海水100%利用のコンクリートでつくられた「いのちめぐる冒険」、リユース前提の設計手法により移築転用を実現! - TECTURE MAG(テクチャーマガジン) | 空間デザイン・建築メディア
FEATURE

海水100%利用のコンクリートでつくられた「いのちめぐる冒険」、沖縄県内の村立中学校へ転用

[大阪・関西万博]リユース前提の設計手法により移築転用を実現!

2025年大阪・関西万博のシグネチャーパビリオン「いのちめぐる冒険」のモジュールユニットが、沖縄県中頭郡中城(なかぐすく)村における村立中学校の整備計画(PFI事業)に転用されることが決定しました。パビリオンに用いられた57個のモジュールのうち15個を活用するもので、リユースと新築をハイブリッドさせて新たな建築に昇華する画期的な提案です。
本記事では、パビリオンの計画当初からリユースの実現を前提に設計に取り組んだという小野寺匠吾氏のコメントも交えながら、転用計画の詳細とそれを可能にしたパビリオンの建築デザインをご紹介します。

注目ポイント

  • リユースを前提とし、製造・運搬工程から逆算したモジュール設計
  • シンプルなモジュールの組み合わせで多様な空間を生んだパビリオンのデザイン
  • 環境負荷への課題解決から生まれた、「海水練りコンクリートパネル」
  • 万博会場での空間体験をレガシーとして受け継ぐ、「リユースと新築のハイブリッド」による新校舎案

パビリオンのデザインコンセプト

「いのちめぐる冒険」は、練り混ぜ水を海水にして打設したコンクリートパネルと一辺2.4mの立方体フレームで構成されたモジュール=セル(細胞)が、大小さまざまなボックスと重なり合う中に展開される展示をめぐるパビリオンです。シンプルな形状のセルが複雑に重なり合うことで多様な居場所を生み出し、自然と中へ誘導される岩礁のようなデザインが特徴です。

パビリオンの詳細

[大阪・関西万博]シグネチャーパビリオン紹介_河森正治氏

シグネチャーパビリオン「いのちめぐる冒険」外観 (photo: Ichiro Mishima)

モジュールの重なり合いを見上げる (photo: エスエス)

小野寺氏:
元々はたった半年間の祝祭のために、多大なエネルギーとコストをかける万博の枠組みには懐疑的な立場でした。ですがこのプロジェクトを通じて建築資源の循環に有効な手が打てるのであれば意義を見出せると思い、「リユースを実現できなければプロジェクトは失敗」だという意気込みで取り組みました。現在の建築業界では建築物のリユースは非常にハードルが高いのが実態です。建築を移築して再利用するより、新築した方がリーズナブルなためです。しかしながら環境負荷を考えれば資源の有効利用は喫緊の課題です。そのためリユースの可能性を広げる提案として、いくつかのモジュールの塊をそのまま移設することも、フレームやパネルを単体として再利用することも可能になるように設計していきました。

設計段階からリユースの工程を想定したデザイン

リユースの実現性を高める工夫として、モジュール同士は溶接せずビス止めで連結し、会期終了後にはモジュール単位に分解して移設できるように設計されています。またモジュールはコンテナの製造ラインで製作可能なディテールによってデザインしており、5個連結すると40フィートコンテナのサイズになるよう寸法が決められました。

ユニットを運搬する様子。海運の規格に合わせたことで、中国の工場から夢洲に隣接する咲洲のヤードまで海上輸送し、咲洲から夢洲までの最短距離での陸上輸送が可能となった (photo: Ichiro Mishima)

複雑に見える形状も、モジュール同士を「30度傾けて、2点で接続する」という単一のルールに基づいており、シンプルなルールでありながらランダムに見える積み方をスタディし、最終的なかたちに決定しました。モジュールを複合的に接続させることで「立体アーチ」ともいえる柱のない大スパンを実現し、回遊性の高い空間が生まれています。構造設計は金田泰裕氏が担当しており、いくつかのモジュールの塊を1つの単位として構造解析を行い安全性を確保しています。

