デザイナーが準備したプレゼンの資料を公開するシリーズ「著名建築家・デザイナーのプレゼン手法公開」。KAMITOPENを主宰する吉田昌弘氏へのインタビューの前編では、プレゼンをコミュニケーションの場として捉えて話し合うこと、スタッフ全員で3つの案を用意することなどを話してもらった。
後編では、言葉をプレゼンの各段階で利用していることを、近年取り組んだプロジェクトを中心に解説。プレゼンで活用するソフトについても紹介する。
前編INDEX
- プレゼンはコミュニケーションの場
- スタッフ総出で3つの案を提示
- 一定のクオリティを保つためのシステム
- 新ブランドのコンサルティングも
後編INDEX
- オススメの案は「3つ全部」
- 言葉とビジュアルをセットでプレゼンする
- 新規業態の雲をつかむような提案
- 目には見えないコンセプトを伝え実現する
- 模型はつくらずCGパースを活用
吉田昌弘 | Yoshida Masahiro
1977年大阪府生まれ。京都工芸繊維大学工芸学部で建築を専攻。卒業後に入社したタカラスペースデザイン株式会社で、理美容サロン、エステサロン、医療クリニック、化粧品店舗などの空間デザインに携わる。2007年に独立、’08年には株式会社KAMITOPEN一級建築士事務所を設立。現在は東京・麻布十番に事務所を構え、7名のスタッフとともに国内外の飲食店やオフィスなど商業建築の外観・内観デザインを多数手がける。
主な仕事に〈nana’s green tea〉〈釜浅商店〉ほか。「JCDデザインアワード」銀賞、「SDA賞」最優秀賞、「国際インテリアアワードAPIDA(香港)」優秀賞をはじめ、受賞多数。
http://kamitopen.com/
オススメの案は「3つ全部」
── プレゼンで3つの案を提示されていることを見せてもらいましたが、案はそれぞれ方向性が違いますね?
吉田:全然違いますよ。クライアントが迷って「オススメはどれですか?」と聞いてこられることがあるのですが、「全部です」と答えています。面倒くさい料理店みたいですね(笑)。それぞれ本当に良い案だと思って出していますし、何よりもお客さまがどうしたいのかという部分が最も重要です。あとは、お客さまの覚悟を確認しているという部分もあるかもしれないですね。なので、後になって後戻りすることは、ほぼありません。
── プレゼンテーションは何回行うのですか?
吉田:だいたい2回くらいで決まることが多いように思います。このあたりも他社とは違うみたいで、うちの場合は2回目のプレゼンが終わった段階で契約を結んで、図面を描きます。
表現を選ばずに言えば、結局のところ僕たちはアーティストではないので、プロジェクトはお金ありきです。クライアントも無限にコストをかけることはできませんから、早めに予算感を知りたいですよね。細かいところまで詰めて、見積りを出してうまくいかないとなると、お互いにしんどくなる。よりハイパフォーマンスなデザインとするために、クライアントとお金の議論を早い段階でできるようにしています。
── 見積りを出してもらう工事業者は、お付き合いがあるところですか?
吉田:工事業者は、普段からお付き合いのある3社ほどに見積りを出してもらっています。中には17年付き合っている会社もあるので信頼はしているのですが、何年付き合おうが、業者が忙しいときは見積りが高く出てくるのです。それはバイオリズムのようなものでしようがないと思っているので、必ず相見積りを取るようにしています。
それと、クライアントの中には、思いが強すぎて自己資金を開業に向けて全部つぎこもうとする人もいるのですが、そうしないように止めています。運転資金を使い込んでしまうと、心の余裕がなくなり、うまくいくものもうまくいかなくなると思うので。
言葉とビジュアルをセットでプレゼンする
吉田:あとは、言葉とデザインをセットにしてプレゼンするように心がけています。というのも、言葉の意味や使い方のルールを最初に決めておくと、見積りが出た後に減額調整をする場合でも、何かを削っていく工程が良い作業に変わるように感じるのですね。まるで日本刀を研いでるかのような作業になって、削ることで美しくなるという感覚があります。
逆に、言葉とセットにせず、何も決めずに絵だけで進めるとめちゃくちゃになります。減額していくときに「芯」が残らないというか。なので僕は、最初の3案のときには言葉もセットにして提案しています。
── プレゼン資料を拝見すると、各案の最初にそれぞれ言葉を掲げていますね。
吉田:そうですね。最初に言葉をプレゼンして、その後に空間のイメージをプレゼンしています。先に言葉ありき、ですね。ブランディングをご依頼いただいたときも、 店名やアイデンティティより先に、「思いを決めましょう」と伝えています。社内のブレストでも「美しい言葉を持ってきてほしい」と話すほどです。そうしてつむいだ言葉に合わせて、デザインしていけばいいと考えています。
── プレゼンで見せるフレーズ自体は吉田さんが考えるのですか?
