TECTURE MAG では、若手の建築家の手がけた事例を積極的に取り上げている。今回の連続記事では「次代の建築をつくる」と題し、これから本格的に活躍する建築家たちにインタビュー。これまで何を大事にして自らの基軸を見出してきたのか、これからどのように建築をつくろうとしているのかを浮き彫りにする。
「建築家」と一概にいっても、人々の暮ら方・働き方が多様化する現代においては建築活動の領域や方向性は多岐に渡る。この記事では、さまざまな視座からその活動が特徴的な建築家たちに注目していくことで、現代の建築界の全体像と、その次代を探ることを試みる。
第2回目は、戸建住宅や集合住宅から道の駅といった公共施設に至るまで多様なプロジェクトを手掛け、居心地の良さや使いやすさだけでなく、人々の交流を促し、街の賑わいとなるようなエネルギーが生まれる建築を追求する、高池葉子建築設計事務所代表の高池葉子氏に、現在進行中のプロジェクトについて、また独立後の活動と、今後の展望などについて詳しく聞いた。
高池葉子 | Yoko Takaike
建築家 / 高池葉子建築設計事務所 代表1982年千葉県生まれ。2008年慶應義塾大学大学院修了。2008-15年伊東豊雄建築設計事務所勤務。2015年高池葉子建築設計事務所設立。主なプロジェクトに〈陸前高田市ピーカンナッツ産業振興施設〉〈日吉駅(東横線・目黒線)天井リニューアル(2026年完成予定)〉など。主な受賞歴:第46回東京建築賞〈目黒八雲の長屋〉、グッドデザイン賞2022〈コムレジ赤羽〉
http://yokotakaike.com/
INDEX
- 海への軸を再生する
- 歴史の延長線上にある建築
- コミュニケーションからアイデアの引き出しを増やす
- 常に競い合う環境づくり
海への軸を再生する
── これまでのプロジェクトで、印象深いものは何ですか。
高池葉子 氏(以下、高池):直近では〈陸前高田市ピーカンナッツ産業復興施設〉です。東日本大震災による津波で大きな被害を受けた陸前高田市は、復興の一環としてピーカンナッツ産業に取り組んでいて、苗植えから収穫、加工、販売までの工程が陸前高田で行われる計画であり、この施設はその拠点となるものです。
高池:敷地は嵩上げされた土地に新しくつくり上げられた市街地の終端に位置しています。街中から「ピーカンの森」に繋がる南北軸と、駅から続く東西軸が交差していて、街全体もこのグリッドによって整備されていました。ただ、震災前の地図を見ると、山から海に向かって拡がるように街ができていて、街のどこからでも海を望むことができていたようです。
敷地にはじめて立った時に海へと続く軸の力強さに圧倒され、この軸を設計に取り込むべきだと確信しました。私たちの計画では、現在の街のグリッドに重ね合わせるように海への軸を呼び起こし、消えかけているかつての街の骨格を象徴的に感じられるようにしています。
── 具体的には、どういった施設なのでしょうか。
高池:ナッツとチョコレート菓子の加工工場、販売店舗、キッチンスタジオ、多目的スペースから構成されています。面積を大きく占める工場部は、求められた機能を効率優先で配置していきました。比較的自由に設計できたほかの空間を海に近い南東側に寄せ、多方向の軸に対して開かれた五角形平面としています。
特徴的な扇形状の屋根は、かつてこの地で活躍した気仙大工に敬意を払い、彼らが得意とした扇垂木を手がかりとしました。構造は鉄骨造ですが、貫架構を模したフレームによって木造のように見せています。天井には岩手県産材のアカマツ合板に30mm角の化粧垂木を放射状に並べ、支える無垢柱は100mm角と細くすることで、気仙大工がこの地でつくってきた木造住宅の屋根裏を想起させる、力強くも繊細な木質空間を目指しています。
── 高池さんは独立前に務めていた伊東豊雄建築設計事務所で、「みんなの家」を担当されていたのですよね。
高池:そうですね。私が担当したのは陸前高田ではなく、ほかの被災地3カ所の「みんなの家」でしたが、伊東事務所の所員として訪ねていたころと比べて、被災地もそれぞれに復興も進み景観も様変わりしてきています。被災地共通の復興の課題として、人の住めない広大な浸水エリアをどうすればよいのかということがありましたが、その活用方法として注目されたのがピーカンナッツです。地元の小学生や関係者によって植樹が進められていて、数年後には広大な森となっていく計画なので、景観が大きく変わっていくのはこれからかもしれません。多目的スペースは「ピーカンテラス」と繋がり、将来的には眼下に広がるピーカンの森を一望できる場所になるので、街の復興と共にこれからが楽しみです。
施設を運営しているサロンドロワイヤル社の積極的な活動や宣伝の甲斐もあり、休日になると街の外からの人々で賑わっていると聞いています。この扇形状の屋根が、そうした賑わいと多様な活動を包み込み、産業と人を育むランドマークとなることを強く願っています。
〈陸前高田市ピーカンナッツ産業復興施設〉の概要は「TECTURE」サイトページをご覧ください。
https://www.tecture.jp/projects/4457
歴史の延長線上にある建築
── 建築を考えるうえで、特に大切にされていることは何ですか。
