万国博覧会は1851年の開幕以来、最新の建築技術を実験・検証し、さまざまな建築技術を世に送り出す機会となってきました。
万博のパビリオンでお披露目され、あるいは初めて多くの人の目に触れることで有効性が認識され、その後社会に広まっていった技術も多数知られています。
第1回のロンドン万博が、工場で標準化され生産された部材を現場で組み立てることによって短期間で大空間を実現する、近代化された建築生産技術が可能にしたクリスタルパレスで幕を開けたことが、万博と建築との関係を決定付けたともいえるかもしれません。

クリスタルパレスのイラスト(Credit: Hein Nouwens / iStock)
本記事では、万博における建築構造の試みを振り返りつつ、大阪・関西万博における構造デザインをご紹介いたします。
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建築の近代化とともに歩んできた、万博の構造デザイン
1851年のロンドン万博以降、各国で競い合うように万国博覧会が開催されます。
フランス革命から100年の節目である1889年に行われた第4回パリ万博では、現在も街のシンボルとなっているエッフェル塔が建設されました。
細材を格子(ラチス/トラス)状に組み上げて耐風・自重に合理的に抵抗することで可能になった巨大鉄構造を設計したギュスターヴ・エッフェルは、橋梁技術者だったことでも知られています。
大スパンが実現でき、なおかつ材料の経済性も兼ね備えた構造形式は以降、近代社会の成長を支えるインフラや高層建築物に取り入れられ、あらゆる場所で見かけるおなじみの技術として普及していきました。

France Concept. Paris Eiffel Tower on a blue sky cloudy background. 3d Rendering(credit: doomu / istock)
1970年の大阪万博では「アメリカ館」の空気支持(エアドーム)+テフロン系膜材による構造が注目を集め、その後「東京ドーム」をはじめ大規模な空気膜構造の建築が日本国内でも広まったことが知られています。
このアメリカ館や東京ドームの膜材の製造を担った太陽工業は、2025年の大阪・関西万博においても多くのパビリオンの膜材を製造しています。
こうした挑戦の裏には、アイディアを現実化する構造家による綿密な検証が欠かせません。
2025年の大阪・関西万博では、どのような構造の挑戦が行われ、構造家はそれをどのように可能にしたのでしょうか。
構造家のコミュニティENCODEのメンバーに、構造設計に携わった施設について解説していただきました。
20メートルの“水の幕”を支える〈ウォーターカスケード〉
会場南側のウォータープラザで行われる水上ショー「アオと夜の虹のパレード」の演出装置となるオブジェ。幅・高さ約20mのフレーム内に水によるスクリーンを、フレーム周囲にミストや噴水を発生させて夜間のショーを演出する。軟弱地盤上において、台風時の風力や噴水反力など各荷重下での安定性を検討、満載の噴水設備機器と構造部材の取り合いをBIMにより確認するなどして構造設計を行った。
意匠設計:電通ライブ+らいおん建築事務所
構造設計:木下洋介構造計画
解説:木下洋介(木下洋介構造計画)

Photo: 電通ライブ

Photo: 電通ライブ
西陣の外装をまとうサスティナブル・メビウス〈飯田グループ×大阪公立大学共同出展館〉
外観コンセプトは「サスティナブルメビウス」。西陣織の外装を纏うパビリオンは、楕円を組み合わせた幾何学により定義された12本の稜線(鋼管アーチ)と等張力曲面で構成される骨組膜構造である。コンピュテーショナルデザインとBIMを活用し、構造設計やジオメトリデザインを精緻化。高精度な鉄骨・膜製作と施工管理により、唯一無二の建築が実現した。
意匠設計:高松伸建築設計事務所
建設施工:清水建設株式会社+太陽工業株式会社
構造設計:清水建設株式会社+太陽工業株式会社+株式会社ディックス(協力会社)
解説:田村尚土(株式会社ディックス)

Photo: TEAM TECTURE MAG

Photo: 株式会社ラムダデジタルエンジニアリング
浮遊する屋根を支持する、井桁の基礎〈ポップアップステージ(東内)〉
ミストで作った「雲」をお椀状の耐風メッシュ膜の内側に溜め、「遷り変わる屋根」とするのが建築コンセプト。リング状の鉄骨梁から吊られた耐風メッシュ膜の浮遊感を演出するため、リング状鉄骨梁を支持する4本の柱に対して2方向にタイ材を繋げ、井の字状に配置した基礎梁と緊結することで非常にスレンダーな柱を実現した。タイ材にはプレストレスを導入し、地震時や台風時にも張力が抜けないようにすることで、水平力にも寄与させる計画としている。
意匠設計:KIRI ARCHITECTS
構造設計:DN-Archi
解説:藤田慎之輔(DN-Archi)

Photo: TEAM TECTURE MAG

Photo: TEAM TECTURE MAG
外環境に呼応して屋根が呼吸する〈トイレ3〉
風圧や気温等の外環境の変化にリアルタイムで呼応し、内圧を正負に変化させる空気膜屋根を有するトイレ。動的な変化に対応する建築構造として、空気膜部分は鉄骨立体トラスによる四周枠に膜を取り付け、内圧増減や散水時ポンディング荷重等による膜張力を処理する独立した構造とし、主体構造自体は在来軸組み工法による木造平屋として空気膜屋根部と切り離す事で今後の展開を視野に入れた構造形式を目指した。
意匠設計:小俣裕亮建築設計事務所 new building office
構造設計:EQSD
解説:三崎洋輔(EQSD)

