2025年のプリツカー賞(The Pritzker Architecture Prize)が、中国の建築家である劉家琨氏(Liu Jiakun, 1956-)に決定しました。
ユートピアと日常、歴史と現代、集団主義と個人主義といった、一見対極にあるものを融合させ、市民の生活を称える肯定的な建築を提供する建築家であり、建築家としてだけでなく作家としても活躍しています。
ディストピアとユートピアという二元論に抵抗するのではなく、それを受け入れ、建築が現実と理想主義の間に調停をもたらすことができることを示し、地域的な解決策を普遍的なビジョンへと高め、社会的に、そして環境的に公正な世界を描写する言語を発展させた功績を称え、2025年プリツカー賞受賞者として選出されました。
〈ウェスト・ヴィレッジ〉photo courtesy of Chen Chen
以下、審査員による評価の抜粋
「一貫した深い洞察力と常に高い品質を誇る優れた作品群を通して、あらゆる美的・様式的制約から自由な新しい世界を想像し、構築している。 彼は独自のスタイルではなく、各プロジェクトの特性や要件を個別に評価するという、繰り返し用いることのできる手法に頼らない戦略を展開している。つまり、現在の現実をありのままに受け止め、時には日常生活のまったく新しいシナリオを提示するほど、現実を巧みに扱っているのである。」
審査員:アレハンドロ・アラヴェナ(Alejandro Aravena、審査委員長)、バリー・バーグドール(Barry Bergdoll)、デボラ・ベルク(Deborah Berke)、スティーブン・ブレイヤー(Stephen Breyer)、アンドレ・アランハ コレーア・ド・ラーゴ(André Aranha Corrêa do Lago)、アンヌ・ラカトン(Anne Lacaton)、ハーシム・サルキス(Hashim Sarkis)妹島和世(Kazuyo Sejima)、マヌエラ・ルカ=ダツィオ(Manuela Lucá-Dazio、エグゼクティブ・ディレクター)
ハイアット財団 発表
https://www.pritzkerprize.com/laureates/liu-jiakun
(以下、公式ウェブサイト掲載の英文を抄訳)
劉家琨氏(Liu Jiakun)プロフィール
劉家琨(Liu Jiakun), photo courtesy of The Hyatt Foundation/The Pritzker Architecture Prize
1956年成都生まれ。幼少期の大半をキリスト教系の医療機関で過ごしたことから、生涯にわたって内在する宗教的寛容性を育む。
1978年に重慶建築工程学院(現・重慶大学)へ入学、1982年に建築学の学士号を取得、成都建築設計研究院に所属。1984年から1986年にかけて、地球上で最も標高の高い地域であるチベットのナクチュ(Nagqu)に一時的に移住するボランティアに参加。その数年後まで、彼は昼間は建築家として働き、夜は作家として創作活動に没頭。
1999年に成都で自身の事務所であるJiakun Architectsを設立。40年にわたり、中国全土の学術・文化施設から市民空間、商業ビル、都市計画まで、30以上のプロジェクトを構築。〈サーペンタイン・パビリオン北京〉の初代設計者(2018年)に選出。現在、中央美術学院建築学院(中国・北京)の客員教授を務める。
代表的な著書には、ユートピアと人間生活の間の葛藤について探求する『The Conception of Brightmoon』(Times Literature and Art Publishing House、2014年)や、『Narrative Discourse and Low-Tech Strategy』(中国建築・建築出版社、1997年)、『今、ここ』(中国建築・建築出版社、2002年)、『I Built in West China?』(Today Editorial Department、2009年)などがある。
Jiakun Architects
http://www.jiakun.com
劉家琨氏は、自身の活動について次のように語る。
「小説を書くことと建築を実践することは、それぞれ異なる芸術形態であり、私は意図的にこの2つを組み合わせようとしたわけではない。しかし、私の作品における両者の間には、物語性や詩の追求といった、本質的なつながりがある。」
〈ウェスト・ヴィレッジ〉photo courtesy of Arch-Exist
