ヒュッゲ(ヒュゲ・Hygge)は心のありよう、精神の状態を示すと説明された、前回#01のインタビュー。
では、かたちとして現れる家具や照明、また空間は、どのようにヒュッゲ / ヒュゲに貢献することができるのか。
#01に続き、デンマークの設計事務所 Schmidt Hammer Lassen Architects(シュミット・ハマー・ラッセン・アーキテクツ)のアソシエイトパートナーを務める勝目雅裕氏に話を伺った。
デンマークデザインのアプローチからプレゼン戦略、ライフスタイルや働き方にまで及ぶインタビューをご覧ください。
(jk)
■ 照明も家具もヒュッゲ / ヒュゲのためにあるデンマーク・デザイン
── 建築と「ヒュッゲ(ヒュゲ・Hygge)」の直接的な関係を語るのは、確かに難しそうですね。ただ、デンマークの有名な家具などのデザイナーたちは、そういう素地があるからこそ、ヒュゲにつながるいいものをつくられてきたのだろうと感じます。
暖かい光の照明器具も、座り心地のいい家具も、ヒュゲが日常に入り込んでいるからこそ実現されているのだなと。
勝目:照明器具や光に関して言えば、ヒュゲを演出すると考えれば「暗いところと明るいところをきちんとつくる」ということかな、と思います。
シーリングライトをつけて部屋全体を明るくするというよりは、低い位置に光源を置いて、その周りだけを明るくするんです。日本でヒュゲのことが説明されているような、たき火を囲むだとか、キャンドルライトといった発想も、そこから来ているのでしょう。
低い位置をその場だけ照らすことで、心が集中できるような場所をつくるような手法を用いることが多いですね。部屋の中でいえば、あかりは低いところにちょっとあるだけで、あとは暗くする。なにも見えなくていいわけです。そこに自分の心が集中すればいいんですから。
勝目氏のサマーハウスにて Provided by Masahiro Katsume
勝目:日本では、谷崎潤一郎が書いた『陰翳礼讃』ってありますよね。
陰翳礼賛って、空間的にはヒュゲの空間に近いかもしれないなと思うんですよ。要するに、昼間の明るいところで、我々はいろいろエネルギーを交換しているけど、暗いところに入ったら別の自分を染み出させる、みたいなことがありますよね。
その空間のつくりは、非常にヒュゲの感覚に合っていると思います。
明るさと暗さの感覚は、もともと日本も持っていたものだと思うのですが、なんとなく忘れ去られてしまったのかな。別のかたちをして、カラオケになったのかもしれないけど(笑)。
── デンマークの家具などの形状や素材などはどうですか?
勝目:家具にしても、やっぱり長く座ったり話したりするので、心地よいことは大切ですよね。それに加えて、マテリアル的には木なら無垢材といった、素材そのものを使いますね。
もちろんスチールを使うこともありますが、プラスチックやスチールのような基本的には人工の材料だと、「角があって痛いな」と感じたり、なにか邪魔される感覚になるからです。
直感的に、その場にいると「あぁ居心地がいい」と感じることがあるじゃないですか。手を置くところが木だったり、触れる部分が革だったり。そういうものがやっぱりいいんだと思います。
かといって、あちらこちらで使われていると、逆にその効果がなくなってしまいます。椅子や窓枠が木になっているときもそうです。例えば壁全部を木にしちゃうと、木の空間にいるけど、椅子や窓枠が木であることはあまり目立たない。
「そこにある」と思わせることがポイントで、家具で手を置く部分が木になっていれば、あとは部屋の中に木がなくてもいいわけです。そこに暖かそうなものがあるな、と引き寄せられるから。
シュミット・ハマー・ラッセン・アーキテクツのオフィス provided by Masahiro Katsume
── デンマークは名作家具や照明器具も多いですよね。ヤコブセンとかフィン・ユールとか、ウェグナーとか。すっと馴染むような姿が追及されているんでしょうね。
勝目:名作家具と言われるものの中にも、座り心地がそれほどよくないものもあるけど、基本的には心がふっとつながることができる。このことは、とても重要だと思います。
ミースの椅子とかは、カチッとつくってあって、かっこいいですよね。そこに座ってなにか話そうかと思うより、「この家具があってかっこいい」「この椅子を置くと、この空間がしまる」っていうことなんですね。
でも、知的好奇心を刺激してくれるけれど、なかなかエモーショナルなところに届かない。別にどちらが良い悪いと言っているのではないのですよ。デンマークの人はヒュゲのような、心の中に直接入るようなものを求めるという、その違いがあると思います。
■ モノ同士の関係性を見極めてフォーカスする
── 色彩感覚について、デンマークでの傾向はありますか?