©new building office

©new building office
物語を纏う“困った木”に、芯を通す〈サテライトスタジオ東〉
各地から集めた「困った木」で屋根を支えるテレビ放送スタジオ。一般的な製材/建材ではなく、社会に様々存在する不確かな木を丁寧に物語として提示しつつ、その不確定性を内包できるおおらかな建築を目指した。水平力はスタジオ壁部で負担し、外部は小径鋼芯棒を座屈補剛する積み柱等で鉛直力を負担する。材の入手や多様な材加工の難しさに対して伴走的に対応を行った。TOTOギャラリー・間の展覧会「新しい建築の当事者たち」では目指した形式の一つである、プレストレストにより傾斜復元力をもたせた積み柱の展示を行った。
意匠設計:ナノメートルアーキテクチャー
構造設計:EQSD
解説:三崎洋輔(EQSD)

©ToLoLo studio

©ToLoLo studio
躍動感と安定を両立する非正円圧縮リング〈休憩所1 fukufuku〉
通常きれいな正円となるホルン型の膜構造屋根の圧縮リングに、平面的にも立面的にも揺らぎを与えることで、膜屋根の持つ躍動感や軽快さをより強く感じられる建築を目指した。そうした揺らぎを利用して配置されたケーブルの曲率をコントロールし、膜構造最大の難敵、上からも、下からも吹いてくる風に対して抵抗可能な構成としている。
意匠設計:o+h
構造設計:平岩構造計画
解説:平岩良之(平岩構造計画)

Photo: o+h

Photo: TEAM TECTURE MAG
サスペンション構造の石パーゴラ〈休憩所2〉
会期終了後は、そのまま万博会場近くの大阪湾へ沈め、魚礁とすべく石のパーゴラの計画。サスペンション構造として、幾何剛性と引張力を期待した形態ではあるものの、通常のそうした計画で用いられる軽量な屋根とは異なり、相応に重量のあるものを支持する必要性から、耐力的にはケーブルとできる部分を鋼管とし、境界条件を果たす柱はRC造として充分な剛性を与えて計画を行っている。
意匠設計:工藤浩平建築設計事務所
構造設計:平岩構造計画
解説:平岩良之(平岩構造計画)

Photo: TEAM TECTURE MAG

Photo: 平岩構造計画
再々移築に備える接合設計・シグネチャーパビリオン〈 Dialogue Theater - いのちのあかし - 〉
過疎化が進み廃校となった十津川と福知山の小中学校を再編・移築してシアターとして利用する計画。候補となった小学校の中から架構の状態などを調査し、解体して材の再利用を行っている。運搬や保管などの関係でどこまで解体を行うかなど、設計前段階での膨大な協議と調整を経て実現した。また次の移築を見据えて耐力壁の合板などは全てビス止めとして設計し、再々利用を見越した接合部設計を行った。
意匠設計:SUO
構造設計:平岩構造計画
解説:平岩良之(平岩構造計画)

Photo: Takashi Suo

Photo: TEAM TECTURE MAG
本体から自立したキャンチレバー・ファサード〈コロンビアパビリオン〉
半透明のポリカーボネードとSteel FrameでCUBEを構成し、軸回転したCUBEをスタックしたファサードのパビリオン。コロンビア出身のノーベル文学賞作家であるガブリエル・ガルシア・マルケス著の小説『百年の孤独』内の1シーンからインスピレーションを受け、「ICE CUBE」がコンセプトとなっている。ファサードは本体とは縁を切った自立方式で、地面からのキャンチレバー構造とした。
建築設計:MORF建築設計事務所
構造設計:ANDO Imagineering Group
解説:安藤耕作(ANDO Imagineering Group)

Photo: 安藤耕作

Photo: 安藤耕作
ENCODE 概要
’ENCODE’(エンコード)は建築の構造模型ギャラリーを定点として、構造デザインについて発信する場です。
ギャラリーの模型展示、イベントなどを通じた構造デザインとの出会い、構造家同士の交わり、それらが生み出す活動を発信していきます。住所:
〒220-0012 神奈川県横浜市西区みなとみらい2丁目2−1
ランドマークプラザ B1F
BUKATSUDO ブシツ #2(ドックヤードガーデン脇の地下)アクセス:
JR桜木町駅 から徒歩5分
みなとみらい線 みなとみらい駅 から徒歩3分営業時間:
平日・土日祝 9:00〜18:00
8月1日(金)開催 | ENCODE TALKSvol.03 | 大阪万博に息づく、6人の構造家の9つの仕事(終了)
プレゼンテーター
・安藤耕作(株式会社ANDO Imagineering Group / AIG)
・平岩良之(平岩構造計画)
・藤田慎之輔(株式会社DN-Archi / 近畿大学)
・田村尚土(株式会社ディックス / ラムダデジタルエンジニアリング)
・三崎洋輔(EQSD)
・木下洋介(株式会社木下洋介構造計画)参加事務所
・名和研二(なわけんジム)
・田中哲也(田中哲也建築構造計画)
・村上翔(株式会社スカラデザイン)ENCODEの詳細や今後のイベント情報は下記URLよりご確認ください。
https://home.encodegallery.com/