『北斎漫画』「冨嶽三十六景」『富嶽百景』の全ページ・全点・全図が一同に
2021年8月26日初掲、特設バーチャル会場オープンを追記
東京ミッドタウン・ホールにて、江戸時代後期に活躍した絵師の1人、葛飾北斎の生誕260年を記念した特別展「北斎づくし」が9月17日(金)まで開催されています。
本展は、北斎の代表作である『北斎漫画』と「冨嶽三十六景」と『富嶽百景』の全ページ・全点・全図が一堂に会するという、かつてない展覧会です。本展に全面協力する世界一の北斎漫画コレクターで古美術商の浦上 満氏(浦上蒼穹堂 代表取締役)自身も「このような数を一同に展示して見るのは初めて」という夢の展覧会が実現しました。
展示構成(配置順):北斎漫画 / 映像資料 / 冨嶽三十六景 / デジタル展示 / 読本 / 富嶽百景
展覧会のアートディレクションを、アートディレクターでブックデザイナーの祖父江 慎(コズフィッシュ)が担当。会場の展示デザインを、建築家の田根 剛(Atelier Tsuyoshi Tane Architects)が手がけているのも大きな見どころです。
『TECTURE MAG』編集部では、開催前に行われたプレス内覧会を取材。まさに「北斎づくし」となった特別展の様子を、写真を中心にお伝えします(Photo by team TECTURE MAG)。
展示デザインは田根 剛氏
田根 剛氏による展示デザインコンセプト:
「まず最初に、会場全体が絵に埋め尽くされるようなイメージを最初につくりだしました。(会場を訪れた人が、)北斎が何十枚も何百枚も描き続けた『北斎漫画』の創作作業の現場に立ち会っているような、別世界に入ってもらうような会場にできたらといいなと。」(音声ガイドに収録された田根 剛氏インタビュートラックからの要約)
これでもかと「北斎づくし」
田根氏がデザインした会場は、壁・床・天井まで「北斎づくし」。フロアの四隅までびっしりと、『北斎漫画』から祖父江氏がセレクトしたカットが出力された不織布のような素材で埋め尽くされています。
北斎作品に来場者が包まれながら鑑賞するという、これまた前代未聞の展示デザインです。
『北斎漫画』とは、絵心のある人々へ向けて、北斎が「絵手本」として制作し、出版されたもの。町民文化が成熟していた当時は需要があり、パート15(十五編)まで続き、いずれも版も重ねました。
今でこそ、浮世絵を含む錦絵(にしきえ)は、日本古美術の代表選手ですが、発行当時は庶民の娯楽でした。東洲斎写楽らの有名な浮世絵に歌舞伎役者を描いているのも、今で言うブロマイドであり役者の宣伝素材も兼ねていたから。大量かつ多色刷りができる版画は、当時の生産と流通に最も適していました。
版画を大量にバラ撒いたような本展の空間デザインは、錦絵本来の役割と、現在の評価に至る歴史性を想起させるものがあります。
葛飾北斎を「深掘り」する
本展に貴重なコレクションを出展している浦上氏は、絵手本『北斎漫画』を1,658冊所蔵しており、本展では、そのうちの刷りの状態が良いものなど、氏が厳選した約500冊が披露されます。
『北斎漫画』の初編から第十五編まで、全て原本という貴重なもので、しかも、同じ編でも刷った年が異なる、いわゆる改訂版の絵手本を含んでいるのも、今回の特別展「北斎づくし」ならでは。
何度も版を重ねた『北斎漫画』では、幕府の検閲か版元による判断で手直しが入った箇所もあります。そのような表現の違いを見比べられるのも鑑賞ポイントの1つとなっています。
「これでもかと北斎の作品が並ぶ、言わば深掘りです。深掘りすることで、今まで見えなかった北斎が見えてくるのではないか。」(プレス向けに公開されたインタビュー動画より、浦上氏談)。
北斎の代表作「冨嶽三十六景」の展示
錦絵(にしきえ)とは、多色で刷られた精巧な木版画のこと。北斎の代表作「冨嶽三十六景」はこれに該当します。
江戸期としては長命の89歳まで生きたとされる葛飾北斎(伝1760-1849年)。約70年におよぶ画業人生において30回も名前(雅号)を変え、葛飾北斎と名乗り始めたのは1805年から5年ほど。この「冨嶽三十六景」が世に出たころは為一(いいつ)と名乗り、晩年には自らを画狂老人と称します。本展終盤に展示される『富嶽百景』は晩年の傑作です。
書籍の装幀・ブックデザインで数々の賞を受賞し、自ら文字のフォントまでオリジナルでデザインするなど、現代における鬼才のブックデザイナーとして知られる祖父江 慎氏が、本展のアートディレクションを手がけているのも本展の見どころです。
