
一般社団法人日本建築学会は、2025年の日本建築学会賞の各賞(大賞・教育賞・著作賞・作品選奨・奨励賞・作品選集新人賞・文化賞など)を4月21日に発表しました。
“近年中、主として国内に竣工した建築の設計(庭園・インテリア,その他を含む)であって、技術・芸術の進歩に寄与する優れた作品”に贈られる作品部門では、学会賞選考委員会による現地調査を経て、伊藤博之建築設計事務所による〈天神町place〉と、日建設計による〈高槻城公園芸術文化劇場)の2作品が受賞しています。
『TECTURE MAG』では、受賞者から提供された設計コンセプトと内外観の竣工画像をもとに、受賞作品について詳しく紹介します(掲載順は日本建築学会ウェブサイト「2025年各賞受賞者」発表ページに準じる。設計コンセプトのテキストは受賞者提供)。
受賞者
伊藤博之(伊藤博之建築設計事務所代表、工学院大学教授)
天神町place 鳥瞰 撮影:西川公朗
天神町place 撮影:西川公朗
ビルの隙間と中庭の暗さ
敷地は湯島天神の参道沿い、本郷台地の縁に位置している。周辺に建ち並んでいたホテルは、近年そのほとんどが高層集合住宅に建て替わり、まちは急速にその性格を変えつつある。この建物も同様の用途変更のため、既存改修案や最大容積案などとの比較の中で計画された。
旗竿形状であるうえ、三方を高層建物に囲まれて敷地内の日当たりは期待できない。さまざまな配置を検討した末、中庭を包みながら薄い板を折り曲げたようなボリュームとすることで、各住戸は周囲のビルの隙間と中庭の両方から、光や風、視線の抜けを得られると考えた。その中庭は細長く、模型では井戸の底のように暗かったが、何とか人がいる場所にしたいと考えた。
天神町place 撮影:西川公朗
天神町place 撮影:西川公朗
天神町place 撮影:西川公朗
廊下 / 横穴 / テクスチャ
少しでも光を感じられるよう、以下の3つを行った。
まず、なるべく影をつくらないよう吹抜の輪郭に沿う廊下を減らした。廊下は、その先の住戸をメゾネットにすることで2層おきになっている。次に、吹抜に面して横穴を開け、共用部や住戸のバルコニーとして用いた。バルコニーと住戸の前後関係や住戸の規模の違いで、吹抜まわりのさまざまな位置から光と風を入れるようにしている。最後に、微かな光も感じられるよう、高さ30mの壁に相応の凹凸と幅のあるテクスチャを与えた。実際にはサンブスギの溝腐れ病の被害木を含む、建材としては使えない材を型枠に用いて、直線的でありながらも不規則な表情を目指した。
天神町place 撮影:西川公朗
天神町place 撮影:西川公朗
天神町place 撮影:西川公朗
天神町place 撮影:西川公朗
天神町place 撮影:西川公朗
天神町place 撮影:西川公朗
構造体による人の居場所と互いの距離感
中高層建物において、空間に比べて大きくなってしまう構造体をどのように扱うか、これまでも様々な模索を続けてきた。この建物では、中庭まわりの柱梁の奥行を使って、机やベンチ、カウンターや収納など人の居場所や行為の起点となる造作をリニアに配置し、住戸のなかに仕事場も含むさまざまなシーンを共存させようとしている。この造作の奥行きは室内に光を効果的に拡散するだけでなく、住民同士が窓から中庭を挟んで互いに気配を感じながらも、その適切な距離感を作り出す。
天神町place 撮影:西川公朗
天神町place 撮影:西川公朗
<吹抜け>を<中庭>に
一般的に私たちが<中庭>を、特に人が集う場所としてイメージするとき、それは低層かつ適度な縦横比で十分な明るさのあるものである。一方で、高層マンションに見られる廊下に囲まれた<吹抜け>は人の経験や生活とは無関係なただの暗い空隙である。この計画は、あの<吹抜け>を、人にとって意味のあるものできないかという問いである。あるいはそのプロセスは<吹抜け>を<中庭>にできないかという試行錯誤の連続だった。人のいる状況を作るために、そこに面した部屋をコワーキングにするなどのプログラム提案も行ったが、運営の問題や周辺の過渡的な状況から見送らざるを得なかった。そこで我々としては、中庭のなるべく多様な使い方を将来に担保しながら、まずは暗いなかでも一人ずつが居たくなる場所にする建築のデザインに注力すべきと考えた。そういう場所なら、むしろプログラムを介さずとも、誰かと共にいることができるのではないか。
