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Where is the leading architectural country headed?
Interview with curator Yuma Shinohara
FEATURE2023.09.20

建築の先進国が目指す建築とは — スイスで初の建築年鑑が発刊

スイス建築博物館キュレーター・篠原祐馬氏インタビュー

ヘルツォーク&ド・ムーロンやペーター・ツムトー(ピーター・ズントー)など数々の著名建築家を輩出してきたスイスでは、意外なことにこれまで建築年鑑が出版されていない。その理由の1つに、4つの言語圏が独自の文化を築いてきたという背景があるという。

今年、同国で初となる建築年鑑(Swiss Architecture Yearbook:SAY)が9月9日に発刊され、36の作品が選ばれた。スイス建築年鑑プロジェクトのパートナー団体の1つであり巡回展も開催中のスイス建築博物館(Schweizerisches Architekturmuseum:S AM)のキュレーター・篠原祐馬氏に、出版に至った背景や、作品の選定を通して明らかになったスイスが目指す建築について、オンラインでお話を伺った。

篠原祐馬(しのはら・ゆうま)プロフィール

1991年、米国サンフランシスコ生まれ。建築・アーバニズムの領域でキュレーター・編集者として活動。Storefront for Art and Architecture、Ruby Press、カナダ建築センター(CCA)での勤務を経て、現在スイス建築博物館(S AM)のキュレーターを務める。S AMでは、「Make Do With Now」展(2022)のキュレーション、「Beton」展(2021)・「Swim City」展(2019)の共同キュレーション、ミュンヘン工科大学建築博物館とスイス北西部応用科学芸術大学建築学部と共同で「Access of All」展(2021)の翻案を監修している。翻訳家としては、ブルーノ・タウトなどの英訳を手がけており、雑誌『ARCH+』『A+U』等にも携わる。ニューヨークのコロンビア大学で比較文学社会学の学位を取得した
https://www.sam-basel.org/en

スイス初の建築年鑑が発刊されるに至った経緯

——ヨーロッパでは年鑑をはじめ建築出版が盛んです。なかでもスイスはその優れた建築文化が知られていますが、これまでどうして年鑑がつくられてこなかったのでしょうか?

篠原祐馬(以下、篠原)
スイスで建築年鑑がつくられてこなかった理由については、まずこの国の特殊性を理解する必要があります。スイスにはドイツ語、フランス語、イタリア語、ロマンシュ語という4つの公用語があり、1つの国でありながら異なる文化圏が存在しているのです。

ジュネーブ、マドリッド、リスボンを拠点とするNOMOS architectsによる〈Pasodoble Residential Ensemble〉。スイスの西端の都市ジュネーブに建つ。Photo: Paola Corsini

 

篠原
建築界も同様で、自治体ごとの建設文化、また大学などの教育方針などが異なるため、建築家同士でも、言語だけでなく課題や考え方などがまったく違っています。スイス全域で読まれている定期刊行物もありません。多様性はスイス建築の強みですが、国レベルでの議論や交流はこれまで盛んではありませんでした。

こうした現状を踏まえ、「スイスの建築」とは何かを問い直し、世界に発信する機会として2018年に建築年鑑プロジェクトが始まりました。

チューリッヒとベオグラードを拠点に活動するTENによる〈Avala House Belgrade〉。セルビアの首都郊外の建つ住宅。Photo: Maxime Delvaux

異なる文化圏の存在が作品選定に与える影響

——異なる建築文化圏の存在は作品の選定プロセスにも影響していますか?

篠原
建築年鑑の作品選定プロセスでは言語、地域、世代、性別などの中立性を非常に重視しています。まず多様なバックグラウンドをもつ40名の建築専門家が、2020年9月1日から2022年8月31日の間に建てられた作品*を5件ずつ推薦し、そのうえで選定委員会が建築家によるプレゼンテーションを受けて36作品を選びました。

作品の選定基準は「都市/建築作品としての質」「プロジェクトの妥当性」「社会への貢献度」「持続可能性に対する信憑性」の4つです。

*選考対象は、在スイスの設計者またはクライアントによるプロジェクト、海外の設計者によるスイスに建てられたプロジェクト、スイス人の設計者による海外に建てられたプロジェクト。

スイス工科大学チューリッヒ校の学生チーム(créatrices.ch association and Prof. Elli Mosayebi’s department at ETH Zurich)による〈Frau-Münsterhof 2021〉。チューリッヒで行われた女性のためのイベントで設置されたパイプと布を使った仮設建築。光や音と組み合わせることで様々な表情をつくり出す。Photo: Roland Bernath

掲載作品から見えてきた傾向

——選ばれた36作品に共通するテーマはありましたか?

