【ミラノ・コルティナ冬季オリンピック】建築視点で読み解く冬季オリンピックの歴史 - TECTURE MAG(テクチャーマガジン) | 空間デザイン・建築メディア
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History of the Winter Olympics
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建築視点で読み解く冬季オリンピックの歴史

【ミラノ・コルティナ冬季オリンピック】「巨大建造物」から「風景の編集」へ、2026年が示すパラダイムシフト

空間と技術が織りなす100年の変遷

2026年ミラノ・コルティナ冬季オリンピックは、この大会は「全14競技施設のうち、93%(13施設)が既存または仮設」[1]という、特筆すべき数字を掲げています。これは単なるコスト削減策ではなく、1924年のシャモニー・モンブラン大会から始まった冬季五輪100年の歴史における、建築的アプローチの劇的な転換点となるかもしれません。

本記事では、冬季オリンピックがいかにして都市や自然と向き合ってきたのか、その建築史的な変遷を紐解きながら、IOCオフィシャルフォトエージェンシーを務める「Getty Images*」の膨大なアーカイブからピックアップした歴代大会にまつわる写真と共に、建築視点でその歴史を振り返ります。

*Getty Images(ゲッティイメージズ)は、1968年以降、Allsport時代を含めて夏季オリンピック15大会、冬季オリンピック15大会を取材してきました。今回のミラノ・コルティナ冬季オリンピックでは、39名のエディトリアルフォトグラファーに加え、ロンドンのGetty Imagesオフィスおよびリモート拠点から20名以上のエディター体制でカバーしています。

Getty Imagesのオリンピックスペシャルサイトはこちら
gettyimages.com/collections/olympics

(1371095562,David Ramos,GettyImage)

(1369859516,Matthias Hangst,GettyImages)

オリンピックの建築は、大会そのもの、そして開催国のアイデンティティを映し出す重要な存在であり、同時に世界が共有する普遍的な調和の象徴でもあります。

写真として捉えられ、未来へと保存されるこれらのイメージは、数えきれない物語を呼び起こし、1924年から2026年へと続く時の糸を紡いでいきます。アスリートたちの卓越したパフォーマンスを支える舞台として、優れた五輪建築は「強さ」と「優雅さ」を兼ね備え、機能性とデザイン性の両面で輝きを放ちます。

世界中の視線が注がれる中、競技が繰り広げられるその風景は、歴史が生まれる瞬間を包み込む“額縁”となります。そしてカメラは、その決定的瞬間を永遠の記録として刻みます。一瞬のアクションが永遠に止められたとき、その写真はそれ自体が象徴となり、記録が塗り替えられ、かつての会場が新たな役割へと姿を変えてもなお、人々の記憶に残り続ける「集団の記憶」となります。

ゲッティイメージズ アーカイブ担当キュレーター
メラニー・ルウェリン/Melanie Llewellyn

1. 空間構造の視点:夏季の「都市」、冬季の「領土」

建築や都市計画の視点で捉えたとき、夏季五輪と冬季五輪には、空間構造における興味深い対比が見て取れます。

夏季:求心的な「都市改造」の側面

夏季オリンピックは、歴史的に「都市の再定義」としての役割を担ってきた側面があります。象徴的な例として、1964年東京大会における丹下健三氏による〈国立代々木競技場〉が挙げられます。丹下氏が描いた「東京計画1960」における、都市の主軸(アーバン・アクシス)にランドマークを配置したその手法は、カオスな都市に新たな秩序を与えようとする試みだったとも解釈できます。1992年のバルセロナ大会においても、沿岸部の再開発が都市構造を一変させました。こうした点から、夏季は高密度な「点(都市)」にエネルギーを集中させる、求心的な性格をもっていると言えるのではないでしょうか。

建築視点で読み解く冬季オリンピックの歴史

世界的にも珍しい「吊り屋根構造」のアリーナ〈国立代々木競技場〉(Photo by mizoula / iStock)

1992年バルセロナ大会後の沿岸部

1992年バルセロナ大会では、放棄された工場地帯に選手村を整備。その豊富なレクリエーション施設は大会期間後、住民や観光客のための施設となり地域を活性化させている。(1371869590,VW Pics,GettyImages)

↑パリオリンピック特集の都市編で使用した画像を流用(OK?)

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冬季:遠心的な「領土ネットワーク」の側面

対して冬季オリンピックは、アルペンスキーには標高差が、ジャンプには斜面が必要なように、開催される競技の質的に「地形」に従属する傾向があります。これらは都市の中心部には存在しにくいため、会場構成は分散型となり、都市(氷上の競技)と山岳(雪上の競技)が点在することになります。これは単一の都市デザインというよりは、広大な「領土(テリトリー)」全体をつなぐネットワークのデザインと捉えることができるかもしれません。

この「分散せざるを得ない」という宿命に対し、建築はどのように向き合ってきたのでしょうか。

2. 自然への調和と従属(Phase1:〜1960年代)

初期の冬季五輪では、建築や施設は自然の風景に溶け込む、あるいは従属するような存在でした。

1924年のシャモニーや1948年のサンモリッツでは、既存の山岳リゾート地がそのまま舞台となりました。そして、1956年コルティナ・ダンペッツォ大会(第1回開催)で建設されたスキージャンプ台「トランポリーノ・オリンピコ(Trampolino Olimpico)」は、ドロミテの山塊と調和する造形が意図されており、今日でも現存する最も建築的に美しいジャンプ台1つと言われています。(現在は休止状態)

