寳神流・設計事務所の不動産事業
気づき①:設計事務所の仕事はマグロ漁のよう!?
気づき②:設計請負から1つ上流に遡ってみる
気づき③:コトづくりはモノづくりにつながっている
メリット①:「適度な経済性」で建物とずっと付き合える
メリット②:ポイントを自分で判断して設計に注力できる
実践の心構え:「いい借金!?」メンタルブロックを取り払い一歩ずつ進む
「設計事務所の経営を安定させたい」という思いから始まった、寳神尚史氏(日吉坂事務所)による不動産事業。
そこで寳神氏は街との関わりから、コトづくりの必要性を痛感し、モノづくりと直結していることに気付かされたという。
設計者自らが事業者になるときの気付きやメリットは、他にどういったことがあるのだろう。
(#01からの続き)
Photographs: toha(特記を除く)
寳神尚史 | Hisashi Hojin
1975年神奈川県生まれ。1999年明治大学大学院理工学部修了後、青木淳建築計画事務所勤務を経て、2005年日吉坂事務所設立。現在、京都芸術大学、明星大学、日本女子大学、日本大学、工学院大学にて非常勤講師。
主な作品に、2012年〈house I〉、 2015年〈GINZA ITOYA〉リニューアルにおける1-2階、6-8階の内装設計など。
主な受賞:2009年〈JIN’S GLOBAL STANDARD Shinsuna〉でJCD Design Awards 銀賞、2014年 日本建築学会作品選集 新人賞、2018年〈KITAYON〉で東京建築士会住宅建築賞金賞 など。
「適度な経済性」で建物とずっと付き合える
▲〈terrace H〉1階エントランス足元。Photo: toha(特記をのぞく)
── 企画からモノづくりをするメリットを、さらに教えてください。
寳神:1つの大きな魅力は、自分がずっと一緒に建物に関わることができる、ということです。
設計者の業務は通常は、人に依頼されて建物の竣工までサポートすることです。建物が引き渡されるまでは建物のありようにコミットでき、丁寧につくるのですが、できた後はお客様の手に委ねられます。
もちろん建物を使う間も、より良くしていくための維持や改修などのサポートはします。けれど、日々の細かな部分までの印象のコントロールまではできませんし、建物の寿命までサポートすることもなかなか難しい側面があります。
でも〈KITAYON〉のように自分が事業者になると、返済計画を守っていれば30年、40年と建物を維持して存続させることができます。その間の日々のありようもコントロールして、街とも良好な関係を保つことができる。
この当たり前のことに気づいたときに、すごく感動したのですね。経営を安定させたいと考えていったのですが、同時に、好きな建物をきちんと維持して面倒を見続けることができるようになるぞと。
▲〈KITAYON〉の上階に入るベーカリー。Photo: Daici Ano
── 建物を存続させ続けるには、何が必要でしょうか?
寳神:建物の維持のためには、日本の経済システムに合わせて、建物自体が稼いでいく必要がある。逆に言うと、収益を出しさえすれば、この建物はずっと居続けることができます。
そのためには、モノづくりをする方や暮らしながら働くような方が、適度な経済性をもって借りることができる場所を、こちらに家賃がそこそこ入る採算ラインで構築できればいい。そして、メンテナンスコストや、次に同じような場をつくっていく頭金を建物が稼ぎ出してくれればいいと分かったのです。
不動産事業で利回りというと、高ければいいという利回り至上主義になってきますが、その利回りをあえて落としてコントロールすることもできます。
「適度な経済性」と呼んでいるのですけど、過度に負担を感じないコストで入居できます。我々は個人でモノづくりをする志の高い方々と出会い、しっかりとサポートしていけばいいのではないかと思ったのですね。
ポイントを自分で判断して設計に注力できる
── 自ら事業者になることで、設計でのメリットはありますか?
寳神:〈KITAYON〉では、お金をかけたところが2つあります。
1つは、建物の中に路地が入り込んでいくようにつくったことです。5組の入居者が街とつながっている状態をつくりたかったので、間口の3分の2を路地のためにスペースを取り、路地に区画が面するようにしました。路地をつくるためには構造を頑張る必要があり、コストが余計にかかっています。
▲〈KITAYON〉の路地のような空間。Photo: Daici Ano
もう1つは、路地に面した区画の建具にコストをかけました。1点ものの制作でつくり込んで、店構えというか、アトリエの構えを設えたのですね。構えがきちんとしていることで、個々のアトリエや、街から見たときの建物の品格を高めるだろうと考えました。
こうしたことは、通常の不動産事業の計画からすると、判断しづらい部分です。自分が事業主だと、空間に対して積み重ねてきた経験や、街に対する建物の品質がこうあってほしいという自分の信念のもとに実行できるのですね。
▲〈KITAYON〉の建具ディテール。Photo: Daici Ano
── 通常の建物の計画では、コスト調整で削られそうな部分ですよね。そこが価値になる、という確信を持って設計できるということですね。
寳神:もちろん、職能を分離することはいい部分もあります。それぞれの専門家ができることを、効率的に行えるからです。でも、設計と不動産事業のように分離した職能を合体していくと、利回りを下げることや、路地を建物に入れてしまうようなセオリーにないことを信念で突き動かすことができる。それはすごくいいですよね。
── 寳神さんの手掛ける不動産事業では、木造もあり得ますか?