篠原
スイス建築年鑑プロジェクトのパートナーである建築雑誌『werk, bauen+wohnen』の編集チームが36作品を整理したのですが、そこから以下の8つのテーマが浮かび上がりました。

・Climate-conscious construction(環境に配慮した建設)
・Reclaimed spaces (再生された空間[社会運動・草の根活動から生まれる建築])
・Increasing density(高密度化)
・Transformations(既存建物の転換)
・Preserving(既存建物の保存)
・Building landscapes(建築の建つ景観/ランドスケープ)
・Village tales(地方や山岳地帯の建築)
・Out in the World(世界におけるスイス建築)

Seiler Linhart Architektenによる〈Küng Holzbau Headquarters〉。ルツェルンの南に位置する村に建つ材木企業の本社ビル。地元の無垢材を活用している。Photo: Rasmus Norlander

 

篠原
また、今回は36作品のうち12作品が改修プロジェクトでした。スイスでは若手建築家も大きい設計事務所でも積極的に改修を行っていますが、特に若手にとっては環境問題は大きなテーマで、「エコロジカルな建築」は注目されています。他には無垢材を使った木造建築や、解体された建物の建材のリユースプロジェクトなども選ばれています。

baubüro in situによる〈K118—Head-End Building of Hall 118〉。チューリッヒの北東、ドイツとの国境近くの街に建つ、窓などの廃材を活用した増築プロジェクト。Photo: Martin Zeller

Jaccaud + Associésによる〈Renovation of the Lignon Complex〉。ジュネーブに建つスイス最大の集合住宅(1971年竣工)の全体改修に向けたモデルプロジェクト。外観には変更を加えず、断熱性の向上などによりエネルギー消費量を低減している。Photo: Paola Corsini

地域ごとに見られた課題の違い

——スイス国内で地域ごとの違いはありましたか?

篠原
一番大きいのは平地と山岳地帯に建てられる建築の違いです。都市部のある平地では、すでにある街をさらに高密度化するにはどうしたら良いのかという課題が見られました。反対に山岳地帯では過疎化が進む地域も多く、建築によって集落をどう活性化するのか、また場所によってはコロナ禍以降に移住者が増えた村もあり、地域の特性を保ちながらどう移住者を受け入れていくのか、といった課題がありました。

Enzmann Fischer Partnerによる〈Zollhaus Zurich〉。チューリッヒ中心部の線路沿いに残された狭い敷地を活用した、非営利の集合住宅。Photo: Annett Landsmann

Gion A. Caminadaによる〈Burggarta Valendas〉。人口わずか300人の村に建てられた集合住宅。戸建てよりも環境に優しい選択肢として実験的に設計された。Photo: Jaromir Kreiliger

 

篠原
その他、例えばスイス建築博物館のあるバーゼルでは、財団が土地を買い上げて将来的に住み良い都市をつくることを目指した実験的な都市開発も増えており、今回も若手建築家による集合住宅が選ばれています。

jessenvollenweiderによる〈Riehenring Courtyard Development〉。バーゼルの既存街区の中庭に新たな集合住宅を建てることで、限られた都市部の敷地を有効活用している。Photo: jessenvollenweider

日本における潮流との比較

——篠原さんは昨年「Make Do With Now: New Directions in Japanese Architecture」という、日本の若手、特に2010年代に活動を始めた世代の建築家を紹介する展覧会をキュレーションされました。建築年鑑プロジェクトで見えてきたスイスの潮流と、何か違いは感じられましたか?

篠原
「Make Do With Now」展では改修作品も数多く紹介したのですが、例えば柱を残して壁や天井を大胆に壊すといった日本の建築家の改修に対する自由でラディカルな考え方がスイスの若手建築家に大きな刺激を与えました。スイスにおける改修はまだ保守的なものがほとんどです。

また、日本の改修は予算や選択肢の制限に対する解であることが多く、「環境のため」という考え方はまだ少ないように思います。一方スイスでは、予算があってもエコロジカルであることを重視しして、あえて改修を選ぶ場合も増えています。ただ、日本の改修作品も結果として環境に配慮した建物になっていることも多く、そのことも展覧会では高く評価されました。

『SAY 2023』の書籍と展覧会について

——出発点は違えど、共通する結果に辿り着いているのですね。それでは、最後にスイス建築年鑑『SAY 2023』の書籍と展覧会についての紹介をお願いします。

篠原
『SAY 2023』の書籍では、36作品について図面、写真、文章で詳しく紹介することに加え、テーマごとに書かれたエッセイを通してまったく違う背景から生まれたプロジェクトの共通点を深掘りしています。

Bagni Popolari association (Daniela Dreizler, Marc Angst, Christoph Lüber, and Rolf Meier)による〈Two Hot Springs〉。温泉が豊富に湧き出るバーデンで、市民が無料で自由に使えるようつくられた。湯船の大きさは、湯温が38〜42度になるよう設計されている。Photo: Christoph Lüber

 

篠原
一方、スイス建築博物館で開催中の「SAY Swiss Architecture Yearbook」展ではポスターでの作品紹介に加えて、来場者にも選定委員会の一員としてノミネートされた129作品の中から自分が選んだ作品に投票してもらうという企画も行っています。専門家が選んだ作品とは違った作品が票を集めるという可能性もあります。

