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[大阪・関西万博 Interview]シャイカ・アル・ケトビに聞く、日本とUAEの共創が生んだ持続可能な建築体験〈UAEパビリオン〉

農業廃棄物を再利用!“素材から語る建築”というテーマで計画された〈UAEパビリオン〉

[大阪・関西万博 Interview]:シャイカ・アル・ケトビに聞く「日本とUAEの共創が生んだ持続可能な建築体験」

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シャイカ・アル・ケトビ氏が導いた、ナツメヤシとともに築く未来建築

2025年大阪・関西万博のエンパワーリングゾーンにおいて、アラブ首長国連邦(UAE)パビリオンは訪れる人々に深い印象を残しています。「Earth to Ether(大地から天空へ)」と名づけられたこの建築は、伝統と革新、素材と技術、そしてUAEと日本の文化が融合する実験の場として誕生しました。

本プロジェクトのクリエイティブ・ディレクターを務めるのは、UAE出身のマルチメディア・アーティスト、シャイカ・アル・ケトビ氏。彼女の芸術的視点と建築への感性は、空間の構成や素材選びにおいても明確に現れています。

「素材の中に宿る記憶や物語を建築に封じ込めたかったんです。来場者が五感を通してUAEの息吹を感じられるように設計しました」と、ケトビ氏は語ります。

シャイカ・アル・ケトビ|2025年⼤阪・関⻄万博アラブ⾸⻑国連邦館(UAEパビリオン)副代表 (副コミッショナー・ジェネラル)兼 クリエイティブ・ディレクター

  

  

写真、描画(ドローイング)、インスタレーション(空間全体を使った芸術表現)などを手がけるマルチメディア・アーティストであり、UAE パビリオンのクリエイティブ・ディレクター。

現在はアブダビと東京を拠点に活動し、UAE パビリオンのデザイン、クリエイティブコンテンツの開発・制作を統括。パビリオン内で展開される独自のエミラティと日本のコラボレーションも手がける。UAEを代表するビジュアルアーティストとして、UAE パビリオンにおける真の芸術的表現をリード。その視点は、駐日 UAE 大使館の文化担当官としての経験、そして日本で暮らし学んだエミラティ(UAE 出身者)としての個人的背景に基づいている。東京藝術大学大学院にてグローバル・アーツ・プラクティスの修士号を取得、UAEのザイード大学芸術・創造学部でビジュアルアーツの学士号を取得。
彼女の作品は、東京、アブダビ、ロンドン、リヤド、ワシントンD.C.など、世界各地の展覧会で紹介されている。

構造の象徴:90本のナツメヤシ柱

パビリオンの中心には、高さ16メートル、合計90本にもおよぶナツメヤシの葉軸(ラキス)で構成された柱群がそびえ立ちます。これらの柱は、かつてUAEで庶民の住まいに使われていた「アリーシュ」と呼ばれる伝統的な建築様式に着想を得たもので、自然素材の力強さと美しさを体現しています。

また、建築そのものが自立式のプレファブ構造として構成されており、会期後の再利用や移築を見据えた構造設計となっている点も特筆すべき特徴です。

UAEパビリオン

– なぜナツメヤシが中心的なモチーフとして選ばれたのでしょうか?

シャイカ・アル・ケトビ氏(以下略称):ナツメヤシは、私たち(UAEの人々)のストーリーの中心的存在です。UAEには約4,000万本のナツメヤシがあり、国民1人あたり4本の割合になります。これらの木々からは毎年大量の農業廃棄物が出ますが、私たちはその廃棄物をどう再利用して建築やデザインに活かせるかを探っています。象徴的であると同時に、持続可能性にもつながっています

– ほかには、どのようにナツメヤシが使われていますか?

シャイカ:柱だけでなく、床タイルにもナツメヤシの廃材とセメントを混ぜたものが使われています。また、「デートフォーム(Dateform)」というナツメヤシの種を原料としたバイオ素材も使われており、パビリオンのピンバッジや屋外用家具(屋外にあるベンチ)に使用されています。さらに、「カーペット・ロケット」という大きな彫刻も、ナツメヤシの葉を使った伝統的な「クース」編みで、UAEの女性職人たちによって手作業で制作されました。

サステナビリティと素材の革新

UAEパビリオンでは、“素材から語る建築”というテーマが徹底されています。使用されているナツメヤシは、廃材として農業の現場から排出された葉軸や種を再利用しており、従来なら廃棄されるはずのものに新たな価値を与えています。床面には、ナツメヤシの種を再利用した「デーツクリート」というセメント代替素材が使われ、外構の屋外家具には、同じくナツメヤシ由来の「デーツフォーム」と呼ばれるバイオ素材が用いられ、素材全体が持続可能性に配慮された設計となっています。

UAEパビリオン 大阪万博

UAEパビリオン 大阪万博

これらの素材は、UAE、チュニジア、エジプトの農家と連携して環境に配慮した、新たなサプライチェーンの構築により建築素材としての安定供給が実現。日本の木工専門家によって、選別・乾燥・整形といった厳しい品質管理がおこなわれ、日本国内の厳格な輸入基準をクリアしたうえで建設現場に届けられました。

