あの事務所のプレゼンテーションは!?
プレゼンテーションはプロジェクトの起点となり、実現の可否を左右する。
プレゼンで相手の心を動かし、プロジェクトをドライブさせるには。
アイデアを効果的に伝えるために、実践できることは何か。
『TECTURE MAG』では、建築家が準備したプレゼンの資料を公開する特集を「著名建築家のプレゼン手法公開」としてシリーズ化。
資料作成のポイントやツールから、プレゼン時の心構えに至るまで解説していただく。
特集の初回は、住宅から商業空間、ランドスケープ、プロダクトなど、国内外で幅広い分野のプロジェクトを多数手がけるSUPPOSE DESIGN OFFICE。
共同代表の谷尻 誠氏に、プレゼンのテクニックをあますところなく語っていただいた。
Photographs: toha
SUPPOSE DESIGN OFFICE流プレゼン7カ条
・考え方から提案する
・“絶対にいい”という1案をぶつける
・プレゼンは“ディスカッションするための資料づくり”
・空間のつくり方をビジュアルとキーワードで共有する
・プロポーザル提出資料は要件を押さえたうえで柔軟に
・プレゼンはDJのようにライブ感を大切にする
・プレゼン資料づくりはチーム+パース作成スタッフで
考え方から提案した〈hotel koé tokyo〉
まず紹介するのは、SUPPOSE DESIGN OFFICEが設計を手がけ、2018年に完成した〈hotel koé tokyo〉。
クライアントへのプレゼン内容や見せ方は、1回目、2回目、3回目と変化していったという。
どのようなプロセスで、3段階のプレゼンテーションを作成するに至ったのか。どんな目的が、それぞれにあるのか。
プレゼン資料を見ながらプロジェクトを振り返るなかで、「考え方を提案する」という、谷尻氏の姿勢が見えてきた。
まずは、1回目のプレゼン資料内容と、その背景について。
谷尻:設計事務所のポジションとしては、クライアントから与件を定義されて、それに合わせて提案するんですね。
でも「そもそも、その与件は本当にそれでいいのか?」ということをいつも疑っている気がします。
〈hotel koé tokyo〉でいうと、クライアントはアパレルブランドで、「koéが渋谷に旗艦店を出します、アパレルショップを3フロアでつくってください」というのがオーダーなんですね。
それに対して僕たちは「本当にそこにショップをつくるだけでいいんだろうか?」という問いを立てるところから始めます。
谷尻氏は与件を疑い、捉え直すことから考え出す。
谷尻:まずは渋谷のことを調べたり、どうやってファッションが街に根付いていくのかということをずっと考えていましたね。
東京のアパレルショップって、だいたい11時や12時にオープンして、20時くらいに閉まる。1日の3分の1くらいしか、お店を開けていないということに気付いて。
家賃はとても高いエリアですし、3分の2の時間を捨てていること自体が、果たして本当に正しいんだろうかと思うようになりました。
僕は洋服がすごく好きだったので、若いころは洋服屋を回って店員さんと仲良くなったり、夜な夜なクラブに足を運んだりしては、いろんなアパレルの人と話していました。そこで音楽の情報を手に入れたり、街のことを知ったり、そういうカルチャーがあった。
でも今は、若い子は洋服をオンラインで買うこともどんどん増えていて。では「アパレルショップに行く意味って何だろう」と考えたんです。
洋服が欲しいのもあるんですけど、インターネットって洋服を検索したときに音楽のことは出てきません。そう考えると、もっと渋谷らしいやり方があるんじゃないかと。
洋服好きな人はお店に来るとして、例えば食からファッション、アートからファッション、音楽からファッションというように、もっと違ったエントランスをくぐってファッションにたどり着いてもらうような道筋を設計することが重要だろうと考えました。
そこで僕らは企画として〈hotel koé tokyo〉というコンセプトを立てて、「泊まれるアパレルってどうですか?」と提案することにしたんですね。
