UtAとして共同企業体を組む建築家へのインタビュー後編
プレゼンテーションはプロジェクトの起点となり、実現の可否を左右する。プレゼンで相手の心を動かし、プロジェクトをドライブさせるため、アイデアを効果的に伝えるために、建築家が実践していることとは何か?
『TECTURE MAG』では、建築家が準備したプレゼンの資料を公開する特集を「著名建築家のプレゼン手法公開」としてシリーズ化。資料作成のポイントやツール、プレゼン時の心構えに至るまでを紐解いてもらっている。
建築家が準備したプレゼンテーションの資料を公開するシリーズ「著名建築家のプレゼン手法公開」の第3弾。話を聞く相手は、それぞれの設計事務所を率いるとともに、近年はJV(共同企業体)として設計競技に挑み、3つの公共建築のプロポーザルに勝利している建築家、畝森泰行氏(畝森泰行建築設計事務所代表)と金野千恵氏(teco代表)のおふたり。
インタビューの前編では、両氏が初めてタッグを組み、2018年に勝利した、岩手県北上市の保健・子育て支援複合施設基本設計業務の公募型プロポーザル(2020年4月に〈北上市保健・子育て支援複合施設 hoKko〉としてオープン)での経験を通して得たことなどを語っていただいた。
後編では、高知県須崎市でのプロポーザルでのプレゼン手法について話を聞く。「真似されたら困る」と笑う、プレゼン時の組み立てや戦略なども披露あり。必読。
前編INDEX
- 互いの長所をJVで活かす
- 「わかりやすさ」を第1に
- プレゼンで訴求する「ワード」は1つに絞り切る
- 現地でのヒアリングから建物の使い方を提案に含める
- 使う人の意見で建築が育つ余地をつくる
後編INDEX
- リサーチ力も含めてプロポーザルを獲る
- データを再構築して建築を提案する
- プレゼン相手の不安を想定して取り払う
- Vectorworksをプレゼンシート製作に活用する
リサーチ力も含めてプロポーザルを獲る
——高知県須崎市で進行中のプロジェクトについて、教えてください。与条件がちょっと変わっていますよね。
畝森泰行(以下、畝森)
「須崎市図書館等複合施設整備に向けた建設構想策定業務」 のプロポーザルは、図書館をつくることは決定事項なんだけど、候補地が公示時点で3つありました。駅の隣接地、リノベーションが前提の廃校、古くからの住宅地で、しかも、別の場所に変わる可能性もあり。通常のプロポーザルじゃなかったですね。
金野千恵(以下、金野)
基本設計の前段階、建設構想の業務のプロポーザルでした。
畝森
だから、僕たちは、建築のかたちはほとんど提案せずに、3つの敷地のそれぞれの可能性、ポテンシャルを抽出して、評価していくことに注力したプレゼンを行いました。もう少し具体的な建物を提案することもできたと思いますが、僕たちはそれをやらなかった。
畝森
具体的には、以下の6つの評価項目を方針として独自に設定して、これらを通して、3つの候補地の可能性をそれぞれ分析して示しました。
例えば、図書館ができたあと、多世代がアクセスできるのか、周辺の自然や文化的要素とのネットワークは構築できるのか、既存の学校との連携はどうかなど。
01.多世代アクセス
02.情報のネットワーク
03.自然・文化の創造
04.学びの場
05.災害リスクと対策
06.コストとスケジュール
畝森
このプロジェクトでは、コストとスケジュールはもちろん、須崎市は土佐湾に面しているため、南海トラフ地震への備えも必要でした。津波の発生を前提に、敷地ごとの被害がどれくらい変わってくるかも検討しました。
このように3つの敷地ごとに評価して、プレゼンしたのですが、この段階で僕たちは建物のカタチについてはいっさい提案しませんでした。
ただ、見せ方は工夫しました。チャート図をつくってわかりやすくしたり、敷地の見方とか、プロジェクトの進め方とか。3つの物語(ストーリー)のようにプレゼンを組み立てました。
金野
私たちが評価の軸を設定することで、皆で話し合ったり、評価したり、共有しやすくなります。基本設計の前段階としては、こういった評価の構造をつくることがいちばん重要ですよね? という提案でした。
その軸をもとに3つの敷地をとらえたときに、どんな課題があり、どういうふうに展開できるのかを「課題と提案」にまとめています。方向性は示しつつ、システムづくりの大切さを強調してプレゼンしたことが、審査員の皆さんの心に響いたのだと思います。
畝森
与条件づくりから建築家が関われるプロポーザルなんてそうそうない。社員旅行と合わせて、事務所のみんなで見に行った甲斐がありました。
金野
あとでプロポの審査員から「情報量が圧倒的だった」と言われました。2つの事務所のメンバーを総動員して、3グループに分かれて現地調査したので、地元の人では気づきにくいようなことも私たちが拾い上げて、客観的な視点をつくることができた。そういったことが、須崎市でのプロポではフィットしたんでしょうね。
生データを再構築して建築を特徴づける
——先ほどからお手元にある冊子は市からの提供資料ですか?