小野寺:
パビリオン設計のプロセスは、多くの不確定要素を含むものでした。小さなモジュールを積み重ねるデザインは、度重なる計画変更に柔軟に対応可能な案だったといえます。展示プランの変更や、減額対応などが続くなか、モジュール単位で差し引きしながらその都度全体の形状を調整していきました。最終的には複数のゾーンごとにルートを分けることで、予約必須のゾーンだけでなく自由に体験可能なゾーンをつくることができ、今回の万博の予約システムにも対応したかたちとなりました。

スタディ模型。初期案ではより小さなモジュールを300個ほども用いる案も検討された (photo: Ichiro Mishima)

環境負荷の課題解決から誕生した海水練りコンクリートパネル

モジュールに使用されたコンクリートパネルは、大阪湾の海水を練混ぜ水として打設されています。設計段階で、小野寺氏は沖縄の構造家が開発したカーボンワイヤーを使用したコンクリート、HPC®(ハイブリッドプレストレスト・コンクリート)の存在を知ることとなります。従来のコンクリートは鉄筋部分から錆が進行してしまうことが長期使用における弱点となっていましたが、HPC®では鉄筋の代わりにカーボンワイヤーを緊張材として使用しているため錆びないという特性があり、200年の使用に耐える技術として期待されています。小野寺氏はこの特性を応用し、これまでコンクリートの打設に用いられてこなかった海水等の材料で実験を製作工場で行い、必要な圧縮強度と安全性を確認しました。

小野寺:
100%海水練りで打設を実現したことは、資源活用の観点で画期的です。真水の精製には多大なエネルギーを要しますし、将来的には海上で打設を行って最短距離で建設現場へ運搬する、といった可能性も示唆されています。また海水を使用したことで初期強度が向上し、通常2週間で達成される強度が数日間で得られるという効果も確認され、施工プロセスの簡略化も期待できます。さらに、HPC®は40㎜という薄さで打設することが可能で、構造体を軽量化することにも寄与しています。

手で掴める厚さのコンクリートパネルのサンプル。波打つ表面に細かな筋が入れられており、冷却効果も兼ね備えている (photo: Office Shogo Onodera)

パビリオンのデザインコンセプトや海水練りコンクリートパネルについては、以下の動画で詳しく紹介されています。

モジュール15個の再利用、新築・リユースのハイブリッド方式によるリユース計画

会期終了後、パビリオンで使用されたモジュールの一部は「中城村立中学校整備事業」内での利活用を見据え、中学校の敷地の一角に作られる「地域連携室」での利用が予定されています。これは中城村によるPFI事業で、SPC構成企業である株式会社國場組、株式会社国建と、小野寺匠吾建築設計事務所との連携により実現したリユース計画です。PFI事業による民間提案型とすることで通常の公共事業と比較し柔軟かつチャレンジングな計画提案を行うことが可能となりました。新築とリユースのハイブリッド方式とし、万博会場で使用した57個のモジュールのうち15個が再利用される予定です。

全体パース。右が校舎、左が地域連携室と広場。立方体モジュールの上に、流線型の屋根が架けられる (image: Office Shogo Onodera)

高低差のある広場にモジュールが置かれ、屋根が架かり、さまざまな居場所がつくられる (image: Office Shogo Onodera)

農道側から地域連携室へのアプローチ (image: Office Shogo Onodera)

モジュールを転用しつつ、新築の屋根を打設する、ハイブリッドな提案 (image: Office Shogo Onodera)

Diagram Plan (image: Office Shogo Onodera)

全体計画は、新校舎に隣接する地域連携室として地域住民や学生がイベントなどで使用できる新築のワンルーム空間を整備し、その周辺にパビリオンのモジュールを用いたパーゴラを点在させるものです。万博会場での体験を再現するため、地域連携室へのアプローチにモジュールが置かれ、来場者はモジュールの間を通るように動線がデザインされています。沖縄の強い日差しに対応する日陰をつくり、人びとの居場所となることが意図されました。

