設計事務所が「場」をもつ理由 ― 設計者の能力を活かす クルの経営術 - TECTURE MAG(テクチャーマガジン) | 空間デザイン・建築メディア
設計事務所が「場」をもつ理由 ― 設計者の能力を活かす クルの経営術

設計事務所が「場」をもつ理由 ― 設計者の能力を活かす クルの経営術

BUSINESS

TECTURE AWARD 2025のインテリア部門で金賞を受賞した〈KURUTO〉を企画、設計、運営している大阪の建築設計事務所・クル。大規模なホテルやオフィス、集合住宅などの設計に加え、無人パーキングエリア活用の実証実験から公共案件まで、用途も規模もさまざまなプロジェクトを手掛けています。

「誰に何を、どの段階で相談したらいいか分からない」、そんなクライアントのさまざまな困りごとを設計事務所の視点でともに考え、最大限の価値を生むことを目指して事業構想の段階から伴走するクルの経営術について、クル CEO・水谷光佑氏へインタビューしました。

Photo: HIROKI KAWATA

—– 用途も規模も幅広いビルディングタイプや事業を手掛けられていますが、プロジェクトの依頼はどのように届いているのでしょうか?

水谷光佑氏(クルCEO・以下、水谷):僕が前職のディベロッパーで発注者側にいた経験から、「何に困っているのか」という、場の困りごとを丁寧にヒアリングすることを大事にしています。仕事の9割ほどは僕自身を窓口として依頼をいただいていますが、自分の仕事がいわゆる営業活動とは思っていません。僕がいつも考えているのは「要件定義されたものを請けることだけが設計事務所の仕事ではない」ということです。

今は20~30坪程度のオフィス内装、13階建て商業ビルの新築設計、兵庫県加古川市の行政案件などが進んでいます。どんなプロジェクトをやっている事務所かと聞かれると答えに困るくらい、幅広い領域で仕事をさせてもらっています。

例えば商業ビル新築プロジェクトでは、オーナーが久しぶりに建てる自社物件に強い思い入れがあったのですが、思いや意図がうまく伝わらず当初依頼したゼネコンからは「建てやすい設計」を提案されました。ゼネコン側は工事を請ける立場でもあるので、シンプルな建物の提案をするのも理解できます。建築デザインの専門家ではないオーナー側とゼネコン側のコミュニケーションがうまく噛み合わなかったわけです。

そこでクルにお話しがあり、まずゼネコン側から上がってきた提案を整理して図面を引き直し、条件を揃えて比較しやすい状況にする、いわばプロマネみたいな作業を行いました。その後、そのプロジェクトが本格的にスタートする段階で、正式にクルで設計も担当することになりました。

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水谷光佑氏

水谷:建物を建てる、店舗をオープンさせるという場合、オーナーや発注者が建築の専門家でないケースも多いです。悩んでいる部分を解決できるデザインを実現するには、それぞれの思いや提案をうまくヒアリングする必要があり、実はかなりハードルが高いことです。クルはそういった設計前後のさまざまな困りごとに耳を傾けていった結果、大小さまざまなプロジェクトの依頼につながっているという感じです。実際には設計の仕事につながらないことも多くありますし、フィットする人をご紹介するだけのこともあります。

—– 設計スタッフはどの時点から関わられるのですか?

水谷:クライアントの思考や悩みを聞く打ち合わせから、企画スタッフだけでなく、設計スタッフも参加します。方向性が固まっていないなかで設計スタッフも交えて「ああだろうか、こうだろうか」と提案しながら絵にしていくと、クライアントにとってイメージが湧きやすく、現実的な判断がしやすくなります。企業がクライアントの場合、企画のフェーズにはコンサルタントや代理店のような立場の方が入られることも多いですが、クルもその候補の1つとして考えてもらえたらいいと思っています。

僕たち設計事務所ならではの強みは、まだ企画がやわらかい段階からアイデアをすぐに絵に起こすことができる点です。東京の設計事務所なら企画段階から関わるところも増えているのかもしれませんが、関西だとまだまだ少ないと感じています。関西の事業者やオーナーたちは、そういうところに難しさを感じていると思います。

クル

—– 企画がまだやわらかい段階での相談を、どこにすればよいのか分からないクライアントが多いということに着目されているのですね。企画段階から手掛けたプロジェクトにはどのようなものがありますか?

