大手組織事務所を経て独立した藤井崇司氏が代表を務め、創業11年目を迎えるインテリアデザイン事務所・DRiP。奈良県北部に構えた事務所で、畑で育てた野菜を使ったランチを共にし、ときには家具やアートなど「ないものは自分たちで手を動かして生み出す」スタイルで仕事をしています。外部の専門家やコラボレーターとともにチームとなり、少人数の事務所ながら住宅から大規模プロジェクトまで手がける藤井氏にインタビューしました。
—– ここは周囲に緑が多く、自分たちの畑もあってとてもいい環境ですが、独立してこの場所に事務所を開いた経緯を教えて下さい

〈DRiP design farm〉Photo: 河田弘樹
藤井崇司氏(以下、藤井):東京や大阪での組織事務所勤務時代はいろんな施設のデザインを担当していました。上司がそれぞれに案件を割り振るのですが、さまざまなプロジェクトタイプを担当できる面白さがある一方で、クライアントの要望によっては自分の想いとは離れたようなデザインをすることもありました。
職場の人間関係も仕事の内容もよく、待遇の面でも充実していましたが、まだワークライフバランスという言葉も浸透していなくて、週の何日かは明け方に帰宅、仮眠してまた出勤するという生活の時期もありました。子供と過ごす時間も思うように取れず、そんな生活が続いたなかで突然「やめよう」と思い立ち、11年前に独立を決めました。
独立当初は自宅の敷地にあった小さな小屋を仕事場として使っていたのですが、2年目にはスタッフを抱え、4年目にさらにスタッフが増えることになったのを機にこの場所を探して移転しました。ここは以前、保育園があった土地で、建物は自分たちでリノベーションしています。

藤井崇司氏
藤井:事務所の敷地には畑もあり、育てている野菜を収穫して調理できるよう、リノベーションしたとき事務所内にキッチンを設けました。手の空いたスタッフが12時ごろになると料理を始めます。スタッフ同士の会話も増え、ちょうどいいブレイクになっていると思います。
独立してからはプライベートの時間も取れていますし、シンパシーの合うクライアントが増えてきて、いい意味でその時々の流れに身を任せて仕事をしています。自分が心地よいと思うデザインができているので、竣工後も自分たちが訪れたいと思うところが増えました。

—– 少人数の事務所ながら、ホテルを中心に商業施設、医療、大学施設など、全国各地の大きなプロジェクトを手掛けられていますが、デザインにおいてどのようなことを大切にされていますか?
藤井:前職のころはクライアントからの要求が明確になってから依頼されるケースが多く、私たちはデザインのクオリティに最も注力していました。今はもっと初期の段階からプロジェクトに関わることが多く、ホテルであれば事業コンセプトやターゲットなどもクライアントと一緒に議論を交わしながら進めていくケースが増えました。
その中ではエンドユーザーがどう過ごすか、どう感じるかということを重視しています。人が介在していない空間美を追求するのではなく、そこで喜(怒)哀楽をもって過ごすには、スマートな空間がいいとは限らないんです。誤解を恐れずに言うと、少し鈍くさい感じの緩さもデザインに取り入れるようにしています。宿泊施設や住宅でも、親しみをもてるような、それでいて若干背伸びをしたような、日常のちょっと先くらいを目指してデザインすることが多いです。
クライアントとはリサーチのためにホテル、飲食店、たまには美術館など、さまざまなところへ一緒に行くようにしています。イメージ写真を持ち寄ってもその場の空気感は伝わりませんし、目に見えない陰影や音の反響、香りなど、どんなことに我々が惹かれているかを一緒に見つけたいと思うからです。そうして私とスタッフに加えてクライアントもチームになっていきます。

