イタリア・ミラノにおける春の恒例イベント・世界最大規模の国際家具見本市「ミラノサローネ(サローネ・デル・モビレ・ミラノ / Salone del Mobile.Milano)」の開催にあわせて、ミラノ市内の各所でもデザイン・アートの展示イベント「フオリサローネ(Fuorisalone)」が先ごろ開催された(この2つのビッグイベントをあわせて「ミラノデザインウィーク」と総称されている)。
サローネの開催期間中、イタリアを代表する建築家のひとり、ミケーレ・デ・ルッキ氏(Michele De Lucchi|1951-)が主宰する建築スタジオ・AMDL CIRCLEにおいて、日本人建築家・藤本壮介氏(Sou Fujimoto|1971-)とコラボレーションした特別な作品展示「LEAVEITBE」[*1]が完全予約制で開催された。
期間:2024年4月15日(月)〜20日(土) ※15日は関係者限定、全日程で完全予約制
会場:AMDL CIRCLE
所在地:Via Varese, 15 20121 Milan, Italy(Google Map)
参加作家:ミケーレ・デ・ルッキ、藤本壮介
製作協力:Produzione Privata(デ・ルッキ作品)、カンディハウス(藤本作品)
『TECTURE MAG』では、会場を訪れたフリーランスの守田美奈子氏に取材を依頼。同氏よる寄稿「Positive Emptiness」と撮影画像で会場の様子を伝える。
恒例の第62回ミラノサローネが4月16日から21日までミラノ郊外のロー・フィエラで開催される一方で、ミラノの街はフオリサローネ(サローネ会場の外で展開されるという意味)と呼ばれる新作家具の発表会や展覧会に列をなす人々で溢れかえっていた。地元のジャーナリストによると、かつてはインテリアのメーカー、デザイナー、ジャーナリストが各国から集まりビジネスの場であったのが、近年はエンターテイメントのようなお祭り騒ぎに化しているとの懸念の声もあがっている。
そんな中、いわゆるサローネの関連イベントとは少し距離を置いたかたちで、建築家ミケーレ・デ・ルッキ氏のミラノ市内の事務所でデ・ルッキ氏と建築家の藤本壮介氏の「LEAVEITBE(そのままで)」と題したインスタレーションにあわせて、4月17日に英語によるトークショーが開催された。
かつて藤本氏が設計した群馬・前橋の〈白井屋ホテル〉の館内に、デ・ルッキ氏が客室[*2]をデザインすることになった折に、藤本氏がミラノの事務所を訪ねて以来、2人の交流はさまざまな場面で続いているという。
https://micheledelucchi.substack.com/p/leaveitbe-salone-del-mobile-milano
今回のインスタレーション「LEAVEITBE」では、デ・ルッキ氏は自身のブランド、Produzione Privataの職人たちがつくった、”LEAVEITBE”を刻印したレンガを円状に床に並べ、藤本氏は自身の故郷である旭川市に拠点のある家具メーカー、カンディハウスの家具で使用されている北海道産材のナラ、タモ、ニレの端材を、タモの無垢材でつくった3方留めの2畳結界の枠の中に円を描くように吊り下げたインスタレーションを展示した。
会場を訪れたカンディハウスの藤田哲也会長に現地で話を聞くと、デ・ルッキ氏は縁あって2024年1月に雪深い旭川の同社工場と森を訪れており、それを機に今回の特別展示に発展したとのこと。北海道のあまりの寒さやデ・ルッキ氏の並々ならぬ自然への敬愛もあったのか、現地の森で木を抱きしめていた姿が印象に残っているという。
それぞれ平面と立体という異なる作品ではあるが、共通しているのは円状であること。奇しくも両氏は2022年7月に兵庫・神戸で行われた対談[*3]において、デ・ルッキ氏が手がける六甲山サイレンスリゾートと、藤本氏が会場デザインプロデューサーを務める2025年日本国際博覧会(大阪・関西万博)のシンボルとなる大屋根が、どちらも円の形状であることに2人は共鳴していた。
会場で開催されたトークイベントの冒頭、デ・ルッキ氏は、今回の展示は何かのプロジェクトを示すものでもなく、また確固たるプロダクトを披露するのでもなく、とても象徴的なものであると話した。レンガを積み重ねずとも円を描くことで空間をつくることができ、その空間はみんなのものであると。また、円の中心から円周への距離は全て同じであり、それは人々が共に生き、異なる文化の多様性も内包するものだと語った。
