中国発のコスメブランド〈PERFECT DIARY〉の旗艦店は、これまでにない店舗体験を生み出している。このプロジェクトを手掛けたのは、佐藤可士和氏が率いるSAMURAIだ。佐藤氏は、ブランドアイデンティティから商品、空間デザインまでを一貫してデザイン。情報空間とリアル店舗の境界を溶かし、「情報スパイラル」という新しい概念を体現している。
デジタルとリアルの融合が店舗デザインでも急速に進む今、佐藤氏が実現した空間デザインの思想と手法について、詳しく話を聞いた。
佐藤可士和|Kashiwa Sato
クリエイティブディレクター
ブランド戦略のトータルプロデューサーとして、コンセプトの構築からコミュニケーション計画の設計、ビジュアル開発まで、強力なクリエイティビティによる一気通貫した仕事は、多方面より高い評価を得ている。グローバル社会に新しい視点を提示する、日本を代表するクリエーター。主な仕事に国立新美術館のシンボルマークデザイン、ユニクロ、楽天グループ、セブン-イレブン・ジャパンのブランドクリエイティブディレクション、ふじようちえん、カップヌードルミュージアムのトータルプロデュースなど。近年は日清食品関西工場や武田グローバル本社など、大規模な建築プロジェクトにも従事し、〈ユニクロパーク横浜ベイサイド〉〈くら寿司浅草ROX店〉は、特許庁による日本国内初となる内装意匠に登録された。2022年より京都大学経営管理大学院特命教授を務め、クリエイティブ人材の育成にも尽力している。
Red Dot Design Award 2024 Best of the Best、D&AD Yellow Pencil、ICONIC AWARDS2023 BEST OF BEST、東京ADCグランプリ、日本空間デザイン金賞ほか多数受賞。
京都大学経営管理大学院特命教授(2021-)慶應義塾大学特別招聘教授(2012-2020)、多摩美術大学客員教授(2008-)。
主な著書に『佐藤可士和の超整理術』(日本経済新聞出版社)ほか。
http://kashiwasato.com/
INDEX
- 急成長する新世代ブランドの核を探して
- 情報とアイコンで空間を構成し体験価値を創出
- LEDを建材として扱う発想
- スケールを超えて象徴を連続させる
── 今回のプロジェクトに関わることになった背景から教えてください。
佐藤可士和(以下、佐藤):PERFECT DIARYについては、空間デザインに留まらず、リブランディングとしてロゴ、プロダクト、コミュニケーション戦略までトータルで手掛けています。PERFECT DIARYは中国語で「完美日記」と表記され、デイビッド氏とクリスティ氏の夫妻が立ち上げた会社です。創業から短期間で急成長している、Z世代に向けたコスメティックブランドです。
実店舗も存在しますが、基本的にはメーカー自身が販売するライブコマースによって成長しました。会社を訪問して驚いたのは、小さなスタジオの部屋がいくつも並び、KOL(Key Opinion Leader)と呼ばれる100人ほどのインフルエンサーが同時に、化粧をしながらの商品説明をライブ配信で行っていたことです。四六時中、商品が販売され、売上数字がその場で算出されていく状況でした。また、彼らは製品の品質にも非常にこだわっており、上海にテクノロジー施設を所有し、バイオテクノロジーを用いて高い薬効が得られるような製品を開発しています。
クライアントが求めていたのは、中国というよりもオリエンタルなアイデンティティでした。僕の仕事は、東洋と西洋の融合を現代的にデザインすることができるとクライアントには評価していただいていたようで、ユニクロ、国立新美術館、くら寿司などの事例を正確に把握されていて、海外に展開してグローバル化するタイミングにあたって、商品からお店まで全部をリブランディングしたいというお話でした。
── ブランドコンセプトをどのように構築したのでしょうか。
佐藤:アイコンを作成するにあたり、「完美日記」の四文字の中で最も重要な文字は何かと質問しました。僕は「美」か「完」かと予測しましたが、彼らの答えは「記」でした。その理由として、化粧品は日々のメイクを通して、日記のように自分のメモリーをつくるアイテムだからだと説明されました。デート、家族との面会、就職試験など、様々な瞬間を共に創り出す要素であるため、「記していくこと」が重要だと。スローガンについて話し合った結果、「Love the Moment(その瞬間を大切に)」という言葉が生まれ、「記すこと」と「瞬間を大切にすること」は同義であるという結論に至りました。
さらに、「記」という文字を分解すると「己」を「言う」となり、個々人のアイデンティティにもつながります。そのため、この文字をシンボルモチーフにしようと決めました。このディスカッションには多くの時間を費やしました。
僕は、法則からデザインを考えることが多いのですが、PERFECT DIARYのロゴも1対4のグリッドで設計しました。すべての要素がこのグリッド上に乗ることをルールとし、視覚調整による太さの変更も行っていません。プロダクトデザインも同様の考え方で、リップスティックもロゴと同様のグリッドシステムを用いてデザインしています。プロダクトには共通して、大きなロゴを配し、思わず揃えたくなるようなラインナップに仕上げました。