水谷:分譲マンションの〈イニシア京都御所南〉は、クルのパートナーであるcoil 松村一輝建築設計事務所の松村一輝さんとともにデザイン監修を手がけたものです。創業50周年を迎えるクライアントが「次の50年に向けた住宅価値」を模索したいと計画する中で相談をいただきました。

多くの分譲マンションは使い始めたら中古となって価値が下がり、傷はアフターサービス問題になるため、仕上げは均質であることが求められます。そこへ伝統的な工芸品のように経年美化するものや、あえて不均質な表情の材料を導入し、時間とともに価値を深める住宅をつくるプロジェクトを提案しました。僕たちは提案はもちろん、クライアントとともに京都を中心に職人や工房を訪ね、それぞれの想いや制作背景を理解し関係を深めるところから伴走しています。

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〈イニシア京都御所南〉Photo: 株式会社コスモスイニシア

水谷:クライアントは「分譲マンションに不均質なものは導入できない」という先入観がありましたが、30社ほどの織物や金網、瓦などの工房を巡り、「この素材はこの部分に導入できるのではないか」などと提案しながら一緒に工場見学もしました。和紙や瓦などのいくつかの企業が賛同してくださって、専有部や共用部の一部に取り入れています。

デザインのほかにもう1つ大切にしたのが、完成して終わりにせず、瓦や左官、和紙など、修繕や更新の際にも同じ職人へ依頼できるよう、住宅と職人との関係がその後も続いていく仕組みをつくった点です。このプロジェクトはドイツの国際的なデザインアワード「ICONIC AWARDS 2026」において、Architecture – Residential部門でWinnerを受賞しました。

〈イニシア京都御所南〉Photo: 株式会社コスモスイニシア

水谷:事務所ビルを1棟丸ごとリノベーションしてホテルにした〈UCHIWA STAY OSAKA NAMBA〉は、「新しいことをやりたいが何も決まっていない」という、新規事業の企画構想段階から関わった案件です。企画にあたって「やる気のある人を5人くらい集めてください」とお願いし、1年契約で「1年後に社長に新規事業として承認してもらう」プロジェクトを始めました。

集まったクライアントの若手社員たちと街を歩き、いろいろな調査する中で「人数の多い家族や小グループで旅行をしても、現状のホテルでは部屋が分かれてしまう。そのため大人数で同室に泊まれる宿泊施設の稼働率が高い」ということに気付いたんです。そこで投資規模や事業計画をまとめ、ビルをコンバージョンして広い部屋のある宿泊施設をつくることを試させてほしいと会社に提案し、「みんなで集まって過ごせる宿泊体験」をコンセプトに内装設計も含めて携わりました。

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〈UCHIWA STAY OSAKA NAMBA〉Photo: クル

—– まさに川上から伴走する、コンサルティング的な関わり方ですね。

水谷:自分たちをコンサルタントだとは思っていないのですが、線を引くことだけが設計者の職能ではないと思っていますし、設計をする人たちが本来もっている能力を活かしきれていないと感じています。多くの関係者を取りまとめ、交渉し、法規を確認し、デザインもする設計者という人たちは本当に優秀だと思うのですが、もっとそれを活かしきれるフィールドがあれば、結果として街や場所がもっとよくなるはずです。

自分たちを見ても、企画がまだやわらかい段階から絵を描いて見せられる、旅館業法などビルディングタイプごとに必要となる法的なチェックがすぐにできるという強みを活かせる機会がこれまであまりなかったなと感じていて、社内では設計スタッフに「デザイン・建築の専門性をもった社外ブレーンになろう」とよく話しています。

これも最近、地方などでよくご相談いただくことなのですが、今まで手がけてきた事業に先細りを感じ、違うことをしたいと考えるクライアントが増えています。例えば結婚式場事業を手掛ける企業は、その地域では実績も影響力もリソースもあるけれど、少子化で売り上げも減っていく。補助金を活用してリスクを抑えながら新しいことをやりたいけれど、何がいいのか分からないという問題です。新規事業といっても、そもそも何をやるかの判断自体が非常に難しいですし、土地探しから日数、費用がどれだけかかるのかも分かりません。今までやってきた結婚式場をもう1つ増やすことは簡単ですけど、それ以外のことが本当に分からないんです。そして補助金を取ってからじゃないと設計事務所に依頼できない、と思い込んでいる方が大勢います。

僕たちが彼らのブレーンになって、構想レベルの提案や簡易的な設計だけを担うという関わり方をすることもあります。本格的な設計は請け負わず、相談や企画だけで終わることもありますが、僕たちがもっている知恵や技術で設計のもっと手前から適切にサポートしてあげられたら、もっといい場所が増えてクライアントのリスクが低くなると思っています。

—– 自社運営のイベントスペースで「KURUJAM(クルジャム)」というトークイベントを開催されていますが、これはどういった意図で始められたのですか?