〈ウェスト・ヴィレッジ〉photo courtesy of Arch-Exist
劉家琨氏は、ゆとりのある空間がほとんど存在しない人口密集都市に公共エリアをつくり出し、密集度とオープンスペースの間にポジティブな関係を築いている。1つのプロジェクト内で多様な様式を組み合わせることで、彼は市民空間の役割を革新し、多様な社会の幅広いニーズをサポートしている。
〈ウェスト・ヴィレッジ〉photo courtesy of Arch-Exist
〈ウェスト・ヴィレッジ〉photo courtesy of Arch-Exist
〈ウェスト・ヴィレッジ〉photo courtesy of Qian Shen Photography
〈ウェスト・ヴィレッジ(West Village 、中国・成都、2015年)〉は、5階建てで区画全体に広がるプロジェクトであり、視覚的にも文脈的にも、特徴的な中高層ビル群の集合体と対照的な存在となっている。自転車や歩行者のための傾斜した通路が周囲を取り囲みながらも開放的な空間となっており、その中では文化、スポーツ、レクリエーション、オフィス、ビジネス活動が活気をもって展開されている。また、周囲の自然環境や建造物も見渡すことができる。
〈四川美術学院彫刻学部〉photo courtesy of Arch-Exist
〈四川美術学院彫刻学部〉photo courtesy of Arch-Exist
〈四川美術学院彫刻学部(Sichuan Fine Arts Institute Department of Sculpture、中国・重慶、2004年)〉では、限られた面積の建物を最大限に活用するための代替案を示している。上層階が外側に張り出すことで、狭い面積の建物の床面積を広げている。
審査委員長であり、2016年のプリツカー賞受賞者であるアレハンドロ・アラヴェナ氏は次のように語る。
「都市は機能を分離する傾向にあるが、劉家琨氏はその反対のアプローチをとり、都市生活のあらゆる側面を統合するための絶妙なバランスを維持している。無限に続く退屈な周辺地域を生み出してしまう傾向のある世界において、彼は建物であり、インフラであり、景観であり、公共スペースでもある場所を構築する方法を見出した。彼の作品は、急速に都市が成長する時代における都市化の課題に立ち向かうための、インパクトのあるヒントを提供してくれるかもしれない。」
〈蘇州御窯博物館〉photo courtesy of Liu Jian
〈蘇州御窯博物館〉photo courtesy of Liu Jian
〈蘇州御窯博物館〉photo courtesy of Arch-Exist
劉家琨氏の作品全体を通して、文化、歴史、自然に対する敬意が示されており、中国の古典的建築様式を現代的に解釈することで、時間を記録し、親しみやすさで利用者を和ませている。
〈蘇州御窯博物館(Suzhou Museum of Imperial Kiln Brick、中国・蘇州、2016年)〉の平らな庇や、〈鷺湾湿地の蘭翠亭(Lancui Pavilion of Egret Gulf Wetland、中国・成都、2013年)〉の窓壁は、数千年も昔にさかのぼる東屋の形を再考したものである。
〈ノバルティス上海ブロック – C6〉photo courtesy of Arch-Exist
〈ノバルティス上海ブロック – C6〉photo courtesy of Arch-Exist
〈ノバルティス上海ブロック – C6(Novartis Shanghai Block – C6、上海、中国、2014年)〉の複層バルコニーは、多くの王朝を象徴する塔を彷彿とさせる。
〈劉園石彫美術館〉photo courtesy of Bi Kejian
〈劉園石彫美術館〉photo courtesy of Bi Kejian
〈劉園石彫美術館〉photo courtesy of Jiakun Architects
仏教の彫刻や遺物を収蔵する〈劉園石彫美術館(Luyeyuan Stone Sculpture Art Museum、中国・成都、2002年)〉は、伝統的な中国庭園を模して造られており、水と古代の石をバランスよく配置することで自然の景観を表現している。
人間と自然との関係は相互的なものであるという信念に基づき、建物は周囲の環境に溶け込み、またその環境から浮かび上がるように設計されている。
〈二郎鎮天宝洞区の改修〉photo courtesy of Arch-Exist
〈二郎鎮天宝洞区の改修〉photo courtesy of Arch-Exist
