クリエイティブディレクターの佐藤可士和氏と、建築家 / 起業家の谷尻 誠氏が繰り広げる、ブランディングと空間づくり。
佐藤氏と谷尻氏が互いの実践を通して、ブランディングと空間の関わりを語る特別対談。
#01で両者の姿勢を振り返ったうえで、#02では具体的な事例についての解説が進みます。
Photographs: toha(特記をのぞく)
#02 Contents
■自分で仕組みをつくっていく
■残らないブランディングの仕事もたくさんある
■ブランディングとプロモーションを整理する
自分で仕組みをつくっていく
谷尻 誠:今回のコロナ禍では、僕たちの建築の仕事はピタッと止まったんです。ホテルとか、海外のプロジェクトは全部。このままだと事務所がヤバいなと思ったんですけど、20年前に事務所をつくった頃は仕事はないし、家もお金もなかったな、でもワクワクしていたなと思い出しました。
今不安なのは、仕事が来ることに依存しているんだなと気づいて。じゃあ仕事を自分でつくれるようになればいいな、と。
佐藤可士和:なるほど。
谷尻:コロナが始まってからはキャンプに頻繁に行っていて、自然の中にいる時間を自分の仕事にできるような生き方をつくろうと思い、DAICHというものを考えました(インタビュー記事参照)。
都市の中に商業施設をつくって、たくさんの人を呼んで収益化するという構造のデベロッピングを、自然の中で自然に逆らうことなく少しずつ居場所をつくる。そういうふうに自然を開発していくデベロッパーはなかったので、「ネイチャー・デベロッピング」というコンセプトを立てて、仕事づくりと自分のやりたいことを合わせてみたんです。
佐藤:仕事があることに依存しているというのは、普通はそうなんだけど、確かに自分で仕組みをつくればいいんだという、すごい発想だよね(笑)。依存ということではモノに関しても、過剰にある状態に自分たちは慣れてしまっていて。例えば食品ロスなどもそうだしね。どうしたらロスを減らしていけるのかということを、もっと全体的に考えていかないと。
谷尻:「満たすことのほうが正解」という社会の常識が、やっぱりどこかでありますよね。基本は足していくことで解決できると思っているので、引くことで解決していくことがスタンダードになるといいですよね。
佐藤:例えば都心の一等地ではそのスペース自体に価値があるのだから、埋めていってしまうと「もったいないな」と思います。でも、建築ではそういう発想にはならないでしょう。
谷尻:埋めないといけない、ということが前提にきっとありますね。埋めないことのほうが価値化するといっても、前例がないと伝わらない。人が来ないとカネが生まれないでしょう、となりがちで。
佐藤:そういう豊かさの考え方も、もう行き詰まっていると思うのだけど。食べ物の問題と同じですよね。今や食べ過ぎているほうが問題なわけで。
谷尻:すべてとは言わないですけど、星があることのほうが正義みたいになって、どんどん盛られてくというか。ネットの評価や情報を頭で理解した美味しさより、食べた瞬間に「うまい」って言えるほうが本当は正しいのに。焼き鳥屋や寿司屋で、目の前でパッとつくって出してくれるほうがよっぽど美味しさを感じます。
残らないブランディングの仕事もたくさんある
佐藤:建築業界では、たくさんつくっていくことに対して、どう考えているんだろうね。
谷尻:コロナ禍もあって、つくらないでできることを考える時代にどんどんなっていくと思っているんじゃないかと。
広島でやっている「THINK」というイベントも、基本的には「行為が空間に名前を付ける」というコンセプトなんです。トークをすれば会議場だし、歌を歌えばライブハウスだし、作品を展示すればギャラリーだし。
普段なんとなく用途を依頼されてつくっているけど、果たして本当に必要なのかを自分たちも一度飲み込んだうえで向き合わないといけないなと。無意識につくるというのは一番危険な状態だなということを思っています。