勝目:現代のデンマークでいえば、この事務所もそうですが、基調として白が多いですね。
その白い空間の中に対比的に物を設える。事務所の階段もそうですが、手すりが非常にラフで濃い色の素材でつくってあるというのも、「モノ」をはっきり対比させながら見せているからです。
モノの存在は、モノとモノとの相互の関係性で成り立っていますよね。モノ単一では存在しえない。例えば世の中が黒1色であったならば、黒という色は認識しえない、つまり存在しない。2つのモノがあれば、1つの関係性がある。そこに存在がある。
ただ、じゃあ、モノが3つになって数量が50%増えると、関係性はそれぞれのものに関係性が生じるので50%アップではなく300%になる。そうやってモノが増えて関係性が増えたとき、その関係性を一瞬で読み取ろうとすると、たくさんありすぎて、なにがなんだか分からなくなることがあります。
視界に入るものが「大理石もあります、金もあります、高価な木材もあります」となると、「えっと、それは総体として何を表しているのか?」みたいに、スッと入ってこないし、とっさに理解できなくなってしまいます。すとんとエモーションのところまで来ないんですよね。
そのあたりで、単純化をすることがデンマークの人たちはうまいと思います。
歴史的な背景として、北欧自体がそれほど裕福でなく、高価なものをふんだんに使用するということがなかったからかもしれませんが。フォーカスするのが上手ということと、両面あると思うんですよね。
■ デモクラティックな建築を導くアプローチ
── 普段の設計活動で意識されることはありますか?
勝目:最初にも言いましたが、我々は「デモクラティック・アーキテクチャー」といって、そこにいる人が「いい場所だな」と思えるような設計を心がけています。
別の言い方をすると、「Livability(リバビリティ)」という言葉を使います。「Live ability(リブ アビリティ)」とも言いますね。
やっぱり「人のための場所をつくる」ということなんです。
例えばアトリウムをつくって「人が集まれるから、人の場所です」みたいなところで終わってしまうレベルでなくて。人が集まるということは、どういう行為をして、どういうふうにその場所に佇み、なにを感じて、というところのディテールまで詰めていくということです。
我々はそのことにフォーカスをして、すべてをもう1回整理してつくるんです。建築を実現するためには、いろんな前提条件や規則、要求を満たす必要があるわけですが、ともすると対処的にそれらの要件に対応していくうちに、元の視点を忘れがちなんですよね。
要求項目ごとに個別に解決をしてくと結局、総花的なわけが分からないものになってしまう。
おおもとの設計コンセプトを最後までキープできなくなっているということが、往々にして起きているのではないでしょうか。それは、設計にかけられる時間の問題もあるかもしれません、特に日本では。
── 公共施設などで「多目的室」という名前で終わっているスペースとかありますよね。
勝目:そうすると「なにをつくったの?」という話になってしまいますよね。もちろん多目的に使われることはいいんだけど、最初にその空間を置こうとした、おおもとの理由はなんだったのかということに振り返りながら、設計要件の整理を空間要素のヒエラルキーにつないでいく。
我々はこの点に気を付けて、相手に分かりやすい、伝わりやすい、形態に結びつくようなコンセプトをシャープにしていこうと絶えず考えています。結果的に、我々の空間はとても分かりやすい場所ができているんじゃないかな。
■ デンマークの都市と近郊の暮らし
── コペンハーゲンの自然環境はいかがですか。緑などは身近にあるものですか?
勝目:コペンハーゲンは、街の中心部といっても3㎞四方くらいの中にあるくらいの規模です。もちろんその外側に街は広がっているけど、20分もランニングすれば建物のないような緑地というか、ちょっとした森みたいなところにも行けます。街の中に運河が流れていて、海でも泳げます。
街の中心に大きな公園があったり、タワーが建っていたり、19世紀からのアパ-トがある、そんな感じのところです。
コペンハーゲンの中心部 provided by Masahiro Katsume
── だいたい皆さん、コペンハーゲン市内に住んでいらっしゃるんですか?
