「物流施設」と聞いてどんなイメージを抱くだろうか。これまで多くのプロダクトやロゴデザインを手掛けてきたクリエイティブディレクター佐藤可士和氏(SAMURAI)と、物流施設を建設する不動産会社である日本GLPが協力して完成した〈GLP ALFALINK相模原〉は、単なる荷物の保管場所ではない。一般の人々が出入りできるレストランやカフェがあり、フットサルコートがあり、イベントスペースがある。10万坪という広大な土地になぜこうした施設をつくったのだろうか。佐藤氏と、日本GLP 帖佐義之社長に、その狙いを詳しく聞いた。
佐藤可士和 | Kashiwa Sato(写真左)
クリエイティブディレクター / SAMURAI代表
1965年東京生まれ。多摩美術大学グラフィックデザイン科卒。株式会社博報堂を経て2000年独立。同年「SAMURAI」設立。
ブランド戦略のトータルプロデューサーとして、コンセプトの構築からコミュニケーション計画の設計、ビジュアル開発まで、強力なクリエイティビティによる一気通貫した仕事は、多方面より高い評価を得ている。グローバル社会に新しい視点を提示する、日本を代表するクリエーター。
主な仕事に国立新美術館のシンボルマークデザイン、ユニクロ、楽天グループ、セブン-イレブン・ジャパンのブランドクリエイティブディレクション、ふじようちえん、カップヌードルミュージアムのトータルプロデュースなど。近年は日清食品関西工場や武田グローバル本社など、大規模な建築プロジェクトにも従事し、「ユニクロパーク横浜ベイサイド」「くら寿司浅草ROX店」は、特許庁による日本国内初となる内装意匠に登録された(2020年11月)。また、文化庁・文化交流使としても活動し、日本の優れた文化、技術、コンテンツ、商品などを海外に広く発信していくことにも注力している。
京都大学経営管理大学院特命教授(2021年-)慶應義塾大学特別招聘教授(2012-2020年)、多摩美術大学客員教授(2008年-)。著書に『佐藤可士和の超整理術』(日本経済新聞出版社)ほか。
http://kashiwasato.com/
帖佐義之 | Yoshiyuki Chosa(写真右)日本GLP株式会社 代表取締役社長
1992年慶應義塾大学法学部卒業。三井不動産、三井不動産投資顧問、プロロジスを経て、2009年 GLプロパティーズ(現・日本GLP)。2012年より現職。
https://www.glp.com/jp/
特記以外の写真撮影:toha
INDEX
- イメージをポジティブに変えて「物流施設の未来」をつくりたい
- 物流が持っている本来の価値を伝えたい
- コンセプトを導く鍵は“追い詰める”ディスカッション?
- どこをどう見せるかを考え抜く
イメージをポジティブに変えて「物流施設の未来」をつくりたい
── 〈GLP ALFALINK相模原〉を構想したのには、どんな経緯があったのでしょうか?