住み手が共有する建築の特徴
明るい中庭の代わりにイメージしたのは、修道院跡に見られる教会堂の廃墟のようなものだった。その役割を終えても人々がそこを目指し、留まりたいと思うのは、朽ちても残る空間の奥行や光の効果によるところが大きい。もちろん計画と特定の宗教は全く関係がないが、人間をはるかに超える大きさや、移り変わる光に個々に向き合う場所が住戸の集合として生まれ、それを住民が日常の傍に共有することに可能性を感じた。
〈三組坂flat〉(2019年)のグリッドや〈GURURI〉(2016年)の外周通路など、建築の大きな特長を住み手が共有することで、それぞれ1人でいながらも共にいると感じられる状況を、我々は様々なかたちで目指してきた。それがこの計画では、中庭という視覚的にも分かりやすい姿で実現されたと言える。
周囲が無風でもこの建物のバルコニーでは微かな風を感じるという声をよく聞く。吹抜の重力換気かもしれないし、普段感じにくいビルの隙間の、台地を吹き降ろす風が体験されているのかもしれない。いずれにしても高密度な中で、光と風を求めた結果が体験されることをうれしく思う。(いとう ひろゆき)
天神町place 平面詳細図(3F)
天神町place 断面詳細図
天神町place 断面詳細図
天神町place 撮影:西川公朗
天神町place 撮影:西川公朗
DATE
設計・監理:伊藤博之建築設計事務所(担当:伊藤博之、上原絢子、伊藤 愛)
構造設計:多田脩二構造設計事務所
設備設計:テーテンス事務所、EOS Plus
植栽:長濱香代子園庭設計
施工:サンユー建設
所在地:東京都文京区
⽤途:共同住宅(35⼾)
規模:地上8階+地下1階
構造:RC造
敷地面積:782.21m²
延床面積:2448.55m²
竣工:2023年3月
受賞者:
江副敏史(日建設計 設計監理部門デザインフェロー)
多喜 茂(日建設計 設計審査グループアソシエイト)
髙畑貴良志(日建設計 設計グループ兼テックデザイングループDDL)
撮影:伊藤 彰(aifoto)
撮影:伊藤 彰(aifoto)
プロジェクト概要:かつての高槻城跡に建つ、市民芸術文化劇場[*註1]である。市民に開かれた公共空間をつくるため、「回遊性のある、公園と一体となった劇場」をキーワードとして設計した。規模や機能の異なる3つのホールと10室のスタジオ[*註2]を、それぞれに「すきま」を設けた分散配置とした。園内を散策するかのように自由に施設に出入りのできる、光と緑あふれる開放的な空間となっている。内外装には、周辺の木立に溶け込むことをイメージして、大阪府産の木ルーバーを張り巡らせている。
*註1.1964年竣工の高槻市立市民会館建て替え基本構想に基づくプロジェクト。1992年開館の既存の文化ホール(レセプションルーム、展示室、中ホールが付帯)は北館に改称され、本稿で紹介する2023年3月竣工の本館は南館として一体運営されている
*註2.3つのホール:大阪府北部・北摂最大の客席数を有するトリシマホール(大ホール、1505席)、緑の見えるコンサートホールである太陽ファルマテックホール(小ホール、205席)、本格的な演劇・ダンス公演に最適なサンユレックホール(大スタジオ)のほか、日常利用できる10部屋のスタジオなど多様なニーズに対応する施設を備える(高槻市2025年4月21日プレスリリースより)
鳥瞰 撮影:伊藤 彰(aifoto)
大阪の森の木を纏った文化芸術の杜をつくる
設計を開始した2015年春、敷地を訪れるとそこには歴史と自然が共存し、時間をかけて育まれた土地の力を感じた。かつての高槻城跡であり、歴史と公園の緑とが共生するこの地に、風景としてまちと溶け込み調和する劇場のあり方を模索した。設計の手掛かりになったのが高槻の北に位置する北摂の山々であった。古くからまちを見守り、成長を支えてきた大地の力をこの場所に宿したいという想いから、北摂山系の山の木を使い、城下町の風情や高槻の森の自然を想起させる、木の外装を纏った劇場をこの場所につくることを目指した。
撮影:伊藤 彰(aifoto)
撮影:伊藤 彰(aifoto)
撮影:伊藤 彰(aifoto)
ポーラスな「すき間」が公園と一体となった公共空間をつくる
