著名建築家が準備したプレゼンテーションの資料を公開して解説する、『TECTURE MAG』の特集記事。
SUPPOSE DESIGN OFFICE共同代表の谷尻 誠氏に、プレゼン資料作成のポイントを聞いた。
今回は、長野県松本市の宿泊施設〈松本十帖〉内に、SUPPOSE DESIGN OFFICEが設計を手掛けて2020年にオープンしたブックホテル〈松本本箱〉のプレゼン資料をもとに、クライアントの特性や状況に合わせて内容を変えることを解説してもらう。
また、公共施設のプロポーザルでの資料作成、プレゼンテーションの場での心がけやテクニックについても詳しく聞いた。
Photographs: toha(特記をのぞく)
SUPPOSE DESIGN OFFICE流プレゼン7カ条
・考え方から提案する
・“絶対にいい”という1案をぶつける
・プレゼンは“ディスカッションするための資料づくり”
・空間のつくり方をビジュアルとキーワードで共有する
・プロポーザル提出資料は要件を押さえたうえで柔軟に
・プレゼンはDJのようにライブ感を大切にする
・プレゼン資料づくりはチーム+パース作成スタッフで
空間のつくり方をビジュアルとキーワードで共有する
〈松本十帖〉は、エリアリノベーションのきっかけになることを目指した老舗旅館再生のプロジェクトで、敷地内にブックホテル〈松本本箱〉を新設。SUPPOSE DESIGN OFFICEが設計を担当した。
その際のプレゼン資料は、次のとおり。
谷尻:既存のものを活かすというのもあるんですけど、本屋さんを入れるのはクライアントの岩佐さん(岩佐十良氏)の考えで、最初からマストでした。お風呂場だった場所を使おう、という話もありました。
このプロジェクトでは明らかに予算が少なく、普通に材料を使っていたら追いつかない。かといって、「お金ないですよ」とプレゼンしてもしょうがないので、『ニュークラフト』という手法を考えました。
〈松本本箱〉プレゼン資料より抜粋
谷尻:手作業とか、あるいは自然にすでにあるものを用いるとか、そういう考え方で空間をつくったらどうだろうと。河原で拾った石で空間の要素をつくっていく、落ちている枝で空間をつくっていく、そうした考え方です。
それに少し現代のものと合わせてきて、木が入った研ぎ出し、ビールケースに籐が巻かれていることによってクラフトとも工業製品ともいえないものをつくるだとか。工業と手工業を混ぜていくようなやり方はどうでしょうかと提案しました。
〈松本本箱〉プレゼン資料より抜粋
〈松本十帖〉のクライアントの場合は、コンテンツやビジョンをすでに明確に持っているタイプであったため、谷尻氏らは新しいコンテンツを提案するよりは、空間づくりの手法や細かな方向づけについて、プレゼンを通して提案していったという。
谷尻:元の旅館だった記憶を継承するために何が必要か。どんどん解体すると、人工的なものがどんどんできてくるんです。
それでも和を感じるにはどうやったらできるかなどを考え、錆止め塗装の朱色を使うような提案をしながら、空間の性格付けをしていました。
もとは風呂場のスペースを用いた書店の提案パース(一部を加工)
実際に完成した書店。Photo: Kenta Hasegawa
プロポーザル提出資料は要件を押さえたうえで柔軟に
プレゼンテーションには、公共のプロポーザルに提出する場合の資料も含まれる。
公共のプロポーザルに応募する際のプレゼンテーションは、SUPPOSE DESIGN OFFICEではどのように作成しているのか。
谷尻:これまでプロポーザルにはさんざん出して、さんざん負けまくっています(笑)。
要件をちゃんとやっていなくて負ける、ということがよくあるんですね。「もっとこうしたほうがいいんじゃないか」と思ってつい提案しすぎているんですけど、やるなら獲れてから提案するほうがいいですね。
言われている要件は、ひととおり押さえたほうがいいです。例えば、予算内で、法規を満たしていて、安全につくれる、といった点です。
ここで重要なのは、プレゼンテーション資料に書き込むテキストによる解説。
民間のプロジェクトに比べて、プロポーザル向けの資料では解説をていねいに書き込んでいるという。