スイス建築博物館における「SAY Swiss Architecture Yearbook」展の様子。Photos © Tom Bisig

展覧会は今後スイス各地、またオーストリアやドイツにも巡回する予定です。山岳地帯や地方ではなかなか建築についてのパブリックな議論が行われる機会が少ないのですが、この巡回展を通してローカルな課題などについても議論を促していきたいと考えています。

その他の選出作品

School Extension Viganello, Lugano-Viganello. Architect: Inches Geleta Architetti, Photo: Simone Bossi

Babyn Yar Synagogue, Kyiv, Ukraine. Architect: Manuel Herz Architects, Photo: Iwan Baan

Chamanna Cluozza, Zernez, Graubünden. Architect: Capaul & Blumenthal architects, Photo: Laura Egger

Gletschergarten Lucerne. Architect: Miller & Maranta Architekten, Photo: Ruedi Walti

Kongresshaus Convention Hall and Tonhalle, Zurich. Architects: ARGE Boesch Diener (Elisabeth & Martin Boesch Architekten, Diener & Diener Architekten), Photo: Georg Aerni

The Hemp House, Žagubica, Homolje-Berge, Serbia. Architect: Bach Mühle Fuchs and Ljubica Arsić, Photo: Ljubica Arsić

Casa Giuseppina and Casetta, Mosogno, Ticino. Architect: squadra (Lian Liana Stähelin and Luca Bazelli), in collaboration with Isabel Lehn-Blazejczak and Florian Stieger, Photo: Pierre Marmy

Transformation Erlenmatt Silo, Basel. Architect: Harry Gugger Studio, Photo: Lukas Schwabenauer

Stadtcasino Basel Extension, Basel. Architect: Herzog & de Meuron, Photo: Roman Weyeneth

Pediatric Hospital Tambacounda, Senegal. Architect: Manuel Herz Architects, Photo: Iwan Baan

Extension of an Apartment Building, Fribourg. Architecture and construction management: Aviolat Chaperon, Escobar architects

Uniqlo Flagship Store, Tokyo. Architect: Herzog & de Meuron, Photo: Nacása & Partners

Warmbächli Cooperative House, Bern. Architect: BHSF Architekten, Photo: Jürgen Beck

Abakus Cooperative House, Basel. Architect: Stereo Architektur, Photo: Daisuke Hirabayashi

Brütten Town Center—Senior Living, Zurich. Landscape architecture: LINEA landscape architecture (concept design), Ernst und Hausherr Landschaftsarchitekten (execution)

Negrelli Footbridge Zurich. Architects: Negrelli Footbridge working group, made up of 10:8 Architekten; Conzett Bronzini Partner; Diggelmann + Partner, Photo: René Dürr

Kiln Tower, Ziegelei- Museum, Cham, Zug. Architects: Boltshauser Architekten, with students from ETH Zurich and TU Munich, Photo: Kuster Frey

Azmoos Elementary School, Azmoos, St. Gallen. Architect: Felgendreher Olfs Köchling Architekten, Photo: Philip Heckhausen

Rosengarten Student Housing, Zurich. Architect: Atelier Scheidegger Keller, Photo: Scheidegger Keller

Rock Sheds Alp Grüm, Poschiavo Structural engineering: Conzett Bronzini Partner, Photo: Conzett Bronzini Partner

Upward Extension on the Rue de Lausanne. Architect: Lacroix Chessex, Photo: Olivier di Giambattista

Landskronhof, Basel. Architect: HHF Architekten, Images: Maris Mezulis

Belle Terre – Plots A1 and B, Thônex (Geneva). Architects: Atelier Bonnet; LRS Lin.Robbe.Seiler; Jaccaud + associés; BCMA Bassi Carella Marello, Photo: Yves André

Riaz Elementary School, Riaz, Fribourg. Architect: FAZ architectes, Photo: Paola Corsini

Atelier Hawkesbury, New South Wales, Australia. Architect: Leopold Banchini Architects, Photo: Leopold Banchini

Vogelsang Cooperative Complex, Winterthur (Zurich). Architect: Knapkiewicz & Fickert Architekten, Photo: Andrea Helbling

『SAY 2023』書籍概要

出版社:Park Books
言語:多言語表記(ドイツ語、イタリア語、英語、フランス語)
価格:CHF 49.00

『SAY 2023』ウェブサイト
https://www.park-books.com/en/product/say-2023/1390

「SAY Swiss Architecture Yearbook」展開催概要

会期:2023年9月9日(土)-11月5日(日)
会場:S AM Swiss Architecture Museum(スイス建築博物館)
所在地:Steinenberg 7, CH-4051 Basel, Switzerland
開館時間:火・水・金 11:00-18:00、木 11:00-20:30、土・日 11:00-17:00
休館日:月曜日
入場料:一般 CHF 12、学生など CHF 8、18歳以下 無料

※ 開催日時はいずれも現地時間

S AM Swiss Architecture Museum ウェブサイト
https://www.sam-basel.org/en/exhibitions/s-ay-2023

 

(2023.09.06 オンラインにて)

Interview & text by: Erika Ikeda

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