いろんな場所から〈hotel koé tokyo〉という場所にアクセスしてもらえるような動線をつくりながら、例えば1階がライブハウス、2階が〈hotel koé tokyo〉で3階がスイートルームみたいな、そういうつくり方が、あるんじゃないかなと。
考え方を的確に伝える
企画立案から行う場合は、プレゼン資料でどのように説明しているのだろうか。
谷尻:プロジェクトによってさまざまで、ダイヤグラムを用意することもあります。〈hotel koé tokyo〉のライブハウスは食べたり、飲んだりもできて、昼はカフェみたいになります。エントランスにある受付の中にDJセットを置いておけば、もうそこはクラブにもなりますよね。受付なのかクラブなのかカフェなのか分からないようなつくり方がいいなと考えました。
渋谷の街にはクラブがとても多く、小さなレコードショップもたくさんありますよね。
ファッションと音楽は本当はすごく親密な関係があるのに、インターネット時代には分断されてしまっている。そこをもう一度、自分の20何年前の記憶ですけど、それを現代に持ち込むというのは逆に新しいんじゃないかなって思いました。
ラフなプランと考え方に加え、大階段はあったほうがいいと提案しました。
大階段というのは動線であり、ライブハウスの席にもなるからです。
1階から2階へと続く大階段。Photo: Kenta Hasegawa
プレゼン資料からの抜粋。1階から2階へとつながる大階段はライブでは客が座るスペースとして、またポップアップの陳列としても活用し、2階へ人を呼び込むことを提案した
谷尻:2階は普通にアパレルショップで、3階では泊まれるようにしましょうと提案しました。
渋谷の街の雑踏との連続性を1階のライブスペースにつくりながら、3階に行くと圧倒的な静寂がある。動的な1階と静的な3階で、渋谷の街を静かな場所から見るのって、新しい体験になると提案しました。
プレゼンテーションといっても、考え方を提案する内容ですね。
“絶対にいい”という1案をぶつける
アパレルブランドkoéの実店舗では、そもそもホテルとしての要件はなかった。
ホテルがあるメリットを、どのように説明したのか。ホテルが受け入れられない場合の代案は、用意しておいたのか。
谷尻:「ホテルをつくってください」とは言われてないです(笑)。
でも、泊まれるアパレルがいいんじゃないかなということは、根っこにあったんです。
数年前から多くのアパレルがカフェ事業を手がけて、カフェに来てアパレルも知ってもらうビジネス戦略が立てられて普及していました。でも泊まれるアパレルというのは、まだどこもやっていません。
僕は、旅先で泊まると下着や靴下を新しく買ったりするんです。いきなり大きなアイテムは買いませんが、まずそのブランドの小さなものを試してみて「あれ、これけっこう着心地いいな」とか、思いがけずそのブランドに触れてみて好きになることってあるんじゃないかと思うんです。そこで、アパレルとホテルは相性いいんじゃないですか、という話をクライアントにしました。
アートも提案したり、プランというより企画を出したという感じです。
そして、谷尻氏らのプレゼンテーションでは、企画中心の内容であっても1案に絞るという。
谷尻:僕たちは、案をいくつももっていくことはあまりありません。
昔から、数案つくるのが得意ではないということもありますが、まずは“絶対これがいい”というものをぶつけています。
とはいえ、いきなりではなくて。ジャブを打ちながらミーティングして、『こういう考え方はどうでしょうか』と進めていきます。
ビジュアルでの共有を進めた2回目のプレゼン
〈hotel koé tokyo〉では、最初のプレゼンの約3カ月後に、2回目のプレゼンが行われた。
2回目以降のプレゼンでのポイントや資料作成のコツは、どのようなものか。
2回目と1回目の内容の違いについて、谷尻氏は次のように話す。
谷尻:泊まれるホテルという方針が、悪くないということで。じゃあ2回目はもう少し具体的な空間に落とし込んだときに、どんな雰囲気がありえるのか。『大階段があるとこんなふうになります』といった具合の内容を見せました。
2回目のプレゼンで示した、1階大階段の具体的なイメージパース(一部を加工)