帖佐義之(以下、帖佐):私たち日本GLPは、物流業界に携わる方々に施設を提供する不動産企業です。そのため物流業界の発展が自分たちのためになるわけですが、現在、物流業界はいくつかの課題を抱えていると感じていました。
私が特に深刻だと感じているのは、物流業界に対する世間のネガティブなイメージです。日本経済はこの30年、デフレが続いたと言われていますが、物流業界はそのデフレ経済を象徴する業種の1つだといえます。つまり、コストカットの対象になりやすいということです。また物流施設はバックヤードですし、なかなか前に出てくるところではありません。そのため就労環境に対して、物流業界に携わる方々でさえも関心が高くない。環境のよくない場所で積極的に働きたいと思う人はいませんよね。「3K」(きつい・汚い・危険)という言葉がありますが、世間では物流も3Kの業界とみなされがちです。
私たちは不動産企業として、顧客である物流業界が抱える課題とどう向き合っていくべきかを考えました。その結果、物流施設を通じて、業界のプラスの側面に光をあてて、もっとポジティブなイメージをつくりたいと思ったのです。なぜなら、物流とは本来、社会のインフラで、その果たしている役割はとても重要なものだからです。
もう1つの課題は、デベロッパー側や行政の反応です。物流施設をつくることをはじめから歓迎してくれる人はあまりいないんです。その理由も、物流施設に対する誤ったイメージからです。物流施設というと、倉庫として物が置かれているだけで、地元の雇用を生まないと思われているんですね。しかも「トラックの出入りが激しくなる」「外観も無機質」と、地域の人々の暮らしにとってプラスになることがないと思われている。そうしたイメージを払拭して「物流施設は自分たちの生活に欠かせないインフラである」というポジティブなイメージに転換したいと思っていました。
実は東日本大震災直後は、避難所として物流施設を開放しようという動きがありました。物流施設は自走式のランプがあって耐荷重性や耐震性に優れ、生活に必要な物資があります。そうした特性を活かして、災害の際には地域の方々に役立てるという考えです。ただ、どうせなら普段から地域の人々が使えたほうがいい。そこで今回の〈GLP ALFALINK相模原〉では、「生活と隣接した物流施設」を1つのキーワードに掲げました。
相模原の土地は約10万坪の広さです。そこでつくるべき施設は、業界の常識を覆し、世間の物流施設のイメージを一新するような「物流施設の未来」を感じさせるものにしたいと思いました。そこで、佐藤可士和さんとご一緒したいと思ったのです。可士和さんは物流施設をつくった経験こそなかったと思いますが、「これまでにないもの」を目指すのであればそのほうがむしろよかったのです。
物流が持っている本来の価値を伝えたい
── 佐藤可士和さんはこのお話が来たとき、どう思われましたか?
佐藤可士和(以下、佐藤):僕は当時、宅配ボックスに関する開発の仕事に関わっていました。コロナ禍で、Eコマースの需要が伸びているタイミングだったんです。そのプロジェクトの過程で、最も消費者との接点になる「物流」にさまざまな課題があると世間で言われていることを知りました。
ちょうどそんなタイミングで「物流の仕事に興味がありますか?」と相談をいただいて。物流こそ社会問題の最先端だと思っていた矢先の出来事だったので、詳しくGLPさんのお話を聞きたいと思いました。
そして、今しがた帖佐さんがお話くださったような内容を伺いまして、重要な社会問題解決へのチャレンジと、10万坪という広大な場の開発に対して魅力を感じました。僕がハッとしたのは、その広さだと「1つの街みたいなものだ」という点でした。
単に倉庫の開発だとどう力を発揮したらよいのかわからなかったのですが、コミュニティや地域をどうデザインするか、という仕事になるのであればクリエイティブの力で役に立てそうだと感じたのです。なぜならそれまでもURの〈洋光台団地〉など、団地の再活性を手掛けてきた経験があったからです。
Special Dialogue Series #01 / 【特別対談】佐藤可士和×中島正弘「団地を俯瞰してデザインする」
帖佐:単なる倉庫をつくるつもりはありませんでした。「物流施設」という言葉の意味が変化してきているんですよね。もともとはモノを保管しておく「蔵」という言葉があり、それが「倉庫」になり、流通加工する「流通センター」になった。そして現在では単なる「モノを保管しておく場所」ではなくなりました。
工場のように製造機能も備えていたり、商品の展示場のようになっていたりする。内部にスタジオを設けて、モデルさんが来て、そこで商品の撮影ができたり、ショウルームを開いたりもできる。どんどん用途が広がっていき、さらに地域の人に開かれた場所を目指そうとすると、もう「物流施設という呼び名がふさわしいのだろうか?」と私は思って、「物流施設の未来」をつくりたい、とお伝えしたんです。
佐藤:蔵の話や、「物流施設の未来」をつくりたいという相談をいただいて、スマートフォンを思い浮かべました。もう電話としての機能はほとんど使っていない人も多いと思いますが、それでもみんな「電話」と呼んでいます。物流施設はスマートフォンくらい多様なことができる実態があるのに、未だに世間からはガラケーとして認識されているような状況なのかなと思いました。
僕たちSAMURAIは建築やインテリア、ロゴなどさまざまな領域のデザインをやっているのですが、すべて目的はコミュニケーションのデザインなんですよね。「本来、持っているはずの価値を伝える」「うまく伝わっていないものを伝えようとする」ということ。その伝える手段やメディアとして、空間を使うこともあれば、グラフィックや映像を使うこともあるということです。帖佐さんが「物流のポジティブな側面が世間から理解されていない」ということを課題にされていたので、それならばお役に立てそうだという感触を持ちました。
コンセプトを導く鍵は“追い詰める”ディスカッション?