スピードスケートは湖の天然氷や屋外リンクで行われ、その建築様式は現地のロッジや山小屋の延長にあるヴァナキュラー(土着的)なものが主流でした。当時の建築は、あくまで厳しい冬の自然を受け入れる器としての役割が強かったと考えられます。

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1924年シャモニー・モンブラン大会のスピードスケート競技の風景(DE AGOSTINI PICTURE LIBRARY_GettyImages)

3. 技術による「環境の制御」と「屋内化」(Phase2:1970年代〜2010年代)

1960年代以降、テレビ放送の普及とそれに伴う「均質で安定した競技環境」への要求により、建築とテクノロジーによる「環境制御」の時代へと移行していきます。

① 氷上競技の「屋内化」と大空間

大きな変化の1つは、無柱の大空間を実現できるようになったことによるスピードスケートやカーリングの完全屋内化です。氷の質を維持するため、建築には外界を遮断する高度な空調設備と、400mトラックを覆う「大スパン構造」が必要となりました。

1972年札幌大会の〈真駒内屋内競技場〉は、日本初の大規模な屋内スケート場として建設され、円形の巨大な屋根が都市の風景に新たなスケール感をもたらしました。

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1972年札幌大会にて、〈真駒内屋内競技場〉で開催された閉会式(Rolls Press_Popperfoto via Getty Images_Getty Images)

② 雪上競技の「インフラ化」と人工降雪

雪上競技においても、1980年レークプラシッド大会頃から本格化した「人工降雪機」の導入が大きな影響を与えました。 2022年北京大会では、国際オリンピック委員会(IOC)の報告書によると競技用雪の大部分が人工雪(競技に使用される雪の約10%が天然雪、延慶で使用されている人工雪の割合は100%に近い)で賄われたとされています[2]。これにより、非常に気温が低い一方で、年間降水量が極めて少ない延慶(エンケイ)区や張家口(チョウカコウ)市でも雪上競技が可能となりました。

建築視点で読み解く冬季オリンピックの歴史

2022年北京冬季オリンピックの競技会場となる国家スキージャンプセンター付近で、人工雪製造機が雪を製造している様子(Kevin Frayer_Getty Images)

4. 都市と自然の「再編集」(Phase3:2026年〜)

これらの歴史を受け、2026年ミラノ・コルティナ大会では、 IOCが提唱する「オリンピック・アジェンダ2020+5」の指針もあり、「新築(Build)」から、既存のリソースを組み合わせる「編集(Edit)」のアプローチへと重心を移しているように見えます。

既存リソース活用の実践

この傾向を象徴するのが、「スピードスケート会場」の計画変更です。アジェンダにある「大会後に新たな恒久施設の需要がない場合には、既存の会場と仮設会場を最大限に活用する」という事項に則り[3]、ミラノの見本市会場「フィエラ・ミラノ・ロー(Fiera Milano Rho)」の既存ホール内に仮設のリンクとスタンドを設置してスピードスケートやアイスホッケーの会場を確保しています。巨大な建築を新たにつくるのではなく、既存施設の中に機能を一時的にインストールする。これは建築的なリソースの最適化を優先した結果と読み取れるのではないでしょうか。

この「既存リソース活用」の方針は都市部(ミラノ)の施設にとどまらず、ボブスレー等を行うスライディングセンターは、1956年大会で使用された山岳地帯(コルティナ)のコース跡地を再整備することで競技施設を確保しています。

ミラノ・コルティナ冬季オリンピックにてスピードスケートとアイスホッケーあ開催される「フィエラ・ミラノ・ロー」

スピードスケートとを開催する「フィエラ・ミラノ・ロー」(Photo by adrianocastelli / iStock)

▼「既存・仮設を中心としたミラノ・コルティナ冬季オリンピック会場一覧」はこちら

【ミラノ・コルティナ冬季オリンピック】歴史的建築も活用する、既存・仮設を中心としたオリンピック会場一覧

5. 2000年の時を超える「ヴェローナ・オリンピックアリーナ」

この「ストック活用」という文脈において、閉会式の会場に古代ローマ時代の円形闘技場「ヴェローナ・オリンピックアリーナ(Verona Olympic Arena)」が選ばれたことは、非常に象徴的なトピックと言えます。

紀元1世紀に建設され、アレーナ・ディ・ヴェローナ(Verona Arena)として知られるこの場所は、現在も野外オペラ会場として使われており、今大会では最新技術を駆使した閉会式が行われます。かつて「屋内化・ハイテク化」によって自然環境からのシェルター化を推し進めた冬季五輪が、そのフィナーレにおいて「屋根のない、2000年前の石造建築」へと回帰します。

最新の仮設技術(ソフト)と2000年の時間を刻んだ石積み(ハード)の対比は、これからの都市における「サステナビリティ」のあり方について、私たちに新たな視点を与えてくれるかもしれません。

ミラノ・コルティナ2026冬季オリンピック

閉会式が開催される「ヴェローナ・オリンピックアリーナ」(©︎ Milano Cortina 2026)

出典・参考文献: [1], [3] Milano Cortina awarded the Olympic Winter Games 2026 (https://www.olympics.com/en/news/milan-cortina-awarded-the-olympic-winter-games-2026) , [2] Beijing 2022, IOC News / Snow, climate change and the Olympic Winter Games (https://www.olympics.com/ioc/news/snow-climate-change-and-the-olympic-winter-games)

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