FEATURE
NEXT GENERATION ARCHITECT Vol. 4(2/2)
Interview with Naoki Hayasaka, Yuta Onoda, Kazuto Nakamura(2/2)
FEATURE2025.01.31

邸宅巣箱:"ネオ"地域密着型アーキテクト

[Interview]次代の建築をつくる 第4回(後編)

[Interview]前編 / NEXT GENERATION ARCHITECT Vol. 4

FEATURE2025.01.22

邸宅巣箱:"ネオ"地域密着型アーキテクト

[Interview]次代の建築をつくる 第4回(前編)

TECTURE MAG では、若手の建築家の手がけた事例を積極的に取り上げている。今回の連続記事では「次代の建築をつくる」と題し、これから本格的に活躍する建築家たちにインタビュー。これまで何を大事にして自らの基軸を見出してきたのか、これからどのように建築をつくろうとしているのかを浮き彫りにする。

「建築家」と一概にいっても、人々の暮らし方・働き方が多様化する現代においては建築活動の領域や方向性は多岐に渡る。この記事では、さまざまな視座からその活動が特徴的な建築家たちに注目していくことで、現代の建築界の全体像と、その次代を探ることを試みる。

第4回は邸宅巣箱。前編では、これまでのプロジェクト紹介から鎌倉エリアの環境的/文化的な特徴と、「鎌倉エリアならでは」を背景にした設計プロセスが見えてきた。後編は、進行中のプロジェクトを通して、地域密着型アーキテクトチームだからこそ実現可能な事務所のあり方、業界を超えた活動の広がり、そして今後の展望といった、邸宅巣箱の活動を支えるより深部の要素に迫る。

左から中村一翔氏、斧田裕太氏、早坂直貴氏。Photo: 中山翔太

INDEX

  • 聖と俗の境界をデザインする
  • 情報からoffになれる空間
  • ファッションから建築、建築からファッション
  • 興味と課題が重なる点を探す
  • 地域密着がもたらす働き方改革
  • 三者三様の経験を活かしたチームビルド
  • 世代や業界を超えたコミュニティのかたち

聖と俗の境界をデザインする

── 進行中のプロジェクトをいくつかご紹介いただきたいです。

斧田裕太氏(以下、斧田):鎌倉駅から江ノ電で10分ほどの場所にあるお寺、その境内に隣接した敷地で、住職の住居と併設する茶店〈庫裡と参道〉を計画しています。

境内との境界線に沿って、塀の役割を果たす「デザインスクリーン」を設計しました。この塀は建物に属しているようでいて、属していないような曖昧な存在感をもたせ、聖と俗の境界を象徴しています。両者を行き来するイメージを反映させたデザインです。

〈庫裡と参道〉模型。Photo: 中山翔太

斧田:建物自体は、L字型を組み合わせた構造によりプライバシーを確保し、内部では住居と茶店の機能を明確に区分しています。また、屋根の高さを抑え、お寺とのバランスを意識しつつ、この敷地でしか見られない新しい景観を創り出そうとしています。

境内に隣接していることから、敷地全体を占有するのは不自然ですし、逆にすべてを境内に委ねるのも違和感が生じます。デザインスクリーンやプランニングを通じて、そのバランスを慎重に模索しました。

〈庫裡と参道〉参道から見た外観パース。Image: 邸宅巣箱

早坂直貴氏(以下、早坂):敷地一帯は四周を山に囲まれているため、しっとりとした良い雰囲気が漂っていますが、設計においては土地の水はけが悪く何らかの対策が必要でした。一方、リサーチの中で「寺の基盤をつくった僧は鎌倉時代に地域のインフラ整備に尽力し、また雨ごいの達人でもあった」という面白い言い伝えを知りました。この土地において「雨」は決して悪いイメージでなく、漂う雰囲気と土地の歴史に繋がる重要な要素なのです。

私たちは、建築的にはネガティブに捉えられがちな「雨」をテーマに設計を進めました。以前から土中改良には興味をもっていて、中でも雨庭は、道路上に溢れる雨水を一時的に溜めることで氾濫を抑え、ゆっくりと土中に浸透させ健全な水循環を促します。この雨庭を敷地内に設け、デザインスクリーンに滴る水を集めることで水はけを改善しつつ、「雨」が建築を通じて参道の景観の一部となることを意図しています。

