日本のメタボリズム建築運動を代表する建築家・菊竹清訓氏の設計により、1981年に移転オープンした〈セゾン現代美術館〉(旧・高輪美術館、1991年に現名称へ改称)。軽井沢・浅間山の裾野という雄大な自然環境のなかに静かに佇むこの名建築が、約2年間の改修期間を経て、2026年6月26日にリニューアルオープンしました。今回のリニューアルでは、「作品と深く呼吸する場所のご提供」を理念に掲げ、菊竹氏による直線的で明快な空間骨格を尊重しながら、エントランスやカフェ、ショップ機能を中心に現代の体験価値に合わせて再構築しています。手がけたのは、建築家・工藤桃子氏(MMA Inc.)です。
TECTURE編集部では、2026年7月17日に開催されたプレスツアーに参加し現地取材を実施。工藤氏による現地での建築・空間解説をもとに、今回の改修に込められた設計意図、解体によって発見された意匠の数々、素材計画についてレポートします。
※この記事は、2026年7月17日に開催されたプレスツアーにおける、工藤桃子氏の解説をもとに作成しています
菊竹清訓(きくたけ きよのり)
1928年、福岡県久留米市生まれ。早稲田大学理工学部建築学科卒業後、菊竹清訓建築設計事務所を設立。黒川紀章氏や槇文彦氏らとともに1960年の「メタボリズム宣言」に参加し、生命体のように成長・変化する建築のあり方を提唱した戦後日本建築界の巨匠。
「か・かた・かたち」という独自の設計方法論を打ち出し、代表作に自邸「スカイハウス」(1958年)、「海洋都市」構想、大阪万博の「エキスポタワー」、島根県立美術館などがある。2011年没、享年83。
庭園を歩く体験から始まる、〈セゾン現代美術館〉の建築空間
〈セゾン現代美術館〉は、周囲の木々に包まれるように低く水平に広がっています。菊竹氏の作品に見られるダイナミックな構造表現とは異なり、ここでは建築の存在を抑え、自然の中に静かに佇む、数寄屋造りを思わせる構成が特徴です。工藤氏が着目していたのも、この建物の断面構成でした。外観からは地上1階の低層建築として見えますが、建物の一部を地面より低いレベルに設定することで、全体の高さが抑えられています。周囲の木々を遮らず、「自然よりも建築を大きく見せない」という菊竹氏の意図が、建物のつくられ方に反映されています。

一方で、内部に入ると印象は変わり、展示室や回廊には直線的なグリッドが現れます。軸線に沿って空間が整理され、低く抑えられた建物の中に、水平方向へ連続する空間が展開されています。自然に溶け込む外観と、内部に通された明快な幾何学的秩序という対比も、〈セゾン現代美術館〉を特徴づける要素の1つです。こうした既存建築の骨格は、今回の改修でも大きく変更されていません。事前の構造確認では、竣工から45年を経たコンクリート躯体が良好な状態にあり、新たな耐震補強を必要としないことが確認されました。

美術館の庭園は、1981年の開館に合わせ、彫刻家・若林 奮氏によって基本構想が手がけられました。入口の門やコールテン鋼による彫刻、地形の再構成、台地、遊歩道、2つの鉄の橋、傾斜地の鉄板、植栽に至るまで緻密なプランが施されており、庭園全体が一つの作品として構築されています。
来館者はコールテン鋼の造形に迎えられ、坂を下り、小川に架かる鉄橋を渡って森を進んだ先で、ようやくエントランスへと到達します。建築に至るアプローチの中で地形や彫刻を体感させる動線計画は、来館者の期待感を膨らませる重要なシークエンスとなっています。数寄屋造りを思わせる低層で静かに風景に馴染む菊竹建築と、素材とスケールで力強い存在感のある庭園は、見事なコントラストを成しています。

解体で現れた本来の意匠と軸線の復元
リニューアルに向けた現場調査や解体のフェーズでは、後年の改修によって覆い隠されていた本来の空間構成が次々と明らかになりました。竣工から45年を経る間に、館内には使い方の変化に応じて壁や棚、掲示板、照明設備などが加えられていました。工藤氏は既存図面や現地の状態を確認しながら、菊竹氏による原設計と、後年の改修によって付加された部分を読み分けたとのことです。
最も象徴的な発見が、地下階に位置する「回廊2」の空間です。もともとは「ART FORUM」と呼ばれる空間と一体で使われていた場所でしたが、過去の改修によって塞ぎ壁が建てられていました。工藤氏は、既存図面には階段や扉が描かれていたものの、それらが壁の内部にそのまま残されていることは解体前には確認できなかったといいます。
解体作業によってこの壁を取り除いたところ、彫刻家・若林 奮氏による庭園や作品へと視線が抜ける美しい空間が再び姿を現しました。現存するとは予測していなかった扉や階段がそのまま壁の中に残されていたことで、後年の改修により失われていた内部の連続性と、外部への視線が再発見されることとなりました。