考えていったことを絵にすると、どう見えてくるか。自分たちは想像が付きますが、一般の方にとっては分かりにくいものです。僕らの根本的なスタンスとして、プレゼンテーションとは『これにしましょう』というより、どういった雰囲気になるかをビジュアルに落として見てもらうための作業だと思っています。
今見ると、できたものと全然違いますけどね(笑)。
ホテル客室のイメージパース
具体的な方針を立てた3回目のプレゼン
そして〈hotel koé tokyo〉のプレゼンテーションは、2回目の約3カ月後に、3回目を迎えた。
その内容は、次のとおり。
谷尻:3回目はわりと具体的に方針を決めて、『ミニマムマテリアル・マキシマムインパクト』という考え方を伝えました。
空間というのは情報が多い。床・壁・天井、カウンター、収納、扉や取っ手があったり、家具があったり。情報量が多いのにマテリアルがどんどん増えると、もうどんどん情報が増えて散漫になりがちなので、材料を絞りましょう、というのはよく言うんです。
材料を絞り込むと、本来情報量が多いものが少なくなり、見え方が違ってきてインパクトが大きな空間になるんです。
日本的なティールームをコンセプトに、ミニマムなホテルをつくろうということで進めました。
椅子のない割烹料理レストランの提案(CGパースを一部加工)
谷尻:こういったビジュアルCGをつくりながら、これは『ノーチェア・レストラン』と名前を付けました。
割烹料理を出すのに、立ち席でやるのっていいんじゃないかと。“立ち割烹”というコンテンツは新しいですし、これから外国人の方がどんどん来て、日本らしく狭い中で日本の高級料理を食べるというムーブメントをつくるのもいいと思い、絵を見せました。
空間提案もあるんですけど、ホテルにあるものはショップで買えるようにするといった、コンテンツ提案が多いですね。
プレゼンは“ディスカッションするための資料づくり”
ホテルをつくることに加えて、〈hotel koé tokyo〉では、常識外れの大きなスイートルームをつくることになった。この案も、谷尻氏らが持ちかけたものだという。
素材の違いによる客室のバリエーションを見せるプレゼン
谷尻:ホテルをつくることが決まると、クライントはいろんな専門家を呼んでくるんですね、ホテルコンサルタントを呼んできたり。
意見は参考にしたのですが、僕たちは10部屋しかないホテルでも「S、M、L、XLにしよう」とか、ファッションらしいホテルにするためのアイデア出しました。いちばん小さいSの部屋は1泊2万5000円、XLは100㎡で1泊25万円みたいなコントラストをつくりました。
〈hotel koé tokyo〉客室「XLルーム」 Photo: Kenta Hasegawa
谷尻:普通だと安いホテルには若い子が来て、高級なホテルにはセレブが来る、みたいにホテルごと分けられていますよね。
でも、〈hotel koé tokyo〉ではクラブが下にあってお酒を飲んでいて、めちゃめちゃお金持ちが泊まっていてみんなにシャンパンをふるまっちゃうような、思いがけないシーンがあるかもしれない。
そういうレンジがあったほうがいいんじゃないか、価格もそれくらいの幅をもたせたほうがいいんじゃないか、とクライアントと話し合ってつくっていきました。
あとはだんだんもうちょっとリアル、実(じつ)に寄っていくような感じですね。「これでだいたいこういうことをやろう」というのは決まっていきました。
SUPPOSE DESIGN OFFICEでは最初に「これをつくりたい」というよりは、方針を決めるためにプレゼンしている感覚のほうが強いかもしれないですね。だから変わっていっていいと思っています。
依頼されているものを1回で決めにかかろうとはしていないので、あまり気張っていないかもしれない。プレゼンは“ディスカッションするための資料づくり”という気持ちでいます。
続く記事では、長野県松本市に2020年にオープンしたブックホテル〈松本本箱〉のプレゼンをもとに、イメージがすでに定まっているクライアントに対するプレゼン手法を谷尻氏に解説していただく。
【SUPPOSE DESIGN OFFICEの主な使用ソフト】
・Vectorworks
・SketchUp Pro
・Photoshop
・Illustrator
・V-Ray
・Enscape
・D5 Render
・AutoCAD