[Interview]住宅から法人施設まで、事業計画と建物デザインを両立。経営者目線に立ち、法人施設の付加価値を高める長沼アーキテクツ - TECTURE MAG(テクチャーマガジン) | 空間デザイン・建築メディア
[Interview]住宅から法人施設まで、事業計画と建物デザインを両立。経営者目線に立ち、法人施設の付加価値を高める長沼アーキテクツ

[Interview]住宅から法人施設まで、事業計画と建物デザインを両立。経営者目線に立ち、法人施設の付加価値を高める長沼アーキテクツ

BUSINESS

「建築とお金をデザインする」をミッションに掲げる長沼アーキテクツ。代表の長沼幸充氏は、設計者としてはめずらしいファイナンシャル・プランニング技能士の資格をもつ一級建築士です。個人住宅のほか、法人からの依頼を軸とし、用地探し、資金計画からクライアントとともに「事業として成り立つ建築」を考え、よりよいデザインを実現しています。また、スタッフ育成にも力を入れ、一人ひとりの経験値に合わせたオリジナルの「スキルマップ」を作成し、スタッフの成長をサポートしています。

長沼氏が手がけた東京・浅草の調理道具専門店〈釜浅商店〉にてインタビューしました。

価値を高める提案のためにファイナンシャル・プランニング技能士の資格を取得

長沼アーキテクツ

長沼幸充氏

長沼幸充氏(以下、長沼):私たちは住宅ローンの借り方から、法人のクライアントなら事業計画やブランディングの段階から並走し、予算や投資額を的確に判断して、施主やクライアントにとって最適な提案に取り組んでいます。

組織事務所から独立して最初に住宅を設計した際、「住宅ローンってどうやって借りるんですか?」と施主から聞かれたことがあります。当時はローンの知識はなく、「銀行へ行ってください」という返答しかできませんでした。施主から見れば、設計者に頼めばお金の相談もできて、予算の範囲で理想の家が建つと考えていたと思います。しかし、実際は予算の多くを土地購入にすでに使ってしまっているケースや、理想の家を実現するには予算との乖離が大きいケースもあります。

そのような経験から、設計者は建物のデザインをするだけでは「建築」という行為の一部しか担っていないことに気付いたのです。クライアントが思い描く建築を実現するためには、予算やローンなど、お金のことも相談できるようにならなければと思い、独学でファイナンシャル・プランニング技能士(以下、FP)の資格を取得しました。

事業計画を踏まえ、設計者として法人施設をデザインする

長沼:設計者は「よいデザインさえできればよい」のではありません。私自身がお金の知識をもつことで、土地購入や住宅の仕様といった「何にいくらかけるか」のアドバイスや、法人からの依頼では、事業計画なども一緒に考えることができるようになりました。今では法人施設の設計が主軸になり、資産家が土地の利活用でアパート経営するという依頼では、周辺の相場から家賃収入の算出、銀行から借りられる総額、返済計画まで行うことで、事業として提案し設計まで請け負っています。

企業のオフィス新築や改装、ビル建て替えなどの場合、決算書や営業利益を拝見しながら、FPの観点から無理のない経営や投資の判断をしてプロジェクトを進め、その後、設計者としてデザインを手掛けます。浅草・合羽橋で明治41年に創業した〈釜浅商店〉も、中長期的な目線で提案しました。銀行にも同行して担当者へビジョンを説明し、借り入れ、返済計画を立ててサポートしたうえで、デザインを考えるのが長沼アーキテクツの進め方です。

杭工事のコストを抑え、ブランドデザインを体現した老舗調理道具店

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〈釜浅商店〉Photo: 宮本啓介

長沼:釜浅商店の社長からは「老朽化した自社ビルを建て替えたい」というご相談で、ブランディングの観点から、初めはトレンドである木造を提案しました。木造ビルはサステナブルという文脈にもなりますし、地盤が弱い西浅草というエリアにおいて木造なら杭が短く軽く建てられ、予算が何千万も安く抑えられます。木造のメリットはトレンドだけではなく、お金の面でも大きいという判断での提案でした。

実際には銀行との協議で木造にはできなかったのですが、既存地下1階部分の躯体が一部残る状態での杭工事として建て替えることで、解体費用の削減と工期短縮を実現しました。

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長沼:建て替え前は狭い店舗に鍋やせいろといった道具とともに包丁が売られていました。包丁を選んでいる後ろをほかのお客様が通ることもあり、危険だったという背景から、包丁売り場を専用のビルに移すことは私たちが加わる前にすでに決まっていました。

包丁販売に特化したビルの2階にも商品を置いたり、吹き抜けにせず床をつくれば売り上げも見込めますが、余裕のある空間にしたいというクライアントの意向を汲んで、2階はフリースペースにしています。今では接客の順番を待つお客様がゆっくり過ごされています。合羽橋は古い店舗がまだまだ多いので、このようにガラス張りのビルは少ないんです。外から店舗内が見えて海外の方も入りやすいんじゃないでしょうか。

4階はイベントスペースとして設計しました。合羽橋にはプロの料理人が大勢来られ、購入したものを試したいという方もいらっしゃいます。最初は長さが半分のアイランドキッチンだったのですが、業務用じゃないとプロの人のリクエストに応えられないということから、このような調理台の長い業務用キッチンを入れました。今ではレンタルスペースとして運営され、料理教室や試飲会にも使われています。

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〈釜浅商店〉Photo: 宮本啓介

長沼:この〈釜浅商店〉のプロジェクトは、内装をデザインしたKAMITOPENさん、〈コエドブルワリー〉でもご一緒させていただいたエイトブランディングデザインさんと協業しています。隣にあるもう1つの店舗と対に見えるようフロアレベルや暖簾の高さを合わせたり、内装工事である鉄骨の手すりを吹き抜けの建築工事と同時に行えるよう調整したり、チームで取り組んでいるからこそ協力し、細かな打ち合わせをしてスムーズに工事が進むようにしています。