祖父江氏は、「冨嶽三十六景」の見どころについて「色の凄さ」を挙げています。
「江戸時代は版画で青(Blue)を出すことがとても難しかった。にもかかわらず、北斎の錦絵では素晴らしい色として印刷されている。これは北斎ひとりの力ではなく、いわゆる複製芸術、ポップアートのはしりでもあるのですが、オリジナルが刷りものであり、複製でもある。それをチームでいろいろとやっているのが、おもしろいところ。下絵を描き、彫り師、刷り師らがいて、最高のスタッフが集まって、1枚1枚が出来ている。」(プレス向けに公開されたインタビュー動画より、祖父江氏談)
祖父江氏の指摘は、現代のデザインや、建築設計の現場などにも通じる話ではないでしょうか。
真っ赤な色で「ハレ」の空間を創出
田根氏がデザインした「冨嶽三十六景」の展示室は、正円に近い楕円形。壁と床の配色は、真っ赤。いわゆる浮世の世界を表現したもので、べにがら・べんがらといった江戸時代の祭りにも使われるような「ハレ」の色からとられています。
他の展示室とは全く違う、田根氏が「異世界」として創出した空間に、「冨嶽三十六景」全46点[*]が掛けられ、展示されています。
*「冨嶽三十六景」は36の画が制作されたあとで10点が異なるアングルで追加されている
「富士は、日本人の心象風景としてうつし出されるような存在。人々が生きる日常の中に、さまざまに姿を見せる富士を描いた北斎の晩年の大作を通して、北斎の富士への深い思いを空間から感じ取ってもらいたい。」(同上・田根 剛氏コメントより)
没入型の映像インスタレーション展示
「読本(よみほん)」の展示
「読本(よみほん)」とは、江戸時代に流行した、現代のライトノベルのような庶民の娯楽本のこと。北斎は1804年頃から読み本の挿絵を手がけています。
「北斎はなんでも書き尽くした人。すぐ隣にいるような、名も無き庶民を描いたのは北斎が最初でしょう。そして、1枚の絵の中に時間を取り込んだり、目に見えない風や空気、波や光といった表現には、現代の漫画で見られるような表現、効果が結構、隠れている。」(同上・祖父江氏談)
『富嶽百景』の展示
本展の最後に位置する展示は『富嶽百景』。「冨嶽三十六景」の展示室と同様に、円弧を描いた壁に囲まれています。違いは、壁と床が黒いこと。
「色彩のない、漆黒の闇の中に北斎の作品のみが浮かび上がる」ような照明計画で、「土地を旅するように北斎作品を鑑賞して、江戸時代の風情といったものも感じながら、じっくりと見尽くしてもらえたい」というのが、展示デザインを手がけた田根 剛の狙いです。
『富嶽百景』は、北斎が75-76歳の頃に手がけた作品シリーズ。「冨嶽三十六景」では描きつくすことができなかったのか、さまざまなアングル、都市や日本の日常風景の向こうに「北斎の富士」が姿を見せます。
浦上氏曰く「ひとことで出来が良い。駄作が1つもない」と絶賛する見事なシリーズ。版画で墨によるグラデーション表現に挑むなど、北斎は老いてなお、新たな境地を切り拓こうとしました。
本展の不思議なメインビジュアルについて
本展のフライヤーなどに使用されているビジュアルは、町人らしき男性が手盆で何かを運んでいるひとコマで、顔には白い布がかぶさり、言われなければ北斎の作品とはわからない画です。
これは『北斎漫画』から祖父江氏がセレクトしたものです。
「もう一歩先の北斎に触れてほしいと考えて、『北斎漫画』のうち、僕がいちばん好きな十二編に収められている「風」をテーマにした頁から。風を描いていないのに、ものすごく風を感じる。」(プレス向けに公開されたインタビュー動画より、祖父江氏談)
展覧会のポスターやフライヤーではさらに、メインビジュアルの背景に、やはり祖父江氏がセレクトした北斎漫画「踊独稽古(おどりひとりげいこ)」のカットがうっすらと刷り込まれているのもお見逃しなく。
チラシの素材も和紙のような柔らかい手触りで、祖父江氏ならではのセレクトです。
現代の鬼才・祖父江氏こだわりのアートディレクション
本展の公式図録は、通常の書籍の綴じではなく、ブランケット判と呼ばれる新聞紙サイズ(546×406mm)の超大判に刷られています。
展覧会場外のミュージアムショップで購入すると、計40ページの”図録”は円筒状のビニル袋に入った状態で渡されます。とても軽いので、持ち帰りがとても楽!(祖父江氏に感謝!)
