JVを組んで公共プロポーザルに勝利しているUtAが登場
プレゼンテーションはプロジェクトの起点となり、実現の可否を左右する。プレゼンで相手の心を動かし、プロジェクトをドライブさせるため、アイデアを効果的に伝えるために、建築家が実践していることとは何か?
『TECTURE MAG』では、建築家が準備したプレゼンの資料を公開する特集を「著名建築家のプレゼン手法公開」としてシリーズ化。資料作成のポイントやツール、プレゼン時の心構えに至るまでを紐解いてもらっている。
特集の第3回は、それぞれで自身の設計事務所を率いるとともに、近年はJV(共同企業体)として設計競技に挑み、公共建築のプロポーザルで3つ勝利している2人の建築家、畝森泰行氏(畝森泰行建築設計事務所代表)と金野千恵氏(teco代表)に話を聞いた。
両氏の事務所は、東京の下町、浅草橋3丁目の屋上付き5階建ての中古ビルを改修し、2020年12月にオープンした〈BASE〉の3階と4階にある。1階と2階、5階と屋上は共有スペースとして使われている。
インタビューの場所は、リノベーションで半屋外空間となった2階の「GARDEN」にて。共同でプロジェクトにあたる際に心がけていること、プレゼンテーションの極意についても披露していただいた。
前編INDEX
- 互いの長所をJVで活かす
- 「わかりやすさ」を第1に
- プレゼンで訴求する「ワード」は1つに絞り切る
- 現地でのヒアリングから建物の使い方を提案に含める
- 使う人の意見で建築が育つ余地をつくる
後編INDEX
- リサーチ力も含めてプロポーザルを獲る
- データを再構築して建築を提案する
- プレゼン相手の不安を想定して取り払う
- Vectorworksをプレゼンシート製作に活用する
畝森泰行建築設計事務所・tecoJV の提案が一等あるいは最優秀案に選出されたプロポーザル
- 岩手県 / 北上市保健・子育て支援複合施設基本設計業務 公募型プロポーザル(2018年実施、2020年4月に〈北上市保健・子育て支援複合施設 hoKko〉としてオープン)
- 高知県 / 須崎市図書館等複合施設建設構想策定委託業務 公募型プロポーザル(2019年実施)
- 鳥取県 / 琴浦町 生涯学習センター改修工事 基本設計業務 プロポーザル(2020年実施)
建築家プロフィール(敬称略)
畝森泰行 | Hiroyuki Unemori
1979年岡山県生まれ。2002年横浜国立大学卒業、2005年横浜国立大学大学院修了。2002-2009年西沢大良建築設計事務所勤務を経て、2009年畝森泰行建築設計事務所(UNEMORI ARCHITECTS)設立。
主な作品と受賞に、〈Small House〉で第28回新建築賞(吉岡賞、2012年)、〈8 Houses〉で第32回SDレビュー入選(2013年)、〈須賀川市民交流センター tette〉で2019年度グッドデザイン金賞(経済産業大臣賞、須賀川市、石本建築事務所ほかとの共同受賞)、第61回BCS賞(2020年)、JIA優秀建築賞(2020年)、日本建築学会作品選奨(2020年)など国内外で受賞。
プロポーザルで最優秀賞に選出されている進行中のプロジェクトに、2019年選出でアンスとの共同設計「田村市屋内遊び場遊具提案及び設計」、2020年選出で丹羽建築設計事務所との共同設計「奈義町立中学校改築工事基本設計」などがある。
現在、横浜国立大学、日本女子大学、東京理科大学にて非常勤講師を務める。畝森泰行建築設計事務所 Website
https://unemori-archi.com/
金野千恵 | Chie Konno
1981年神奈川県生まれ。2005年東京工業大学工学部建築学科卒業。2005-2006年スイス連邦工科大学留学(奨学生)。2011年東京工業大学大学院修了、博士(工学)。 2011年KONNO(コンノ)設立、2015年にteco(テコ)に改称。
主な作品と受賞に、《向陽ロッジアハウス》で日本建築学会作品選集新人賞(2014年)、東京建築士会平成24年住宅建築賞金賞などのほか、第15回ヴェネチアビエンナーレ国際建築展2016 日本館展示「en(縁): art of nexus」の会場デザインで審査員特別表彰(共同受賞)、〈幼・老・食の堂〉で第35回SDレビュー鹿島賞(2016年)、医療福祉建築賞(2022年)など。
プロポーザル選出による進行中のプロジェクトとしては、「2025年大阪・関西万博ギャラリー設計業務」がある。
2018年より東京藝術大学非常勤講師、2021年より京都工芸繊維大学特任准教授を務める。teco Website
https://teco.studio/
互いの長所をJVで活かす
——どのようにプレゼンテーションを組み立てているのか、お互いの役割分担についてなど、いろいろ話を聞きたいのですが、最初はどういったきっかけでタッグを組んだのですか?
