■ 2021年 最注目の商業リゾート施設
三重県の中央に位置する多気町(たきちょう)の山間で、2021年にオープンした大型商業リゾート〈VISON(ヴィソン)〉。
「食と癒やし」をテーマに、産直市場や有名パティシエとシェフが手がける飲食店、温浴施設、ホテルなど70を超える店舗が集結。
日本の食文化を楽しめるバラエティ豊かな店舗は、多くの有名デザイナーが参画していることでも注目を集めています。
この施設全体の企画や意匠設計にあたったのは、赤坂知也氏(赤坂知也建築設計事務所|ORGA-Lab主宰)。
同じ三重県の菰野(こもの)町で設計を手掛けた〈アクアイグニス〉という複合温泉施設(2012年)のオープン後、長年にわたって〈VISON〉の設計に関わってきました。
〈VISON〉全体の概要から、中核となる温泉施設〈本草湯〉のストーリー、そして温泉施設で欠かせないパウダールームの設計ポイントについて、赤坂氏に話を伺いました。
Movie & photographs: toha
■ 風景をつくり上げた〈VISON〉
「〈VISON〉は、面積でいうと東京ディズニーランド2面ほどある山間の地に、食と健康をテーマにしてつくった複合商業リゾートです。
温浴施設を中心にしてホテルや商業エリア、農園エリアなどがあり、多種多様な施設があります。基本的にはオープンエアで、自然をできるだけ体感しながら楽しめることを目指してつくりました」と赤坂氏は説明します。
「そもそも山でしたので、大きな施設をドーンと平場につくるのではなく、元の山の自然の地形はできるだけ活かしたい。
一方で、車の利便性であるとか、車椅子やハンディキャップの方への配慮など、いろんなことを天秤にかけながら、いろんな方が一緒に楽しめるようにしたい。
そのバランスを探りながら、土木と建築を同時に考えて風景をつくり上げた。そこが、この施設の一番の特徴だと思います」(赤坂氏)。
人や車の動線、施設の機能、にぎわい、ビジネス上の収支、風景など。すべてを天秤にかけながら建築の規模や配置、道路の通し方などを検討していった、という赤坂氏。
広大なランドスケープの中で、すべてが一体となった計画となっています。
■ 物語性を強く込めた温浴施設
温浴施設〈本草湯〉について、赤坂氏は「〈VISON〉のコンセプトが最も表れた、物語性が強い施設」といい、次のように説明します。
「〈VISON〉のコンセプトは、江戸時代に多気町で『本草学』という学問に縁があったことから発想しています。これは薬になる植物や動物、鉱物などを研究する学問で、有名な野呂元丈(のろ げんじょう)という学者が多気町の出身でした。
温浴施設は本草学をベースにして、七十二候(しちじゅうにこう)の暦の中で、薬湯のレシピが変わっていく。その薬草の研究も、ロート製薬と三重大学がこの施設内で行っています。
それでこの施設は、本草学や七十二候に絡むテーマを盛り込んだ物語性の強い建物になっていて、一見すると機能とは無縁に思えるような要素も含め、建築とアートが混ざったようなものを目指しています」。
温浴施設の中央に位置するのは「七十二候の間」という休憩エリア。
「本草学者が山で薬草の研究で歩き回り、休憩した風景を想像しながらシーンをつくろうと考えました。多気町の名前は、竹がたくさん生えていたことに由来するという説もあります。竹を3本ずつまとめて24カ所で二十四節気(にじゅうしせっき)にし、七十二候で1年の暦の時間軸も考えて形に落とし込みました。
外部に対して閉じた休憩エリアを中心にして、その周りで縁側を設けたり、軒先を延ばしたりと、建物の中と外をつなぐ中間領域をデザインすることをテーマにしています。そうすることで、内外を行ったり来たりしながら、自然を体感しやすくすることを目指しています」。
温浴施設には、「光陰」と「水鏡」という名前をつけた2つの浴場があります。
「天井が高く垂直性が強調される浴場と、水盤がつながって水平性が強調される浴場の2種類で、それぞれにまったく違う風呂の体験ができます」と赤坂さんは説明します。
■ 抽象的な脱衣室とパウダールーム
温浴施設の休憩所や浴場以外にも、重要なポイントがあるという赤坂氏。それが、脱衣室とパウダールームです。
浴場と脱衣室は、日替わりで男女が入れ替わります。パウダールームは両者の中央に配置して2つの脱衣室の両方からアクセスできるようにしたうえ、一方の鍵をかけることで毎日女性が使用できます。
「この脱衣所には真っ白でグリッド状のシンプルなロッカーを設けることで、抽象的な空間としています。両面鏡が宙に浮いたように並び、実像と虚像が混ざり合うようにしました。
2つの脱衣所の真ん中にあるのがパウダールームで、こちらも白い空間としています。脱衣所よりも明るくなっているのは、メイクするときのハリウッド型の照明のように、鏡の周りに照明器具がずっとあって、それらの光がすべて反射するためです。
ただ、それだけでは緊張感が強すぎるので、ミナ ペルホネンによるスツールの優しい色味の張り地や、カウンターのラワンといった、差し色といいますか“差し質感”が入っています」。
■ ARC-Xのマットな質感で主役を引き立てる
真っ白で抽象的な空間の中で、洗面器はどのように選んだのでしょうか。
「場所によって特徴を出したいところ絞りながら、脱衣室やパウダールームなどで、それぞれに違う製品を選んでいきました。この施設ではラグジュアリー感を求めているわけではありませんが、質がよく、きちんとデザインされていることが大事でした。
その中で、パウダールームに入れる洗面器は光沢のあるものではなく、少しマットで柔らかい感じのものがいいだろうと、今回の製品を選びました」と赤坂氏。
「メイクアップはアートといいますか、自分の個性を表現する行為です。美術館では、美術品を引き立てるために照明を設定しますし、背景となる壁面はマットな仕様だったりします。周りにあるものはできるだけ静かにいてほしいので、洗面器にもマットな質感を求めていました」といいます。
水回りの製品を探している際、ネットでたまたまARC-Xを見かけた赤坂氏は、実物を確認。
「最近では写真がすごくいいので、ネットで見るだけでは質感が分からないですよね。実際に見てみたいと思い、お願いしていくつかを触らせていただきました。
まず質感が柔らかく、あまり見たことのない曲線の形状をしていて、面白いなと思いました。マットな洗面器はあまりないので、稀有な商品です。
また、形状もあまり見かけないもので、角が大きくラウンドしていて、ボウルの内側に少しアールがかかっているのも面白いと思います。
少し特別感があるけれど、あまりゴテゴテせずに空間に馴染んでいてほしい。そうしたさまざまなバランスの中で、ARC-Xに行き着きました」と赤坂氏は製品選択の経緯を振り返ります。
小さいスペースにも対応するもう少し小さめのサイズ、水はねしにくい深型のボウルなど、これからのARC-Xの新たな製品にいくつか希望を持つ赤坂さん。
ARC-Xのさらなるラインナップの充実とともに、採用できる範囲が広がることに、赤坂さんは期待しています。
ARC-X(アークエックス)
流行に左右されることなく、普遍的な価値を備えた、水まわり製品シリーズ。
あらゆる多様性を受け入れ、どんな空間にもフィットすることで、空間づくりの可能性を拡げる。