老朽化や法規、活用のミスマッチなど、さまざまな要因で動かなくなった建物を、再び社会の流通へと乗せる「適法改修」を専門に手がける建築再構企画。「そもそもこの建物で事業が成立するのか?」という根本的な問いから始まり、徹底したリサーチと設計を通して事業をかたちにしていく同社代表の佐久間 悠氏に、リノベーションとは一線を画す適法改修の本質と、街に眠る建築を動かしていく社会的意義についてインタビューしました。
佐久間悠 氏(代表取締役/以下、佐久間): 私たちは「建築を動かす」という理念のもと、2013年に創業した設計事務所です。既存建物の改修設計、当社ではそれを「適法改修」と呼んでいますが、そこに特化し、さまざまな事情で動かなくなった建物にもう一度価値を与えるための設計・コンサルティングを行っています。
一般的に「不動産」と呼ばれるように、建築は物理的に動かないことが前提です。私たちが言う「動かない建築」というのは、何らかの理由で活用がフリーズし、次の一手が打てなくなっている建物のことです。たとえば、建築基準法に適合していることを証明する検査済証がないために増改築も用途変更もできなかったり、過去の違法な増築などが原因で審査が通らなかったり。あるいは、適法である根拠資料がないために金融機関からの融資がつかず、売買も改修も進まないといった、さまざまな要因を抱えた建物が数多く眠っています。

佐久間悠 氏。建築再構企画が手がけ、銭湯をテナントビルへと改修した〈SENTOビル〉でインタビューを行った。
佐久間:多くの場合、これらの問題は事業主が「この建物を活用しよう」と動き出した瞬間に初めて表面化します。何か新しいことを始めたいと前向きになっているのに、その第一歩で壁にぶつかってしまう。前向きな気持ちにブレーキをかけている障壁を取り払い、建物が再び動き出せるようにすること。それが、私たちの仕事です。
建物を動かせるようになれば、不動産は本来の価値を取り戻し、新たな事業が生まれていきます。新築だけに頼らず既存の建物を活かすこの取り組みは、日本全国で塩漬けになっている既存ストックの更新にも繋がります。人口減少や建設コストの高騰が進む時代において、これは非常に社会的意義の大きい取り組みだと考えています。
佐久間:よく「リノベーションと何が違うのか」と聞かれます。まず前置きとして、「リノベーション」や「リフォーム」という言葉自体には、建築基準法などにおける明確な定義はありません。そのため、あくまで一般的な認識との比較になりますが、「適法改修」との本質的な違いは、「扱う範囲」と「手続き」にあると考えています。
一般的なリノベーションは、内装改修が中心です。多少外壁やサッシに手を入れることがあっても、確認申請の提出を伴わないケースがほとんどでしょう。これに対して適法改修は、確認申請をはじめとする各種手続きをすべてクリアすることが大前提です。表面的な意匠や機能を整えるためだけではありません。建築として合法的に成立させるために必要な手段として行い、結果として新しい空間が生まれます。
手続きを踏むからこそ、時代のニーズに応える用途変更や、フロア構成そのものの組み替え、耐震補強を伴う構造の刷新、事業性を担保するための大規模な設備変更まで踏み込むことなどが可能になります。建築のより深い領域まで扱うことができるのです。

地下機械式駐車場を適法改修し、オフィスに用途変更した〈softdevice LAB〉。Photo: shuntaro

検査済証のないテナントビルから認可保育園へ用途変更した〈南浦和の保育園〉。Photo: 長谷川健太
佐久間:今は社会のサイクルが非常に早いですよね。たとえばインバウンド需要を見ても、コロナ禍を挟んで一気にゼロになったかと思えば、現在はまた急激に回復している。わずか数年の間に、社会情勢によって建築に求められることが激しく変動しています。一方で、建物の寿命は数十年と長い。今ある建物が、これから先の需要の変化をすべて織り込んで設計されているわけではありません。その時代とのギャップを、法的なインフラを含めて根本から埋めていくことこそが、適法改修の最大の役割だと考えています。
佐久間:たとえば、今私たちがいるこの〈SENTOビル〉は、1960年頃に建てられた公衆浴場をマルチテナントビルへと用途変更したプロジェクトです。ご相談をいただいた時には、いわゆる普通公衆浴場としては収支が成り立たない状況にありました。事業主の思い入れのある建物を次代に繋ぎたいという想いに応えるべく、面影を極力残した適法改修を計画しました。

〈SENTOビル〉改修前。Photo: 建築再構企画
佐久間:駅周辺の厳しい防火規制をクリアするため、もともと木造3階建てだった建物を2階建てへと減築し、床面積を300m²以下に抑えることで法的ハードルを大幅に下げました。同時に、各テナント区画を200m²以下に設計することで、将来のテナント入れ替え時にも確認申請を伴わずに済む、流動性の高い空間を実現しています。
設計段階では入るテナントが未定だったため空間自体はニュートラルな箱としつつ、配管や開口部、鏡や蛇口といった当時の面影は意図的に残しました。今いるこの区画は、アート展示場、居酒屋、そして現在のカフェへと用途が変遷していますが、どの使い手も自主的に「銭湯」というコンセプトを楽しんで引き継いでくれています。
実は今回の事業主である鈴和建設さんは、この銭湯の第1回目の改修を行った工事会社です。今回の現場をまとめた棟梁は、当時は見習いとしてその現場に入っていた大工さんでした。建物の隅々まで精通する棟梁の力と職人ネットワークがなければ、強度不足を補うために浴槽の形に沿ってコンクリートを打設するといった、極めて難易度の高い工事を成し遂げることは不可能でした。