谷尻:個人のクライアントや企業だと、わりと決裁者と直に話せます。でもこういう公のものはどちらかというと、審査員がたくさんいて減点方式で採点していくんです。『これが描いてない、ここができてない』という方式なので、減点されないようにいちおう書いておく。
1次審査ではこの紙だけで判断されるので、キャラ立ちできないっていうか(笑)。淡々とやるしかないですね。
1次審査のビジュアルは重要
とはいえ、1次を通過するにはインパクトのあるビジュアルは重要となるだろう。谷尻氏はプロポーザル提出資料でのビジュアルについて、次のように語る。
谷尻:僕自身もいろいろ審査の場に呼んでいただいたりするのですが、たくさん案があるとビジュアルも1つひとつ全部は読み込めません。
1作品にかける時間は5秒くらいで、イエス・ノーで分けて、というステージになるので。やはり見た目とかは気をつかうようにはしていますけどね。でもそれが吉と出るか凶と出るかは、正直言って分からないです。
SUPPOSE DESIGN OFFICEが獲得した「千駄ヶ谷駅前公衆便所設計及び工事監理業務委託公募型プロポーザル」で提出した資料内の外観パース(一部を加工)
実際に竣工した〈千駄ヶ谷駅前公衆トイレ〉(2020年) Photo: Kenta Hasegawa
そしてプロポーザルの場合、案を求めるより、設計者を決めるという意味合いが強い。最初から具体的な提案を出し過ぎることには、不都合があるはずと話す。
谷尻:具体的すぎると、「融通が利かないんじゃないか」と思われる可能性があります。プロポーザルごとの性格もあると思いますが、そういう意味で、これが断定的な案だと思われないようにわざと手描きのスケッチで出すケースもあります。プロジェクトごとの戦略を立てながら描いていく感じです。それがうまくいくかどうかは分からないので、ずっと試しています。
プロポーザルの性格、発注者が民か、公か。何が獲得につながるかは、谷尻氏も蓋を開けてみないと分からない。プレゼンに定石はないようだ。
谷尻:プロポーザルはある程度きっちりした出し方をしますし、一般のコンペみたいなものでは、少し戦略を立てて、どういう見せ方をするかとか、他に誰が対抗馬でいるのか、だったらこういうふうな戦略で攻めたほうがいいなとか考えます。審査員が誰か、といったことももちろん考えます。
すべては仮説でしかないですけど、そこまで想像してやるようにしています。
プレゼンはDJのようにライブ感を大切にする
谷尻氏は実際のプレゼンの場で、どのように話を進めているのだろうか。
谷尻:いいDJって、その場の空気に合わせて音楽をかけるじゃないですか。そういうのがプレゼンでは必要じゃないかと思っています。相手が興味をもってないのに、ひたすらページをめくっても意味ないですから。
わざと小さな声でしゃべると、「え?」ってなりますよね。“背離れ”というんですけど、相手が興味を惹かれてグッと前のめりになった状態にして、出すべきものをちゃんと出します。
やっぱり聞きやすいプレゼンのほうがいいと思うので、ゆっくり話すことは気をつけています。もともと僕はあがり症で、緊張すると早口になりますし、早く進めちゃうんですよね。
それで、ある程度緩急をつけるんです。些細なところは早く流して、重要なところは相手に時間を与えながら見てもらうように。
昔はもう緊張して周りが見えずに、資料を読むことしかできないという感じでしたけど、今はどんなふうにみなさんが頷いているのかとか、どこに興味もっているのか、そういうのを見ながらやるようにはしています。
プレゼン資料は紙で持っていくことが多いです。相手の人数にもよりますが、スライドより紙のほうがやりやすいし、温度感があるというか。
どうしてもプロジェクターで映し出さないといけない場合は、PowerPointでつくった資料をPDFで書き出して、それをiPadの『GoodNotes』といったソフトを使い、スライドに書き込みながらプレゼンすることが多いです。
Photo: TEAM TECTURE MAG
プロポーザルのヒアリング審査で質疑応答しないといけないときも、この書き込む方法を使うことがあります。
プロポーザルの審査の場では、新しい資料を見せることはできません。出した資料に基づいてプレゼンしないといけないからです。
でも、「書き込み禁止」とは書いてない。プレゼンテーション中に、PDFデータに「ここはこういう考え方で、こういうふうにできます」と書き込むことはけっこうあります。