畝森
これは須崎市のプロジェクトのために僕たちがつくったものです。設計に入る前段階の成果物として。
金野
より深く「課題と提案」を詰めていくと、いろんな項目が出てきまして。先ほど畝森さんが話していた、地形やまわりの自然などの植生、既存の図書の在処とボリュームなどをマッピングして、ネットワークで考え、基本設計で必要になるであろうトピックを可視化しています。
——このボリュームは、設計事務所というより、リサーチ会社、コンサル会社の仕事量です。
金野
コンサル会社がつくる資料よりも、具体的にまちの魅力や話題が見える、おもしろい内容になっていると思います。
畝森
建物の規模や機能が最初から不確定だったので、リサーチが大事でした。かといって、データは所詮はデータでしかないので、そのままだと最終的に建つものと乖離(かいり)しやすいんです。
その点、今回は、図書館の面積はもちろん、蔵書の量も検討するし、物量もあるリサーチと並行して建築を提案することができる。この地域で本当に必要なのは図書館だけではなくて、市場のような場所も必要では? といった、当初の条件を変えるところまで踏み込んで検討しています。そこに、僕たちチームとしての特徴が出てくる。
金野
建設地が決まったあとに、さらなる読み解きもしていて、その辺りの変遷もこの冊子にはまとめてあります。私たちが発見した、その地域特有の、何か空間の特徴になるであろうコンセプトを、町、敷地、建物という異なるスケールで捉え直してから、最終的に建築を提案しています。
プレゼンでは相手の不安を想定して取り払う
畝森
原則として、プロポーザルは、案よりも人を選ぶものなんです。だから2次審査の際には「僕たちの案の良さ」をアピールするのと同時に、「心配していると思われる点」についても、積極的にプレゼンしています。良い面と同じ比率、もしくはそれ以上に、マイナス面も説明することを毎回強く意識してプレゼンに臨んでいます。
というのも、ファイナルの2次審査に進めたということは、僕たちの良いところに関してはある程度の評価をいただけているんです。であれば、やっと審査員の皆さんに対して直接、話す機会が与えられた2次審査の場では、評価済みの内容を繰り返すよりも、相手が不安に思っているであろうことを想定して、そこを重点的に埋めていく。
金野
あまり詳しくは言いたくない、私たちの戦略ポイントかもしれません(笑)。
畝森
言いたいことは3割とか4割ぐらいにとどめて。それで選んでいただいて、基本設計に入る際には、我々が提案した内容をまた改めて1つずつ、クライアントに確認して、共有していくプロセスを大事にしています。やっぱりいろいろと不安だと思うので、そこはきちんと解消するようにしたい。だって、プレゼンボード数枚と、質疑応答も含めると30分程度しかない審査で、何億円というプロジェクトを任せるわけですから。クライアントも審査員も大きな決断をする立場にある。
だから、プレゼンの場では、提案のおもしろさとか良い点に加えて、人として信頼できるのか、どれだけ自分たちや地域に寄り添って建築を考えてくれるかということも、少ない時間の中で同時に見られているはずです。そのあたりをきちんとケアしたプレゼンをしたいと常々思っています。
—— そのあたりが、おふたりのコンペでの強さの秘密だったのですね。
金野
私たちは基本設計に入ったあとの、地元の方々に向けたワークショップも大事にしています。貴重なヒアリングの機会になるので。
畝森
市民の皆さんに設計者が直にプレゼンする機会って、意識しないとなかなかつくれないんです。
一般的には、基本設計が終わったあとに、そのまとめとして市と概要書をつくることが1つの小さなプレゼンの機会にもなっているんです。この概要書というのは結構、大事です。僕たちが設計した建物を本当の意味で使ってくれるのは、その小さなプレゼンの先にいる人たちですから。
Vectorworksをプレゼンシート製作に活用する
——CADはVectorworksを使われているとのことですが、プレゼンには何を使っていますか?
