![[Interview]I IN:「FRAME」インタビュー日本語版](https://magazine-asset.tecture.jp/wpcms/wp-content/uploads/2025/03/28171248/top_thumbnail_20250328_003.jpg)
4月25日より公開中の映画『異端者の家』についてご紹介します。
『TECTURE MAG』では、本作品のメディア向け試写で作品を鑑賞。そのうえで、プロダクション・デザイナーを務めたフィリップ・メッシーナ氏にオンラインでインタビューを行いました。
映画『ブルータリスト』の試写会レポート(2025年2月掲載)でも触れましたが、映画制作における”プロダクション・デザイナー”とは、日本映画でいうところの美術監督です。その映画の世界観形成に重要な役割を担います。主人公らの背後に映り込むインテリアやプロダクト、演者の衣装なども、メガホンをとる監督と打ち合わせを重ね、作品世界をつくりあげていきます。
「私の仕事は観客を旅に連れて行くようなもの」と語るメッシーナ氏。『異端者の家』におけるその仕事について語ったインタビューの内容をお伝えする前に、本作『異端者の家』のあらすじと、3人の登場人物について、予備知識として簡単に触れておきます。
ヒュー・グラント演じるリード氏の家を訪問するシスター2人
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『異端者の家』作品概要
主な登場人物(カッコ内は演者名)
・シスター・パクストン(クロエ・イースト)
・シスター・バーンズ(ソフィー・サッチャー)
・ミスター・リード(ヒュー・グラント)あらすじ
シスター・パクストンとシスター・バーンズは、コロラド州のとある地方都市で、自分たちが信じる宗教の布教活動を行っている若い女性。2人1組で自転車にのり、見知らぬ家の扉の前で2人で予行演習もしながら、根気強く、1軒1軒訪ねて回っていた。
ある日のこと、まわりを木々に囲まれた1軒家を訪れる。ドアベルを鳴らすと、出てきたのはリードという初老の男性。彼は2人に対して気さくな態度をとり、詳しい話は家の中でと招き入れる。若いシスター2人には、家庭訪問に際して守るべきルールがあったが、「妻が奥のキッチンにいる」と聞き、足を踏み入れる。玄関とは短い廊下でつながっているリビングルームに通され、詳しく教義の説明を始めてみると、リード氏が天才的な頭脳の持ち主であることがわかってくる。彼が展開する宗教論に対し、若い2人は太刀打ちできず、あたかも心理学者か精神科医のように心の内側にまで踏み込まれ、動揺を隠しきれない。
そのうち、シスター・バーンズは気づいた。通されたリビングルームは、一見してアットフォームな照明とインテリアなのだが、窓はとても小さく、いわゆる”はめ殺し”でFIXされている。そして、パイを焼く香りはほのかに漂ってくるものの、リード氏が「奥のキッチンにいる」と言った夫人はいっこうに姿を見せない。次第に不安を募らせ、それが確信に変わったとき、2人はリード氏に嘘をついて家からの脱出を試みるものの、玄関ドアは固く閉ざされ、内側から開けることができなかった。
この展開を予想していたリード氏は、リビングルームの奥の部屋「書斎」で2人を待ち受け、この家から出る方法として2人にある提案を行う。それは「BELIEF(信仰)」と「DESBELIEF(不信仰)」とそれぞれ書かれた扉を開け、その先にあるという出口を目指すこと。厳しい選択を迫られた2人に、信仰心を根底から揺さぶる悪夢のような体験が待ち受ける。(上映時間:1時間51分)※以下、設問と回答にネタバレを含みます
本作の冒頭シーン、舞台が現代であることを年若い2人の主人公のありふれた会話で表現している
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——編集部
本作では、最初に通されたリビングルームで本作の予兆が示され、若いシスターたちの運命が暗転する書斎が重厚なつくりとなっていて、その奥には暗い雰囲気の礼拝室、地下室へとシーンが移っていきます。この”異端者(Heretic)の家”をどのようにつくりあげていったのでしょうか。
——フィリップ・メッシーナ氏(本作 プロダクションデザイナー)
本作では、リビングルーム、書斎、礼拝室、地下室という連続する空間を、それぞれ重点的に取り組むことから始めました。ストーリーの展開にあわせて舞台となる部屋の様相も変わっていくからです。