このように建築設計や設計マネジメントといった立場で、協業プロジェクトに多く取り組んでいることも長沼アーキテクツの特徴です。少人数事務所では取り組めないような、規模が大きく多様なプロジェクトにも関わることで、スタッフも多くの経験を積むことができています。

「木造×ZEB」に挑戦したオフィス新築プロジェクト

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〈北陸地方・新構法による木造ZEBオフィスプロジェクト〉

長沼:現在、富山県の創立80年を迎える総合電気設備設計・施工を行う企業からの依頼を受け、社屋新築プロジェクトを進めています。2階建て、延べ面積1,500㎡になる木造オフィスビルの新築です。

私たちは新しい技術の提案やチャレンジを常に意識しています。事務所の規模が小さいことでフットワークも軽いですし、方向転換にも素早く対応できます。100人規模の事務所だと方針を転換することは容易ではないですよね。私たちは新しい技術にチャレンジするとなったら2~3人のチームを組んで一生懸命勉強します。

このプロジェクトでは木造ビルでZEBを達成することに取り組んでいます。クライアントから「ZEBという省エネの建築をやってみたい」という提案があり、会社の歴史やブランドを建物で体現するにも合致していると考えました。さらに、2024年度から木材利用を推進することで補助金の加点がなされるというメリットもありました。常に経営者と同じ視点に立ち、設計者として建築の価値を高め、それが企業の価値向上につながればと思っています。

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〈北陸地方・新構法による木造ZEBオフィスプロジェクト〉

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〈北陸地方・新構法による木造ZEBオフィスプロジェクト〉

長沼:今回は木造ビルなので内装も木を使って見せたいのですが、1,500㎡以上あるため高い防耐火性能が要求されます。あらわしの柱や梁は1ランク太い燃え代設計とし、インテリアに活かすデザインとしています。また、敷地は3m未満の浸水想定区域に指定されているため2階に執務室を配し、1階はロッカー室とするなど、常に社員が滞在するフロアを2階にゾーニングしました。

スタッフへの投資で事務所をレベルアップする

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〈コエドブルワリー工場〉Photo: Shuntaro

長沼:設計事務所はある程度のスペックをもったパソコンやソフト、プリンタがあればよく、主に投資すべきは人だと考えています。スタッフが新しい技術を学び、いいデザインを吸収してアウトプットしてくれる。そういったスタッフ自身が自分たちを磨く努力や成長が、いい建築となってクライアントに還元され、次の依頼へとつながっていくわけです。忙しいからといって、チーフクラスのスタッフに指導を任せるのではなく、私が自らスタッフを成長させることへ労力をかけることは事務所にとってとても重要なのです。

具体的には設計実務における「スキルマップ」というものをつくりました。よく「先輩の技術を見て盗んで覚える」と言いますが、盗んで覚えるにしても1つの建築が出来上がるまでにはいくつもの段階があり、覚えるほうにもそれなりの知識や土台が必要です。

そこで、図面を読み込むところからステップを細かく設定し、「これが理解、実践できたら次のステップ」という段階を決めてまとめました。新卒ならレベル1、3年目の経験者はレベル2というように、自分が今どの位置にいるのか自己評価し、スタッフ自身がどうすれば次のステップに上がれるのかを考えるきっかけにもなります。

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〈医療機器メーカーオフィス〉Photo三嶋一路

長沼:スキルマップをつくることは、本当に労力がかかったのですが(笑)、自分の現在地が分からなければ向かうべき方向も手段も分かりませんし、自分ができていると思っていてもできていないこともあります。スタッフは「まずはトイレの図面を描いてみよう」といったところから、徐々にスケールアップしていきます。住宅設計しか引き受けていない事務所だと、その後のステップアップに上限があり成長が止まってしまいます。さまざまな経験が積めるよう、受注するプロジェクトの用途や規模を限定しないように心がけています。

また、新技術や認定、法改正などの講習会や現場には経験年数に関係なく、スタッフを連れて行くようにしています。勤務時間外にインターネットや書籍で勉強するよりも、講習会に参加したり、現場を見て経験したりするほうが身に付くので、いろんな現場へ同行してもらっています。スタッフが進んで帰宅後や休日を使って学ぶこともあると思います。しかし、勤務時間内にノウハウやプロセスが学べることは、これからの設計事務所の働き方として重要な要素だと思っています。

外部協力者と同様に、スタッフと対等にコラボレーションする

長沼:依頼を受けて外部設計事務所のスタッフ指導を請け負うこともありますが、私が1on1でスタッフを指導し、サポートやケアができる人数でやっていきたいと考えているので、自分の事務所は少人数で運営していきたいですね。構造設計者や設備設計者、グラフィックやブランディングデザイナーといった外部協力者との協業も多く行っていますが、スタッフのアイデアを積極的に取り入れ、スタッフと対等にコラボしながら仕事をする気持ちでいます。

クライアントがせっかく新しいオフィスをつくっても、企業が経営者の目標に近づいていかなければ意味がありません。お金の知識をもとに社長や経営者と上流から話し合うことで、仕様決定もスムーズに進み、引き渡した後も事業運営が順調にスタートできます。建築資材の高騰や労働力不足、職人の高齢化、環境問題など、建築業界も課題が多くあります。事業計画から建物の設計までを一貫して担える設計者はまだ多くありません。これまで以上に「お金と建築」を同時に考えられる設計事務所が今後、求められてくるのではないでしょうか。

 

インタビュー:2026年4月16日 浅草・釜浅商店にて
特記なき写真:Kei Sasaki


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