藤井:少人数で大型のホテル案件を手掛けられることに関しては、組織にいながら個人商店的に単独で責任をもってやるプロジェクトが多かった前職の経験が生きていると思います。
そのころは、自分自身の裁量が大きく自由度が高いのはいいのですが、CADやパースのオペレーターとタッグを組む以外は、デザインフィーを交渉したり、設計から監理までほぼ1人で回さないといけない環境でした。そのような環境で得た要領や外部のコラボレーター、施工者さんにもいろいろ手伝ってもらうという経験から、事務所内だけじゃなくて、社外の人たちを巻き込んだチームにして、1つのプロジェクトを進めていくスタイルに自然といきつきました。これが今のような少人数の事務所でも大きなプロジェクトを請け負えるコツになっていると思います。

〈GOOD NATURE HOTEL KYOTO〉Photo: 志摩大輔
藤井:大規模なプロジェクトの1つで、河原町四条にあるホテル〈GOOD NATURE HOTEL KYOTO〉を手掛けました。ホテルだけでなく農業、飲食、コスメなど身体にも環境にも優しいオーガニックなものを提供することをコンセプトにした、京阪電鉄グループのビオスタイル社がクライアントなのですが、竣工1年前に企画当初からの設計担当がデザイナーチェンジになって、私のところに話が来ました。
—– ものすごくタイトなスケジュールで依頼を受けたのですね。具体的にはどのように進めたのですか?
藤井:竣工まであと1年、オープン日も決まっているというなか、その1年ですべてをやり替えるわけで全然時間がありません。それ以前まではデザインするときには内装、設備、家具、アートまでしっかり決め込んでからGOするのが定石でしたが、それができる時間がなかったんです。「今日中にサッシの色を決め、来週には140室のユニットバスの図面を承認してほしい」といった状況でした。

〈GOOD NATURE HOTEL KYOTO〉Photo: 志摩大輔
藤井:自分で全体像が見えないまま、次々決めていかないといけないなら割り切るしかありません。「全体像は見えてないけど、自分がいいと思うものを集めたら、いいものになるんじゃないか」という予想のもと、照明デザインからフローリング、カーペットなど、今まで付き合いのあった外部の作家やコラボレーターといった私が信頼できる人たちに大勢協力してもらって仕上げました。壁は京都の絵師である福井安紀さんに依頼し、襖絵のように即興で絵を描いてもらっています。音楽に例えるならジャズのセッションに似た感覚です。
信頼できる人たちに適度に委ねながら、ちょっとだけコントロールして進めていった作業の面白さや経験はその後のプロジェクトでも活きています。こうしてコラボレーターや施工者をどんどん信用して巻き込んで1つのチームになることで、いくつもの大型案件に取り組んでいます。

藤井:最近竣工した〈ザ・ウィンザーホテル洞爺〉のレストラン改修でも多くのコラボレーターと一緒に取り組みました。その1人に和紙作家のハタノワタルさんがいました。天井仕上げは洞爺湖に臨む雲海をイメージして穴の開いた和紙制作を依頼したのですが、結果として実は和紙は使わず、和紙を貼るための糊を活かした仕上げになっています。和紙作家に和紙を使わないでと依頼できたのも信頼できるチームになっていたからですね(笑)。

〈ザ・ウィンザーホテル洞爺〉Photo: DRiP
カーペットデザイナーの前川さんには、その風景にリンクするような柄を考えてもらったり、雪山の稜線をモチーフにした特注照明は知人でもあるNEW LIGHT POTTERYさんにお願いしたり、空間を柔らかく仕切るために、湖面の水の動きをイメージしたシースルーのカーテンはファブリックスケープさんになど、仕事とフィールドワークを繋げながら、自然の情景をデザインに取り込むことも多いのが私たちの特徴です。
—– 信頼できるクリエイターやデザイナー、施工者など周囲を巻き込んで仕事をされるとき、気を付けていることはありますか?
藤井:できるだけデザインの意図や、なぜそうしたいかの理由を丁寧に話すようにしています。施工中にちょっとした変更したいことが生じたときも、どうして変更するのか、理由を熱量をもって説明すると共感してくれる人も多いです。どんな現場でも「みんなでいいものを、面白くつくろう」という雰囲気を大切にしています。そうしていると施工中も楽しいし、楽しく打ち上げできます(笑)。

