個人宅やオフィス、商業施設やパブリックスペースなどで質の高いランドスケープデザインやインドアグリーンのデザインを手がけるSOLSO(ソルソ)をはじめとして、造園事業、植物関連事業、農業関連事業や飲食事業など、幅広く事業を展開するDAISHIZEN(ダイシゼン)。
そんなDAISHIZENの新オフィス〈KEEP GREEN HOUSE〉が、神奈川県川崎市の「SOLSOFARM」敷地内にオープン。農業用構築物のように単純な架構で自然エネルギーを集めつつ、傾斜地の形状を活かして大地の負荷を軽減する環境デザインなど、自然と人が共生する未来を多角的に創造していく拠点として、さまざまな挑戦を行っている。
新たなオフィスについて、DAISHIZENの齊藤太一・代表取締役、同社のコンサルティングチームであるRGBの林 貴則、両社との共同プロジェクトとして同建築をデザインしたSUEP.(スープ)の末光弘和、末光陽子の計4氏に語ってもらった。
INDEX
- 誰もがマネできる建築として計画する
- 「職人たちのマイホーム」を目指す
- 変化に対応できる“度量のある”場をつくる
- 「疲弊しない」関係でチャレンジを続ける
誰もがマネできる建築として計画する
—— 今回の新オフィスについて、どのように計画を進められたのでしょうか?
齊藤太一(以下、齊藤):これまでさまざまなプロジェクトに携わらせてもらう中で、多くの建築家さんと仕事もさせてもらいながら、自分自身の建築プロジェクトとしてもいくつか進めてきました。
建築物をつくるって、ものすごく重いことですよね。素晴らしい経験ではあるけれど、さまざまな点で負荷がかかるし、金銭的なプレッシャーもあってかなりの疲労感が伴うものです。自分の中で沸々とあった思いは、いつかそうした負担も軽減しつつ、豊かな暮らしを実現できないかということでした。
そうした中で、この〈KEEP GREEN HOUSE〉のプロジェクトが始まったんですが、設計の末光さんにお願いしていたことは、大前提として地球に負荷をかけないこと。それと同時に、なるべくシンプルかつ合理的な構造で、使うマテリアルなども特注品などではなく「カタログに載っているもの」で全部をつくりたいということでした。
「それでもこんな素敵なものができる」ということを示したかったんです。ローコストかつ短い工期であっても、こんなに素敵な建築ができることを多くの人に見てもらえれば、「これでもできるんだ」「これをマネしてみよう」という広がりが生まれていくんじゃないか。
そうすれば、自然に負荷の少ない建築がもっと増えるはずだし、懐にも優しくて、“みんなハッピー”になるじゃないですか。単に1つの建築をつくるだけではなく、そうした広がりも含めて実現したいと考えていました。
末光弘和:僕らも環境をテーマにして建築を20年ほど続けてきましたが、気がつけば、環境負荷の少ない建築を実現するためのハードルがどんどん上がってしまっている気がしていました。
法律も含めて非常に厳しい条件があったり、コスト的にも一部のお金持ちしか建てられなくなっていることに疑問があったんです。「これって、みんなの地球のことなのに…」と。齊藤さんが言われたとおり、なるべく多くの人がマネできるような建築にしようということを共通の認識として持っていました。
ここは1坪あたり約80万円という、工場を建てるようなローコストでできています。そのためにモジュールを統一したり、基礎もなるべく簡単につくったりするなどの工夫をしました。
コストだけでなく、斜面を大きく削ったり深い基礎を打ち込んだりしないことで、大地に負荷をかけない建築になっています。もちろんそのことでCO2の排出量も減る。先ほど齊藤さんが言われたように“みんなハッピー”になる方法を見せたいという意識で設計しました。
末光陽子:これまでは私たちも、環境負荷の少なくするために本当はやりたいけれど、コストとしてプラスアルファが必要になってしまうということを何度も経験してきました。今回は特に、自然のエネルギーを取り入れつつ、いかにお金をかけないかが1つのチャレンジでした。
それは既製品のサッシなどを使いつつ、どうやって格好良くするかというチャレンジでもありました。既製品を使った結果として、ごく普通の空間になってしまったら、発信力がありませんから。
—— 普通の空間に見せないように、どのような工夫をされたのですか?