現代の鬼才・デザイン狂人である祖父江氏こだわりのアートディレクションも、本展を構成する重要な要素の1つです。
鑑賞後は展覧会関係者の"本音トーク"を
なお、本展に関連して、アーティスト特化型音声配信サービス、オーディオエッセイ「Artistspoken」にて、オリジナルポッドキャスト番組の配信中。田根氏ら本展のクリエイター陣とテクニカルチームメンバーによる、特別展への想いを中心とした、ここでしか聴けないオリジナルポッドキャスト番組となっているとのこと。会期の翌日まで販売されます。
Artistspoken番組名:「北斎づくし」
料金:490円(1回の購入で全音声の視聴が可能、一部無料音声もあり)
配信期間:2021年8月6日(金)〜9月18日(土)
配信内容:クリエイター陣&テクニカルチームメンバーによる企画展への想いを中心とした”本音トーク”、Artistspoken参加アーティストによる鑑賞後のアフタートークなど、配信期間内に、順次新着音声も追加予定
番組詳細:
https://www.hakuhodo.co.jp/news/info/92311/
生誕260年記念企画 特別展「北斎づくし」開催概要
会期:2021年7月22日(木)~9月17日(金)
休館日:8月10日(火)、8月24日(火)、9月7日(火)
会場:東京ミッドタウン・ホール
所在地:東京都港区赤坂9丁目7-2 東京ミッドタウンB1F
問い合わせ先: 050-5542-8600(ハローダイヤル / 9:00-20:00)
※本展は、COVID-19(新型コロナウイルス感染症)拡大などの情勢により、当初のスケジュールが変更される場合あり(最新情報は展覧会ウェブサイトにて発表)
※会期終盤は混雑緩和のため、予約制(日時指定券)を導入
主催:凸版印刷、日本経済新聞社、博報堂DYメディアパートナーズ、テレビ東京、BSテレビ東京
協賛:富士フイルム、日本航空、「神宿る島」宗像・沖ノ島と関連遺産群保存活用協議会、KDDI
特別協力:浦上蒼穹堂
協力:山口県立萩美術館・浦上記念館、公益財団法人 山形美術館、あいおいニッセイ同和損害保険
展示デザイン:田根 剛(Atelier Tsuyoshi Tane Architects)
アートディレクション:祖父江 慎(コズフィッシュ)
展示解説:橋本麻里(ライター、エディター、永青文庫副館長)
展覧会公式ウェブサイト
https://hokusai2021.jp/
特設バーチャル会場が期間限定でオープン!
東京ミッドタウンでの展覧会は、2021年9月17日(金)をもって終了しましたが、会場に足を運べなかった方や、もう一度楽しみたいという国内外の方に向けて、最先端技術であるMatterport(マターポート)の360度カメラで会場空間を高画質で撮影した、特別展「北斎づくし」特設バーチャル会場(以下 特設バーチャル会場)が、同年9月23日(木・祝)より期間限定でオープン、特設サイトにて無料公開されています。
この特設バーチャル会場では、展示された作品を画面を通してバーチャルで鑑賞できるとともに、展示作品に併記されていたキャプション(日英2カ国語対応、作成:橋本麻里)も読むことができます。音声ガイドの利用のみ有料です。
特設バーチャル会場 概要
展覧会名:特別展「北斎づくし」特設バーチャル会場
公開期間:2021年9月23日(木・祝)0:00~10月10日(日)23:59
視聴料金:無料
音声ガイド[*]のみ有料:600円(税込、特設VR会場にてWeb決済)
*監修:橋本麻里、声の出演:町田啓太 / 浦上満、田根剛、祖父江慎の3氏によるボーナストラックも収録
会場URL:https://hokusai2021.jp/special/