国内外で活躍する華道家・辻雄貴が率いる辻雄貴空間研究所が、劇場空間におけるCOVID-19(新型コロナウイルス感染症)対策として、いわゆる「3密」を回避した客席の空間演出を、静岡県の大規模複合施設「GRANSHIP(グランシップ)」と協働で発表しました(辻雄貴空間研究所 2020年8月6日プレスリリース|上の写真 photo: Kozo Sekiya)。
この空間演出は、同施設を管理する公益財団法人静岡県文化財団が、ソーシャルディスタンスの確保したうえで、これからの劇場空間のあり方および可能性をも提示するデザインを、地元・静岡県駿河区にある工場跡地に拠点を構える辻雄貴空間研究所に依頼したものです。
演劇・音楽モードでは最大879席使用可能のところ、観客数を200席程度に限定し、7月19日に「ふじのくに伝統芸能フェスティバル」特別公演「夏越の奏 天の鼓(なごしのかなで あまのつづみ)」にて、この空間演出が実際に披露される予定でしたが、コロナの影響で公演2日前に中止となっています。
幻となったレイアウトでは、客席の座席・前後左右の席を1つずつ空け、客同士のソーシャルディスタンスを保ちます。当日は使用しない席には、黒い布を被せます。さらに、1階客席には3本の常緑樹を立て、座席の使用・不使用を示す黒い布が市松模様をつくります。辻雄貴空間研究所によれば、常緑樹をそれぞれ支柱として、観客が同心円状に座るような座席配置も計画されていたとのこと。
これらの空間演出を手がけた辻 雄貴氏は、工学院大学で建築を学び、大学院で修士課程も修めている華道家です。辻氏が提唱する「人間と自然との共生の理念=循環型アート」から派生する領域は、建築、デザイン、舞台美術、写真、グラフィック、彫刻、プロダクトデザインなど多岐に渡ります。
植物と人間だけの芸能の儀式がパフォーミングアーツとして表現された空間を目指しました。
能楽をはじめとする芸能の舞台の場は、もともとは野外で行われていました。一本の常磐木(ときわぎ。常緑樹のこと)なる松に神を見出し、その前で世の平安を祈ったといいます。一度として、同じものがない特別な儀式だったのです。
今回、客席演出にあたり、深遠な森の空間を「いけばな」で創り出す新しい試みを行いました。
この空間が、激動する時勢の先にある未来のあり方を見出す特別な場になるよう創りました。
客席には、まるで「森」のような感覚を持たせるよう、3本の樹をイメージした「いけばな」の彫刻を設置。樹の支柱には、静岡の中山間地にある竹林から切り出した竹を使用しており、山の保全の意味を伴っています。(辻 雄貴)
辻 雄貴
華道家。1983年 静岡県出身。工学院大学大学院工学研究科建築学専攻修士課程 修了。辻雄貴空間研究所 代表取締役。Plants Sculpture Studio アーティスティック・ディレクター。徳川慶喜公屋敷跡 浮月楼 芸術顧問。
建築という土台を持ちながら追求する「いけばな」は、既存の枠組みを超えて、建築デザイン、舞台美術、彫刻、プロダクトデザインなど、独自の空間芸術として演出される。近年は、国内外問わず様々なブランドとアートワークを発表。世界を舞台に、日本の自然観・美意識を表現。
主な作品として、「世阿弥生誕650年 観阿弥生誕680年記念 フェール城能公演」舞台美術(2013年、フランス)、2015年「シズオカ×カンヌ×映画祭」アーティスティックディレクター、2016年、ニューヨーク カーネギーホール主催公演での史上初となるいけばな公演など。自身の「循環型アート」の世界を体現するPlants Sculpture Studioでは、植物を使った創作型ギフトのデザインやディレクションなども手がける。
辻雄貴 公式ウェブサイト http://yukitsuji.com/
支柱となる樹の部分は構造上、裏竹とし、黒く塗装して、特注のアクリルの花器を組み合わせています。静岡の山から切り出してきたイタヤカエデ、モミノキ、ツバキ、ドウダンツツジ、シラカシといった日本の山を守る広葉樹林を使用して「いけばな」とし、深遠な「森」の空間を表現しています。
竹を黒く塗ったり、客席と客席の間を黒くすることで、場内の照明が落とされた際に、黒い部分は空間に溶け込みます。逆に「いけばな」の部分は、空間に浮かび上がります。客席に座る観客は、まるで屋外の森の中にいるような感覚となり、会場が一体化します。
コロナの出口戦略公演を実施することで、afterコロナないしニューノーマル時代に公演を行うための可能性を探ろうという、全国でも先駆けた取り組みとなっています。(en)