栃木県那珂川町に立つ〈那珂川町馬頭広重美術館〉が、約25年という歳月を経て大規模な改修工事を完了させました。
建築家・隈 研吾氏(隈研吾建築都市設計事務所)の設計により2000年に開館した同館は、歌川広重の浮世絵(青木コレクション)を収蔵し、建築と自然、そして地域の文化が調和した名建築として知られてきました。しかし、開館から四半世紀が経過し、屋根を覆っていた木製ルーバーの老朽化が顕在化したため、屋根ルーバーを木材からアルミ素材へと更新する決断が下されました。
単なる部材の取り替えにとどまらず、25年目の建築をいかに更新し、次の世代へ継承していくのか。設計事務所と自治体による判断のプロセスと、その実務的な工夫について、隈研吾建築都市設計事務所の三宅氏・寺澤氏への取材をもとに解説します。
広重美術館について
〈那珂川町馬頭広重美術館〉は、歌川広重の『東海道五拾三次之内 庄野・白雨』に描かれた雨の線描表現を着想源として作られた建築です。自然と人工物を等価に扱う広重の感性を、建築全体を覆う杉ルーバーという仕掛けによって立体的に翻訳されています。
設計の核にあったのは、建物の中央に大きな「穴(通り道)」を配置し、背後の里山と手前の町とを再び結び直す空間構成です。日本の集落において、里山のきわに神社を配して山と人の暮らしを結んできた原型をプランに落とし込み、一般的には駐車場側を正面として造成するところを、あえて里山側を「表」とし、建物中央をくぐって人々を導くアプローチが採用されました。

©︎Masaki Hamada(kkpo)
改修前の状態と経緯
開館から約20年が経過した2020年頃、屋根を覆う木製ルーバーの一部に朽損や欠損が見られるようになり、雨漏りも発生するなど、老朽化が目立つようになりました。これを受けて那珂川町は改修の検討を進め、当初の設計を手がけた隈研吾建築都市設計事務所に改修の提案を依頼しました。
当初、同事務所では、既存の木製ルーバーの塗り直しや新材への付け替えといった「木による更新」を前提とし、竣工時より性能の高い保護塗料を探すなど、木を使い続けるための方法が検討されていました。しかし、屋根ルーバーには不燃性能が求められるうえ、雨ざらしとなる環境にも対応する必要があります。木材保護、不燃、屋外使用という複数の条件を同時に満たす必要があり、現行の技術で採用できる木材の選択肢は限られていました。
そこで、木材と並行し、アルミも比較検討されました。検討対象となったのは施工時のイニシャルコストだけではなく、その後のメンテナンス費用を含めたライフサイクル全体のコストです。RC造と鉄骨造の混構造である同館について、一般的に想定される建築の耐用年数の範囲で比較した結果、アルミは初期費用こそ木材より高いものの、長期的には維持管理を含むコストが逆転することが確認されました。
こうした検討をもとに那珂川町との協議が進められ、最終的には、当初予定していた全面的な木材更新ではなく、屋根のみアルミへ置き換えるという、素材の使い分けによる改修へと方針が決定されました。

改修前 ©︎Kuma Kengo and Associates
木とアルミを馴染ませる、色と木目のデザイン
屋根へのアルミ採用決定後、焦点となったのは「既存の木製ルーバーと新しいアルミルーバーを、いかに建築全体へと馴染ませるか」でした。
その基準となったのが、建物中央の通り抜け部分にある木製の天井ルーバーです。屋根や外壁とは異なり直接雨にさらされず、比較的良好な状態を保っていたため、隈氏を交えた現地検討を経て、この天井ルーバーの色が新しいアルミルーバーの基準色として採用されました。
長年雨風にさらされていた外部ルーバーは、経年変化によって黒みを帯び、シルバーグレーに近い表情となっていました。その中で、新しいアルミルーバーに求められたのは、竣工当時の杉の色を再現することではなく、25年を経てもなお木本来の風合いを残す天井ルーバーの色味に近づけることでした。改修時点の建築との自然な連続性を生むことが目指されていました。

