神奈川県横須賀市にある横須賀美術館にて、建築家の山本理顕氏(1945-)の展覧会が開催されています。会期はいよいよ11月3日まで(国民の祝日・文化の日にあたる最終日は観覧無料)。
開催概要
2024年プリツカー賞受賞建築家の設計思想を紹介する展覧会「山本理顕展 コミュニティーと建築」横須賀美術館にて7/19より開催
『TECTURE MAG』では、プレス内覧会を取材。山本氏の解説付きで展覧会場を巡るギャラリーツアーを見学しました(本稿の内外観画像はすべて TEAM TECTURE MAGによる撮影、キャプションは主に展示模型の作品名を示す)。

横須賀美術館 外観
計画地は旧日本海軍の基地だったところで、地上部分は周囲の景観と一体となるような低層の建物とし、斜面地の地下に山本氏曰く「お濠のような」ギャラリー空間を有する。船が行き交う海を一望できるレストラン(アクアマーレ)の選考には山本氏も関わっている

横須賀美術館 1Fエントランスホールから、海に面した入口側の眺め

横須賀美術館 オリジナルピクトグラム(よこすかくん)による館内サイン(サイン計画:廣村デザイン事務所)

横須賀美術館 2F内観

横須賀美術館 館内ピクトグラム「よこすかくん」(グラフィックデザイン:廣村デザイン事務所)

円形の窓に切り取られた海の水平線が見える

横須賀美術館 RF 屋上広場からの東京湾浦賀水道の眺め
本展の会場である横須賀美術館の設計は、山本理顕設計工場が担当。当時は国内初となる資質評価方式(QBS: Qualifications-Based Selection)にて設計者の選考が行われました(詳細は横須賀美術館ウェブサイト「設計のプロセス」および「沿革」ページを参照)。山本氏はそれまで大きな美術館の設計実績はなく、美術館側との討議を重ね、膨大な数の模型をつくるなどして検討を重ね、最終的に地下空間に展示室の約半分のボリュームを配したプランに。2007年4月に開館、山本理顕氏の代表作に挙げられる美術館建築です。同館での同氏単独の大規模個展は今回が初となります。

本展のアートディレクションは、グラフィックデザイナーの廣村正彰氏が率いる廣村デザイン事務所が担当、展示パネルのグラフィックや図録のブックデザインを手掛けている。山本理顕氏と協働は30年近くにおよび、横須賀美術館のサイン計画も廣村氏によるもの

横須賀美術館の特徴について説明する山本理顕氏
「ぐるりと回れる地下のギャラリー空間は、天井高が12mほどあります。幅は約4m、展示空間として狭くないかどうか、美術館のキュレーターとかなり議論を重ねて検討しました。外周側の壁は鉄板です。メリットはまずクラックが入らないこと。そして見上げたときに、曲面部分のどこまでが天井でどこまでが壁なのかが曖昧になる。そのような視覚効果を狙って、全て溶接でつくりました。横須賀の造船所の技術者にも参加してもらい、とても美しい仕上げになっています」(山本氏談)

横須賀美術館 B1F 「山本理顕展 コミュニティーと建築」を開催中のギャラリー空間(展示序盤 No.1付近)

横須賀美術館 B1F 「山本理顕展 コミュニティーと建築」を開催中のギャラリー空間の見下ろし(展示終盤 No.171, 186付近)

横須賀美術館 B1F ギャラリー空間(展示終盤 No.186付近)
本展は、50年にわたる設計活動の軌跡を、模型や図面、スケッチ、ドローイングなどを通して紹介するものです。展示作品のナンバリング(No.1〜No.198)はこれまでに手がけたプロジェクトの数を示し、厳選された85のプロジェクトの模型や写真、コンペ提案資料などから、建築家・山本理顕氏の建築思想が浮かび上がってきます。
展示のスタートは、1970年代に竣工した住宅作品で、No.1 三平邸(1975)、No.2 山川山荘(1977)、 No.5 窪田邸(1978)、No.6 石井邸(1978)の4つ。このうち1977年以降の3作品と本展では展示がない1977年竣工の個人邸をあわせた4作品が、『新建築』(1978年8月号)に掲載され、当時30代前半の若手建築家にスポットがあたります。これら小さな個人邸における設計と竣工後も含めたさまざまな経験が、山本氏が「閾(しきい)」と呼ぶ建築の内(プライベート)と外(パブリック)との境界や、職住一体型の建築について考えるきっかけになったとのこと。

No.1 三平邸(1975) ※現存せず

No.16 ガゼボ(1986)は、店舗兼事務所兼住宅として設計された職住一体型で、山本理顕氏の自邸でもある

No.19 ロトンダ(1987)