市民に開かれた公共空間をつくるため、「回遊性のある、公園と一体となった劇場」をキーワードとして設計した3つのホールと 10室のスタジオを、それぞれ分節して「すき間」を設けて計画することで、園内を散策するかのように自由に施設に出入りできる、光と緑があふれる開放的な空間となった。
大・小ホールと 10室のスタジオ同士の遮音性能の確保も重要テーマであったが、分節して「すき間」を設けてホール・スタジオ各室を配置することで、結果としてそれぞれの室が直接隣接せずに独立した平面配置となった。結果としてそれぞれの諸室やその間の通路が遮音的なバッファーゾーンとなり、機能上必要な遮音性能を合理的に確保することにつながった。
ポーラスな「すき間」に計画した中庭と、ひだ状に外皮を縫うように張り巡らされた木ルーバーとが平面的に広がることで、森の中を散策しているかのような光と緑あふれる内部空間と外部空間が生まれた。
大ホール 撮影:伊藤 彰(aifoto)
大ホールの座席数は北摂では最大となる1,505席(高槻市2025年4月21日プレスリリースより) 撮影:伊藤 彰(aifoto)
小ホール 撮影:伊藤 彰(aifoto)
大スタジオ 撮影:伊藤 彰(aifoto)
山主・木材加工の匠・施工者・設計者が知恵を絞り木材と向き合う
昨今、様々な形で建築における木材利用促進が進んでいるが、本当に持続可能な形で木材を使うことは簡単ではない。大阪府森林組合の年間木材生産量は約設1,600㎥であり、設計当時は、オリンピック競技場などの建設工事が多く、大阪の山からも、多くの木材が、東京などの主要都市に供給されていた。本プロジェクトの大命題は「森の保全と林業の発展」であり森に負担をかけてまで大きな木造建築を作ることが目的ではなかった。昨今の中大規模の木造建築の建設では数千㎥の木材を使用することが、過去の実績からわかっていたため、本プロジェクトでは木造建築とは一味違う木材利用の在り方として仕上げ材での木材の活用を考えた。
地元の森の命を大切につかいたいという想いから 山主とのヒアリングを繰り返し実施した。その結果大阪府の年間供給量に対して負荷を可能な限り小さくした最適な数量として、約350m²の木材を工期3年のプロジェクトの初期段階から準備した。
山から切り出した木材を、余すことなく使い切ることを目指した。そのため部材サイズは、大阪府内の山々から入手しやすい丸太の太さに見合う寸法に最適化を図り、丸太から切り出した部材ごとの特性に合わせて適材適所で使い分けた。 不燃加工が必要となる内部の木材には不燃材の含侵性の高い白太を活用し、赤太は元々対候性に優れていることから外装材で使用した。仕上げ材としては活用しづらい芯材は大ホール内装の木キューブとして活用することで、極力無駄が発生しないように工夫し、木に包まれた森のような劇場をつくった。(以上、テキストは日建設計寄稿)
大ホール 内装の木キューブ 撮影:伊藤 彰(aifoto)
小ホール 内装 撮影:伊藤 彰(aifoto)
撮影:伊藤 彰(aifoto)
撮影:伊藤 彰(aifoto)
撮影:伊藤 彰(aifoto)
撮影:伊藤 彰(aifoto)
1F 平面図(図面提供:日建設計)
B1F 平面図(図面提供:日建設計)
断面図(図面提供:日建設計)
立面図(図面提供:日建設計)
撮影:伊藤 彰(aifoto)
DATE
建築主:高槻市
設計・監理:日建設計
構造設計:日建設計
施工:大林組
設計協力:永田音響設計
所在地:大阪府高槻市野見町
⽤途:文化施設
規模:地上3階+地下2階+塔屋3階
構造:鉄筋コンクリート造、鉄骨鉄筋コンクリート造、鉄骨造
敷地面積:19,075.80m²
延床面積:17,261.65m²
竣工:2022年8月
開館:2023年3月18日
高槻城公園芸術文化劇場 ウェブサイト
https://www.takatsuki-bsj.jp/tat/
作品部会での選考経過、選出および贈賞理由は日本建築学会ウェブサイトの各賞発表ページを参照してください。
日本建築学会「2025年各賞受賞者」発表ページ
https://www.aij.or.jp/2025/2025prize.html
2025年 日本建築学会賞(作品)受賞者記念講演会「作品を語る」7/8開催、〈天神町place〉と〈高槻城公園芸術文化劇場〉の設計者が登壇、建築会館ホールからのライブ配信あり