FEATURE
What is the Resort Community Development?
Nakae Architects, a one-stop planning, design, and management firm, considers the future of Noto
FEATURE2024.03.21

被災した能登での「リゾートまちづくり」

設計者が企画運営、クラファンも行うオーベルジュ事業の今

建築と同じく都市に深く関わる「まちづくり」や、建築という事業を営む上で欠かすことのできない「ビジネス」の視点。両者とも建築と深く関わるものであるにも関わらず、まとめて語られることがあまりない分野です。

今回は、建築家であり「リゾートまちづくり」を掲げた地域活性化プロジェクト〈一 能登島(ひとつ のとじま)〉を、自らが事業主として企画から設計、運営までをワンストップで行う、ナカエ・アーキテクツの代表 中永勇司氏に話を伺いました。年初の能登半島地震での影響を受けて実施しているクラウドファンディングについても聞いています。

(特記以外の画像提供:ナカエ・アーキテクツ)

中永勇司 | Yuji Nakae

1975年石川県金沢市生まれ。1994年金沢大学附属高等学校卒業、1998年横浜国立大学工学部建設学科卒業、2000年同大学大学院修士課程修了。EDH遠藤設計室を経て、2004年 ナカエ・アーキテクツ設立。2023年〈一 能登島〉開業。

 

 

 

〈一 能登島(ひとつ のとじま)〉とは

2022年、ナカエ・アーキテクツが能登のような景観や食材などの地域資源に恵まれた地方における地域活性化の1つの手法として「リゾートまちづくり」を発案し、社内にリゾート事業部を新設。

一般的にビーチリゾートを思い浮かべる「リゾート」とは、「再び」「出かける」に由来する言葉。ここを訪れてくれたゲストが能登を気に入り、繰り返し訪れるような場所になれば、それはもうリゾートと言っていいのではないか、という思いからリゾート+オーベルジュを核とした地域活性化の手法をナカエ・アーキテクツでは「リゾートまちづくり」、プロジェクト名としてはHITOTSUプロジェクトと名付け、その事業化プロジェクト第1弾として、2023年9月に能登の幸リゾート〈一 能登島〉を開業した。

石川県七尾市、能登島の南側に位置する〈一 能登島〉は、海に面する立地による絶景の中で美食を味わいながら宿泊することができる、それ自体が旅の目的地となる「ディスティネーション・ホテル」として開発された。

〈一 能登島〉公式サイト
https://hitotsu-notojima.com/

 

〈一 能登島〉の鳥瞰

INDEX

■ナカエ・アーキテクツによる「食」と「宿」のまちづくり
■今まで能登に来たことのない人を取り込むラグジュアリーな施設
■これからも続いていく「HITOTSUプロジェクト」
■依頼されたものをつくる、ではなく「地域に必要なもの」をつくるために
■能登という「行ってみるとすごくいいところ」に興味をもってもらうためのプロジェクト
■震災により開業わずか4カ月で休業に
■能登における「復興」と「復旧」
■クラウドファンディングから見える人とのつながり

「一」と「ひとつ」を掛け合わせたロゴをあしらった暖簾の掛かる〈一 能登島〉の正面エントランス

ナカエ・アーキテクツによる「食」と「宿」のまちづくり

── リゾート+オーベルジュを核とした「リゾートまちづくり」はどのように確立されたのでしょう?

中永勇司(以下、中永と表記):まず、おもしろい建築をつくりたいという欲望と同時に、もっと広い範囲に良い循環を生み出したい、という思いがありました。そして、やっぱり人を呼ぶためにはまず「食」だろうと考えました。もちろん空間もとても重要であり、良い空間で東京ではなかなか食べることのできない食事ができる場所をつくることが大事なのかな、と。ただ、能登島は交通の便があまり良くないので、日帰りではなく泊まるしかないと考えて、オーベルジュをつくろう、ということになりました。

