東京・乃木坂にあるTOTOギャラリー・間にて、建築家の吉村靖孝(よしむら やすたか)氏による展覧会「吉村靖孝展 マンガアーキテクチャ――建築家の不在」が開催されています。
吉村氏は1972年愛知県生まれ。早稲田大学では建築家の古谷誠章氏(ふるや のぶあき|1955年-)に師事。文化庁派遣芸術家在外研修員としてオランダのMVRDV[*1]に在籍(1999-2001年)。帰国後の2005年吉村靖孝建築設計事務所を設立し、現在に至ります(プロフィール詳細は後述)。現在は母校の早稲田大学で教授を務めています(本展では、吉村研の学生たちが大きく貢献しています)。
『TECTURE MAG』では、1月15日に開催されたプレスカンファレンスを取材、本展覧会をレポートします。
「吉村靖孝展 マンガアーキテクチャ――建築家の不在」ポスター
本展でまず目を惹くのは、TOTOギャラリー・間(以下、ギャラ間と略)の会場入り口に掲示された展覧会ポスターです。建築写真でも模型でもなく、まさしく漫画の1ページで、7つのコマ割りは、本展に参加した7人の漫画家がそれぞれ描いたものです。
そして、過去のギャラ間の展覧会ではスタディ模型などが展開することが多い最初のフロア(3FのGALLERY 1)では、7人の作家が描いた漫画作品を中心に構成され、壁側の展示台では、大判で印刷されたそれぞれの作品が閲覧できるようになっています(漫画作品の接写は不可)。
3階 GALLERY 1 会場風景 Photo: TEAM TECTURE MAG
7人の漫画家に対しては、吉村氏からテーマとして各個に1つの建築作品がテーマとして提示され、「建築の形を変えても、壊してもいい」という自由な条件下で制作してもらっているとのこと。
展覧会の一部の表現を他者に委ね、それが漫画家という建築領域とは異なるクリエイターであるという、ギャラ間としても初の試みとなる本展は、吉村氏がMVRDV[*1]在籍中に、建築家の作家性について考え始めたこと、そして今からちょうど2年前、ギャラ間が吉村氏に展覧会の依頼をしようとした矢先に、吉村氏が脳出血を発症、今も後遺症と格闘している中で、建築家が”不在”のまま進めても成立する展覧会であることが本展の大きなテーマの1つとなりました。
7つの建築作品と参加作家
※表記:建築作品名に続いて、『二重鉤括弧』の漫画作品名と作家名
1.Nowhere but Sajima 『Nowhere Man』by コルシカ
2.Red Light Yokohama 『緑の光線』by 川勝徳重
3.窓の家 『たまてばこ』by 德永 葵
4.フクマスペース 『MONSTRO』by 三池画丈
5.ホームトゥーゴー#001 『泡になるまで』by 宇曽川正和
6.滝ヶ原チキンビレジ 『アコとマックス』by メグマイルランド
7.VERTIPORT 『VERTIPORT』by 座二郎Nowhere but Sajima ©Yasutaka Yoshimura(神奈川県、2008年)
Red Light Yokohama ©Yasutaka Yoshimura(神奈川県、2010年)
窓の家 ©Yasutaka Yoshimura(神奈川県、2014年)
フクマスベース ©Yasutaka Yoshimura(千葉県、2016年)
ホームトゥーゴー#001 ©Yasutaka Yoshimura(2019年)
滝ヶ原チキンビレジ ©Yasutaka Yoshimura(石川県、2021年)
VERTIPORT(イメージ)©吉村靖孝建築設計事務(進行中)
展覧会コンセプト
マンガアーキテクチャ――建築家の不在
1990年代の終わりに大学院を休学して、MVRDV[*1]という設計事務所で働きはじめたとき、彼らがつくる模型がOMA[*2]の模型と似すぎていて驚いたのだが、のちにそれは同じ模型屋の仕事と知り、二度驚いた。模型をつくることが建築家の仕事ではなくなっていることにも、はたまた違う建築家同士が模型のテイストを共有しうることにも驚いたのである。
もはや模型は、建築家を表現するものとは言い切れなくなった。自らの手で図面を引く建築家も今では稀だろう。建築家の作家性というときの「作家性」とはいったい何なのだろうか?