その空間や置かれているモノがもつ雰囲気などを通して、主人公のシスター2人と一緒に家の中を進むことになる観客も、2人がこれから味わう恐怖を味わうことになります。その最初の部屋となるリビングルームのデザインは、できるだけその恐怖を”控えめ”にしように心がけました。かつ、違和感や不快感も醸し出して、少しずつ慣れさせていく。一見すると普通のリビングルームなのですが、若いシスター2人が体験したように、時間が経つにつれて違和感を覚え始めます。『どうして窓がこんなに小さいのだろう?』といったように。
——編集部
リビングルームでは、壁紙のデザインに留意した点があると事前資料に書かれていました。いわく、「少し頑張ったかんじの花柄」であると。
——メッシーナ氏
そうです。このリビングルームの壁紙もいちからデザインしています。参考にしたのは、1970年代にみられた住宅のインテリアで、今の時代からみれば派手だなと思う、私なら自宅には絶対に貼らないような(笑)。それを意図的に大きくして使っています。人に違和感を覚えさせることを意図したデザインです。壁紙を黄色系にしたのも動揺に意図的な差配で、黄色は危険なサインを示すものであり、不安をかきたて、その先に潜む狂気を連想させます。クモが巣に系を張っていくような仕掛けとなっています。
リード氏のリビングルームはさまざまな伏線が張られているのでお見逃しなく!
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——編集部
暗示されていた狂気が、奥へいくほど強まっていくので、導入部のリビングルームは重要な空間となりますね。
——メッシーナ氏
かつ、このリビングルームは、時空を超越したような空間にしたかった。本作は、何年何月の出来事であると明示していませんが、冒頭のシーンは現代であることを示唆して始まります。シスター2人は現代的な思考と移動手段(自転車)で行動し、観客はしばしその様子を眺めていますが、リード氏の家に足を踏み入れたとたん、その時代感覚がなくなる。その転換は意識して空間をつくりこんでいます。
リード氏の家はまるまる1軒建てたわけではなく、例えば「リビングルーム+廊下」といった組み合わせのセットをいくつか立て込んでいます。
平面図でみていくと、リビングルームを挟んで、玄関と書斎が短い廊下でそれぞれつながり、リード氏が待ち構えている書斎は、蜘蛛の巣をイメージした空間です。天井はドーム型で、イスラム寺院のように星を描いて、幾何学的なデザインです。デコラティブな要素もあったリビングルームと異なり、天井と壁はすべて同じ色で塗装しています。
また、極めて鋭角なコーナーになっている壁をリード氏が背にしたシーンがあるのですが、そこは、居住空間としての快適性よりも、鑑賞者を含めた見る者の不安感を強めることを重視したカットとなっています。
シスター2人がリード氏と対峙して決断を迫られる場面では「一般的な住宅ではありえない鋭角な壁」が登場する
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——編集部
この部屋に陣取るリード氏が、木彫りの小さな人形をつくり、模型の上で動かすシーンが、蜘蛛の巣にかかった若い2人の運命を弄んでいるようで不気味でした。この建築模型が木製で、かなり重厚なつくりでした。
——メッシーナ氏
若いシスター2人には生きてここから出られるかという危機でも、リード氏にとってはゲーム感覚であることを示しています。リード氏の支配から脱するには、より不気味なこの家の最深部に進むしかない。
あの模型は実は、脚本段階ではダンボールでつくられたような簡素なイメージだったのですが、木でつくることを提案しました。ただ、あのリード氏の家の構造は本当に複雑で、ストーリー展開に忠実につくるには困難を伴いました。
コンピューターで3Dモデルを作成してから模型に反映しています。この世界のプロダクションデザイナーで3D技術をツールとして使っている人は少ないと思いますが、私はすべての仕事で使っています。これまで手がけたものでは、『ハンガーゲーム』(第1作は2012年公開)の世界を3Dでつくりあげました。
リード氏の書斎に置かれた重厚な木製模型
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——編集部