〈一 能登島〉から望むことのできる美しい朝焼け

中永:そして規模感として、あまり規模が小さいと経済的なインパクトもなくなってしまうな、と考えつつ弊社でまかなえる予算感から、5室以上、最大8室は用意できる建築が必要だと考えていました。

そういった中でたまたま見つけたのが、能登島の海辺に建つ、築50年になる宿泊施設として使用されてきた鉄骨造の建物です。少し大きめの民宿のような佇まいで、延べ1,000m²程度で、通りからみると平家なんですが実は斜面に建つ2階建ての建物でした。

能登島は七尾湾に囲まれた内海のため、海の雰囲気は荒々しいものではなく落ち着いていて、小さな島々が浮かぶ海に昇る朝日が眺められる、リゾート的な眺望をもつ場所でした。既存の建物は10部屋の宿泊施設でしたが、各部屋や共用部を拡充しつつ8部屋用意するのにちょうど良いサイズ感でした。また、この地域は国定公園に指定されており、かなりの規制がかかるため、この場所で新築することは難しいのですが、元々の用途が宿泊施設ということもあり用途変更の必要もなくとてもやりやすかったですね。

改修工事に入る前の既存外壁などを撤去したときの様子

〈一 能登島〉外観(朝景)

今まで能登に来たことのない人を取り込むラグジュアリーな施設

中永:実は、この〈一 能登島〉は地域の人に「宿泊料が高すぎる」と言われることもあります。確かに北陸でもトップレベルに高価格な施設なのですが、これには「まちづくり」の視点からの理由があります。

まちづくりの目的として、「いろいろな人に来てもらうこと」がその目的の1つであると思っています。そして、この場所から車で15分程度の位置には、石川県の中でも最大級の温泉街 和倉温泉があります。だからこそ、いわゆる温泉旅館とは異なるターゲットにアプローチすることで、今まで能登に来たことのない人を取り込むことができるのではないかと考え、特に40後半から50代の自分たちと同世代の人を主なターゲットとして、高級感のある施設を目指しました。そして、そのためには食事にもサービスにも高いクオリティが必要と考え、それぞれ専門の方に関わってもらいました。

能登ならでは、オーベルジュならではの鮨コース

「鮨みつ川」の大将・光川浩司氏

中永:高級ホテル・高級旅館専門予約サイト「一休」からも予約をいただいており、口コミの数はまだ少ないものの、現時点でも平均4.95程度と高い満足度をいただいてます。また、このオーベルジュを利用していただいた方から「この地域にはこういった宿はこれまでなかったけど、〈一 能登島〉ができたことで初めて来てみました」という意見をいただくことも多いため、狙いはうまく刺さってくれたのかなと感じています。

夕朝食をお楽しみいただく〈一 能登島〉の「饗処(あえどころ)」

これからも続いていく「HITOTSUプロジェクト」

中永:〈一 能登島〉は、リゾートまちづくり「HITOTSUプロジェクト」のあくまで第1弾であり、これからも近くの他の地域でも〈一 ◯◯◯〉といったように「リゾート」として楽しんでいただける場所をつくっていけたらと思っています。実はすでに検討を進めている計画もあるのですが、まだ公にできるタイミングではないので、今後も「HITOTSUプロジェクト」に注目してもらえたらと思います。

ナカエ・アーキテクツ公式サイト
https://nakae-a.jp

〈一 能登島〉のバーラウンジ

依頼されたものをつくる、ではなく「地域に必要なもの」をつくるために

── 自らが事業主として企画・設計・運営まで行う、というのはどのような経緯で事業を行うこととなったのでしょうか?

