[TU]Vectorworksプレゼン公開#06 ブルースタジオ大島芳彦1 - TECTURE MAG(テクチャーマガジン) | 空間デザイン・建築メディア
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Presentation method revealed
by Yoshihiko Oshima / blue studio(1/2)
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著名デザイナーのプレゼン手法公開! #06

[インタビュー]ブルースタジオ 大島芳彦:ストーリーで共感を育み、まちをつなぐ(1/2)

大島芳彦 / ブルースタジオ プレゼン公開

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著名デザイナーのプレゼン手法公開! #06

[インタビュー]ブルースタジオ 大島芳彦:ストーリーで共感を育み、まちをつなぐ(2/2)

リノベーションから、まちのブランディングまで行うブルースタジオ

プロジェクト遂行で大きな役割を果たす、プレゼンテーション。プレゼンでアイデアをより良く伝えて相手の心を動かし、プロジェクトをドライブさせるために、デザイナーが実践していることはなにか。

『TECTURE MAG』では、建築家やデザイナーが作成したプレゼン資料を公開する記事を「著名建築家・デザイナーのプレゼン手法公開」としてシリーズ化。プレゼンに対する考えや資料作成のポイント、ツールに至るまで解説してもらっている。

本特集の第6回目に登場いただくのは、リノベーションの旗手として20年以上にわたり活動してきたブルースタジオの大島芳彦氏。デザインと不動産を横断し、社会課題を解く仕組みを編み出してきた大島氏は、建物だけでなく「まちそのもの」に価値を見出している。行政を含め、さまざまなクライアントとともに未来を描き続けるブルースタジオのプレゼンテーションの極意は、どこにあるのか。

前編INDEX

  • 「リノベーション」とは多様な社会資源を掘り起こし再編集すること
  • 共感を呼ぶプレゼンテーションとビジョンづくり
  • 「逆プロポーザル」で企業を招致したエリアリノベーション
  • 徹底したリサーチから市民とビジョンを描く
  • ビフォー・アフターのイメージは段階が進んでから

後編INDEX

  • 人的資源を活かす「なりわい居住」の提案
  • プレゼンでクライアント内の合意形成を促進
  • BIM導入で効率を高めプレゼンテーションに活かす
  • クライアントの想像力を補い、引き出すプレゼン

大島芳彦|Yoshihiko Oshima

大島芳彦|Yoshihiko Oshima

ブルースタジオ一級建築士事務所 建築家・クリエイティブディレクター。
武蔵野美術大学建築学科 客員教授。
1970年東京都生まれ。3代目大家。武蔵野美術大学造形学部建築学科卒業後アメリカ、ヨーロッパに学び大手組織建築事務所を経て、2000年ブルースタジオ一級建築士事務所としてアセットマネジメント、都市再生を目的とするリノベーション事業をスタート。その業務範囲は建築企画・設計、都市計画、ランドスケープデザイン、グラフィックデザイン、ブランディングと多岐にわたる。全国各地では自治体とともに地域再生ワークショップ「リノベーションスクール」の開催やまちづくり構想の立案などにも携わる。一般社団法人リノベーション協議会 副会長。
2016年団地再生プロジェクト〈ホシノタニ団地〉でグッドデザイン賞ファイナリスト金賞受賞。〈北条まちづくりプロジェクト『morineki』〉では2022年都市景観大賞(国土交通大臣賞)受賞、2024年日本建築学会賞(業績賞)受賞。2024年障害者シェアハウス〈はちくりはうす〉がグッドデザイン金賞(経済産業大臣賞)受賞。

blue studio
https://www.bluestudio.jp

「リノベーション」とは多様な社会資源を掘り起こし再編集すること

── ブルースタジオの来歴や現在に至るまでの経緯から教えてください。

大島芳彦(以下、大島):ブルースタジオは2000年に一級建築士事務所としてスタートし、今年28期目を迎えました。私はもともと新卒で働いていた組織設計事務所で海外を中心に大規模プロジェクトを担当していましたが、実家の貸ビル業を3代目として引き継ぐ立場になったことが転機となりました。2000年前後に社会は人口減少局面に入り、バブル崩壊後で建設業界も不動産業界も厳しい状況で、父が高度経済成長期に建てたビルは老朽化し空室も増え、経営は厳しい状況にありました。大家業の親を持つ同世代の友人たちも同様の課題を抱えており、来るべき事業承継、相続の課題も含めてこれが団塊ジュニア世代共通の問題だと気づきました。また全国どの都市でも似たことが起こっていて、これは日本の社会全体がこれからの時代に抱える大きな課題であると感じました。