畝森
ウチの事務所では、プレゼンにもVectorworksを使っているスタッフがいます。
金野
ウチは全員、Vectorworksを使っていて、私自身はVectorworksしか使えません。
あるときからスケールを合わせながらプレゼンシートをつくれるようになって、短縮できた時間をよりクリエイティブな作業に回すことができるようになりました。
畝森
Vectorworksって、やっぱりデザインがしやすいと思います。Vectorworksは、自分で動かすものと画面上にできるものが、シームレスでスムーズに扱える感覚があります。
ただ、協働相手や施工者によって、データの共有がスムーズにいかないこともあり、ここは今後の課題ではないか思っています。設計中のスムーズさが、現場に入ると失われてしまう。
金野
設計事務所の中には、施工者はイチから図面を描くべきだからデータを渡さないという人もいます。本来的には、きちんと線を引かないと本当に理解はできないので、データを渡してしまうのは私も本当は違和感があるのですけれど。ただ、世の中のスピードに抗えないときもあります。
最近では、大きなプロジェクトでBIM対応が求められることもあり、これから当たり前になっていくときに、どのソフトを使っていくか、事務所のスタッフと議論しているところです。VectorworksでもBIMに対応しているとのことで、わかりやすく使えるようになるといいなと願っています。[了]
建築家プロフィール(敬称略)
畝森泰行 / Hiroyuki Unemori
1979年岡山県生まれ。2002年横浜国立大学卒業、2005年横浜国立大学大学院修了。2002-2009年西沢大良建築設計事務所勤務を経て、2009年畝森泰行建築設計事務所(UNEMORI ARCHITECTS)設立。
主な作品と受賞に、〈Small House〉で第28回新建築賞(吉岡賞、2012年)、〈8 Houses〉で第32回SDレビュー入選(2013年)、〈須賀川市民交流センター tette〉で2019年度グッドデザイン金賞(経済産業大臣賞、須賀川市、石本建築事務所ほかとの共同受賞)、第61回BCS賞(2020年)、JIA優秀建築賞(2020年)、日本建築学会作品選奨(2020年)など国内外で受賞。
プロポーザルで最優秀賞に選出されている進行中のプロジェクトに、2019年選出でアンスとの共同設計「田村市屋内遊び場遊具提案及び設計」、2020年選出で丹羽建築設計事務所との共同設計「奈義町立中学校改築工事基本設計」などがある。
現在、横浜国立大学、日本女子大学、東京理科大学にて非常勤講師を務める。畝森泰行建築設計事務所 Website
https://unemori-archi.com/
金野千恵 / Chie Konno
1981年神奈川県生まれ。2005年東京工業大学工学部建築学科卒業。2005-2006年スイス連邦工科大学留学(奨学生)。2011年東京工業大学大学院修了、博士(工学)。 2011年KONNO(コンノ)設立、2015年にteco(テコ)に改称。
主な作品と受賞に、《向陽ロッジアハウス》で日本建築学会作品選集新人賞(2014年)、東京建築士会平成24年住宅建築賞金賞などのほか、第15回ヴェネチアビエンナーレ国際建築展2016 日本館展示「en(縁): art of nexus」の会場デザインで審査員特別表彰(共同受賞)、〈幼・老・食の堂〉で第35回SDレビュー鹿島賞(2016年)、医療福祉建築賞(2022年)など。
プロポーザル選出による進行中のプロジェクトとしては、「2025年大阪・関西万博ギャラリー設計業務」がある。
2018年より東京藝術大学非常勤講師、2021年より京都工芸繊維大学特任准教授を務める。teco Website
https://teco.studio/
Interview by Jun Kato
Text by Naoko Endo & Jun Kato
Photograph & Movie by toha
※本稿掲載の竣工写真、プレゼンボード資料、CG、イメージスケッチの提供:UtA / 畝森泰行建築設計事務所+teco
Sponsored by Vectorworks Japan
https://www.vectorworks.co.jp