中永:これには複合的な理由があるかなと思っているのですが、プロジェクト・事業そのもののデザインを掲げるトーン&マターの代表である広瀬 郁氏とともに、金沢市金石(かないわ)町にまちの複合施設をつくるプロジェクト〈コッコレかないわ〉を手がけたことが大きな理由の1つですね。

〈コッコレかないわ〉では、つくるだけじゃなく「そもそも何をつくるのか」という話や、「何をつくると地域やまちがもっと良くなるのか」という点から考えていきました。

このようなプロセスを実際のプロジェクトとして経験したことから、ただ依頼されたものを設計するだけじゃなく、そもそも何をつくったらいいのか、というところを建築家としてもっと考えるべきなんじゃないか、と考えるようになりました。 私の出身地である石川県でこのような経験ができたことが大きかったかもしれないですね。

〈コッコレかないわ〉トーン&マター公式サイト
http://www.toneandmatter.com/2016/02/03/コッコレかないわ/

〈コッコレかないわ〉公式サイト
https://coccolle-kanaiwa.jp

〈コッコレかないわ〉

〈コッコレかないわ〉

中永:また、私たちは東京の荻窪に事務所を構えているのですが、東京ではマンションの仕事などがとても多いんですよね。それはそれで、経済合理性を大事にしながら設計していくんですけど、建築家として「もっとこうした方がおもしろいものもできるだろうし、人もたくさん呼べたりするんじゃないか」とか考えるんです。

自分がクライアントなりオーナーだったらこうしただろうなぁ、みたいなケースってどうしてもあるので、依頼されて設計するだけじゃなく、自分で建築主としてその経済に参画できるようなプロジェクトを立ち上げてみたい、ということを数年前から思っていました。

例えば持ち家を建てるとか別荘を建てるとか、そういうプロジェクトでも自分自身が建築主になることはできるわけですが、それだと自分で使って終わりになってしまう。それよりも、いろいろな人に使ってもらえるものをオーナーとしてやってみたい、と3年ぐらい前から思い始めた感じですかね。こういった点でも、間接的に〈コッコレかないわ〉が関係しているのかなと思います。

金石の鳥瞰、3棟が丘でつながる〈コッコレかないわ〉(手前中央)とその右側に見える金石港

能登という「行ってみるとすごくいいところ」に興味をもってもらうためのプロジェクト

中永:石川県は大別すると、地震で大きな被害を受けた能登地方と金沢を中心とする加賀地方という南北の2つに分けて考えることができます。金沢は観光地として完成されていて、名所や名物など、エリアとしての売りもたくさんあります。一方で能登もすごくいいところなんですが、なかなかその良さを言語化しにくいんですよね。でも、来てもらえばすごくいいところだなって分かってもらえる場所だと思っています。

実はこの点は、今回の地震での影響が大きかったことと無関係ではないのではないか、という気もしています。能登は耐震化率がとても低かったこともありここまで大きな被害が出てしまったわけなんですが、だからこそ昔懐かしい日本らしさが残っていて、のどかな雰囲気をつくり出していたのだとも思います。

能登の良さを知ってもらうために、まず興味をもってもらい来てもらうこと、そのためにも集客力のある施設をつくることが建築家にできることなのかな、と考えました。〈コッコレかないわ〉の建つ金石も、金沢の中ではあまり観光客がくるエリアではない場所だったのですが、広瀬 郁氏らの力を借りてつくったこともあり、完成して何年も経っていますがすごい集客力をもっています。

また、今年の元日に発生した能登半島地震の火災により、輪島朝市を開催する、石川県輪島市の観光名所「朝市通り」が大きな被害を受けましたが、これを受けて〈コッコレかないわ〉を含む金石港周辺にて、3月に「出張輪島朝市」を開催する、という話が出ています。

市場の風景

震災により開業わずか4カ月で休業に

── 〈一 能登島〉は今回の震災で影響を受けましたか?

中永:〈一 能登島〉は建物的にはそこまで大きく被害を受けたわけではないのですが、断水などもあり営業休止は余儀なくされました。そのため、お客様よりいただいていた予約の取り消しや、営業が止まっている間の売上がゼロになることなど、事業的な被害はかなりありました。

2月末に水道は復旧しており、被害を受けた個所を補修をしたうえで4月には営業を再開してみようと考えています。再開してもお客様が来てくれるか全く読めない状況ではあるけれど、仕事もないままだとみんなネガティブになっていってしまうので、それなら仕事をしていた方がいいのかな、と。

地震発生直後に〈一 能登島〉の800mほど手前で発生した道路の崩落

能登における「復興」と「復旧」

── 震災からの再生プロセスとして、まず従前の機能を「復旧」し、経済などの活動を立て直す「復興」に向かっていくと思うのですが、現在はどのような段階だと感じていますか?