〈二郎鎮天宝洞区の改修〉photo courtesy of Arch-Exist
〈二郎鎮天宝洞区の改修〉photo courtesy of Arch-Exist
また、天宝山の緑豊かな崖の景観に溶け込むように建てられた〈二郎鎮天宝洞区の改修(Renovation of Tianbao Cave District of Erlang Town、中国・瀘州、2021年)〉など、彼のすべての作品には地元の野生植物が取り入れられており、レンガを逆さまに敷き詰めて、草がレンガの穴から生えるようにしたり、地元の竹林を新しい場所に植えたり、床や天井に既存の樹木が残せるよう開口部を設けるなどしている。
〈ウェスト・ヴィレッジ〉photo courtesy of Arch-Exist
劉家琨氏の誠実な建築は、素材や加工の誠実さを表現し、時を経ても劣化することなく残る不完全さを表現している。彼は工業製品を好まず伝統工芸を好み、地域社会のために、また地域社会によってつくられた、経済や環境を維持する地元の未加工素材をよく使用する。
〈四川美術学院彫刻学部〉では、本物の重慶砂漆喰の職人技による渦巻くような細部が、磨き上げられるのではなく、そのまま見えるように露出されている。
〈四川美術学院彫刻学部〉photo courtesy of Arch-Exist
〈水井坊博物館〉photo courtesy of Arch-Exist
〈水井坊博物館〉photo courtesy of Arch-Exist
劉家琨氏は、2008年の四川大地震の瓦礫を再利用し、地元産の小麦繊維とセメントで補強して、従来のレンガよりも物理的にも経済的にも優れた強化レンガを生産している。この「再生レンガ(Rebirth Bricks)」は、〈ノバルティス上海ブロック – C6〉や〈水井坊博物館(Shuijingfang Museum、中国・成都、2013年)〉、そして彼の最大作品である〈ウェスト・ヴィレッジ〉の至る所で見ることができる。
〈フー・フイシャン記念館〉photo courtesy of Iwan Baan
〈フー・フイシャン記念館〉photo courtesy of Jiakun Architects
また、この惨事により、劉家琨氏の作品の中で最も小さな作品である〈フー・フイシャン記念館(Hu Huishan Memorial、中国・成都、2009年)〉が生まれた。これは恒久的なセメント製レリーフのテントの形をしたもので、破壊の爪痕を残した15歳の少女のためだけでなく、喪に服す国家全体の集合的記憶のために展示されている。
プリツカー賞を後援するハイアット財団の会長であるトム・プリツカー氏(Tom Pritzker)は次のように語る。
「劉家琨氏は、建築のプロセスと目的を通じて人々を鼓舞し、コミュニティを結びつける感情的なつながりを育んでいる。彼の建築には知恵がある。表面的なことにとらわれず、歴史、素材、自然が共生していることを哲学的に明らかにしているのである。」
〈フー・フイシャン記念館〉photo courtesy of Bi Kejian
劉家琨氏は次のように語る。
「私は常に水のような存在でありたいと思っている。それは、固定した形を持たずに浸透し、その土地の環境や敷地そのものに染み込んでいくような存在である。やがて水は徐々に固まり、建築物へと変化し、さらには人間の精神が生み出した最高の形へと変貌するかもしれない。しかし、その場所の良し悪しに関わらず、その場所のあらゆる特性を保持し続けるのである。」
〈松陽文化村(Songyang Culture Neighborhood)〉photo courtesy of Arch-Exist
〈松陽文化村(Songyang Culture Neighborhood)〉photo courtesy of Arch-Exist
〈松陽文化村(Songyang Culture Neighborhood)〉photo courtesy of Arch-Exist
プリツカー賞は、才能、ビジョン、献身といった資質を兼ね備え、人類と建築に対して一貫して重要な貢献を果たしてきた現役の建築家を毎年、ハイアット財団(The Hyatt Foundation)が顕彰しているもの。
2024年は日本の建築家・山本理顕氏が受賞。2023年は英国の建築家、デイヴィッド・チッパーフィールド(David Alan Chipperfield)が受賞しています。
The Pritzker Prize Web Site
https://www.pritzkerprize.com/