メッシーナさんは大学で建築を学んでいたそうですね。
——メッシーナ氏
はい、コーネル大学で建築を専攻し、学位も取得しました。紙に手でパースを描いていた経験もあります。だからデッサンやイメージスケッチは得意です。大学を卒業してすぐに映画業界で働き始めました。建築と映画の世界では、やるべき仕事の量と質も異なりますが、おそらく建築家としては成功しなかったであろうと思うので(笑)、この仕事を選んでよかったと思っています。
シーンにあわせて選ばれたマテリアルなどによる視覚効果のほか、日本人には馴染み深い「鹿威し(ししおどし)」の音など聴覚の仕掛けもあり。「当初から脚本で設定されていたもので、心理的になにか強調したいときに音を出しています」(メッシーナ氏談)
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『モーリス』(1987)、『日の名残り』(1993)、『フォー・ウェディング』(1994)、『ノッティングヒルの恋人』(1999)など出演作多数、英国を代表する俳優の1人であり、”ラブコメの帝王”の異名もとるヒュー・グラントが、キャリアで初となる”悪役”を演じることでも本作は話題となっている
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——メッシーナ氏
地下のシーンの世界感をつくるために、リード氏が読んだであろう、ダンテの神曲「地獄篇」や、悪魔崇拝や黒魔術についてリサーチしています。リード氏が好んだであろう一節は、部屋に飾られた芸術作品で表されていて、この映画の最も恐ろしい禁断の秘密を視覚的に示しています。
本作のクライマックスとなる、ある奇跡がおこる部屋では、テーブルと椅子だけが置かれ、ライティングも暗くせざるをえないことがわかっていたので、ほのかな光のなかで背景となるものとして、質感をもった素材を選びました。リサーチで耐火レンガの資料を見つけたので、それを取り寄せて壁に貼っています。
さらに奥へ進んでいくと、トンネルがあり、土や泥、木材といった有機的なマテリアルでつくられた、鉱山のトンネルのような世界に辿り着きます。この空間はリード氏の心の闇、最新部を表現しています。
最後に登場する部屋については、脚本には「黒い部屋」とだけ書かれていたのですが、若い主人公が冷酷な試練にさらされ続けているというストーリーを最後まで維持したいと考え、冷蔵庫の中みたいにしたいと監督に提案して、採用されました。壁の素材は、まちの金物店で買えるような銀色の金属で、裏でジャッキで支えています。よって撮影中に金属が崩れ落ちて崩壊する可能性もありました(笑)。
このように、本作に登場するすべての空間は、リード氏の考え方や精神を暗示しています。その空間はどのようなものなのか、制作期間中、私はずっとリード氏になりきって考えました。劇中でリード氏は”妻帯者の普通の人のふり”をしていましたが、私にとっては、この悪魔的な頭脳をもつ架空の男の内面に入っていくという心理的な作業が必要となりました。その作業、体験は、とても楽しいものでした。プロダクションデザイナーとしての私の役割は、観客を映画の世界の旅へと誘うことだと考えています。
——編集部
観客は映画鑑賞ではどうしても演者の表情に注目して目を奪われがちですが、その背景にも、さまざまなストーリーがあるのだと知りました。本日はありがとうございました。
フィリップ・メッシーナ氏 近影(本人提供)
原題:Heretic
2024年 / 1時間51分(カラー) / アメリカ・カナダ
出演:ヒュー・グラント、ソフィー・サッチャー、クロエ・イーストほか
監督・脚本:スコット・ベック& ブライアン・ウッズ
撮影:チョン・ジョンフン
プロダクションデザイナー:フィリップ・メッシーナ
音楽:クリス・ベーコン
日本語字幕翻訳:松浦美奈
配給:ハピネットファントム・スタジオ
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#Happinet phantom YouTube: 映画『異端者の家』本編特別映像(2025/05/02)
映画『異端者の家』公式ウェブサイト
https://happinet-phantom.com/heretic/
Interview by TEAM TECTURE MAG(Interviewer: Jun Kato + Writer: Naoko Endo)