Photo: 中山翔太

情報からoffになれる空間

── ほかのプロジェクトについても教えてください。

中村一翔氏(以下、中村):2022年に解体された〈中銀カプセルタワービル〉のカプセル1つを、「泊まれる中銀カプセル」として再活用する計画〈off Pod〉です。邸宅巣箱を含め、4つのデザイン案が採用されており、2025年冬に横須賀市の海沿いの丘陵地に「カプセルヴィレッジ」として開業される予定です。

〈off Pod〉イメージパース。Image: 邸宅巣箱

中村:内部を総アルミ貼りで仕上げて外部からの電波を遮り、あえて情報が何も届かない空間をつくります。美しい海景と向き合いながら、アルミの円筒面が鈍く反射する光の中では、徐々に思考が己の内面へと向いていきます。

情報過多は現代病の1つと言われ、情報が届かないことに特別な価値を感じる人はたくさんいると思います。何も届かない場所でしか気付かない景色、思い出せない感覚、考えられないことがあるとして「off」になれる空間をデザインしました。

ファッションから建築、建築からファッション

── このイメージは、どのようなプロジェクトのものですか?

〈CHIGUHAGU HOUSE〉コンセプト。Image: 邸宅巣箱

早坂:稲村ヶ崎にある海岸から徒歩5分ほどの敷地に、アパレルデザイナー夫婦が住む住宅〈CHIGUHAGU HOUSE〉を計画しています。建築面積は30m²を切る2階建ての小住宅で、1階はアパレル系のアトリエと物販スペース、2階は居住スペースとして利用されます。このプロジェクトでは、ファッションを起点に建築を考え始めました。

特に、『ちぐはぐな身体(からだ)』(鷲田清一 著、2005年)というファッションの文献にインスピレーションを得て、ファッションで使われる「外し」を建築に取り入れ、素材の切り替えを意図的にずらすことでデザインに「遊び」を加えています。これには合理的な面もあります。通常の工事では、タイルなどの乾式材料はロスを見越して1割ほど多めに発注しますが、今回はあえて必要数量ぴったりに発注しています。もちろん現場でタイルが足りないこともありますが、その場で即興的に対応しています。

〈CHIGUHAGU HOUSE〉外観。Photo: 邸宅巣箱

斧田:例えば、サイディング(建物の外壁に使う板状の外装材)などの乾式の定尺材を用いる場合、端から順番に割付けていって、サイディングが足りなくなった後の仕上げは、左官を塗り拡げて埋めています。

この建物の1階は、大きな箱の中に水回りや納戸を入れ込んだプランニングとなっています。機能ごとに異なる仕上げを施しているため、部材が足りなかったり余ったりした時には、それぞれの境界で仕上げの取り合いが生まれます。また、1階は床のレベル差を多く設けているので、立体的にも複雑な表情が見えるのです。

異なる仕上げの境界がせめぎ合うディテール。Photo: 中山翔太

斧田:最終的には、アトリエと物販スペースのためのインテリアだけでなく、クライアントが所有する鹿の角や珍しい石なども飾られる予定です。そうした素材感の強いモノが溢れる中で、「外し」がどのように調和するのか興味深いです。

早坂:ファッションにおける「外し」や「遊び」といったスタイルのように、規則からあえて逸れることで生まれるハーモニーを建築でも表現しようとしています。

さらに、このプロジェクトには、大量消費の象徴であるファッション業界に対して建築から何かしらのメッセージを発信できないか、という裏テーマがあります。仕上げの段階に限った話ではありますが、材料廃棄の削減に繋がる手法の1つになり得ることを期待しています。

床レベルの差により、多様な建材が立体的に調和していく。Photo: 中山翔太

── どのプロジェクトにおいても、業界を超えた広がりが見られますね。

早坂:活動エリアを絞った成果と言えます。例えば〈CHIGUHAGU HOUSE〉における即興的な仕上げ方法は、いつでもリアルタイムに現場に足を運んで確認できる環境が整っていないと難しいでしょう。また当然、工事する側にとっては手間となる作業ですから、私たちの挑戦を理解してくれている工務店や職人たちの存在は必須です。

興味と課題が重なる点を探す

── 最近の関心ごとがあれば教えてください。

早坂:エコロジーについて興味があって、建築と結び付けられないかを常々考えています。先に紹介した雨庭や材料廃棄の削減についても、この興味の延長にあります。事務所を立ち上げた以前からの関心ごとでしたが、鎌倉エリアで活動していくうちに思考と実践が結びつき、具体的なアイディアとなっていきました。