畝森泰行(以下、畝森)
最初に組んだのが岩手県北上市のプロポーザルで、僕から金野さんに「一緒に応募しませんか」と声をかけました。このプロポーザルに参加するには、僕の事務所単独では参加できなかったこともありまして。
金野千恵(以下、金野)
話をいただいた頃、畝森さんが石本建築事務所と共同で福島県須賀川市での震災復興施設のプロジェクト(2019年1月に開館した〈須賀川市民交流センター tette〉)を進められているときでした。仕事の幅が広がっているそんなときにタッグを組めるのは、私たちとしても大いに学べるチャンスだ! と思い、ご一緒しました。
——それまではそれぞれの事務所としてのやり方があったと思いますが、初めてタッグを組んでみての感想などお聞かせください。
金野
JVによって進め方は異なると思いますが、私たちはミーティングで毎回、課題を出して、持ち帰って各々がまた考えて、を繰り返していました。
そのうちに、畝森さんのプロセスの踏み方とか、相手への説明の仕方がわかってきて、大きな学びとなりました。例えば、プレゼンテーションの際に、相手側に「不安要素をつくらない」ことを丁寧に考えて、プレゼンを組み立てていることなどが挙げられます。
畝森
その辺りのプレゼンのノウハウは、実はオンデザインの西田 司さんに教わりました。
金野さんとタッグを組んでみて、例えば北上のプロジェクトはすでに建物が完成しているので実感としてわかるのですが、金野さんと僕とでは当然、互いの興味が重なる部分もあれば、違う部分もあります。金野さんは、建物を使う人の活動といったところから空間を組み立てていく。僕のやり方とそこはかなり違っていたので、大きな影響を受けました。
「わかりやすさ」を第1に
——北上市でのプロジェクトのプレゼンテーションで、おふたりが最も重視したのはどういったところでしたか。
畝森
どのプロポーザルのプレゼンテーションも同じことが言えるのですが、「わかりやすさ」は毎回すごく意識していますね。特に、公共施設はいろんな人に使われるので、その人たちに共感してもらえないといけない。そこでは「わかりやすさ」が大きなポイントになります。
金野
2つの事務所それぞれの長所をわかりやすく伝えることも考えました。私たちのチームはいろんな要素、側面をもっていて、それをすべて発揮します、と見せられるように。畝森さんの落ち着いた雰囲気で安定した土台を見せながら、いろいろな視点を伝えて、挑戦的なことも考えているチームとして表現するように意識しました。
——おふたりそれぞれの建築家としての特徴を分析していただけますか。
金野
先ほど畝森さんからもお話しいただきましたが、私は、人の活動がどのように誘発されて、その結果、どんな風景が生まれるかといったことに興味があります。現地でのリサーチをもとにピックアップした物事の隣接関係や交わり方から想像して、しつらえや建築を考えていくのが好きなんです。
畝森
金野さんのこの思考に基づくきめ細やかさは、北上市のプロジェクトでは、家具や素材、人の居場所のデザインなどに大きくあらわれていましたね。
金野
それに対して畝森さんは、俯瞰してプロジェクト全体の骨格を大切にして組み立てていく。建築の意味をつくる構成と、力学的な構造の関係性への興味と理解が深いんです。私も大事にしたい部分ですが、この畝森さんの構造に変換していく感覚は際立っていると感じます。
加えて、北上では、実際に現地を訪れて、それぞれの目で見て、いろんな人に話を聞いて、それらを踏まえてブレインストーミングをたくさん行いました。この実感はとても重要だと私たちは思っていて、どの提案も毎回、そうやってアイデアを固めています。
——〈北上市保健・子育て支援複合施設 hoKko〉では、共同してどのような提案を行ったのですか。
畝森
計画の趣旨が、既存の8階建ての商業施設の1階と2階、2フロアを改修して、市民の健康促進や子育て支援のための複合施設にすることでした。改修なので、いわゆるハードとしてのかたちの提案はあまりできません。
そこで僕たちは、1階に、幅13m、奥行きは35mほどの、南北をつらぬく屋内広場を提案しました。
最終的に名称は「hoKko広場」になりましたけど、金野さんが提案当初に「まちいく広場」と名づけていました。金野さんは、僕たちの提案を的確な造語にして表現するのがとてもうまいんです。
プレゼンで訴求する「ワード」は1つに絞り切る
金野
〈北上市保健・子育て支援複合施設 hoKko〉で提案した「まちいく広場」というワードは、北上市の市長さんが「まちいく」というワードを使っていらしたのを参考にして、建ったあともこの場を街に育ててもらいたいという意味を込めました。