高池:現地で直接見たもの、感じたことは大切にしています。加えて、その土地の歴史的な背景と結び付けていくことが多いかもしれません。歴史を考えることで、その土地らしさが自然と抽出されます。これまでに地方で設計する機会もいくつかありましたが、その土地や暮らしている人々へのリスペクトを心掛けていて、そこで大切にされてきたものを設計に取り入れることで、固有の文化や価値を掬い上げ、暮らしに溶け込んだ建築を目指しています。建築は単なる空間の形態だけでなく、その土地や人々の歴史、環境と深く関わり合うものだからです。
── 歴史的な背景があまりない土地においては、どのように考えていますか。
高池:どんな土地でも”ならでは”のものがありますが、日本家屋のもつ原風景のような空間体験もまた、建築を考えるうえで魅力的な要素だと思っています。たとえば、2019年に竣工した〈豊田の家〉は、一般的な住宅地に建つ木造住宅で、土間的な空間を1つのテーマにしています。挿入された通り土間は、内と外の間の空間として、環境や個人のプライバシーを調整できる緩衝空間となります。
高池:全体としてはL字型のプランに4枚の屋根を載せたような外観で、前面に大きくせり出した庇の下はガレージ兼アウトドアリビングとなり、趣味の車弄りやバーベキュー、正月になると餅つきなどにも使われています。
実はクライアントが私のいとこなのですが、竣工後に住宅を見た伯父の言葉が今でも記憶に残っています。「清新(せいしん)な建築だなあ。」と。当時、日本の古典文学の大学教授だった伯父はこの住宅を見て、これまで全国を見て回った寺社建築に通じるものがある、と言ってくれました。長い歴史で洗練されてきた建築様式の中には、居心地のよさや使いやすさに説得力があります。伯父からの言葉は嬉しくもあり、私の設計に対する自信にも繋がりました。
〈豊田の家〉の概要は「TECTURE」サイトページをご覧ください。
https://www.tecture.jp/projects/4458
── そうした歴史性を考えるようになった、何かきっかけはあるのでしょうか。
高池:伊東事務所で「みんなの家」を担当できた経験が大きいかもしれません。当時、地元の方々が避難されていた体育館などを訪ねていたのですが、あれほどの経験をしてもなお、地元を離れたくないと話されている方が大勢いることに驚きました。
はじめて三陸地方の大自然を見た時、「こんな綺麗な場所があったのか。」と圧倒されました。ですが、現地の人からすれば当たり前の日常で、離れがたく懐かしさを覚える光景なのです。その日常の積み重ねが歴史であり、新しい何かをつくる立場として、歴史の延長として建築を考えることが、その土地への恩返しにもなると思ったのです。
コミュニケーションからアイデアの引き出しを増やす
高池:ほかにも、クライアントやその建築を利用する人たちとのコミュニケーションが設計の手がかりとなっています。三陸地方で暮らしている人々もそうでしたが、交流を続けていると、ふとしたタイミングで心を開いてくれるんですよね。何よりも嬉しいですし、その土地で真に求められる建築を知ることができます。
高池:私は千葉の郊外で育ちましたが、両親がとても社交的な人たちで、毎週末になると何十人もの友人知人が集まるような家庭でした。そのため、小さいころから人と話をすることが好きで、現在の設計へのアプローチにも活かされている気がしています。
たとえば直近で、小田急不動産のマンションの空間アイデア企画で、住民がお裾分けしたいものを置けるポストを提案しました。アイデアのもとになったのが、最近私が引っ越して住み始めた築50年の別のマンションで、小規模ながらアパート全体でのコミュニティが残っています。ここに住んでいるおばあちゃんが時々、家庭菜園で採れた野菜をおすそ分けしてくれるんです。エレベータに新聞紙を引いて野菜を並べ「お好きにどうぞ。」と。話を聞くと「誰もが利用するがエレベータだから。」という合理的な理由で、どことなく現代的にアップデートされたコミュニティのあり方に感動しました。
このポストを通じて、新しいマンションでも小さなコミュニティが生まれていき、お裾分けもいつかは日常となり、その場所における歴史の1つになるのだと思います。建築に繋がるアイデアは、人とのコミュニケ―ションの中にたくさん落ちていて、私はそうしたアイディアを拾っていくアプローチが好きですし、事務所のスタイルにも合っている気がしています。
常に競い合う環境づくり
── 事務所のスタイルというと?
高池:私たちの事務所では、プロジェクトごとに担当者を割り振るのではなく、すべてのプロジェクトに全員で関わるようにしています。小さい事務所のため、担当制にしてしまうと付きっ切りになってしまい、事務所内でのコミュニケーションが少なくなってしまうからです。もちろん、どこかで担当者を決めなければならないタイミングはありますが、案を固めていく段階では全員で取り組んでいます。何より、1人で考えているより良い案が出ますからね。
はじめてクライアントに提案する時も複数案をもっていくことが多く、その場でのコミュニケーションを通して案を詰めていくようにしていて、誰の提案を軸に進めていくのかという緊張感を常にもっています。私たちの事務所ではさまざまなプロポーザルに積極的に取り組んでいますが、社内においても、常にプロポーザルが開催されている感覚ですね。
(後編へ続く)