺のような役割を担っていると考えています。
この家のなかにいると、いつの間にかステップに腰をおろして、足をぷらぷらと揺らしながら、裏の林に落ちる夕陽を眺めてしまうのです。
希久枝:事務所名の「KKALA(カラー)」にも、その自由なあり方への想いを込めています。お花のカラー(Calla)や、互いのイニシャルである「K」に由来していますが、加えて「Liberal(自由な)」という言葉も含み、「Kikue and Kouhei Associate for Liberal Architecture」の頭文字から名付けました。

「U-35 Architects exhibition 2025」で展示した、浜辺のイメージスケッチ。
── ちなみに、「キュウリ」というお名前の由来は?
キュウリ:ご存知の方も多いかと思いますが、建築界に私の本名と同姓同名の素晴らしい先輩がいらっしゃいまして……。実業家の遠山正道さんに相談したところ、「変えた方が良い!」と助言をいただき、好物の「キュウリ」を名乗ることにしました。
世の中にはキュウリが苦手な方もいるようで驚きましたが、子供たちに一発で「キュウリさん」と覚えてもらえるので気に入っています。
1作目を経て見えてきた、KKALAの原点
── このデビュー作を経て、建築に対する考え方に変化はありましたか。
希久枝:〈斜めの家〉を多くの方に見てもらうきっかけとなった「U-35」への出展は、自分たちの考えを「伝える」ことの重要性を再認識する機会となりました。実物を誰もが見られるわけではないからこそ、あらゆる媒介を通して私たちの考えを伝えることは、設計活動の大切な一部分であることを感じました。
私は色々な批評のなかで、これでよかったのか、と反芻してしまうこともあったのですが、恩師からいただいた「良いね」のひと言で、背伸びせずに今後も頑張ろうと強く背中を押されました。
キュウリ:初作として、つい要素を詰め込みたくなることも多々ありましたが、何度も思い直して、自分たちの自然なスタンスを形にできたと、手応えがあります。これから何十年も先に立ち返ることのできる、1つの指標ができたと感じています。
なぜ、この建築は読まれたのか
── 月間PVランキングで1位となった理由を、設計者の視点でどのように分析されていますか。
キュウリ:外観からは内部の様子が想像できない、ある種の「謎」めいた雰囲気があったのかもしれません。実際、お父さんも近所の方から「中は一体どうなっているのですか?」と尋ねられるそうです。そうした「中を見てみたい」と思わせる意外性が、読者の好奇心に繋がったのかもしれません。

Photo: KKALA
── 最後に、事務所でお気に入りの場所を教えてください。
希久枝:特に気に入っているのは広いバルコニーです。室内の倍の広さをもつこの「余白」が、生活や創作のすぐそばにあるだけで、不思議と気持ちにゆとりが生まれるのを感じています。
キュウリ: 必要なときに、必要な使い方ができる「余白」の存在は、今回の〈斜めの家〉にも通じるテーマです。そうした自由な空気感を大切にしながら、ここからまた、KKALAらしい建築を考えていきたいですね。

Photo: KKALA
(2026.04.09 KKALA 自宅兼アトリエにて)
特記なき図版・画像提供:KKALA
Interview & text: Naomichi Suzuki