そんな中、長期間空室だった父が所有する旧態依然とした賃貸アパートの1室を新しいライフスタイルに合わせたデザインで改修したところ、9万円にまで落ちていた家賃が12万円で即決し、さらにそのデザインに共感するとても良い入居者に出会うことができたのです。これはいわゆるリ・フォームとは違うマネジメントの発想を持った、新しい価値創造の考え方「リ・イノベーション=リノベーション」だと考えました。当時「原状回復」程度の発想しかなかった賃貸不動産業界に必要な考え方だと確信し、前職を退職し建築事務所を立ち上げ「リノベーション」の旗印で建築設計、デザインによるアセットマネジメントの事業を始めたのです。当時はちょうど2001年の不動産証券化とJ-REIT上場の動きに重なり、私たちの設計事務所、デザイナーとしての実績は不動産金融業界から注目されました。宅建業も取得し、自ら手がけた物件を仲介し販売まで行うなど、事業は広がっていきました。デザイナー、建築家だからこそ商品である空間の価値を的確に生活者に伝えられるし、価値観が合う人に届けられるという自負がありました。

さらに私たちが気づいたのは、賃貸住宅ばかりでなく分譲マンションも戸建ても実は中古の安価なものが山のように市場にあることです。それを素材とすれば、新築注文住宅でなくても誰でも理想の住まいをもっと気軽に建築家と一緒につくることができるじゃないか、と考えたのです。生活者が理想の家を考えたときに素材となる中古住戸を探して、建築家と一緒に自分だけの空間を手に入れるという選択肢です。自分だけの建築や空間を一般の人が当たり前のように享受できる「デザインの民主化」が広められると思いました。この「リノベーション」の考え方は当時非常に大きな反響を呼び、私たちも次第にたくさんの仕事をさせていただくようになりました。このような既存のものに追加投資をしバリューアップする考え方は、当時急成長していた不動産金融業界と大いに呼応したのです。

ところが2008年にリーマンショックが発生し、不動産金融事業者の破綻が相次ぎます。私たちも多くの仕事を突然失いました。そうした中で声をかけてくれるようになったのが、多くの不動産資産をもち長期運用をする老舗の大企業たちでした。製鉄会社やエネルギー会社、鉄道、バスなどのインフラ系の企業です。これには理由がありまして、バブル崩壊後の不良債権問題解決のための新しい会計制度「減損会計導入の義務化」が大いに関係しています。大企業は簿価でバブル期のままの使っていない社宅や営業所などの遊休不動産をほったらかしにできなくなってしまったのです。私たちは、中古不動産再生の実績を不動産金融業界に積ませてもらっていました。そんな実績を買われて老舗企業の不動産運用のお手伝いをさせていただくことが多くなりました。

そもそも私の出発点は祖父の代から受け継ぐ長期目線の自分のまちの不動産運営でしたから、大企業が保有する不動産資産の運用の話はむしろ「大きな大家さん」と向き合う感覚で、家業の不動産業の原点回帰ともいえました。老舗の大企業は長い歴史の中で自らの産業によってまちが育ってきたりしています。必要なくなった不動産をただ売却して「はい終わり」では地域も納得しません。私たちのリノベーションに対する見方も、単なる空間資源や資産の継承ではなく、「まちを次世代へどのように引き継ぐか」と広がっていったのです。