No.28 熊本県営保田窪第一団地(1991)は、熊本アートポリス(1988-)の初代コミッショナーを務めた磯崎 新氏(1931-2022)の主導で計画された110世帯の集合住宅。「完成当時は住民のプライバシーを軽視しているといった酷評を受けましたが、今では住民の皆さんがとても上手に住みこなしてくれて、僕が考えていたようなコミュニティが形成されています」(山本氏談)

No.35 横浜港国際客船ターミナル国際建築設計競技(1994)

No.42 岩出山中学校(1996)
グラフィックデザイナーの廣村正彰氏は、山本氏とタッグを組んで岩出山中学校のサイン計画を担当。このときの体験が、キャリアの上で大きなターニングポイントになったと、東京・ギャラリー エー クワッドで10月16日まで開催された個展「デザインの仮説と仮設 廣村正彰+」取材時のインタビューで語っている(▷同展レポート / 廣村氏インタビューを読む)

会場風景 / 手前:No.48 埼玉県立大学

No.48 埼玉県立大学(1999)

1990年代後半のコンペ・設計競技案

左奥:No.67 邑楽町役場庁舎等設計者選定住民参加型設計提案競(2002)/ 右奥:No.エコムスハウス(2004)を構成する1200mm角アルミフレーム / 右手前:東雲キャナルコート CODAN(2003)

エコムスハウスを構成するアルミフレームのモジュールは、SUS社と山本氏がタッグを組んで設計した押し出し材で、これをもとに本展の展示什器でもあるアルミ製家具がデザインされた(市販を予定、シリアルナンバーとサイン入り)

手前:No.78 北京建外SOHO(2004)

No.95 横須賀美術館(2007)

No.107 福生市役所
「駐車場だった敷地に低層を1棟を建て行政機能を移転させたのち、もう1棟をつくる。建物のまわりには広々とした公園ができる提案がプロポーザルで評価されました。まわりに高い建物がない計画地に対し、競合他社はいずれも高層1棟での提案でした」(山本氏談)

No.108 ドラゴン・リリーさんの家(2008)

No.126 パンギョ・ハウジング(Pangyo Housing / 2010)
韓国・城南市に建てられた集合住宅。住民は玄関前に設けられたコモンデッキを経由して各住戸に出入りする

No.127 地域社会圏(2010)

地域社会圏 1/5模型 部分
「横浜国立大学大学院 建築都市スクール(Y-GSA)の教授に赴任した頃に、地域社会圏の活動を始めました。展示の模型と映像は、このときに学生たちとともにつくったモデルです。畑があり、交通やエネルギーの仕組みについても考えていて、500人ほどの住民すべてが住戸とともに店舗も所有します。自邸の展示でも話しましたが、住まいを手にいれるために家のローンを組む人がほとんどなのですから、住みながら経済的利益を上げられることが極めて重要だと僕は考えています」(山本氏談)

手前の模型:No.148 ソウル江南ハウジング(2014)

No.155 天草市本庁舎設計プロポーザル(2015)

No.159 ベルリン20世紀美術館コンペティション 展示パネル
ミース・ファン・デル・ローエが最晩年に手がけたノイエ・ナショナルギャラリー(新国立美術館)に隣接して新たな美術館をつくるプロジェクトで、ヘルツォーク&ド・ムーロンの案が選ばれている

No.164 横浜市立子安小学校(2018)
2024年6月にテレビ東京の番組『新美の巨人たち』で特集された小学校、夏は日除けとなる幅4mのベランダ「環境テラス」は子どもたちのアクティビティを誘発する

No.162 京都市立芸術大学及び京都市立銅駝美術工芸高等学校移転整備工事設計業務委託に係る公募型プロポーザル(2017)
乾・RING・フジワラボ・o+h・吉村設計共同体(代表者:乾久美子建築設計事務所、構成員:RING ARCHITECTS、フジワラテッペイアーキテクツラボ、大西麻貴+百田有希 / o+h、吉村建築事務所)が設計者として選定されたことで知られるプロポーザルでも、山本理顕設計工場は学生が制作したアートなどを販売できるキャンパスを提案している

No.186 名古屋造形大学(2022)

名古屋造形大学のサイン計画も廣村デザイン事務所が担当、丸・三角・四角などは各専攻科のシンボルマークを示す
サイン計画などでタッグを組むことが多い、グラフィックデザイナーの廣村正彰氏との協働について、建築家として思うところを、ギャラリーツアーの最後に山本氏に質問しました。
「設計の全責任は建築家にありますが、グラフィックデザイナーに限らず、協働するクリエイターとの話し合いからさまざまな刺激を受け、空間そのものが変わってくることがあります。それが建築家としての醍醐味でもあります。廣村さんがこの美術館のためにデザインしたピクトグラム(よこすかくん)の誕生も、なかなか起こり得ない稀有なケースでしたが、こういったことが廣村さんとのコラボレーションではよくみられますね」