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Photo: クル

水谷:事務所の隣で運営しているイベントスペースでは、アート展示やアパレルのポップアップなどのほか、落語会なども開催していますが、僕自身がやりたくて開催している企画が「KURUJAM(クルジャム)」というトークイベントです。建築業界内外のさまざまな方をお招きしてもう20回になります。

僕自身は設計の実務を担当しておらず、外部でいろいろな方とコミュニケーションを取る機会が多くあるので、「この人は面白い」「一緒に仕事してみたい」という出会いがたくさんありますが、実際にプロジェクトでご一緒できる確率は決して高くなく、何年経っても仲は良いけれど仕事はしていない、ということも多いです。

そして社内にいる設計スタッフは事務所で作業する時間が多く、僕が出会った人たちと関わる機会があまりなかったので、最初は社内イベントとしていろんな人を連れてきて話してもらうという場として開催していました。今は外部にも無料で開いていて、多いときは30~40名ほどが参加してくださいます。

すべての設計事務所に当てはまるとは思っていませんが、これからの時代、設計事務所は設計だけをやっていても難しいし、設計事務所が1社でできることは限られています。そのために僕は設計業務の関わり方やタイミングをずらしたり増やしたりすることを意識してやっているのですが、関わってくれる人たちの理解を深めたり、協業したり、周囲とうまくタッグを組んだりしていくための「関わりしろ」になるトークイベントだと思って続けています。

設計事務所が場をもつ意味は、この「関わりしろ」にあると考えています。〈KURUTO〉では、店舗・シェアオフィス・イベントスペースの3つの用途が複合することで、そこに関わる人々を緩やかにつなぎ、新たな出会いを生み出しています。そこにクルのスタッフが介在することで、「この企画にはあのときに出会った、あの人にジョインしてもらったらもっと面白くなるかも?」「この空間にはあのアーティストさんの作品を提案したら、よりよくなるかも?」「このクライアントさんは、あの作り手さんと相性がいいかも!」といったアイデアが生まれるなど、クルの仕事のクオリティアップにも徐々につながっているように思います。

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Photo:HIROKI KAWATA

—– 今後はどういった領域、テーマに携わり、どんな事務所にしていきたいと考えていますか?

水谷:この場所に事務所を移転して20年になるのですが、〈KURUTO〉の運営を始めたこの1年で想像以上に地域に馴染んできました。設計事務所として100人、200人といった規模を目指すのではなく、数十名くらいで一定のクオリティを保てる設計事務所であり続け、そのうえでこれからもこの地域をはじめ、自社事業をもっと展開していきたいと考えています。スタッフのデザイン力、企画力も含めて、世の中の困りごとに対して「クルだから提案して実行できる自社プロジェクトを増やしていきたい」という思いです。

日本中の使われなくなった施設や敷地には「こんな使い方をしたらすごくいいのに」というポテンシャルが高い場所がありますが、オーナーの事業計画や予算がなければプロジェクトに至りません。そこへ設計事務所が自ら「空いているなら僕らが借りるのでやらせてください!」という選択ができればいいのですが、僕たちにノウハウがあっても、いつでもどこの敷地でも手を挙げられるほど組織的にも資金的にも余裕があるわけではありません。会社としてこちら側から仕掛けられるだけの強さを、いずれもちたいと思っています。

そしてこれまでのような「設計業務」という仕事の請け負い方や、クライアントワークという受注形態だけでは突破できないことに対して、「僕らがリスクをもってやります、一緒にやりましょう」と言えるシーンを増やしていきたいし、一緒に挑戦してくれる仲間を増やしたいと考えているところです。

クル

 

インタビュー:2026年8月31日 KURUTOにて
Photograph:Shun Fukuda(特記以外)

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