「リノベーションスクール」で話をする大島氏。写真提供:blue studio

志を同じくする仲間たち(註:当時、大島氏が委員長を務めていたHEAD研究会リノベーションタスクフォースの仲間たち)と2011年に始めた「リノベーションスクール」は現在110都市に広がり、2025年春の時点で約6500人の卒業生を生んでいます。地方創生の呼び声の中、全国の自治体とともにスクールで取り組んでいるのは、主に中心市街地の空洞化、衰退に対して大型の公共工事や再開発に頼るのではなく、住民自身が地域の持つ潜在能力を再発見し、空き家・空き店舗を活用し地域を活性化するソーシャルビジネスを創り出し育てていくことです。

公共に依存しない市民によるまちづくりは「どうやって共感し合う仲間の環を育てていくか」ということがポイントです。チームによるまち歩きやリサーチによってシビックプライドを再発見し、街の目指すべきビジョンとビジネスのデザイン、場のデザインをスクールで同時に進めていきます。その共感の環によって、当事者を増やすサイクルをつくるのです。ここでも「リノベーション」という言葉は単に建物、空間のような「点」を再生することではありません。歴史文化や環境、人など、地域固有の社会資源を掘り起こして再編集し、そうしてつくったビジョンによって面(エリア)の価値を再生すること。それがリノベーションの本質だと思っています。つまり、共感を呼ぶプレゼンが大事なのです。

共感を呼ぶプレゼンテーションとビジョンづくり

── プレゼンテーションは、どのようなアプローチをとられているのでしょうか。

大島:一般的にプレゼンとはクライアントに対して「アウトプットのイメージがわかりやすい状況をつくってさしあげること」が重要なテーマかと思います。でも私たちは「すばらしい完成予想」を伝える前に、クライアントと「なぜそれをやるのか」、目的とビジョンを明らかにするフェーズが大切であり、そのビジョンの共有が重要だと思っています。

お問い合わせを受けたとき、私たちは大きく内容を「to B」と「to C」に区分します。まず to B(ビジネス)とは、企業や自治体が保有する遊休不動産の活用や地域課題に関する問い合わせ。空き家、空き店舗、中心市街の空洞化、空き公共施設、郊外団地、廃校などをどうにかしたい、という「かけ込み寺」的な相談ケースです。「景気が良いのでこんな建物のデザインお願いします」といった問い合わせは、私たちには実はほとんどありません(笑)。社会環境の変化によって「機能不全」に陥った不動産の再生ですから、いわば町医者のようなもので、オーナーの問診、建物の状況調査(触診)に始まり、周辺地域の社会動態調査やまち歩きによる潜在力の発見まで、多角的な検証から今何をすべきかという処方をクライアントと一緒に考えるわけです。

金のかかる大胆な外科手術や特効薬のような建築的解決策もあるけど、ハードに依存するばかりでは事業リスクも高いわけで、私たちの手法の特徴は設計に取り掛かる以前に、対象案件が持つ潜在力の丁寧な検証と、持続性に関わるマネジメント手法の検証を大切にしています。東洋医学の医者のような感覚ですね。社会全体が縮退していく今の社会環境下では物件を取り巻く状況の把握と、これから進むべき再生への道筋を明確化することが重要です。もちろんそうした設計以前の業務を無償で行うことはありません。基本設計以前の基本計画(事業の基本計画)という段階に対するコンサルティング業務ということで、事業の内容や規模に応じた適切な費用をいただいています。

ブルースタジオの不動産ストック活用のフロー

ブルースタジオの事業用不動産活用(to B)提案のフロー(ブルースタジオのサイトより)

基本計画(事業企画提案)の成果物を作成するうえで大切なことは、シンパシー(共感力)のあるストーリーづくりです。事業の規模や当事者が誰であるかに関わらず、不動産事業やまちづくり事業を成功させるために意識しなければならないこと、それは「共感力」の強さです。「たった1人でまちは変えられないし、仲間の環が育たなければ事業は消費されてしまい継続は不可能となる」ということです。当たり前のことですが、不動産価値の本質は今や建物や敷地のような「点」ではなく、まちやエリアすなわち「面」にあります。経済も人口も右肩上がりの時代であれば、不動産価値は「点」としての土地建物にありますが、今の時代、特に衰退著しい地方都市では利己主義的な不動産権利をいかに守ろうとも、地域(面)が活性化しなければ資産価値(点の価値)は下がる一方なのです。