台湾で進行中の桃園市立美術館(No.195)模型の前でメディアからの質問に応じる山本理顕氏(背面の大判写真は、スイス・チューリッヒ国際空港に接して2022年にオープンした大型複合施設 ザ・サークル)

No.187 ザ・サークル チューリッヒ国際空港(2022)
設計者に選出されたザ・サークルでの国際コンペティションについて、山本氏は一般的にあまり知られていない、コンペの実情について語っています。
「ザ・サークルのコンペには最初90組が参加し、それが15組になり、最終的に我々を含めた5組に絞られました。日本ではそこからおよそ数日で1等が決するところですが、この国際コンペでは、主催者側が5組のファイナリストとそれぞれ面接をしたり、選考スケジュール全体としては1年ほどかけてくれました。そもそも、たった数日で、これから大きな仕事を頼もうとする相手の人となりや考え方などわかるはずもなく、コンペの運営とは本来このように丁寧に時間をかけるべきだと思っています」

ザ・サークル チューリッヒ国際空港について解説する山本氏。「人々が24時間出入りできるショッピングセンターを提案し、採用されました」

建築模型の最後はベネズエラで進行中の大型プロジェクト (No.198)
山本氏はここで公営とプライベートの中間のコミュニティをつくろうとしている

本展の図録『山本理顕 コミュニティーと建築』(注.開幕前日の撮影、7月下旬に平凡社より刊行されている)
ブックデザイン協力:廣村デザイン事務所

「山本理顕展 コミュニティーと建築」展 会場見下ろし
「山本理顕展 コミュニティーと建築」展は、単に、ひとりの建築家の大規模個展ではなく、建築家の職能と、その影響力を行使できる領域について考えさせられる展覧会となっています。
会期:2025年7月19日(土)~11月3日(月・祝)
開館時間:10:00-18:00
※無料観覧日:11月3日(月・祝)
休館日:8-10月の第1月曜
観覧料(税込):一般2,000円、大学生・65歳以上1,000円、高校生500円、中学生以下無料
*市内在住または在学の高校生は無料
*身体障害者手帳・療育手帳・精神障害者保健福祉手帳の提示で本人および付添1名まで無料
*「横須賀美術館パスポート」「よこすか満喫きっぷ」の対象外
*谷内六郎館観覧料を含む(ただし、本館1階で開催中の企画展は別途観覧料金が必要)
会場:横須賀美術館 地階展示ギャラリーほか
所在地:神奈川県横須賀市鴨居4丁目1(Google Map)
主催:横須賀美術館、一般社団法人地域社会圏研究所
特別協力:山本理顕設計工場
協賛:ベネズエラ・ボリバル共和国、チューリッヒ空港、SUS、公益財団法人大林財団、鹿島建設、清水建設、大成建設、竹中工務店、東京ガスエンジニアリングソリューションズ、オカムラ、戸田建設横浜支店
後援:在日スイス大使館、在日スイス商工会議所、神奈川県、一般社団法人神奈川経済同友会、独立行政法人都市再生機構
問い合わせ先:横須賀市コールセンター(TEL.046-822-4000 / 月〜金曜:8:00-18:00、土日曜・祝休日:8:00-16:00)
横須賀美術館 ウェブサイト
https://www.yokosuka-moa.jp/
#横須賀市公式YouTubeチャンネル「山本理顕展 コミュニティーと建築」(2025/10/24)
※写真家・藤塚光政氏が撮影した写真をもとに編集された会場風景動画
「地域社会圏シンポジウム」
日時:2025年10月31日(金)15:00-18:00
登壇者:山本理顕(建築家、一般社団法人地域社会圏研究所代表理事)、北山 恒(建築家、横浜国立大学名誉教授)、田井幹夫(建築家、静岡理工科大学准教授)、日野雅司(建築家、東京電機大学准教授)、仲 俊治(建築家、東京都立大学准教授)
会場:横須賀美術館 情報スペース(定員40席)
参加方法:要申し込み ※会場リアル聴講は満席につき受付締切、ただし、同館ワークショップ室でのライブ中継視聴は可能(定員90名)、および当日YouTubeチャンネルにてライブ配信あり
主催:横須賀市、一般財団法人自治総合センター
協力:一般社団法人地域社会圏研究所
ドラゴン・リリーさんによる『ドラゴン・リリーさんの家の調査』朗読会
日時:2025年10月31日(金)11:30-12:00 / 13:30-14:00 ※2回とも内容は同じ
会場:横須賀美術館 B1F「山本理顕展」展示室5
講師:南 悦子(ドラゴン・リリーさん)
参加費:無料(ただし、当日有効の「山本理顕展」観覧券が必要)
参加方法:申し込み不要、当日自由参加(ただし、会場の椅子席は数量に限りあり)
主催:横須賀美術館
Photo & Texed by Naoko Endo / TEAM TECTURE MAG
※プレス内覧会開催時に特別な許可を得て撮影、掲載