プロポーザルやコンペティションに挑むときは、地域の古い資料から若者の発信まで、なるべく広く目を通すようにしています。そこからプロジェクトのコンセプトに適した、わかりやすくて、かつ、みんなが納得できるようなワードや言葉を考えます。そういったプロセスが、自分たちのチームの方向性を確認することになり、骨格づくりやしつらえにも反映されていると思います。
畝森
言葉は大事です。どんな言葉で話すのか、決して独りよがりにならないように気をつけています。相手にもちゃんと伝わる、共感できる言葉を選んで、プレゼンの中に入れていく作業が結構、大事ですね。一言で、どうしたいんだということがわかる言葉。その創出が、金野さんは本当にうまい。
金野
言葉を生み出す、考えることは、認識の世界を創っていく作業なので大事ですし、好きですね。おそらくそれは、大学時代の師匠(東京工業大学大学院 塚本由晴教授)の血を受け継いでいるのかな。
プロポやコンペのプレゼンでいえば、造語や特殊な響きをもったワードは、使うのはここ、と限定するようにしています。
現地でのヒアリングから建物の使い方を提案に含める
金野
北上のプロジェクトでは、現地に行き、既存建物の観察はもちろん、1日かけて周辺を回り、いろんな方に話を聞きました。その地域らしさみたいなものを感じとりたくて。
そうしたら、「あの人にも話を聞いたほうがいい」と複数の方から同じアドバイスがあって、子育てコンシェルジュという市の職員さんで、人と地域をつなぐキーパーソンの存在を知りました。それを契機として、地域の人たちに「食のコンシェルジュ」や「昔遊びのコンシェルジュ」になってもらうというアイデアが生まれました。いろんな活動を誘発できそうだ、というソフト面での提案につながっています。奥行きのある広場を提案したのも、この場所、この地域なら、そういった運用ができるに違いないという実感に基づいています。
畝森
そう、プランはもちろん大事なのですが、僕たちは同時に、建物がどういうふうに使われるのか、どうすれば建物を育てていけるか、みたいなところまで考えて提案するようにしています。これは、どのプロポーザル、コンペでもやっていることで、プレゼン時に気をつけていることの1つですね。
金野
提案のすべてが実現するとは限りませんが、あなたがたのこうした活動は、客観的にみれば珍しくて価値があることなのですよと伝えて、私たちの視点や考えを市の職員さんとも共有していくことが、運営する側の自信につながっていくこともあります。プロポーザルは、将来の「種」の可能性を人々に伝える機会でもあると感じています。
使う人の意見で建築が育つ余地をつくる
畝森
1階の「屋内広場」のアイデアは、健康診断のための検診車を最大で5台停められること、というのが設計条件の1つにあったからです。
畝森
ただ、よくよく調べてみると、全高が3.5m、長さが10mくらいある検診車が建物の中まで進入してくる頻度はそう多くなくて、最大で5台入るのも1年に数回だとわかった。そうであれば、この特殊な条件を拡大解釈したらどうなるのかと、これを検討し始めてから、プランの骨格が決まっていきました。
金野
でもそうすると、どうしても「機能上、必要な停車スペースをとりました」みたいに見えてしまって、おもしろくないなと。私も畝森さんも最初から、必要な機能だけを目的とした施設にはしたくなかったんです。これだけ大規模なハコをつくって、市民の皆さんが関われなくなっちゃうことは避けたかった。
そこで、検診車5台ぶんのスペースは確保するけれども、場の機能を解体しながら、どれだけ想像力を膨らませることができるスペースに転換できるのかをずっと検討していきました。
畝森
実を言うと、僕たちが最初に提案した内容と、実際に完成した建物は、結構違うところがあるんです。1階の天井のデザインも、最初はフラットだったのが、カーブ形状になったり。
金野
そう、途中からだいぶ変わったんです。波状の庇をつけることになったり。
畝森
でも、それはぜんぜん悪いことじゃない。建築は、そこに関わる人の考えも加わったうえで変わっていける方がいい。そういうプロセスの中から生まれる建築は、どこか生き生きとしていくように思いますね。
インタビューの前編はここまで。後編では、北上市と同様に、最優秀案に選出された、高知県須崎市のプロポーザルでのプレゼン手法について話を聞いている。
Interview by Jun Kato
Text by Naoko Endo
Photograph & Movie by toha
※本稿掲載の竣工写真、プレゼンボード資料、CG、イメージスケッチの提供:UtA / 畝森泰行建築設計事務所+teco
Sponsored by Vectorworks Japan
https://www.vectorworks.co.jp