寳神:木造は維持すれば生き続けるので、すごくいいなと思います。加工がしやすく、使っていくときのチューニングもできますし。
ただ1点だけ、木造では返済期間と月々の支払いのバランスを考えて、計画する必要があります。不動産で事業として金融機関がお金を貸すときには、建物の耐用年数がベースとなって返済する期間が決まってきます。返済期間を短くすると毎月の支払い額が増え、返済期間が長くなると毎月の支払い料を抑えることができます。
▲建物の法定耐用年数。RC造の47年に比べ、木造は22年と短い
返済期間が短いということは、建物に稼いでもらわなければいけない金額がどうしても少し多くなってくるハンディがあります。そのぶん木造だとイニシャルコストが安いので乗り切れる場合が多いのですが、新築で建てた場合で耐用年数が20数年、中古の場合では借りることができる期間が短くなってくるので、毎月の支払額は多くなる。そのあたりが唯一、日本の不動産事業に対する融資の仕組みが木造に対して不利で、悩ましい部分なんですね。
僕たちがやっているのは日本で今運用されている経済システムを利用してお金を借り、建物をもつということなので、その仕組みの最適解がどこかを知って合わせるようにはしています。現状にうまく合わせながら、アウトプットで提供する時点では経済におもねるのではなく、理想の暮らし方のための場をつくる。そうした変換作業を、自分の中でやっているという感じがします。
▲〈KITAYON〉に入るアトリエ。Photo: Daici Ano
「いい借金!?」メンタルブロックを取り払い一歩ずつ進む
── 〈KITAYON〉や〈terrace H〉を運営しての気付きに、どんなことがありますか?
寳神:自分の心に生じた変化では、入居者と顔が見えるお付き合いをさせていただくと、親戚が増えたような気持ちになるのですね。頑張っている者同士が同じ場所で一緒にいるような気分になって、他人事でない人が増えた感じがします。
ここ〈terrace H〉の1階に入っていただいている方も、西荻窪の〈KITAYON〉の入居者から紹介してもらった人なんです。人の付き合いの厚みが増えたことは、宝物だなと思います。モノが大好きな自分でしたが、今はコトの面白さとありがたみを実感しています。それは僕の中では大きな変化ですね。
▲〈terrace H〉1階でもモノづくりの入居者がアトリエとしている
── リアルな付き合いからでないと、見えてこない部分でしょうね。
寳神:インターネットで情報はだいぶ手に入る時代ですが、どうしたって自分の興味の範囲内でしか物事は見えていないですよね。
〈KITAYON〉では、1階奥の食堂で食事をしているときに、作家さんがやってきて話し始めたり。そんな出会いをたくさんいただいて、さまざまな世界観に触れることができています。これからも西荻窪で腰を据えてつくっていくぞ、と実は決めていて、土地を待ち構えているところです。
▲〈KITAYON〉1階奥に入るカフェ。Photo: Daici Ano
〈terrace H〉の場所は東京の代々木上原ですが、西荻窪と同じ感覚で、個人のつくり手が暮らしたり仕事をするためのいい場所つくろうという想いでやっています。代々木上原も、西荻窪のように個人の方々が活き活きと活動しているのですね。
1つ違うのは、〈terrace H〉では自分たちが住むと働くを実際に行う場所にしている、ということです。これはアドバンテージとして利用しようと思っています。今話している場所はゲストルームと名付けているのですが、ここでコトの部分も自分たちで恐る恐るですがやってみようと考えてつくりました。家具も用意して、半分はコトを企画して、半分はゲストルームのように使おうとしています。
▲〈terrace H〉2階のゲストルーム
── 恐る恐るというのは、意外ですね。しっかりと計画されているように見えるので。
寳神:やはりコトを実際に自分たちでやってみるというのは、すごいことだと思っているんです。それを含めて職能を拡げるというのは何もかも、地味な一歩一歩だなと感じます。
最初は「お金を借りるということは何か」からスタートすると思います。借りるにしても、いい借金と悪い借金があるな、モノがきちんと生まれて事業として成り立つものであればいい借金だな、ということが分かってきます。
「メンタルブロック」とよく言うのですが、お金を借りることに対する心のバリアを取ったら、どういう場所をつくっていけるかと考えるようになります。我々は単純に儲かればいい建物をつくりたいわけではありません。
そのとき、自分の身から起こる興味や関心から、共感できる部分に出会う。そのターゲットのための場所をつくっていこうと。たぶんそんなふうにして、一歩一歩を丁寧に、地道に考えてきたなという気はします。
── そして自分がつくる建物への信頼が拠り所になっているのが、よく分かります。
寳神:モノが好きで始めていますからね。最初に大間のマグロ釣りを引き合いに出しましたが、同時に、自分が設計したものと共にありたい、守っていきたいという想いもあったのですよね。これは自分が事業主になれば手に入れられる、大きなことだと思います。
そして、自分が気になる部分に投資をして、デザイン的にコストをかけた建物を、きちんと維持し続けることができるということがセットになっています。
これからもモノへの愛着というか、愛情みたいなものはちゃんと施しながら、建物を少しずつ増やしていきたい。そうなってくると、コトの部分でも役立てられる部分が多くなってくるはずです。
西荻窪では、まだ点でしか打てていないのですが、点が集まってくると線になり、線が面になるっていうじゃないですか。今の事業での収支計算では、5年から10年に1棟は建物をつくる頭金が貯まります。本業の設計業でも体力があるうちは働いて、不動産事業ももう少し加速したいなと思っています。
そういうふうにして素敵な建築物が建ち並んでいって、街の品格も上がっていくといいんじゃないかなと。「そんなことも設計者できるんだ」とある時に思ったのですが、自分できちんとやってみたいなと考えています。
(2021.06.14)
▲路地から見る〈terrace H〉外観
インタビュー動画はこちら
Movie: toha