藤本氏は、禅にも通ずる日本の文化に根ざす「Positive Emptiness」をあげ、明らかな境界線を設けるが、それは一方で新たな関係性を構築し、開かれていることを意味すると話した。境界があることは一瞬セットバックし、物理的に距離を置くことになるが、一方で精神的には誰しもがその中に入ることができるポジティブなからっぽな場を設けることにもつながる。
この「Positive Emptiness」という言葉を2人の建築家は何度ともなく繰り返し使っていた。
両氏に共通するのは、自然への畏敬の念である。最終的には自然にゆだね、人が介入する範囲を超えた次元でものごとを捉える心のゆたかさを持つことが大切であるとも聞こえた。レンガも木材もいつかは自然に帰っていく。かつてデ・ルッキ氏は、太陽の日差しや風の強さは時としてうとましく感じられるが、人は不快に思うことにも美を見い出し、わたしたちが自然の一部であることを理解し、自然との共生を重んじることが大切であると語っていた。今回、伊日2人の建築家が建物について語るのではなく、自然との関係性について穏やかに会話を交わしていることが、円状に配置された椅子に座って耳を傾けていた来場者にも深く響いていたようだ。[了]
デザイナー プロフィール
ミケーレ・デ・ルッキ(Michele De Lucchi)プロフィール
イタリア、フェラーラ⽣まれ。イタリアを代表する建築家。1970年代以降、前衛的な建築とデザインを手がける主要な存在として活動を続けている。イタリアをはじめやヨーロッパの最も有名な企業のために家具をデザインすると共に、イタリア国内外において産業デザインから文化的ランドマークに至る建築プロジェクトを実現している。AMDL CIRCLE の創設者であり、思想家と革新者からなる多彩なグループの一員でもある。2018年以降、AMDL CIRCLEは、技術開発と人道主義の原則を組み合わせた未来を共有する建築である「Earth Stations」をテーマに掲げている。藤本壮介(ふじもと そうすけ)プロフィール
1971年北海道生まれ。東京大学工学部建築学科卒業後、2000年藤本壮介建築設計事務所を設立。2014年フランス・モンペリエ国際設計競技最優秀賞(L’Arbre Blanc)に続き、2015、2017、2018年にもヨーロッパ各国の国際設計競技にて最優秀賞を受賞。国内では、2025年日本国際博覧会の会場デザインプロデューサーに就任。2021年には飛騨市のCo-Innovation University(仮称)キャンパスの設計者に選定される。
主な作品に、ブダペストのHouse of Music(2021年)、マルホンまきあーとテラス石巻市複合文化施設(2021年)、白井屋ホテル(2020年)、L’Arbre Blanc(2019年)、ロンドンのSerpentine Gallery Pavilion2013(2013年)、House NA(2011年)、武蔵野美術大学 美術館・図書館(2010年)、House N(2008年)などがある。
文中注釈解説
[*1]LEAVEITBE:ロシア出身のドキュメンタリー映画監督、ヴィクトル・コサコフスキー(Viktor Kossakovsky|1961-)氏が考えた言葉である。2024年ベルリナーレ(ベルリン国際映画祭)に出品した「Architecton」にミケーレ・デ・ルッキ氏が登場し、建築と自然との関係性を問うもので、2人は人類の記念碑を考えた。自然にあらがわず、人間のシステムにあてはめることなく、シンプルに円を描くことで、その場が時の流れと共に、人の意志とは無関係に記念碑として存続することを意味している。
[*2]白井屋ホテル 客室「ミケーレ・デ・ルッキ ルーム」
[*3]2022年7月に兵庫・神戸で行われた対談:神戸市のデザイン・クリエイティブセンター神戸(KIITO)で開催された展覧会「EARTH STATIONS by AMDL CIRCLE ミケーレ・デ・ルッキと未来を共有する建築」関連イベント
「EARTH STATIONS by AMDL CIRCLE ミケーレ・デ・ルッキと未来を共有する建築」待望の開催! ミケーレと藤本壮介との対談イベントも7/18決定!
※本稿のテキスト(および注釈1の解説)の執筆と、特記なき画像の撮影は全て、守田美奈子氏の現地取材による
Special thanks to: Michele De Lucchi & AMDL CIRCLE, Produzione Privata, Sou Fujimoto & Sou Fujimoto Architects, CondeHouse, Minako Morita