地域を変えるには、明らかに仲間が必要です。仲間をつくるには共感、シンパシーを生じうるビジョンが必要です。銀行から資金を調達するにしても、これからできあがる場が多くの顧客や入居者に愛されるのかも、明快なビジョンが共有可能であるかどうかが大事なのです。

── 共感できるビジョンというのは、どのようにつくるのでしょうか?

大島:プロジェクトのビジョンづくりのポイントは「あなた」「ここ」「いま」の3点です。「あなた(人)でなければ」「ここ(場所)でなければ」「いま(タイミング)でなければ」、この3点において何がオンリーワンであるのかをまずはよく整理し、認識することによってオンリーワンのビジョンが見えてきます。これは個人のオーナーであろうが、行政であろうが、商店街であろうが、企業であろうが、どんなプロジェクトでもビジョンづくりは必ずやるべきことです。なぜなら、かつて成長の時代に多くの産業や地域がしのぎを削って追い求めた機能優先の合理主義的開発、つまり「あなたでなくても、この場所でなくても、今のタイミングでなくても、素晴らしいものが手に入れられる」という価値観は、誰もが上質なものを手に入れることができるようになった一方で、実は選ばれるものと選ばれないものの差を明確にしてしまっていた、ということの裏返しなのです。

3つの要素は可能な限り端的で明快な言葉にすることが大事です。その地域の社会や地理、歴史、文化、人々、そしてその暮らしぶりなど多様な文脈を見つめ直し、仮説を立てたうえで演繹的なプロセスによる検証を行います。その検証から文脈を紡ぎ直し、1つの物語をつくりあげていきます。「あなた」「ここ」「いま」は言い換えると「キャスト(登場人物)」「シーン(舞台装置)」「シナリオ(時間の流れ)」であり、これはまさに物語を構成する3要素なのです。私たちは最初に、その物語とビジョンをクライアントにプレゼンするのです。建築のかたちを提示するのは、その次の段階です。「なぜこのプロジェクトを実行するのか」「なぜこの事業でなければいけないのか」「このプロジェクトによってどんな未来が生まれうるのか」そのような感覚をまずクリアにしてもらうのが、私たちブルースタジオの最初のプレゼンテーションです。物語があってこそ共感する人たちが現れ、1人では成し遂げられないことを実現する力が生まれます。この「物語」を私たちはTALES(テールズ)と呼んでいます。現在22号に至るまで社内で編集し毎年発行しているブルースタジオのアニュアルレポート『THE TALES』は、「物語」を意味します。

ブルースタジオが発行する『THE TALES』。画像提供:blue studio

近年は行政のプロジェクトに対しても民間と同じアプローチを心がけています。かつては公主導で「ハコモノ」優先だった公共プロジェクトも、今は広く「公民連携」がうたわれ、民と共にビジネスマインドを持った魅力的で持続可能な場づくりをしていこうという流れが出てきています。未来の地域ビジョンは上から与えられるものではなく、市民自身が当事者として気づいていくことが大事です。私たちが公共のプロジェクトに関わる場合は、市民のコンセンサスを形成していくためのビジョンづくり、いわゆるグランドデザインの段階から関われるように心がけています。

公共建築をはじめパブリックな場は地域生活の質を向上させるために存在するわけですから、まずは建築の議論の前に地域が持つポテンシャルを認識し、そこからヒントを得る必要があります。私たちは多様な文脈から地域の魅力を読み解き、これを編集して「仮説」を事前に準備します。その仮説はあえて最大公約数的な無難なものになることを避け、新たな発見を促すようなものであることを心がけます。これを市民ワークショップや公開デザイン会議のような場でプレゼンします。