そこでTOTOギャラリー・間での展覧会という、まさに作家の自己表現が問われる舞台で、あえて作家性を消してみることにした。今回注目したのは、模型でも図面でもなく「漫画」というメディアだ。僕が設計した7つのプロジェクトをとりあげ、7人の漫画家に依頼してそれぞれ建築から発想される世界を描いてもらった。
実は僕は2年前に脳出血を発症し、今も後遺症と格闘しているのだが、その病気が治癒する期間とTOTOギャラリー・間の展覧会をつくりあげる期間がぴったり重なってしまったことも、この展示案を後押ししたと言えるだろう。創意を尽くして描かれた漫画が建築家の想像を軽々と超えていくさまを、ぜひとも体験していただきたい。(文・吉村靖孝)
*1:オランダのロッテルダムを拠点とする建築家集団。1991年に設立された。3名のボスが居るが、そのうち2名はOMA出身
*2:オランダのレム・コールハースらによって1975年に設立された建築設計事務所
『Nowhere Man』by コルシカ
『緑の光線』by 川勝徳重
7作品中、唯一のカラー作品
『たまてばこ』by 德永 葵
『MONSTRO』by 三池画丈
『泡になるまで』by 宇曽川正和
『アコとマックス』by メグマイルランド
『VERTIPORT』by 座二郎
3階フロアの中央部には、生み出された7つの漫画作品を受けて、紙に描かれた漫画作品を立体化するなどして再構築したもので構成されています。
3階 GALLERY 1 会場風景 Photo: TEAM TECTURE MAG
2010年の代表作〈Red Light Yokohama〉で企図した視覚効果について解説する吉村氏 Photo: TEAM TECTURE MAG
「三方を緑(グリーン)で囲まれたこの中に入り、30秒くらい見たあと、外に出ると、色の残効(捕色の残像効果)によって、色相環で補色の関係にある色(赤)が知覚され、世界がピンクがかって見えます」
手前:「ゆがむ窓の家」と題した展示:。徳永氏の漫画「たまてばこ」について、吉村氏は「期待通り、〈窓の家〉の形状を可愛らしく大胆な筆致で揺らがせてくれた。それを再立体化すべく、飛び出すグリーティングカードのような不安定な形状のモデルをつくった。漫画の立体化であると同時に、ひとりの漫画家が建築を見て感じ取ったものの立体的な素描とも言えるかもしれない。」(展示解説より)
大学建築学科の後輩でもある座二郎氏の作品展示について解説する吉村氏 Photo: TEAM TECTURE MAG
「座二部による〈VERTIPORT〉に関しては、手書き原稿をそのまま展示するのが最適だと思った。彼の作品では、原構そのものが建築のようにつくられているからである。背景のべタ塗りは紙を切り抜いて裏から貼られていたり、スキャン後にPhotoshopで編集することを前提にした表現になっていたり、建築機型のようにつくられているのが興味深い。ぜひ裏面までくまなく眺めて見てほしい。」(展示解説より)
本展のために吉村氏が読んだ書籍の棚(場内にて閲覧可) Photo: TEAM TECTURE MAG
中庭展示:スケールフィギュアの庭 Photo: TEAM TECTURE MAG
吉村氏の学生時代から現在に至る提案および作品の中から集めた「スケールフィギュア」を”原寸大”にしたもの。「漫画作品のフロアと、建築模型や図面を展示した4階のフロアのあいだをつなぐ展示」(吉村氏談)
4階のGALLERY 2は、漫画の元となった建築・プロジェクトの詳細がわかる展示です。漫画作品の通番・1から7の配置は、下階とほぼ同じで、吉村氏曰く「床から立ち上がっているようなイメージ」とのこと。下階では漫画作品の閲覧コーナーだったところには、プロジェクトの図面を展示。展示台は、本展ポスターのコマ割りと符合しています。
4階 GALLERY 2 会場風景 Photo: TEAM TECTURE MAG