中永:現地は倒壊したままの建物も多く、まだまだ復興段階ではなく復旧段階なのだと思います。そして復旧段階というのは、実は私たち建築家にできることってあまりないんですよね。何かあるはず、と考えて地元出身の建築家とオンラインで集まったり、話し合ったりしました。しかし、いろいろ調べてみても、この段階でできることとして仮設住宅などはあるのですが基本的にフォーマット化されていて、スピードが求められる段階のため間に入るべきではないなと考えました。

だからこそ、復旧から復興に変わる段階でこそ、私たちや地元の建築家にできることがあるのではないか、と考えています。特に輪島朝市の再生について注目していて、行政や外部の建築家だけで進んでしまうと、元々の朝市らしさは損なわれてしまうのではないか。だからこそ、以前の朝市を肌で感じて育った地元の建築家が入るべきなんじゃないかな、と思っています。

崩落箇所の様子。未修復ではあるものの現在は片側交互通行が可能

クラウドファンディングから見える人とのつながり

── 1月末からはクラウドファンディングも行われてますよね。

中永:そうですね、先にお話した通り、営業が止まって売上がゼロな中でスタッフを休ませており、3、4カ月この状況が続くと事業的に厳しいと考えてクラウドファンディングを開始しました。ただ、私たちの場合は開業して4カ月ということもありまだまだ知名度は低く、建物も大きく損壊しているわけではないので、どのように発信すればよいかとても悩みました。

それでも、〈一 能登島〉の営業再開後に使っていただける「宿泊チケット」のリターンに対し、特に以前泊まっていただいた方や予約キャンセルとなってしまった方々から、多くのご支援をいただいています。

宿泊チケットは先にその代金分をいただき、実際に宿泊される際にその差額分をいただく、というリターンになります。これは〈一 能登島〉に戻ってきてくださるということの約束のようなものです。完全にゼロからのやり直しな訳ではなく、それを応援していただけている方がいる、という事実がとてもありがたく、立て直していくための力になっています。

開業時メンバーの一部。左から澁谷・蔵屋敷(料飲部)、麻里(支配人)、中永、辻野・西田(宿泊部)、島本(料飲部)の各氏

── 応援として支援していただける、というのもクラウドファンディングのおもしろいところですね。

中永:そうですね。また、クラウドファンディングでの宿泊チケットとして支援をもらえるということには他にも良い面がありました。例えば、ホテルや旅館の予約サイトから事前決済で予約をいただいても、実際に泊まっていただいてからしかお金が入ってこないんですよ。そして、例えば4月に泊まっていただいた分は5月末に入金される、といったようにキャッシュが入ってくるのがかなり先になってしまいます。

そのため、その間の費用をすべて融資でやりくりしなくてはいけないので、とても大変になるのですが、宿泊チケットとして支援をいただけると、クラウドファンディングの期間が終わればお金をいただくことができるので、運転資金にあてることができるんです。

このような金銭面でのメリットは大きいですが、それ以上にたくさんの方々から応援のコメントをいただいていることがとても嬉しいですね。正直、1月の終わりごろは「この後どうしていこうか」、という暗澹(あんたん)たる気持ちでいっぱいでした。しかし、クラウドファンディングを始めて応援のメッセージをいただくことで、そのような気持ちを抱えつつも少しずつ前を向くことができているかな、と思います。

クラウドファンディングページ
「【一 能登島】能登半島地震により開業4カ月で休業。能登の魅力を伝え続けたい。(3/31まで)」
https://camp-fire.jp/projects/view/734787

(2024.02.27 オンラインにて)

Interview: Jun Kato, Takuya Tsujimura
Text: Takuya Tsujimura

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