東京・六本木にある画廊[KOTARO NUKAGA](代表:額賀古太郎)にて、写真家の石塚元太良氏の個展「Ondulatoire」が2月5日より開催されます。新作を含む17点の作品が展示されるとのこと。
以下、[KOTARO NUKAGA]のプレスリリースより
冠布(かんぷ)を被り、ピントグラス越しに見た世界は、カメラの操作によって立体的に浮かび上がってくる。石塚はその様子を「世界を眼球で立体的に造形しているようだ」と表現する。これまで石塚が写真によって行ってきたことには、写真空間の再解釈を行うという考えが通底している。
石塚は「デッドパン」[*1]といわれる1970年代にドキュメント写真がアートとなるためにとった戦略を踏襲するスタイルをとり、世界の全てをイメージとして平面的に見るデジタル写真の時代に、別の目で見る世界の姿を私たちに経験させる。20世紀の偉大な建築家であるル・コルビュジエ(1887-1965)は、合理的精神に基づき、建築に新素材やドミノシステムなど革新的な建築方法を積極的に持ち込むことで、建築の造形を自由にしたことで知られる。そのコルビュジエは、自身の設計したリヨンのラ・トゥーレット修道院(1960年竣工)の開口部を、弟子で建築家、数学家や作曲家でもあるヤニス・クセナキス(1922-2001)にデザインをさせた。
整然と整理されてしまう対位法的な音楽を真っ向から否定したクセナキスは、音楽に複雑性を取り入れ、ミクロには揺らぎを、マクロにはダイナミックな大きな塊として表現される音楽を作った。彼は音楽に数学的な要素を持ち込み、五線譜ではない図譜という楽譜を採用した。ラ・トゥーレット修道院の開口部のデザインは彼の代表的な曲である『メタスタシス』の譜面との間に共通するものがあるとも言われている。クセナキスが「オンデュラトワール(波状の)」[*2]と名付けた不均質な幅にデザインされたルーバーは、ラ・トゥーレット修道院という空間に音楽的な要素を加えることを高度に成功させており、この建築空間に新たな解釈を作り出している。彼の作った開口部に差し込む太陽の光は譜面である窓枠を通して影を地面に創り出し、閉鎖的な修道院という空間の中で続く修行の1日、1年といった日々が、周期の中で揺らぎながら変化していることを気がつかせる瞑想的な場となる。この揺らぎこそが「オンデュラトワール」であり、ここで光と影によって奏でられ続ける管弦楽曲のタイトルであるとも言える。
石塚が今回作品のモチーフとして選んだのは、クセナキスの作り上げた譜面に記され、差し込む光によって、この場所で演奏されたシンフォニーである。石塚はラ・トゥーレット修道院の回廊で年間を通して奏で続けられる演奏の揺らぎの中から、冬至と夏至の日の場景を選び出している。これによって揺らぎの最大幅に線を引くこととなる。つまり、この日々揺らぎの中でつづく演奏を大きな塊、全体像としてその広さを捉えることとなる。
また、本展では、コルビュジエとクセナキスの共同制作で、もうひとつの「オンデュラトワール」であるチャンディーガル美術大学(1965年竣工)の開口部の作品も提示する。このふたつの「オンデュラトワール」がみせる「ちがい」はある種のコントラストとなる。これによって、全体像として捉えたラトゥーレットの「オンデュラトワール」という曲の広さに別の軸を与え、作曲家クセナキスの見ていた揺らぐ世界を立体的に再構築する。
今回、石塚が写真空間の再解釈で表現したのは音楽の立体化であり、それはまさに「音楽の建築」であると言える。本展「Ondulatoire」は、コンダクター石塚元太良によるシンフォニー「オンデュラトワール」のコンサートである。
建築、音楽、写真という3つの領域を思考の中で再編し、「音楽を観て、写真を聴く」空間として本展を堪能していただければ幸いです。ぜひ、ご高覧ください。*1.デッドパン
写真のキュレーター、シャーロット•コットンが著書『現代写真論』で示した、作家の主観性を画面から排除したオブジェクティブ(無表情)な写真表現。
アート写真はデッドパンのスタイルを用いることで、大げさな感傷や主観から切り離される。情緒に訴える写真もあるかもしれないが、写真家たちの感情を理解することが、作品の意味内容を理解することにはつながらない。写真とは、個人に見える限界以上のものを見る手段であり、一個の人間の立場からは見えない、人工と自然の世界を支配する壮大な力を画面に写し取る手段なのである。(シャーロット・コットン、『現代写真論 新版』、大橋悦子・大木美智子訳、晶文社、2016年、p83)*2.オンデュラトワール
フランス語で「波状の」の意、不均質なルーバーを設けた窓の呼称。正式名称はパン・ド・ヴェール・オンデュラトワール(Pans de Verre Ondulatoires)、「波状のガラス面」の意。
石塚元太良プロフィール
Gentaro Ishizuka
1977年、東京生まれ。2004年に日本写真協会賞新人賞を受賞し、その後。2011年に文化庁在外芸術家派遣員に選ばれる。
初期の作品では、ドキュメンタリーとアートを横断するような手法を用い、その集大成ともいえる写真『PIPELINE ICELAND/ALASKA』(講談社刊)で2014年度東川写真新人作家賞を受賞。また、2016年にSteidl Book Award Japanでグランプリを受賞し、写真『GOLD RUSH ALASKA』がドイツのSteidl社から出版される予定。2019年には、ポーラ美術館で開催された「Syncopationシンコぺーション:世紀の巨匠たちと現代アート」展で、セザンヌやマグリットなどの近代絵画と比較するように配置されたインスタレーションで話題を呼んだ。近年は、暗室で露光した印画紙を用いた立体作品や、多層に印画紙を編み込んだモザイク状の作品など、写真が平易な情報のみに終始してしまうSNS時代に写真表現の空間性の再解釈を試みている。
2022年には、今顔のKOTARO NUKAGA(六本木)の個展のほか、アーツ前橋のグループ展や新国立美術館で開催される「DOMANI・明日」展にも参加予定。
会期:2022年2月5日(土) 〜3月31日(木)
開廊時間:11:00-18:00(火-土)
休廊日:日・月曜、祝日
会場:KOTARO NUKAGA(六本木)
住所:東京都港区六本木6-6-9 ピラミデビル2F(Google Map)
※会場ではCOVID-19(新型コロナウイルス感染症)対策を実施
※今後のCOVID-19拡大に伴う、国や自治体の要請などにより、会期や内容が変更となる可能性あり
KOTARO NUKAGA Webサイト
https://kotaronukaga.com/