斧田:鎌倉エリアは自然に近く災害の可能性も比較的高いため、土中改良によって水の流れを適正化することは災害への対策になります。また、モノづくりが盛んな土地柄であることから、そこで生じる産業廃棄物にはいっそう気を配る必要があります。つまり、私たちの関心ごとと、鎌倉エリアが抱えている課題が根本的に紐づいているのです。

こうした課題解決に向けて協力してくれる方が多いという側面もあります。実際のところ、エコロジーは経済的な利益には直接結び付かないことが多いので、私たちと同じような考えをもつ人を見付けなければ実現できません。そういう意味でも、地域に根付いた活動は私たちに適しているのだと思います。

Photo: 中山翔太

地域密着がもたらす働き方改革

── ほかにも、地域密着型ならではの活動はありますか?

早坂:比較的めずらしいこととして、邸宅巣箱に依頼をもらった段階で、ほかの設計事務所との協働設計にするケースが多いですね。現在、鎌倉やその近辺をメインに活動している6つの設計事務所と連携できる体制になっていて、プロジェクトの傾向によってそれぞれの事務所に相談します。その際、いちばん慎重になるのはクライアントとの調整です。悩んだ末に邸宅巣箱に依頼してくれるわけですからね。なるべく早い段階で協働設計に参画してもらい、クライアントにも信頼してもらうことが重要です。

中村:鎌倉エリアに絞っているぶん、私たち3人で取り組んでいても、いつの間にか視野が狭くなっていることがあるかもしれません。そのため、早い段階でほかの建築家の意見を取り入れることは、視野をより広げることにも繋がります。また現状、邸宅巣箱には私たち以外のスタッフがいませんが、協働設計として仕事量が分散することで、さまざまな案件を並行して進めています。

Photo: 中山翔太

早坂:こうした地域密着型の取り組みを知ってもらうことで、建築界の働き方の改善に役立てたいと考えています。設計事務所がブラックと呼ばれてきた要因はさまざまですが、根底にあるのは「良い建築を生み出すためには時間が掛かる」ことです。いくら労働環境が良くないといっても、建築の質が落ちることは容認できない事務所がほとんどでしょう。つまり、設計以外の質に直接影響しない部分の無駄を省くしかないのです。

まず私たちには、現場との移動時間がほとんどありません。工務店を見付ける労力もかかりませんし、法規的な確認も経験の積み重ねによって円滑になっていきます。結果的に設計以外に思考のリソースが取られないので、替わりにインプットやプライベートに時間を充てることができています。人々の暮らしを考える建築家だからこそ、自身の働き方も時代に即していかなければいけないと思うのです。質の高い仕事と現代的な働き方を両立するために、建築家はもっと土地に根付くべきだと考えています。

Image: 邸宅巣箱

三者三様の経験を活かしたチームビルド

── これまでの経歴や活動についてお聞きします。まず、早坂さんが邸宅巣箱を立ち上げた2年後に斧田さんが参画されていますよね。どのような経緯だったのですか?

早坂:邸宅巣箱を設立してから自分の活動を広げていくと同時に、鎌倉にいるほかの建築家との交流を深くしていきました。当初からエリアを絞った活動を想定しましたからね。その中で斧田とは知り合いました。建築への考え方を交わしているうちに、彼となら大きなことができるという可能性を感じて声を掛けたのが始まりです。

斧田:私は、以前は手塚建築研究所に勤めていました。そこで担当した鎌倉市にある住宅のクライアントと意気投合して、プロジェクトが手から離れた後も仲良くさせてもらっていました。そうして何度かお邪魔させてもらううちに、いつの間にか私自身、鎌倉の魅力に惹かれていたんですね。早坂と知り合ったのは、ちょうどそんな時でした。

── その後、2024年に中村さんが参画されていますね。

中村:私も斧田と似たような経緯でして。海と山が身近にある暮らしに惹かれ、鎌倉エリアに移住しことをきっかけに2人と知り合い、邸宅巣箱に参画しました。

Photo: 中山翔太

── 鎌倉エリアでの活動を長年続けてきた中で、新しく見えてきたことなどありますか?