── 店舗デザインのプロセスについて教えてください。
佐藤:PERFECT DIARYはそもそも情報空間の中でブランドを育てていますから、実店舗もこうした情報とともにあるべきだと考えました。空間には「記」というブランドアイコンと情報があればいいと、大胆に整理しました。

空間には、スローガンやリップスティックのムービー、ライブコマースの映像をLEDモニターで流すことにしました。コンテンツは、シーズンに合わせたカラー展開が可能で、例えば中華圏の正月である春節には全体を真っ赤にするなど、自由に可変できます。モーショングラフィックは中村勇吾さんに制作を依頼し、色をRGBで表現し、色が重なると白になるというコンセプトです。鏡面仕上げの什器や床にコンテンツが映り込むと浮遊感が生まれ、重力がなくなったような感覚になります。また、黒を背景とした画像を使用すると、すべての情報が重なって映り込こんでいくように見えます。


ブランドアイコンからロゴ、プロダクト、そして空間まで、完全に一貫したコンセプトで一気通貫したデザインを施すことができました。当初、店舗空間の什器を「記」の文字型に配置することを想定していましたが、本社の近くのモールへの出店が決まり、そのスペースでは什器が収まりませんでした。そのため、リップスティックが4本並んでいるような形で什器を配置する平面計画としています。
── 完成した店舗の反応はいかがでしたか?
佐藤:ショップが並ぶモールの中でも大変目立っているため、動画や写真を撮影する来店者も多くいます。それらがSNSなどにアップされ、それを見て店舗に来たいという人が現れる。そうした情報のスパイラルは当初から狙っていました。
また、この空間において、リアルな商品が存在することも重要なポイントです。ただし、これまでもライブコマースで売れていたため、単にモノを置くだけでは意味がありません。わざわざ店舗を訪れるのであれば、体験や空間自体がコンテンツであるべきです。これは、これまでに手掛けた「ユニクロ」の旗艦店や「くら寿司」でも同様の考え方です。旗艦店の役割は、エンターテインメント性のある空間を体験してもらい、それぞれに情報を発信してもらうことで話題をつくることにあります。
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── 実際の空間づくりについて、もう少し伺います。デジタルサイネージの使い方について、どのように検討されましたか?
佐藤:LEDモニターを建築に取り入れることに対し、建築界ではやや軽薄なものと見なされる傾向もあるのではないかと思いますが、我々はLEDは建築空間の素材の1つ、つまり建材という感覚で採用するようにしています。紙や木、石と同じように、状況に応じて選択するイメージです。一般的にモニターを空間に導入する場合、設計プロセスの後半で設置位置を検討するケースが多いと思いますが、このプロジェクトでは壁面すべてを隅から隅までLEDでつくるという発想で臨みました。コスト面での懸念はありましたが、中国では現在LEDモニターの導入事例が多いため、それだけでは特別感はなく、むしろ「いかに使うか」が問われたように思います。
ここに映し出すコンテンツは「ブランドを体現するクールなもの」であることが前提で、モニターの試運転で山や海の風景写真が映し出されたシーンも見ているのですが、それではまずいことは明らかでした。今回のケースは映し出すコンテンツを我々自身でコントロールできることが前提であったため、このような提案が可能となりました。