── どのような手順で制作は進められたのでしょうか。
佐藤:施設のコンセプト・方向性について、帖佐さんと僕でディスカッションを半年くらい行いました。それに多くの時間を使って、コンセプトが決まってからはデザイン案が決まるのは早かったです。ディスッションに関して、帖佐さんは「かなり追い詰められた」とおっしゃるんですけど、僕は物流施設についてわからないことが多いので、細かく質問していっただけなんですよね(笑)。
帖佐:私たち日本GLP内部の人間にとっても、そのディスカッションはよいエクササイズになりました。ディスカッションの中ですごく大きな気付きがあったからです。「知らない」ということ自体がヒントなんですね。知らないからイメージがわかない。だから、その状況を変えていく必要があると思いました。
最初に申し上げた「物流施設の課題」に対して、どう解決できるだろうかと考えたときに、「知ってもらう必要がある」ということですね。そして、そのためには物流施設を「可視化するべきだ」となったのです。そうすると、可視化して知ってもらうことで対話が生まれる、対話が生まれることでアイデアが生まれる。アイデアが生まれることでビジネスにつながる、というように連鎖していくことに気づきました。そこに気づくまでに、かなり長い期間、ディスカッションをしたんですけどね(笑)。
佐藤:帖佐さんも、もともと漠然とイメージしていることがあったと思うんです。ただそれを僕がロジカルに「なぜここはこうなんですか?」「先ほど言っていたことと矛盾するんじゃないですか?」と疑問を投げかけていくことで、帖佐さんが本当にやりたいこと、コンセプトを詰めていきました。
帖佐:この作業ってすごく重要なことで、結局、「何をやりたいのか」を伝えられないということは、私自身がはっきりしていなかったと思うんです。その無駄を削ぎ落としていく中で、自分のやりたかったことが見えてくるんです。
どこをどう見せるかを考え抜く
── そのディスカッションの結果、ALFALINKのキーコンセプトである「OPEN HUB」、「創造連鎖する物流プラットフォーム」が生まれたのですね。
佐藤:いわゆる工場等の「見える」化ではなく、「見せる」化という意識が、つくっていくうえで最も重要なんじゃないかと思ったんです。もちろんセキュリティの関係上、見せられないものもあります。どこをどう見せるか、適切なラインを判断していきました。
帖佐:その判断のためのヒントになったのは、物流施設をどんなイメージにしたいかということでした。私のビジョンの1つとして、物流施設を「コストセンター」ではなく、「プロフィットセンター」として意識を変化できるといいなと思っていました。物流は現状、「モノを置いておくだけでお金がかかる」というコストとしてだけで受け取られがちですが、実はそうではありません。
例えば、サイトAとサイトBで同じメーカーのペットボトルの水が買えるとしますよね。サイトAは配達に3日かかるけど、サイトBは2日で届くのなら、多くのユーザーはサイトBで購入すると思うんです。そういう意味では、どの物流施設を使うかは、コストの問題ではなく、販売戦略や販促の問題にもなってきます。そうすると、企業としては新たな利益を生み出すことができる物流施設かどうかを確認したいので、「この物流施設には、どんなスペックが備えられているのか」と見に来てもらう必要が生まれる。その考えから、どこをどう見せるべきか自然と判断ができました。
(後半へ続く)
〈GLP ALFALINK相模原〉
事業主 : 日本GLP株式会社
クリエイティブディレクター : 佐藤可士和
設計 : 齊藤良博 / SAMURAI
設計・施工 : 竹中工務店
監理 : 山下PMC
クリエイティブエージェンシー : SAMURAI
Text: Goshi Asai, Edit: Jun Kato