また、エントランスホールにおいては、改修前には大型の棚や掲示板が設けられ、天井に残るオリジナル照明の軸線が途中で遮られていました。壁面には後から施工されたことがわかる色の違いも残されており、原設計以降に加えられた部分であることが確認されています。
リニューアルでは、こうした付加物を撤去し、菊竹氏が計画した天井照明のラインが再び見えるよう空間を整理。後から加えられていたダウンライトなどについても見直され、既存の空間構成を妨げない照明計画へと改められました。美術館の入口にふさわしい、静けさと緊張感を備えた空間へと刷新されています。
庭園との連続性と菊竹意匠の継承
改修計画にあたり、工藤氏は、敷地に広がる風景の体験を建築内部へと連続させることをコンセプトに掲げました。外部で得られる自然の感覚をそのまま内部へ引き込むにあたり、設計のスタート地点となったのが「回廊2」です。この空間から庭園への抜けが蘇ったことを受け、ランドスケープのモチーフである「三角形」をインテリア要素として内部の意匠へと置き換えることで、庭と建築の間に新たなつながりがつくられました。


今回の改修では、空間構成だけでなく、館内に残る細かなディテールも可能な限り継承されています。特徴的なオリジナル照明器具やドアノブ、サインなど、竣工当時から使われてきた要素もその一部です。あえて手を加えず、建築が刻んできた時間と設計思想が現代へと引き継がれています。

また、本建築の象徴的な要素である展示空間の床面に使われている「ジュート」も、今回継承された重要な要素の1つです。麻を原料とするジュートは摩擦に弱く擦れやすいため、工藤氏によると、ジュートは一般的な公共美術館では使用を避けられる素材ですが、菊竹氏はその独特な温かみのある風合いを積極的に採用したそうです。
45年の年月を経て擦り切れていたこのジュートの床は、当時の質感を守るため、全く同じ色合いのジュートを用いて丁寧に張り替え修繕が行われました。耐久性の高い別の材料へ変更するのではなく、もとの素材感や色合いを引き継ぐことで、菊竹氏がつくった空間の雰囲気を保っています。

photo: Hideki Makiguchi
菊竹清訓の空間構成を引き出す、保存と更新の設計
今回の改修では、建物自体の構成を大きく変えるのではなく、竣工当時から残る照明器具やドアノブ、サインなどのオリジナルの要素を可能な限り残しながら、後年に加えられた要素や現在の用途に合わなくなった部分を整理し、菊竹による空間構成が再び読み取れる状態へと整えられました。
〈セゾン現代美術館〉のリニューアルで行われたのは、建物を竣工当時の姿へ単純に戻すことではありません。高さを抑えて周囲の木々を見せる断面構成、直線的なグリッドによる内部空間、庭へと抜ける視線。さらに照明器具やドアノブ、ジュートの床といった細かな意匠まで、既存建築を構成する要素を読み取りながら、残す部分と更新する部分が選び分けられています。
歴史的な名建築の改修において求められるのは、単なる新築的な美しさへの塗り替えではなく、建築が持つ本来の価値を見極める「選択の精度」です。建物の履歴を読み解きながら、残すもの、取り除くもの、新たに加えるものを見極めることで、〈セゾン現代美術館〉が本来備えていた建築の特徴を引き継ぎながら、時代に寄り添った更新が図られています。


〈セゾン現代美術館〉施設概要
所在地:長野県北佐久郡軽井沢町長倉芹ケ沢2140
竣工:1981年
構造:鉄筋コンクリート造、地下1階・地上1階
主要用途:美術館
原設計:菊竹清訓(菊竹清訓建築設計事務所)
全体改修監修:團紀彦建築設計事務所
カフェ・アートフォーラムショップ 設計・空間デザイン(改修設計):工藤桃子(MMA Inc.)
空間構成の特徴:数寄屋造り風の佇まい、高さを抑えた断面構成、軸線に沿った連続空間
Photo: TEAM TECTURE MAG