そういう意味で、つくらないということも、つくる一部だとみんなが思うべき時代なんじゃないかなと思うんです。でも、つくらないと設計料がもらえないという矛盾に戻ってしまう(笑)。形あるものや作業量に対価を払おうとしているじゃないですか。可士和さんのクリエイティブディレクションやブランディングって、もしかしたら形に残らない可能性もあると思うんですよね。
佐藤:本当にそのとおりですね。2021年に国立新美術館で「佐藤可士和展」を開催して(レポート記事参照)、かなりの量の仕事を展示したと思いますが、実際には今までの仕事の内の20%くらいだったと思います。
「これをやめましょう」と整理してあえて形にしなかった事例など、展示できないものは山のようにあって。「やめる」というディレクションで、ものすごく価値が上がったり企業が成長した事例がたくさんあるんです。そうしたクリエイティブをどうにか伝えたいと考え続けたのだけど、結局展示はしなかった。
ユニクロも15年くらい継続して仕事をしているんだけど、可士和展に展示したものは最初の5年くらいに手掛けたものが多かったんです。
象徴的な展示としては、僕が立ち上げから関わったTシャツブランド「UT」を美術館の中で「買う」という購買の体験までを作品とした「UT STORE@THE NATIONAL ART CENTER, TOKYO」を会場にオープンすることができました。
展示できなかった作品としては、ユニクロの「LifeWear」というコンセプト開発の経緯などです。社長の柳井正さんと5年くらいディスカッションを続けてまとめたものなのですが、うまく展示できなかったですね。
ブランディングとプロモーションを整理する
谷尻:僕なんかがよく直面するのは、早く答えを出したがる人が多いというか。医者に診てもらって「これ飲んどきなさい」と特効薬を出してくれるような、答えを急ぐ人が多い気がするんですよね。でも可士和さんのブランディングは、今日やって来週答えが出るものではない。
佐藤:早く答えを出さないといけないものと、長期で考えるものと、両方同時にやるという感じかな。ブランディングは身体づくりのようなもので、食事から変えないといけないとか、そもそも生活習慣から見直しが必要だとか。何年かかけて取り組まないと結果は出ないですね。
すぐに答えを出さなければいけないというと、それはブランディングというよりプロモーションですね。売上が上がっていかないと会社が成長していかないので、プロモーションももちろん大事で。
しかしたいていはクライアントの中でブランディングとプロモーションが混同されてしまっていて、「ここはブランディングで、これはプロモーションで」と整理して活動することが重要ですね。
長くやればいいというものでもないけど、着々とやっていったほうが結果につながりやすいこともある。また一方で、スピード感をもって話題になって売上を上げないと次につながらないこともあるので、その場合は最大限にインパクトがあるようにつくりましょうという感じです。依頼するほうも、その整理がついていないことが多いですね。
谷尻:なるほど、確かにそうですね。
佐藤:でも建物で考えると、そういうのは難しいのかな? さっきの「THINK」のように、行為の場として考えるべきなんだと思うけど。場と行為、ハードとソフトを一体化するためには、自分で事業をしようとなるわけか。
谷尻:可士和さんは、全体感をつくるという理想に近づいていくためにハードもやることになったということですよね。
佐藤:最初からハードをやりたいと思ったわけではなく、気づいたらそこが必要だったという感じかな。全体を見ていく中で、関わっていく必要が出てきたというか。だから、空間を創出しているけど建築の設計をしているという感じはないんだよね。
前に取材していただいた〈団地の未来プロジェクト〉では、住棟のリニューアルもしたけれど、結果的には公園をつくることになりました(過去の記事を参照)。
広場の周りにあった柵を取って段差をなくして、芝生を敷くという最小限の要素を整えたことにより、以前とはまったく違う空間が生まれました。団地の外壁や環境全体の色やマテリアルを統一したし、意図を伝えるための図面や仕様書は存在しているのだけど、そこに記してあることだけが重要なのではないんだよね。
(#03 に続く)