末光弘和:ちょっとしたこだわりの連続です。例えば色でも、齊藤さんの提案もあって、室内は緑で統一しました。サッシにはオフホワイトを取り入れていますが、緑とうまく組み合わせることで、野暮ったく感じさせないようにしています。SOLSOのスタッフの人たちとも「農家さんのイメージがあっていいね」という話になり、採用しました。
建築物全体として「ネット・ゼロ・エネルギー・ビル」(※)になっているのですが、ダブルスキンにしてソーラーゲインをうまく使いつつ、夏の日射遮蔽も効くようにしています。明るくて開放感のある空間ですが、シンプルな構造で環境負荷を減らしています。
※ ネット・ゼロ・エネルギー・ビル(ZEB):建物で消費する年間の一次エネルギーの収支をゼロにすることを目指した建築物のこと。消費するエネルギーを削減し、使用するエネルギーは太陽光発電などで生産して達成する
「職人たちのマイホーム」を目指す
—— SOLSOにはすでにオフィスがありました。新しいオフィスを建てたのはなぜでしょう?
齊藤:新たに建てたこの場所は〈KEEP GREEN HOUSE〉という名前なのですが、それはSOLSOで施工やメンテナンスを担う専門の職人チーム「KEEP GREEN」の名前から来ています。だからここは「職人たちの家」なんですね。
うちの場合は社員の多くが現場に出ていることがほとんどで、倉庫や温室にいたりすることが多いんです。でも彼らは、いろいろな住宅やオフィスに出向いていく立場であって、そこでさまざまな提案をしていかなければなりません。
だからこそ、職人に一番素敵な場所で働いてもらいたいという思いが僕の中でずっとあって、職人の「帰る場所」をつくりたいと以前から考えていました。
3つあるオフィスはそれぞれ「コミュニケーション」「フォーカス」「クリエイティブ」というふうに役割をいちおう分けていて、ここは「コミュニケーション」のオフィスにしています。職人の家にデザイナーが集まって、コミュニケーションする場でもあるという感じですね。
林 貴則(以下、林):齊藤さんの着想は、地球や環境に対して実直に場づくりをしたらどうなるかということでした。それが末光さんたちに入っていただいてこうした形になったとき、経済的にもすごく合理的なものになりました。これはサーキュラー・エコノミー(※)の1つの答えというか、選択肢を提示できたんじゃないかと感じます。
※ サーキュラーエコノミー(循環経済):資源投入量・消費量を抑えつつ、ストックを有効活用しながら、サービス化などを通じて付加価値を生み出す経済活動のこと。資源・製品の価値の最大化、資源消費の最小化、廃棄物の発生抑止などを目指す。従来の大量生産・大量消費・大量廃棄を前提とした「リニアエコノミー(線型経済)」に取って代わるシステムとして捉えられている
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変化に対応できる“度量のある”場をつくる
齊藤:僕はこのプロジェクトのクライアントという立場になるのでしょうけど、RGBはDAISHIZENの子会社でもあるし、僕自身SOLSOの人間でもあるので、自分たちでサーキュラー・エコノミーについての議論を進めつつ、末光さんたちとはそれを建築にどう実装するかということを定期的に話し合ってきました。
ポイントは「完成させないこと」だと思っているんです。建物も植物のように成長していくべきで、今この瞬間に欲しいと思ったものを全部詰め込む建築だと、成長がないですよね。
ここで機能としてあるのはおそらくキッチンぐらいで、あとは壁もありません。トイレも外部に置きました。だから、ドカンと度量のある空間になっているんですよね。これから私やスタッフのライフスタイルもワークスタイルも変化していく中で、それに合わせてちょっとずつ変えていける。その時々の自分の形を受け止められる箱になっていると思います。
今は「エコっぽい建築」が乱立している気がするんですが、ここまで潔く「度量のある場づくり」をしているところはないはずです(笑)。これはある意味で「成長と共にある建築」だと思うし、僕はそれがこの建築の特徴だと思います。
——「度量のある建築」というのは、新鮮な響きですね。
末光弘和:「度量」と「土量」の2つの意味で捉えられますよね。〈KEEP GREEN HOUSE〉は、屋内にもともとの斜面の土をそのまま残していますから、「土の量」という意味もあるかもしれない。SOLSO FARMを見れば分かりますが、皆さんがずっと長い時間をかけて場所を育てていて、どんどん変わっているんですよね。
それを見た時に、この建築はむしろ大枠だけのほうがいいだろうと思いました。もしかしたら来年には今と違った感じになっているんじゃないかとさえ思います。そのほうが完成した瞬間に物語が終わらないし、建築としても良い気がします。
末光陽子:今日もすでに小さな変化を見つけて、スタッフの人といい感じですねという話をしていました。
齊藤:これからもいろいろいじっていこうと思っています。
「疲弊しない」関係でチャレンジを続ける
—— この建築プロジェクト以外にも3社でプロジェクトを進めているそうですね?