このような方法をとると、例えば8割の参加者はその「仮説」に違和感を覚え反発しますが、おおよそ2割の参加者は深く共感してくれます。市民ワークショップのような場ではこのような会場の中の意見の相違がきっかけとなり、参加者同士の当事者的な議論が生まれやすくなります。2割の最初の共感者が彼らなりの理解を会場で語ると、最初は理解していなかった、あるいは想像力が追い付いていなかった8割の人々の中でさらに2〜3割に理解が広がります。このような「仮説」からはじまる議論の繰り返しが重要で、市民サイドからも新しいアイデアが生まれたり、当事者意識の高い発言が多く見られるようになってきます。市民ワークショップで陥りがちな「ないものねだり」の発言の場からの脱却が可能になってくるのです。

このようなプロセスを「逆プロポーザル」と呼んだりしています。自治体は公共不動産の活用策を白紙のノーアイデアで民間から意見徴集(ヒアリング)するのではなく、自ら仮説を設定し、その仮説的ビジョンを市民に対してプレゼンするという方法です。

「逆プロポーザル」で企業を招致したエリアリノベーション

── 具体的なプロジェクト事例をご紹介いただけますか。

大島:私たちが関わった公民連携事業の例として全国で初めて公民連携(PPP)の事業手法で実践された〈北条まちづくりプロジェクト『morineki』〉という大阪府大東市の市営住宅建て替えプロジェクトがあります。

従前の市営住宅は、木造を含む築年数が60年を超える団地で老朽化が進んでいました。しかし市の財政にはゆとりがなく、建て替えが難しい状況にありました。そこで採られた手法が全国でも初めてのPPPエージェント方式による建て替えスキームです。行政が出資をして設立した民間まちづくり会社が、地元金融機関から融資を受けて建て替えを行うのです。借りたお金ですから、当然しっかり稼いで返済をしていかなければなりません。プロジェクト全体のおよそ半分を市営住宅、後の半分は民間企業をテナントとして誘致し、しっかり賃料を稼いで返済にあてる計画です。

そもそも人口減少と地域経済の衰退に喘いでいた地域に企業を誘致するなど、通常では考えられないことです。それを実現させるためにまず行政のお手伝いをしたのが、計画地を含むエリアのグランドデザインです。つまり行政側から、計画地の魅力、ありたい姿、ビジョンを先んじて指し示し、これに呼応する企業を見出すという手法です。通常であればこのようなケースにおいて行政は活用を希望する民間企業(テナント候補)側からの提案(プロポーザル)を受けて、条件に折り合いをつけ事業を進めるのが一般的ですが、ここでは行政側が先んじて民間に向けて計画地活用のビジョンを提示したのです。通常の「民」から「公」へのプロポーザルではなく「公」から「民」への「逆プロポーザル」です。

morineki

〈morineki〉で整備した「もりねき住宅」大東市営住宅。Photo: Yosuke Ohtake

〈morineki〉の民間企業棟「Keitto」。画像提供:blue studio

以前の市営住宅の様子。画像提供:blue studio

当時市営住宅がある北条というエリアは、すでに地域の誇りが希薄な状態でした。そこで地域のプライド(シビックプライド)を取り戻すために、私たちは地域の歴史や文化、風土など多角的な文脈をリサーチし読み解くことから始めました。戦国時代に畿内を平定し信長に先駆けた天下人といわれる三好長慶の居城は計画地に隣接する飯盛山で、高台から見渡す河内平野は天下人にふさわしい景色でした。そこは大阪都心からわずか20分でありながら今でも豊かな山森が残り、寝屋川の清らかな水源でもあります。さらに、平安時代からの高野山巡礼のみち東高野街道は敷地の南側を走り、その長い歴史ゆえ、だんじりなどの祭りの文化も色濃く継承されています。