早坂:鎌倉エリアにおける業界を超えた関係値が深まる中で、活動の幅が広がってきています。その一方で、工務店の少なさを如実に感じていて、いつか業務が滞るのではないかという危機感をもつようになりました。先ほど斧田が言ったように鎌倉への新規参入は難しいですからね。

それを打破する手段として、最近、事務所を移転しました。頻繁に協働する工務店と事務所をシェアしています。設計は設計だけ、施工は施工だけという慣習に捕らわれず、いずれは設計から施工までの役割を、物件の多様性に応じて適宜アレンジしていくような、地域単位のチームづくりを目指しています。

斧田:その取っ掛かりとしては、私が手を動かす作業が好きであることが大きく、現状は部分的な仕上げ造作といった、私の手の届く範囲での施工を考えています。既にほんの一部は私が担当していて、その活動を広げていった結果でもあります。

邸宅巣箱の事務所風景。Photo: 白井祐介

── 独立前の活動や経験で現在に活かされてると思うことがあれば教えてください。

斧田:手を動かすことが好きですが、職人気質で技を極めるというよりは、どちらかと言うとエンジニア的な思考で、何かと何かを組み合わせて新しいモノを生み出す過程にも楽しさを感じます。そうした発想力においては1人では限界があるので、現場の職人の方々と話し合ったり、多くの人を巻き込みながら物事を進めていく姿勢が大切になってきます。

幸運なことに、前職や学生時代を通じて、建築関係に限らず多くの方々と出会う機会に恵まれました。その中で得たさまざまな知恵や技術、そしてモノづくりに対する多様な考え方に触れた経験が今に活かされています。

中村:私の場合は、以前の佐久間徹設計事務所では都内の案件がメインだったので、豊かな自然風土を相手に設計する今の環境は新鮮であり、精進する毎日でもあります。自然の希薄な東京に身を置いたことが、かえって周辺環境を注意深く観察する自身の設計スタイルに発展したと感じています。

── 早坂さんはどうですか。

早坂:海外の建築を見てきたことです。パリを拠点としていた3年間は、週末になるとヨーロッパを中心に世界中のあらゆる名作建築や名作デザインを巡る生活をしていました。これだけの数の実物を訪問したことがあるのは正直、建築家の中でも珍しいのではないかと思っています。

そこでの体験の1つ1つが、設計のボキャブラリーに繋がっていると思います。写真や映像で、その建築のかたちや形式を知ることはできますが、漂う空気感や肌触りみたいなのは実際に訪ねてみないと分かりませんからね。

〈鎌倉のオリエンタルハウス〉築90年ほどの屋敷の再生計画。Photo: 牧野吉宏

早坂氏がスリランカで体験した空気感やディテールを随所に取り入れている。Photo: 田淵三奈

〈鎌倉のオリエンタルハウス〉の概要は「TECTURE」サイトページをご覧ください。
https://www.tecture.jp/projects/3965

世代や業界を超えたコミュニティのかたち

── 最後に、鎌倉エリアでの活動において今後の展望があれば教えてください。

早坂:鎌倉で活動していると、「街をより良くしていこう」という街全体に漂う空気感のようなものを感じることができます。それは長い歴史の中で代々引き継がれてきたはずなのですが、移住してくる人が増える中、その空気感が希薄になってしまうのではないかという危機感があります。

私は、鎌倉市の景観ガイドラインを整備する「ひとまち鎌倉ネットワーク」というグループに所属していますが、メンバーでいちばん若いのが私で、50代以上の方がほとんどです。今こそ業界や世代を超えた、本当の意味で土地のコミュニティに切り込む必要があります。

邸宅巣箱が旗振り役となり、地域密着型だからこそ実現できるコミュニティのあり方を模索しています。実はコミュニティとしてはある程度の規模になっていて、座談会という名のお花見を企画したり、毎年年末になるとオフィスで忘年会を開催したり、鎌倉にゆかりのある方々が業界を跨いで毎回5、60人くらい集まってくれています。

邸宅巣箱が主催したお花見イベントの様子。Photo: 邸宅巣箱

早坂:鎌倉は土地がすぐ売れるイメージがあると思いますが、内側で活動していると、敷地の候補はいくつも耳に入ってきます。なので後は、建築に落とし込むアイデアだけ。そこがいちばん難しいのですが、建築家としてのやりがいでもあります。

Interview & text: Suzuki Naomichi

[Interview]前編 / NEXT GENERATION ARCHITECT Vol. 4

FEATURE2025.01.22

邸宅巣箱:"ネオ"地域密着型アーキテクト

[Interview]次代の建築をつくる 第4回(前編)

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