小野寺氏:
リユースの実現にあたっては、会期中に何度も万博会場へ赴き、興味を示してくださる方々(需要家候補者)への説明を繰り返してきました。15個ものモジュールを利活用する今回の計画は、単に資材活用を行うのではなく、レガシーとして万博を継承し、未来を担う子どもたちに伝えていく機会となりました。これは「いのちめぐる冒険」がかねてから目指してきた「建築とは単に“つくる”行為ではなく、社会と自然の中で循環していくプロセスであるという考えを、このパビリオンを通して可視化する」ことを実践・実証する貴重なプロジェクトになると考えています。また、沖縄以外でも日本各地で3個セットや単体でモジュールが利用される計画があり、これらのプロジェクトが、他館も含めさらなる利活用への機運醸成につながることを願っています。

「いのち輝く未来社会のデザイン」をテーマとした今回の万博では、数多くのパビリオンや関連施設で会期終了後の利活用が目指されてきました。リユースよりも新築の方が安価に済む現在の市場や再利用の為の法的整備・仕組みが確立されていない現状において、リユースの実現は困難な状況にあります。しかし万博を契機として資材の活用や建築物の移築・転用が促進されていくことで、市場における資材の流通事情にも変化が起こるかもしれません。万博施設のリユースが今後どのように進められていくのか、tectureでは引き続きフォローしていきます。
(文:ロンロ・ボナペティ)

【購読無料】空間デザインの今がわかるメールマガジン TECTURE NEWS LETTER

今すぐ登録!▶

万博特集

FEATURE

読者が選ぶ万博建築ランキング!

[大阪・関西万博]600票超のリアルな声で振り返る、"未来社会の実験場"の建築たち
FEATURE

会期後まで注目したい!万博の跡地活用特集

[大阪・関西万博]歴史的事例を振り返る跡地利用の変遷と大阪・夢洲における挑戦
FEATURE

シグネチャーパビリオンを一挙紹介!

[大阪・関西万博]各分野のトップランナーが見据える未来を映す、個性豊かな8つのパビリオン

シグネチャーパビリオン

CULTURE

小堀哲夫氏がデザイン、音楽家・中島さち子氏がプロデュースするパビリオン〈いのちの遊び場 クラゲ館〉

[大阪・関西万博]シグネチャーパビリオン紹介
CULTURE

SANAAが建築デザインを担当した宮田裕章氏プロデュースのパビリオン〈Better Co-Being〉

[大阪・関西万博]シグネチャーパビリオン紹介
CULTURE

隈 研吾氏が建築意匠監修、小山薫堂氏がプロデュースを担当したパビリオン〈EARTH MART〉

[大阪・関西万博]シグネチャーパビリオン紹介
CULTURE

周防貴之氏デザイン、河瀨直美氏プロデュースのパビリオン〈 Dialogue Theater - いのちのあかし - 〉

[大阪・関西万博]シグネチャーパビリオン紹介
CULTURE

遠藤治郎氏がデザイン監修、石黒 浩氏がプロデュースしたパビリオン〈いのちの未来〉

[大阪・関西万博]シグネチャーパビリオン紹介
CULTURE

橋本尚樹氏が設計を担当、福岡伸一氏がプロデュースしたパビリオン〈いのち動的平衡館〉

[大阪・関西万博]シグネチャーパビリオン紹介
CULTURE

NOIZがデザインを担当、落合陽一氏プロデュースのパビリオン〈null²〉(ヌルヌル)

[大阪・関西万博]シグネチャーパビリオン紹介

RECOMMENDED ARTICLE

  • TOP
  • FEATURE
  • 海水100%利用のコンクリートでつくられた「いのちめぐる冒険」、リユース前提の設計手法により移築転用を実現!
【購読無料】空間デザインの今がわかるメールマガジン
お問い合わせ