〈ふふ奈良〉Photo: スターリン エルメンドルフ
藤井:それと「ないものはつくる」ことは私たちの特徴かもしれません。同じくホテルの〈ふふ奈良〉では自分たちでいくつかのプロダクトをつくりました。「奈良らしさ」をどう出すかを考え、武骨で大胆、土着なイメージでデザインしました。でも、そのニュアンスを表現するには絵や図面に描いて作り手に伝えるより、自分たちの手で何度も実験しながら作ったほうがよかったんです。
事務所にあるストーブの薪を使ったり、ホームセンターで板材を買ってエイジングしたり、近所の農家からいただいたもみ殻など、いろんな材料で照明器具やヘッドボードなどを制作しました。大手ゼネコンや組織事務所ならリスク管理的に敬遠されることにもチャレンジできるのは、小規模なデザイン事務所の強みだと思います。

藤井:神奈川の〈ふふ箱根〉では石がコンセプトだったので、紙に現地の石を混ぜだり、〈ふふ軽井沢〉では敷地の落ち葉をミキサーで粉砕してにかわで凝固してアートピースにしたり。デザインはコンセプトや土地の文脈からスタッフと一緒に考え、インターンの学生と30個もの照明器具をつくったりしました。「ないものはつくろう」という考えは常にもっていて、そんなトライができるのもこの事務所の穏やかな環境のおかげだと思っています。

〈ふふ箱根〉Photo: スターリン エルメンドルフ
—– 事務所内ではどのような分担でプロジェクトを進めているのでしょうか?
藤井:基本的にはどのプロジェクトも私がメイン担当というわけではなく、スタッフや外部コラボレーターたちが、それぞれプロジェクトの担当者として責任をもって取り組んでいます。プランニングやデザインを生み出すところもある程度委ねているんです。最初の企画がやわらかい段階は一緒に考えますが、方向性が固まってきたら担当者の頭脳に任せてやってもらっています。代表の私はその都度チェックしながら軌道修正している感じです。
このやり方がスタッフたちにとって、一番仕事が面白いと感じられると思っています。自分で描いたものをクライアントに説明して、ときにはダメ出しもされるでしょう。修正してGOが出たものを、今度は施工者に伝えたら「それは無理」と言われて、またやりとりして。デザインの仕事はそんな作業の繰り返しです。そうこうしているうちに彼、彼女たちのチームができていくんです。
打ち合わせがボスの伝達だけだったり、仕事が「やらされていること」と感じるのではなく、自分のものになると途端に面白くなってくると思うんですよね。そして一人前のデザイナーになっていく。スタッフにはそれを味わってほしいなと思っています。

—– 新しく仲間になる方へメッセージをお願いします。
藤井:スタッフによく言っているのは、「考えて、考えて、言語化して、数値化して、判断する」ということです。どんな仕事でも最初は誰しも分からない。だけど分からないなりに調べて、もがいて考えることができたら、初めて遭遇することも考えれば解決できるという自信が付くと思います。誰かに言われたことで解決していたら、毎回誰かの知恵がないと解決できません。もちろんヒントは出しますが、自分が考えて決断するまでの経験が自信につながると思います。

藤井:前職で大阪の淀屋橋にあるビルで働いていたころは、知らないうちに夜になっていて、まだ小さかった子供たちともなかなか一緒に晩御飯を食べられない生活でした。この事務所では朝昼夜の空の色の変化や、季節の温度感、雨や風のにおいを感じられる環境です。それでいて、京都の中心部や大阪までのアクセスもよく、都市部とのほどよい距離感で仕事ができています。
私たちデザイナー自身が心地いい環境にいて、心地いいと思うものを生み出すことがクライアントやエンドユーザーに喜ばれることにつながると思うので、だまされたと思って一度このような環境で仕事をしてもらえればと思います。

インタビュー:2026年8月21日 DRiP design farm にて
Photograph:Nao Takahashi(特記以外)