── 商品を置く什器と照明は、サイネージに囲われた中でどのように設計されましたか?
佐藤:商品が良く見えることが重要であるため、ダウンライトの配光は非常に細かくシミュレーションしました。実験を行い、反射の程度や色の見え方をチェックしながら決定しています。インパクトも必要ですが、コスメティックブランドのショップで「顔や商品が見えない」状態では意味がありません。

イメージ作成の段階と、最後の原寸確認の段階の両方をきちんとリンクさせることを我々は重視し、精緻に検討します。そのプロセスがクオリティの担保につながっていると考えています。以前開催した国立新美術館での佐藤可士和展では、倉庫を借りてすべての展示物を原寸で制作しました。原寸で配置し、「これは小さい」「やはり大きい」と、納得いくまで検証を繰り返しました。その徹底的な検証を経て、サイズが持つ重要性が明確になった経験があり、どのプロジェクトにおいても、細かい単位での検証を行っています。
── 非常に細かいところまで関わるということですが、佐藤さんの仕事の全体像は、どのようなものですか。
佐藤:僕の仕事の全体像は、象徴をつくることと言えます。それがロゴマークという形をとることもありますが、僕の中ではすべての要素をコミュニケーションメディアとして同一の概念で捉えています。ロゴが商品になり、商品が店舗になり、店舗が街になる。視点を引いたりスケールを変えたりすることで見え方は変わりますが、建築、什器、商品と分断されているわけではありません。
特に〈PERFECT DIARY〉の店舗では、空間に存在する広告物やPOP、ムービーも一緒にディレクションしているので、すべてがシームレスです。デジタルとリアルも繋がっていて、リアルであるものが情報となり、それが拡散して人が来るというサイクルになっています。
── 時間軸で見ても、全体が一貫している強さがありますね。佐藤さんの空間デザインへのアプローチの特徴といえるでしょうか?
佐藤:僕は新しい空間のつくり方を確立していきたいと考えています。我々はブランディングの一環として空間デザインに取り組むことも多く、その視点から見ると、いわゆる建築設計の業務だけでは包括できない領域も存在するのではないかと感じています。もちろん、設計者にとって建物が主たるクリエイティブの対象であり、建物の完成をもって仕事が完結するのは当然ですが、我々のようにブランディングを担う場合には、建物内で行われるすべての活動、そしてそこから生まれる体験や波及効果にまで目を向けて取り組む必要があります。
また、一般のユーザーは、建物を設計者の意図通りに認識してくれるとは限りません。斬新なビルもそれほど時間が立たないうちに日常風景になり、環境として受け入られていきます。我々はユーザーの視点から検討するアプローチを重視していますが、今はSNSの普及もあり、その視点からだけではユーザーの関心を維持できません。実際には見られない視点からの情報を訴求していけば、あたかもその視点からの空間を体験したような認識がなされ、その情報に触れているうちに、自分の中で空間ができているようなことも起こるかもしれません。そのように、空間もメディアとして機能させたい。さらに、ブランドの訴求内容もコントロールしたいので、ロゴやオープニングムービーなども高いクオリティで制作します。こうした出発点となる視座の違いが、一般的な建築の設計者とは異なる特徴なのだと考えています。


(SAMURAIにて)
https://kashiwasato.com/project/14750
〈PERFECT DIARY〉概要
クライアント:広州逸仙電子商務有限公司
クリエイティブディレクター:佐藤可士和
アーキテクト:齊藤良博
アートディレクター:糟谷義人
ムービーディレクター:中村勇吾
モーションデザイナー:佐藤明日野
クリエイティブディレクター:SUN HSIANG FENG(Perfect Diary)
VMD ディレクター:CHANG WEI YI(Perfect Diary)
プロジェクトマネージャー:谷 利行
撮影プロデューサー:SU JUNHUA
施工:上海盛創建築装飾工程
クリエイティブエージェンシー:SAMURAI
Interview & text: Jun Kato