吉田:僕が考えることもありますし、別のスタッフのこともあります。やはり小説をよく読むスタッフが上手な気がしますね。言葉を磨くにはYouTubeを見るよりも読書だろう、と思います。
いずれにせよ、うちはプレゼンというよりも、コミュニケーションによって情報を全部開示し、クライアントに取捨選択してもらうというイメージだと思います。
新規業態の雲をつかむような提案
── ほかのプレゼン例を教えてください。
吉田:こちらは、マイクロブタのカフェ〈pignic cafe 代々木公園店〉です。もともとはマイクロブタのブリーディングの権利をもつ日本企業が、販売にあたってどういう場を設けたらよいかという相談に来られました。話し合いをする中で、マイクロブタの認知を広げるには触れ合うことが必要ではないか、猫カフェのような手法がよいのではないかという方向になりました。
とはいえ、どのような空間がいいのかはさっぱりわかりません。僕たちも雲をつかむような感じで案をまとめて、ボールを先方に投げました。
1つ目は、犬や猫と同じようにマイクロブタにも血統があるので、ヨーロッパのレンガ壁の目地を家系図に見立て、つくった案です。
2つ目は、マイクロブタの柔らかいイメージを反映して、布で覆う空間です。また、マイクロブタは段差を乗り越えられないと聞いたので、掘りごたつのような低い位置にマイクロブタ用のスペースをつくり、人間が移動するという案です。
実際にはマイクロブタのジャンプ力が予想以上でしたし、布はブタがかじってしまうので、この案は成り立たないことが後でわかったのですが。
3つ目は、家型のブースを設けて人間が中に入り、マイクロブタを連れてくる案です。
このプレゼンでは4つ目もあって、和を感じられる空間という案もつくりました。海外から訪れる人も楽しめることを意識しています。
クライアント側は、どの案にも「いいね」と反応していたのですが、本格的に計画を進めるのはプレゼンから1年半ほど時間をおいてからになりました。知見が貯まって情報交換をした後に、改めて3つの案を用意しました。
A案は「ラウンジ」という言い方をしていますが、基本的にはエコ建材を使って、人間にも動物にも優しく、かつラグジュアリーな空間にするというものです。
B案は、マイクロブタはやはりフォルムや性格が愛らしいということで、丸く柔らかい空間にする案です。
C案は「共生」というテーマで、人間と動物が一緒に暮らしていくことを、縦糸と横糸で編み込むようなイメージで表現するものです。
ここではB案が採用となり、できあがりましたが、続く2店舗目〈pignic cafe 横浜〉では最初のプレゼンで提案したレンガ壁の案がもとになりました。現在計画している3店舗目では、やはり1回目に提案した和風の案をもとに進んでいます。
目には見えないコンセプトを伝え実現する
吉田:こちらは、今でこそ増えてきましたが、ソロサウナのデザインです。ソロサウナは1人でリラックスできるサウナ空間で、当時はまだ世の中にはそれほど認知されていませんでした。
なぜソロなのか。実はサウナに入るとき、若い男の子たちの中には、年配男性の座った後に座るのが嫌と感じる人が多いそうなんです。それは需要がある話だと感じて、僕もおじさんの1人として、いろいろなところに勉強に行きました(笑)。
ソロにすることのメリットは他にもあって、例えば自分だけの音楽がかけられることがあります。そして日本中のサウナを回る中で、しっかりとした水風呂があり、外気浴ができることが本質で大事なことだと気づきました。
プレゼンのA案では、「森閑(しんかん)」という単語を使いました。森の中でよく「静かさ」を感じる瞬間がありますが、実際には風や木々が揺れる音など、さまざまな音がしているのに「静か」と感じているんです。同様に「音が人に作用する影響が大きい」ことに着目し、他人の音がまったく聞こえない自分だけの空間にしたら、さらに気持ちよいサウナ空間ができるのではないかと提案しました。