勝目:若い人と年配者は、わりと街の真ん中の集合住宅に住んでいますね。70m²とか80m²とか、広くても100m²くらいのアパートが標準でしょうか。
子どもが小さければそれくらいの広さで住めるけど、子どもが2、3人になって活発になってくると、「近くの公園もいいけど、やっぱりちょっと庭があるところがほしいかな」ってなりますよね。30代や40代くらいの世代になると、少し郊外へ出ていく人が多いと思います。
一方でお金を持っている人たちは世代に関係なく、郊外にある庭付きのいい場所に住んでいるといったところです。
アパートに住んでいる人たちはだいたい、サマーハウスを所有しているんですよ。週末や夏休みのようなちょっと長い休みのときはそこで過ごします。そういう生活が一般的です。
勝目氏が設計した、自分の家族のサマーハウス provided by Masahiro Katsume
サマーハウスとは別に、コロニヘーヴというものもあります。コロニヘーヴは、郊外ではなく街のすぐ近くにあるんです。部屋としては30m²くらいの家と、50m²くらいで野菜をつくれる庭がセットになって。夏場などは、そこで生活もできます。
そこでつくった野菜をアパートに持って帰って、次の週はそれを食べてと。そういう生活スタイルもあります。
── 日本の都市の暮らしに比べて、ずいぶん豊かに聞こえますね。
勝目:僕が日本からデンマークに来た2001年は、1人当たりのGDP(国内総生産)は、日本とデンマークが同じくらいだったんです。30,000ドルくらいで。今は日本が32,000ドルくらいなのに、デンマークが60,000。2倍くらいの違いが生じています。日本が90年代に「構造改革」と叫んでいたわりには明確なビジョンと行動が伴わず、成長に乗り遅れているかが、デンマークと比較するとよく分かります。
■ コロナ禍で働き方や学び方に訪れた変化
── 海外で生活して外の視点を持たれているからこそ、日本について気づかれることも多いと思います。勝目さんは、日本にあまり来られないんですか?
勝目:コロナになる前は、年に3回か4回は帰っていました。実を言うと、今、日本で手がけている仕事があります。
1つは福岡地所さんと、福岡博多東でオフィスのプロジェクトをやらせてもらっています(註:「福岡東総合庁舎敷地有効活用事業」によるプロジェクト。11階建てオフィスビルのデザイン設計をシュミット・ハマー・ラッセン・アーキテクツが担当)。
そういった仕事もいくつかあって、日本でも途切れずに仕事したいなと思っています。
── このコロナ禍で事務所の働き方に変化はありましたか? さまざまな国とのお仕事があると思いますが、リモートで働いているスタッフもいますか?
勝目:在宅勤務は今年の3月の半ばから始まって、5月末までやっていました。その後にオフィスに戻ってきましたが、以前から在宅で働くことになんのアレルギーもなかったのですが、コロナ前よりは在宅勤務が増えているかもしれません。
クライアントとの打ち合わせがネックかなと思っていましたが、わざわざ事務所に来たり、施主のところにでかけたりしなくてもできるじゃないか、と。
所員の通勤時間は長くてもだいたい30分くらいですが、子どもが小さかったりすると、学校や保育園に送り迎えに行って、クラブなどの課外活動に付き合いという時間を足すとけっこうな時間になります。それがリモートだと通勤がなくなり、学校も一時はオンラインでしたから、ラクではあったと聞いています。
リモートの話でいうと、今年は日本とデンマークの学生が一緒に建築を学ぶ「JaDAS(Japan and Denmark Architectural Studies)」も、オンライン上で開催されました。僕は、JaDASで、講師として参加しています。
(TECTURE MAG 過去の記事)
人気の国際ワークショッププログラム「JaDAS」より、学生向けスケッチ集を公開!
JaDAS 2019の様子 provided by JaDAS
例年のように日本の学生たちがデンマークに来ることは、コロナ禍で叶いませんでした。そこでJaDASの主催者がオンラインツールを使ってデザインしたり、コミュニケーションをとったり、と工夫をしたわけです。オンラインの利点を活用して、さまざまな国から講師が参加することもできました。
また、これまでは毎年20人くらいの参加枠でしたが、今年はオンラインということもあり、40人ほどが参加しました。人数が多かったので、なかなか全員を見るのは難しかったのですが、意義あるワークショップができたと感じています。参加者のレベルも高かったですし。
学生と一緒にプロジェクトをすることは、面白いですね。教えるというより、彼らと一緒にやって、刺激を受けたというか。そういったことは、今後もやってみたいですね。
【 】(2020.9.1 オンラインにて)
Study Series
Interview with Masahiro Katsume / Schmidt Hammer Lassen Architects
勝目雅裕「ヒュッゲ / ヒュゲ(Hygge)と空間、そしてデモクラティックな建築へ」
#01 デンマークの建築設計事務所事情と「ヒュッゲ / ヒュゲ(Hygge)」
#02 デモクラティックな建築は「ヒュッゲ / ヒュゲ(Hygge)」につながる