こうした文脈をもとに、市民参加の「デザイン会議」を半年ほどの期間積み重ね、「北条の樹」というビジョン(グランドデザイン)をまとめました。この段階で建築設計はまだ行っておらず、住宅建て替えのボリューム感をおおむね想定し、イメージスケッチによってありたい世界観をまとめたのです。このビジョンに対して、株式会社ノースオブジェクトという大阪都心を本社に持つアパレル企業が、共感をもって本社移転に名乗りをあげてくれました。この企業は北欧的なエシカルな価値観を重視しており、従業員も含めて健康的で自然な暮らしを実現したいと考えていました。またこのように民間企業のコミットメントが明らかになることによって、金融機関も大規模なプロジェクトファイナンスの実行に踏み切ることが可能になったのです。

大東という行政が示したビジョンに企業も金融機関もしっかりと呼応してくれました。行政であっても明確なビジョンによって「この指とまれ」と社会に呼びかけ、共感する仲間が集まる。それによって事業が未来に向けて動き始めた。この構図は、都市経営にも活かせる成長の仕組みとなったのです。

〈morineki〉のグランドデザインと周辺の分析

morineki

〈morineki〉全体のイメージスケッチ(イラストレーター:佐藤浩介)

徹底したリサーチから市民とビジョンを描く

── もう1つ、公共施設のリノベーション事例もお聞かせください。

大島:熊本県南関町の交流拠点施設〈ukara〉プロジェクトがあります。1998年に開館し町民に親しまれてきた公共の温浴施設「うから館」は、老朽化とランニングコストの高騰から2019年に閉館となり、以降はホールなどの公民館機能のみが活用されている状況でした。私たちは2022年、市浦ハウジングと協働で活用検討委員会を運営し、町民参加のワークショップなども行いながら、図書館機能への部分用途変更と隣接公園との一体化を含むグランドデザイン(基本計画)をまとめました。その後ブルースタジオによる実施設計でリノベーション工事が行われ、2025年10月8日にグランドオープンの予定です。

ukara

旧町営温浴施設をリノベーションした交流拠点施設〈ukara〉のアプローチ。写真提供:blue studio

このケースでも、まずは地域固有の歴史や風土的背景を整理することから始めました。南関町は豊前街道の関所があったまちで、今も穏やかな里山に囲まれた静かな田園集落です。詩人の北原白秋ゆかりのまちで、彼の童謡「ふるさと」はこの地域の風土を題材にしていおり、その情景は多くの日本人が「故郷」を感じる景色といえるでしょう。このような景観や文化的背景が、多様な「仮説」やアイデアが生まれるきっかけとなります。

このような定性的な検証をもとにして、一方で定量的なリサーチを行います。当然ですが公建築はその存在によってエリアが活性化したり、地域生活者の利便性が向上したりする必要があります。建物という「点」がどのようなエリアつまり「面」に影響を与えるべきか、点と面の関係を考え、周辺エリアの人口動態や世代・世帯構成などを分析し検証します。このエリアの検証が、非常に大事です。

yoshihiko oshima

南関町は人口8000人の小さな町です。まずは4つの小学校区単位でエリアを分け、人口動態や世代構成を詳細に分析しています。大切な視点は「動きを知る」ということです。人口ピラミッドだけを見ても瞬間的な世代構成はわかりますが、長期的なトレンド(動き)を把握するためには、過去5〜10年間のコーホート分析と呼ばれる人口推計の比較が重要です。世代ごとの人口増減の傾向、その変化の傾向を把握できます。

さらに、周辺の生活動線や利用状況も調査しました。買い物や日常的な移動はどのエリアで行われているか、スーパーや金融機関の利用状況、年配者の行動パターンなどを把握します。これにより、施設が地域にどのような価値や利便性をもたらせるかが見えてきます。

ビフォー・アフターのイメージは段階が進んでから

── 市民ワークショップではどのような取り組みをされたのでしょうか。

大島:単に「場」に求める機能や使い方を参加市民の皆さんが出し合うようなワークショップではなく、周辺エリアを含めた俯瞰的な視点から場のありたい姿、あるべき姿について議論するワークショップを実施しました。公共不動産の活用を議論する場合、従来の「この建物で何をしたいか」という問いかけだけでは、言い方は少し悪いですが個別の「ないものねだり」を積み上げたステレオタイプ的なコメントの集積になってしまいがちです。