〈SENTOビル〉Photo: 山本康平
佐久間:〈GOZAN〉は、京都にある6階建てのオフィスビルをホテルに用途変更するプロジェクトでした。もとは容積率の緩和対象である駐車場であった地下をテナント区画としたことによる容積率オーバーに加え、屋上テラスへの無許可の屋根設置など、複雑な違法状態を抱えていました。
事業主の要望は「収益を上げている地下テナントはそのまま維持し、駐車場への復元以外の手法で適法化を図る」という難解な条件でした。そこで私たちは、2階に駐輪場(レンタサイクル)を設置することで容積率の緩和規定を活用し、それでもオーバーしてしまう分は、違法な屋上の屋根を撤去して適法な容積内に収めるという選択をしました。
しかし、ただ屋根を外して面積を減らすだけでは、貸し面積が減り、建物の価値が下がってしまいます。そこで、屋根を外した屋上空間を日本庭園に設え、最上層をホテルのスイートルームとしました。法的な制約をクリアするための操作をデザインに変換することで、最上階の宿泊価値をむしろ引き上げ、事業の収益性を確保しながら適法化を実現したのです。

〈GOZAN〉Photo: 下村康典

〈GOZAN〉改修施工中の様子。Photo: 建築再構企画

〈GOZAN〉改修前。Photo: 建築再構企画
佐久間:設計者としてもっとも醍醐味を感じるのは、予算や規模を決める企画の段階から、事業主と同じテーブルで考えられることですね。一般的な設計業務では、すでに決まった与件を渡されるところからスタートしますよね。しかし適法改修は、「そもそもこの建物で事業が成立するのか?」という根本的な問いから、適切な投資額を事業主と一緒に見極めるところからスタートします。
このプロセスが本当に面白いんです。事業主が何を重視し、どのように判断するのか。そんな「経営者の目線」を肌で学べます。「とにかく安く」ではなく、「これだけリターンが見込めるならもっと投資しよう」という攻めの判断に触れることも多いです。
その結果、設計に対する自分なりの判断軸が自然と育っていきます。「ここは削っていい」「ここは削らずに価値を出すべきだ」という、事業を成立させるためのラインであり、それが実際の設計に繋がっていくのです。ただ頭で考えるだけでなく、確かな技術力と知識をもってビジネスをかたちにできること。これこそが、私たちの強みになっています。
佐久間: 新築の設計と比べて、求められる視点やアプローチがどう違うのか。その最大の違いは「思考の出発点」にあると考えています。新築がゼロから理想の形を描くのに対し、適法改修はまず、現状の徹底的な読み込みから始まります。過去の設計者がどのような意図でこの形にしたのかを、図面と現地調査の両面から紐解いていく。構造といった一見目に見えない領域も含めて、建物のリアルな状態と実直に向き合いながら判断していくのです。

建物の現状を把握するための初期調査。Photo: 建築再構企画
佐久間:法規面においては、現行法に必ず適合させるべき部分と、昔のままで残していい部分を、最初の段階でクリアに線引きします。階段などの避難規定や外壁の防火区画などは、後から直そうとすると莫大なコスト増を招くか、物理的に実現不可能となるケースが多いからです。こうした致命的なリスクを見極め、取り除いておく必要があります。
また、新築では意匠を固めた後に検討されがちな構造や設備を、適法改修では最初から重視しなければならないのも特徴です。既存の骨組みの中に、新たな用途に必須となる配管や大型設備をいかに最適に収めるか。その優先順位から逆算して解いていかなければなりません。
こうした業務を通じて、法規・構造・設備・意匠を切り離すことなく、相互の影響を俯瞰して判断する力が自然と身についていきます。建築を総合的に扱える設計者を目指すなら、新築の現場だけではなかなか得られない、密度の濃い経験が積める環境です。
佐久間: 意外に思われることが多いのですが、私たちは採用において、「新築の設計実務経験(500m²以上の鉄骨造やRC造)」を重視しています。既存建物を調査し読み解く際、自ら新築のプロセスを経験していなければ、「当時の設計者がなぜこの選択をしたのか」という設計意図を推し量れないからです。当社では、新築を建てる機会がないからこそ、こうしたバックボーンが大きな支えになると考えています。
私たちは事業の構想段階から多角的な視点で建築に関わっているため、商業施設やオフィス、福祉施設、工場、ホテルなど、用途や規模を問わず幅広い案件を経験できます。ここで事業主の目線や投資収支の感覚を養えば、将来もし「また新築をやりたい」と転職や独立する時が来ても、あらゆる設計分野で市場価値の高い、唯一無二の存在として活躍できるはずです。

〈SENTOビル〉外観。右手側面に見える扉が、かつて公衆浴場だった際の出入り口。
佐久間:現在、私たちはメンバーも増え、まさに組織の転換期を迎えています。今回入社される方には、目の前のプロジェクトにとどまらず、事業のあり方を共に考え、会社そのものを創り上げていくプロセスにも参画していただきたい。そこにやりがいやワクワクを感じられる方と一緒に働けたら最高ですね。
世の中には、まだ活用方法が見出されずに眠っている「動かない建築」があふれています。スクラップ&ビルドではなく、既存の建物を活かす私たちの仕事は、これからの社会に絶対に必要なものです。確かな技術力と、建築を多角的に読み解く力を武器に、社会を切り拓いていきたい。そんな熱意をもった方との出会いを、心から楽しみにしています。

インタビュー:6月2日 SENTOビルにて
トップ写真・そのほか特記なき撮影:佐々木慧