今回の展示で建築写真がないことについて、吉村氏は「進行中のプロジェクトもあるので、実際に建っているものとの展示の差をなくしたかった」と質疑応答の場で語った
〈窓の家〉模型 Photo: TEAM TECTURE MAG
手前:ホームトゥーゴーの模型 / 右奥:コンテナを用いた”空飛ぶクルマ”のための空港「VERTIPORT」模型 Photo: TEAM TECTURE MAG
〈滝ヶ原チキンビレジ〉模型 Photo: TEAM TECTURE MAG
イデー(IDÉE)の創始者である黒崎輝男氏が石川県小松市内に開いた〈Takigahara Farm〉に設けられた鶏小屋を吉村氏が設計した
〈フクマスベース〉において企図された「一筆書きの動線」を確認できる模型 Photo: TEAM TECTURE MAG
この模型は当時のものだが、そのほかの展示では本展のために制作された模型もあるとのこと
〈Nowhere but Sajima〉模型ほか会場風景 Photo: TEAM TECTURE MAG
4階 GALLERY 2 / 吉村研が取り組んでいる「半動産建築年表」の展示。可動産(車両など)と不動産(一般的な建築物)の間を意味する造語 Photo: TEAM TECTURE MAG
3階 GALLERY 1 / 吉村研が作成した漫画建築史年表(建築史で起こった絵画的なできごと、漫画史、あるいは絵画史で起こった建築的なできごとを抜き出して一覧にしたもの) Photo: TEAM TECTURE MAG
TOTOギャラリー・間 筏 久美子氏コメント
この展覧会および書籍の準備は、吉村さんが病を得て、回復していく期間と重なっていました。どのような展覧会が可能なのかを共に考え、約2年にわたり伴走してきました。MANGA(漫画)というアイデアは、吉村研の学生さんたちから出てきたと聞いています。展示作品や設営の多くを学生たちが担い、3階に展示されている漫画も同様に、他者に表現を委ねるということで本展は成立しています。
元より、吉村さんは、社会に対して建築をいかに開くべきか、建築が社会の中にどのような仕組みで組み込まれたらより良い社会の基盤となるのかを長年にわたり考え続けてきた建築家です。4階の展示でも触れられているクリエイティブ・コモンズ[*3]という考え方も、今でこそ一般的になりましたが、吉村さんが提唱し始めた15年ほど前は、建築業界では1歩先をゆくような革新的な考え方でした。それでは、その次にありうるべき世界とは何なのか? それが、本展では漫画作品を通して提示されています。吉村さんの建築から触発され、生み出された物語は、それぞれが、これからありうるべき未来を図示しているのかもしれません。7つの漫画作品は、本展にあわせて刊行した書籍『MANGARCHITECTURE(マンガアーキテクチャ) 建築家の不在』にすべて収録されていますが、ハンドサイズの書籍のページを繰るのとはまた違う、3階の展示、見開きA2サイズで印刷された漫画作品を開いていくと、新たな気づきがあるのではないかと思います。(2025年1月15日 プレスカンファレンスでの冒頭挨拶をもとに、『TECTURE MAG』編集部にて一部を追補して要約)*3.クリエイティブ・コモンズ(CC: Creative Commons):著作権の保有者がその著作物を他人が利用することを(条件付きで)許可する仕組み。例えば森美術館では来場者による展覧会場および展示作品の撮影をCCのライセンス化で許可している。吉村氏は2010年に都内にて「CCハウス〜建築のクリエイティブ・コモンズ」展を企画、開催している
TOTO出版 新刊『MANGARCHITECTURE 建築家の不在』の装丁は、〈Red Light Yokohama〉での視覚効果を表現したカラーリングとなっている / ブックデザイン:REFLECTA, Inc.(邵琪+岡﨑真理子) Photo: TEAM TECTURE MAG