私たちは事前のリサーチ結果をもとに建物を含む周辺に複数のエリアを定義し、参加者をチームに分けてまち歩きをベースとした「宝探し型ワークショップ」を行いました。建物について考える前に「エリアのポテンシャル」を参加者で感じ取るのです。銀行、商店、利便施設などはもちろん、旧市街の歴史的街並み、水路や田園風景、寺社、山々を含む里の情景などです。施設からいったん目を離して、参加者は周辺エリアの魅力や課題を再認識しあいながら「このエリアにとって対象の施設はどうあるべきか」という視点が育まれます。「面」と「点」の関係を認識できるようになるのです。施設と周辺エリアとの連携を考え、施設だけでなく街全体がこの計画をきっかけに活性化するビジョンを描くことが可能になります。

今回のワークショップでは、施設が位置する場所は街中において特色的な3つのエリア「歴史的景観エリア」「生活利便施設エリア」「田園風景の郷エリア」の接点に位置し、それぞれの余白的な「あそび」の部分が重なった場所ではないかというビジョンが導き出されました。

次にこのビジョンをもとに「交流拠点」の具体的な機能を考えていきます。かつて温浴施設を核としてつくられた「うから館」は、塀に囲まれた閉鎖的な建物でした。これを周辺エリアからの視点やアクセス動線を意識したうえで、まず隣接する公園との境界をなくし、その公園と一体的な利用を前提とした図書館とカフェ機能を新施設の核に据える基本計画ができあがりました。集落の景観に溶け込み、アクセスしやすく、外部との境界線が曖昧な場としています。図書館施設やカフェ、集会施設、公園が連動し、利用者たちの活動や機能の「あそび」の部分が重なり合う、多様な人々の自然な形のふれあいが生まれる計画となりました。

この基本計画では、エリアの分析とビジョンに則った、既存建物の空間構成イメージが整理されました。次のステップとして、実際にこのコンセプトの施設運営を完成後に積極的に担っていくことのできる事業者や運営者を探すための「サウンディング」「ヒアリング」の段階になります。サウンディングの目的は、ビジョンへの共感と共有、そしてさらなる具体的なアイデアとデザインのブラッシュアップです。南関町の「うから館」プロジェクトでは、図書館を含む建物全体の運営者やカフェ、ショップ部分の事業者候補にアピールするため、この段階でビジョンやコンセプトを端的に示す資料をまとめています。

このような地方の公共施設では特に、具体的な運営者のイメージがないまま理想だけの絵を描いても現実にはなかなかうまくいきません。そこで、可能な限り着工前に顔の見える民間事業者にあたりをつけ、協働できる可能性も含め事業の実現性を確認することが重要です。これは、後の運営事業者選定のためのプロポーザル要件づくりに大いに役立ちます。

既存公共施設のリノベーションによって新たな場をつくる場合、一般的に市民は従前建物のイメージを良くも悪くも強く持ってしまっていますから、新しく生まれかわる場の価値と、その着眼点をクリアに指し示し、ビフォー・アフターで完成後の姿をCGやスケッチでしっかり補完することが重要です。

資料やCGパースは、段階に応じて使い分けます。初期の基本計画段階では建物のリアルな完成予想図よりも、手描きのイラストやデフォルメしたイメージを用いて、目指すべき「世界観」を示すことが効果的です。建築の細部に意識が向くと、施設の目的やコンセプト、あるいはまちとの関係性が伝わりにくくなるためです。このプロジェクトでも、設計が進んだ段階では具体的なビフォー・アフターのCGパースを作成し、駐車場を公園にすることや既存の仕切りを取り除くなど、建築的な操作による変化を視覚的に示しました。

ukara

基本計画段階で世界観を伝えるイラスト(図書館エントランスの竣工前のイメージ。イラストレーター:佐藤浩介)

ukara

基本設計段階で計画を具体的に示すCGパース(図書館エントランスの竣工前のイメージ)

(後編に続く)

特記なき図版・画像提供:ブルースタジオ
Photo & movie: toha
Interview & text: Jun Kato

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