もう1つは歴史。サウナはフィンランド生まれと言われることが多いのですが、実は日本でも人々が洞窟で暮らしていたときからサウナに近いものがあったと言われていますし、近世の蒸し風呂は湯気の中で体を温めながら竹で体の垢を取るもので、広く浸透していました。その点に注目して「全体の空間を洞窟みたいにしましょう」と提案しました。
3つ目の案は、そうはいってもサウナといえばフィンランドということで、フィンランドの四季を感じさせる空間をつくる提案をしました。
吉田:この案件では「音」に注目したA案を採用してもらい、進めていきました。
吉田:A案は見た目ではなく「音」がコンセプトだったので、機能を検証して性能を確保しつつ減額するのはすごく苦労したのですが。
「グラデーションが蒸気のようでサウナっぽい」という話の中で、壁面の色やテクスチャーをグラデーションにすることに決まりました。音に関してもすべての仕上げ材に凸凹を施すことによって音の反射を抑え、壁の中にグラスウールを入れることによって吸音するようにしています。
外気浴は風がポイントだと思い、天井裏からの送風を1度壁に当てるようにすることで、自然に近い風を感じられるようにしつつ、照明のボックスにも当ててランダムに動く状態にしてより自然な風が流れるように設計しました。
模型はつくらずCGパースを活用
── 提案にあたっては詳細まで設計されているようですが、プレゼンの際には模型をつくりますか?
吉田:自分たちは、ほとんどつくらないですね。新築の建物を手掛けるときに自分たちがボリュームチェックするために使うことはありますが、クライアントには見せないことも多いです。インテリアでは、模型をつくることはほぼありませんね。
とはいえ僕自身は建築学科の出身なので、模型はたくさんつくってきました。でも、模型ではフォルムなどは確認できても、模型を見る視点で実物を見ることは基本的にできないと思うのです。そういう意味で、僕はあまり模型を信用していないところがありますね。
── 図面やCGパースはどのようにつくっているのでしょうか?
吉田:図面作成の際は、僕はVectorworksを学生時代から使っていますし、社内でもVectorworksを共通のソフトとして活用し詳細図まで描いています。1つのソフトでさまざまな作業を完結させられるのが便利ですね。
CGパースは今はスタッフにつくってもらっていますが、自分ですべてつくっていたこともあります。検討段階ではつくり込まなくてもある程度のバランスが把握できるので、プレゼンテーションだけでなく社内の確認でも、CGパースで全部つくったほうがいいと思っています。
3Dモデルを用意すれば、空間の中に入っていけますよね。クライアントにとっても、それは大きなメリットだと思います。近いうちには、VRゴーグルを使って確認やプレゼンができたらいいなとも思っています。
── KAMITOPENの今後の展望をお聞かせください。
吉田:これまでいろいろな国で仕事をさせてもらってきましたが、もっと展開していきたいと思っています。日本以外の文化やデザインの仕方を見ていると、色の使い方や素材の切り方など、いつもすごく刺激を受けます。いろいろな国で仕事をして、そこで得たものを、これからのデザインに反映させていきたいと思っています。
(2024.06.18 KAMITOPENにて)
Interview by Jun Kato
Text by Tomoro Ando
Photograph & Movie by toha
※ 本稿掲載のプレゼン資料の提供:KAMITOPEN
Sponsored by Vectorworks Japan
https://www.vectorworks.co.jp