高知県の山あい、愛媛県との県境にある梼原(ゆすはら)町。2021年5月末時点での人口3,364人という山あいの小さな町は、日本を代表する建築家の1人、隈 研吾氏が、自身のターニングポイント、あるいは活動の原点であると、講演会やインタビューなどさまざまな場面で振り返っている町です。
この町での約30年におよぶ活動の軌跡を、隈氏自身による語りと、写真家の瀧本幹也が撮影した梼原の隈建築群の写真、この2つの視点で辿る写真文集『隈研吾 はじまりの物語~ゆすはらが教えてくれたこと~』が、青幻舎から刊行されます(Amazonでの発売開始は2021年6月26日。東京国立近代美術館で6月18日より開催中の展覧会「隈研吾展 新しい公共性をつくるためのネコの5原則」の会場にて先行発売中)。
撮影を担当した瀧本幹也氏は、主に広告写真やCFの世界で活躍しながら、これまでの主な写真集として『LAND SPACE』『SIGHTSEEING』『BAUHAUS』などがあり、また2012年以降は映画の撮影にも取り組み、『そして父になる』(監督:是枝裕和)、『海街diary』(同監督)、『三度目の殺人』の撮影も手がけている映像作家でもあります。
2017年に発表したシリーズ〈Le Corbusier〉は、建築写真としての評価も高く、本書では、瀧本が直感的に隈建築に合うと感じた硬質な光によって、意図的に情緒を排して切り取られ、隈氏も「本書の写真はその陰影を巧みに捉え、木という物質の本質を捉えています」と指摘しています。
本稿の書籍の内容紹介文と、瀧本幹也氏撮りおろしの写真は、版元である青幻舎のプレスリリースより。(en)
2000年代以降、木材は隈研吾の建築において主要な素材となっており、柱や梁といった構造、パネル板や薄いルーバー(羽板)といった装飾など、その使い方は縦横無尽だ。しかし、隈が木材を使うことになったきっかけに高知県・梼原(ゆすはら)町との出合いがあったことはあまり知られていない。
バブル経済がはじけて、東京の仕事がすべてキャンセルされた時に、隈は梼原と出合い、そこではじめて、町からのリクエストに応える形で木材を使い始めることになったのだ。
本書では、隈が初めて木造を用いた建築となる〈雲の上のホテル〉をはじめ、〈梼原町総合庁舎〉〈雲の上のギャラリー〉〈まちの駅『ゆすはら』〉〈雲の上の図書館 / YURURI ゆすはら〉の、梼原町にある5つの隈建築を年代順に紹介しながら、隈が続けてきた木材の実験的な試みと進化を辿る。
「時に、新しい長が前任者の仕事に反発し、継承されないこともある行政での仕事にもかかわらず、梼原町では歴代の町長全員が建築を大事にし、約30年にわたり、一貫して街づくりに携わることができた。この経験が後の国立競技場や歌舞伎座をはじめとする、場所に根付いた建築を作る過程で生かされた」と、隈は述懐している。
2011年の東日本大震災を経て、新型コロナウイルス(COVID-19)のパンデミックを経験し、隈が提唱する、いわゆる「負ける建築」によって社会とつながり、共同体のあり方を捉えなおす建築観が重要さを増している。
本書は、1964年の東京オリンピックをきっかけに建築を志した隈が、新しい未来の可能性を見出すきっかけとなった、日本の小さな町とそこに住む人々の営みとの、特別な出合いの物語である。
本書まえがきより、著者のことば:
梼原に出合って、僕は生まれ変わった。梼原で古い木造の芝居小屋に出合い、素敵な森と出合い、さまざまな職人さんと出会って、僕は生まれ変わった。
80年代のバブル経済がはじけて、東京の仕事がすべてキャンセルされた時に、この梼原との出合いがあった。いま思えば、その時、梼原という特別な場所に、呼びよせられたように感じる。森に棲む何かが、僕を呼び出して、何かとても大事なことを伝えようとしたように感じる。(隈 研吾)
語り:隈研吾
写真:瀧本幹也
造本設計:町口 覚
判型:A5変形 / 上製本
総頁数:80ページ
定価:本体1,800円+税
ISBN13:978-4-86152-853-8 C0072
発売日:2021年6月26日(予定)
発行元:青幻舎
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