齊藤:このチームはクライアントと受注者という関係ではなく、パートナーのような感じです。みんなが同じレベルに立って、それぞれの持ち味を活かして場づくりやコンテンツづくりをしていています。いちおう「建築」とか「ランドスケープ」といった役割分担はあるんですが、それぞれが越境して混ぜながら回している感じです。目的さえ共有していれば、むしろそのほうが有機的な動きになっていく気がします。
今はその目的となるもの自体が複合的になっているので、互いの役割も横断していかないと、これからの未来に必要な場づくりはなかなか難しいだろうと思っているんですね。この〈KEEP GREEN HOUSE〉も、そのための1つのケーススタディだと考えています。ここで得た経験を生かして、今は来年の秋に向けて、別のあるプロジェクトでさらに実践的なチャレンジを続けているところです。
末光弘和:そこでは建築だけではなくて完成後の運用にもチームで入っていくのですが、ソフトも考えて運用できるチームって、なかなかない気がします。ハードをつくる専門家は世の中に大勢いますが、ソフトとハードの両方ができる専門家はなかなかいません。
林:メディア目線で業界を見ても、事業運営のほうにも乗り出してきている建築の人が徐々に増えてきている感じはしますね。それが最近すごく面白いなと感じます。
末光陽子:「リビング・ビルディング」というか、建物が建った場所を中心にしてコミュニケーションが生まれていく、そしてその建築の思想もどんどん広がっていく…というような場づくりをRGBさんが進めていて、それには私たちもすごく共感しています。
林:役割や職能で分断された運用スキームなのではなくて、僕らの運用面にもSUEP.が入ってくれることでより良くなっているという実感があります。クライアントレベルでチームアップができると、アウトプットされる場づくりも全然違うものができるなと思いますね。
齊藤:この建築プロジェクトでも、施工者に無駄な競争の原理を働かせたりして、互いに疲弊していくみたいなことは絶対違うと思ったんですよね。
林:「疲弊しないこと」や「疲弊しない関係性」って、これからの重要なキーワードだと思います。
末光弘和:そうですよね。そういう意味でのサステナブルも必要だと思う。
林:誰も疲弊しないことまで含めて、サーキュラー・エコノミーだと思うんです。建築でも、コンペには参加しないという建築家が増えてきているという話を聞きますし。
末光陽子:コンペにかけるあのエネルギーで、もっと別の建築ができていたかもしれないという思いは、わかります。
齊藤:やっぱり誰だって「削られたくない」ですもんね。「疲弊しない関係性づくり」はどんな仕事であってもこれからのポイントになると思いますね。
末光陽子:思想が違う中で協働するというのは、一番疲弊するじゃないですか。そういう意味では〈KEEP GREEN HOUSE〉の設計では「こういうの面白いと思うんですけど、どうですか?」「それ、いいかもしれないですね」というように互いに高め合える関係の中で、設計ができたなと感じます。
(2020.12.01〈KEEP GREEN HOUSE〉にて)
Interview by Jun Kato
Text by Tomoro Ando
Photographs by toha