感覚を刺激する空間設計

UAEパビリオンでは、建築が単なる容れ物ではなく、文化と技術、歴史と未来をつなぐ「語り手」として機能しています。会場内には、UAEの宇宙開発を象徴する「ホープ・プローブ」のロケットを模した「カーペット・ロケット」が展示されており、その外装はUAEの女性職人がヤシの葉で編み上げた伝統技術「クース」によって製作されています。また、伝統織物「サドゥ」のインスタレーションなど様々な展示が点在しているため、美術館を巡るように空間を歩く設計となっています。

UAEパビリオン

また、柱構造の設計と製作には日本の木構造技術の粋が結集されており、柱の接合部には、和の伝統である、仕口(しぐち)や継手(つぎて)に着想を得た木組み技術が導入されています。和とアラブの技術が交差する象徴的な構造ディテールが随所に散りばめられています。

そして、来場者を優しく包み込むナツメヤシの自然な甘い香りは、パビリオンでの体験に臨場感や没入感という要素を加える重要な仕掛けを果たすことで、物理的な建築としてだけでなく、感覚に訴える体験を楽しめる空間を実現しています。

– 訪問者の体験をより豊かにしている感覚的な要素はありますか?

シャイカ:特に印象的なのは、建築に使われているナツメヤシの葉や葉軸から自然に漂う香りです。来場者はパビリオンへ入った瞬間にこの香りに気づき、多くの日本人の方からは「懐かしい」「安心する」との声をいただいています。この香りが、体験に感情的・感覚的な深みを加えています。

建築を越境する力「Earth to Ether Collective」

このパビリオンを設計したのは、「Earth to Ether Collective(アース・トゥ・イーサー・コレクティブ)」と呼ばれる多国籍かつ多分野の創造集団です。UAEと日本を拠点に活動する詩人、アーティスト、建築家、木工職人、エンジニアたちが集まり、領域を横断する形でデザインを構築しました。

建築の構造設計と施工を担ったのは、イタリア・ミラノを拠点とする建設会社「Rimond」と、木構造のスペシャリストとして知られる日本の「シェルター」。シェルターは、木の特性を最大限に活かしながら、90本の葉軸柱の加工・組み立てを担当。ナツメヤシという日本では扱い慣れない素材に対しても、日本古来の木工技術を応用しながら、安定した構造体として成立させました。さらに、「プロセス井口」はUAEからの素材輸送において品質維持のための新たなサプライチェーンを構築し、建築素材としての安定供給に貢献しています。

空間全体の体験設計には、ドイツの「Atelier Brückner」が没入型展示を設計。ランドスケープは、デンマークの「SLA」が日本の里山文化を参照しながら、ナラやアカマツなど在来種を使った自然との共生を表現しています。

– パビリオン周辺のランドスケープデザインには、どのようなインスピレーションがありましたか?

シャイカ:日本の「里山」コンセプト─地域の自然と調和して生きるという考え方─に大きな影響を受けました。これは私たち自身の価値観とも重なります。日本の気候に適応できないナツメヤシを輸入する代わりに、在来種や地域の素材を使用しました。また、日除け構造(パーゴラ)に使われている木材などの共通要素を通じて、藤本壮介氏の「大屋根リング」とのつながりもランドスケープ上で表現しています。

UAEパビリオン 大阪万博

異文化の調和:UAEと日本の共創デザイン

前庭には、⽇本の⾥⼭の⾵景を象徴するナラやアカマツといった日本在来種が植えられ、訪れる人々は木漏れ日の中を歩きながら、異国の素材と日本の自然が交錯する風景を体験することができます。また、⽇本産の杉材で作られたパーゴラでは、UAEの伝統的なヤシの葉編み「コース」模様をあしらった天蓋を同時に楽しむことができ、まさに、日本の「里山」概念とUAEの「オアシス文化」が融合しランドスケープデザインとなっています。

UAEパビリオン 大阪万博

UAEパビリオン 大阪万博

– UAEパビリオンを通じて、世界に伝えたいメッセージは何ですか?

シャイカ:UAE建国の父シェイク・ザイードの言葉に、「過去を持たない国家は、現在も未来も持たない国家である。神のおかげで、我が国には何世紀にもわたりこの地に深く根ざした、繁栄する文明がある。この根は、我が国の輝かしい現在と、期待に満ちた未来において、常に花開き続けるだろう」というものがあります。私たちのパビリオンはまさにこの考えを体現しています。伝統と文化を尊重しながら、革新と進歩を追い求める姿勢を示しています。だからこそ、このパビリオンは「エンパワーリングゾーン」というゾーンに設置されているのです。過去を受け入れることこそが、より良い未来への力になると信じています。

建築を通じて、未来への問いを投げかける

UAEパビリオンは、建築・素材・文化・人の協働によって成り立つ、まさに「共創の建築」です。そこには、国や地域、専門性の違いを超えた集団「Earth to Ether Collective」の試みが結晶しています。地球の大地から立ち上がり、宇宙へと想いを馳せるこの建築には、私たちの時代を超えたビジョンと希望が静かに込められています。素材の語る物語に耳を澄ませながら、ぜひこの建築空間に身を委ねてみてはいかがでしょうか。

 

トップ画像: UAEパビリオン提供

その他Photo: TECTURE MAG

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