©︎Masaki Hamada(kkpo)
木目についても、木製の外壁ルーバーとの調和を踏まえた検証が行われました。木目がおとなしい柄では、工業製品としての均質な表情が強まり、自然素材である木との差が際立つため、30×60mmのアルミルーバーには、メーカー保有の板目・柾目柄を採用。その中から、比較的木目が明瞭なものが選ばれました。遠近双方の視点で木製ルーバーと調和するよう細かく微調整し、数種類ものパターンをランダムに配置することで、工業製品特有の規則的な反復が回避されています。
さらに、特に人の視線が届きやすい軒先部分には、実際に25年間使われてきた「本物の木目」が取り入れられました。撤去されたルーバーのうち状態の良い材を選別し、主張しすぎず全体に馴染む7パターンの木目を厳選。それらを高精度にスキャン・転写するメーカー技術を用いることで、実際の木目をアルミに宿らせています。
通常部分にはメーカーが保有する木目柄を用いながら、軒先には既存材から抽出し再現した木目を採用する。色は改修後も残る天井ルーバーから、木目の一部は役割を終えた外壁ルーバーから受け継ぐことで、素材が木からアルミへ変わった後も、既存建築とのつながりが保たれています。
素材の変更を、構造と雨仕舞いの改善へ
屋根のアルミ化は、単なる仕上げ材の置き換えにとどまらず、これまでの納まりを根本から見直すきっかけにもなりました。
改修前の屋根では、外側へ大きく跳ね出す木製ルーバーの間隔を一定に保つため、中央付近を通しボルトで繋いでいました。そのため、下から見上げるとルーバーの隙間につなぎ材が露出する納まりとなっていました。
これに対し、新たに採用されたアルミルーバーは、木材に比べて強度が高く、雨に濡れても反りや変形が生じにくい特性を持ちます。そこで、メーカーによる跳ね出し部分の計算をもとに、通しボルトを設けなくても成立する納まりへと変更。従来必要だったつなぎ材がなくなったことで、軒先は改修前よりもすっきりとした意匠へと変化しています。
一方、木材で更新された外壁ルーバーでは、改修前の調査で確認された劣化要因への対策が図られました。
既存の外壁ルーバーには、足元を中心に雨の跳ね返りによる痕跡が残っていました。ルーバー自体は建物の外側へ大きく張り出しているものの、建築本体の屋根はその内側で止まっている構成だったため、外壁は雨の影響を受けやすい状態にありました。とくに足元では、「濡れる・乾く」が繰り返され、それが木材の劣化につながる一因となっていました。
この状況を改善するため、今回の改修では新たに「軒樋(のきどい)」を増設。屋根から落ちる雨を受け止める位置を変えることで、外壁ルーバーの足元へ雨水が落ちる量を軽減させました。また、ルーバーの背景となる鉄骨などの付帯部も改修対象となり、もともと黒く塗装されていた部分は丁寧に再塗装が施され、耐久性の向上が図られています。

©︎Masaki Hamada(kkpo)
建築が時間の中で生き続けるためのアプローチ
今回の改修において本質として捉えているのは、単に「木製ルーバーをアルミへ置き換えた」という事実そのものではありません。アルミは耐久性やメンテナンス性において優れた利点を持ちますが、それがあらゆる建築に対する汎用的な解ではないからです。那珂川町との綿密な協議をはじめ、25年を経過した建築の現状、そして各部位に課された環境条件を一つひとつ紐解いた結果として、今回の解が導き出されました。屋根はアルミ、外壁は木というハイブリッドな構成も、それぞれの長所と課題を確かめながら検討を重ねた末にたどり着いたものとしています。
また、隈氏は今回の改修について、法隆寺が約1400年にわたり、部材を少しずつ入れ替えながら受け継がれてきたことを引き合いに出しています。木からアルミへと素材が変わっても、その質感の差をできる限りなくしながら建築を引き継いでいくこと。25年前の姿をそのまま再現するのではなく、時代に応じて更新を重ねながら、時を超えて残る建築を目指すという考えが、〈馬頭広重美術館〉の改修にも表れています。
25年という歳月が浮き彫りにした課題に対し、今回の改修では、素材と納まりのアプローチから改善が加えられました。屋根ではアルミの素材特性を活かして従来の通しボルトをなくし、外壁では木材を使い続けるために雨仕舞いを一から再構築し、それらを支える下地部材まで更新する。〈馬頭広重美術館〉の改修には、時を重ねながら生き続ける建築のあり方と、継承への意思が示されています。

©︎Masaki Hamada(kkpo)
〈那珂川町馬頭広重美術館〉施設概要
所在地:栃木県那須郡那珂川町馬頭116-9
竣工:2000年
構造:鉄筋コンクリート造と鉄骨造の混構造、平屋建て
主要用途:美術館
原設計:隈研吾建築都市設計事務所
原施工:大林組
改修設計:隈研吾建築都市設計事務所
改修施工:七浦建設株式会社
リニューアル時期:2026年3月
空間構成の特徴:街と神社を結ぶ参道のような空間、大きな屋根と縁側、屋根から壁への連続性のあるルーバー
トップ画像〈那珂川町馬頭広重美術館〉Photo: ©︎Masaki Hamada(kkpo)