レーザーポインターなどで映し出された画面を指しても分かりにくいですが、資料自体に書き込むと分かりやすいんです。そうやって、赤ペンでどんどんその場で資料を成長させてプレゼンテーションすることはあります。
プレゼン資料づくりはチーム+パース作成スタッフで
プレゼンに向けての体制は、チームか、個別の担当か。役割やミーティングの頻度は決まっているのだろうか。CGに専門チームはあるのだろうか。
谷尻:3〜4人くらいのチームで取り組むことが多いです。チームの中ではもちろん大なり小なり役割がありますが、あまり分けないようにしています。
でも若いスタッフが下調べする、という傾向はありますよね。条件を整理して何をやるべきなのかを考える練習として、プロポーザルやコンペはちょうどいい。
けっこう若いスタッフが主導権をもってやるようにして、先輩がサポートするようなかたちで進めることが多いですね。週1回ずつくらい定例を組んで、進行を見ながら進める感じです。
SUPPOSE DESIGN OFFICEでは、模型はあまりつくらないようになってきたという。
谷尻:インテリア系のプロジェクトでは特に、模型をつくらないことが多いです。毎週のように打ち合わせになっていると、そのつど模型をつくり直してというわけにはいかないですし。
部分的に模型をつくったりすることはもちろんありますが、わりとCGをどんどんアップデートしていくようなケースが多いですね。
うちの事務所にはパースをつくるパーサーが2人います。基本的にレンダリングはすべて設計スタッフがやって、その段階でパーサーに出して仕上げてもらう流れにしています。
美しいプレゼン資料はプロジェクトにドライブをかける
谷尻氏は、独立して事務所を設立した約20年前から、Vectorworksを長年使ってきた。谷尻氏にとってはすでに、手足のようなツールとなっている。
谷尻:図面を描くのには、『Vectorworks』を使っています。今は自分でCADを使って設計することはほとんどなくなりましたけど、自宅をつくるときはVectorworksで描きました。寸法をおさえたかったので、トラックパッドを使ってひととおり矩計までラフに描いて。後半の確認や実施図面作成はスタッフにやってもらいましたけど、ツールとして使いやすいのです。
今は、スタッフが上げてくる図面を確認して戻すことが多いですね。
だいたい全部LINEでのやりとりで、ワーッと送られてくるものをPDFで取り込んで、iPadの『GoodNotes』などで指示を書き込んで、またLINEで返します。
Photo: TEAM TECTURE MAG
だから、Vectorworksの画面からそのまま送れる機能があるといいですよね。
今はいったんVectorworksの図面はPDFなどに出して、そのファイルを別のソフトや送信ツールに載せます。それがVectorworksの画面からそのままポンとLINEに飛ばすとか、メッセンジャーに載せるとかできると便利になると思うんですよね。
図面を描くのは、1人で行う静的な作業です。でも今はコミュニケーションや動的な作業が増えてきていると思うので、そうしたアクションが加わると、より使いやすそうです。
コミュニケーションツールとしての活用にソフトの未来があると、谷尻氏はみる。
パースなどの資料にも書き込みながらスタッフに指示を与えていく
そして、谷尻氏はプレゼン資料のレイアウトや見え方には特に注意を払っているという。
これもコミュニケーションの一部といえるだろう。
谷尻:「できるだけ美しいものを用意する」ということは、スタッフといつも話していますね。写真やパースのレイアウトとか文字のフォント、余白のつくり方も大事にしています。
結局、人は美しいものに引っ張られると思うんですよね。プレゼンは本当は確認できればいいだけのものとは思うんですけど、プレゼンしたときに美しいもののほうがプロジェクトにドライブがかかってくると思うんです。
(2021.11.18 〈社食堂〉にて)
【SUPPOSE DESIGN OFFICEの主な使用ソフト】
・Vectorworks
・SketchUp Pro
・Photoshop
・Illustrator
・V-Ray
・Enscape
・D5 Render
・AutoCAD