オープンした本展をみて、吉村氏は「7つの漫画作品は、僕の想像を超えたもので、とてもクリエイティブな読み取り方をしてくれた」と参加作家陣にあらためて謝意を述べた
吉村靖孝(よしむら やすたか)プロフィール
建築家
1972年愛知県豊田市生まれ。1995年早稲田大学理工学部建築学科卒業、1997年同大学院修士課程修了。1999-2001年文化庁派遣芸術家
在外研修員としてオランダのMVRDVに在籍。2005年吉村靖孝建築設計事務所を設立。
2013-2018年明治大学特任教授。現在、早稲田大学教授。吉村靖孝氏 近影
これまでの主な受賞に、吉岡賞(2006年)、アジアデザイン賞(2009年)、グッドデザイン賞特別賞(2010年)、住宅建築賞金賞(2010年)、JCDデザインアワード大賞(2011年)、日本建築学会作品選奨(2011、2014、2018年)、AP賞(2014年)、WADA賞(2016年)、日本建築設計学会賞大賞(2018年)など、多数。
主な著作に『超合法建築図鑑』(2006年 彰国社)、『EX-CONTAINER』(2008年 グラフィック社)、『ビヘイヴィアとプロトコル』(2012年 LIXIL出版)などがある。YASUTAKA YOSHIMURA ARCHITECTS Website
https://www.yasutakayoshimura.com/
タイトル英語表記:Yasutaka Yoshimura: MANGARCHITECTURE――Absence of an Architect
会期:2025年1月16日(木)~3月23日(日)
開館時間:11:00-18:00
休館日:月曜・祝日(但し、2月23日[日・祝]は開館)
入場料:無料
会場:TOTOギャラリー・間
所在地:東京都港区南青山1-24-3 TOTO乃木坂ビル3F(Google Map)
電話番号:03-3402-1010
主催:TOTOギャラリー・間
企画:TOTOギャラリー・間運営委員会(特別顧問:安藤忠雄、委員:貝島桃代、平田晃久、セン・クアン、田根 剛)
後援:一般社団法人東京建築士会、一般社団法人東京都建築士事務所協会、公益社団法人日本建築家協会関東甲信越支部、一般社団法人日本建築学会関東支部
協力:早稲田大学吉村靖孝研究室、宇曽川正和、川勝徳重、コルシカ、座二郎、德永 葵、三池画丈、メグマイルランド、REFLECTA,Inc.(邵琪+岡崎真理子)、アラン・グリースン
協働:林琢真デザイン事務所(告知グラフィックデザイン)/ シリウスライティングオフィス(照明コンサルタント)/ マパルスカンパニーリミテッド(会場施工)
吉村靖孝 講演会「『建築家の不在』とは何か?」
日時:2025年2月21日(金)
会場:イイノホール
申込受付締切:2025年2月9日(日)
※応募者多数の場合は抽選、2月14日(金)までに結果を応募者に通知
https://jp.toto.com/gallerma/ex250116/sympsm.htm
トーク+ギャラリーツアー「二次元ケンチク、三次元ケンチク、四次元ケンチク」
日時:2025年2月8日(土) 14:00-16:00
ナビゲーター:吉村靖孝
ゲスト:中山英之(建築家)、座二郎(建築家兼漫画家)
※申し込み不要、参加無料
※上記のほか、本展会期中、館長ツアー・ディレクター・スタッフによるガイドツアーを不定期で開催(日時など詳細はTOTOギャラリー・間 ウェブサイトを参照)
TOTOギャラリー・間 ウェブサイト
https://jp.toto.com/gallerma
#TOTO ギャラリー・間 YouTube:展覧会メイキング映像 / 予告編「吉村靖孝展 マンガアーキテクチャ――建築家の不在」(2025/01/07)
Photographs by Jun Kato & Naoko Endo / TEAM TECTURE MAG
texted by Naoko Endo