FEATURE
Future of Environmental Architecture
Interview with MoMA's Ambasz Institute Director Carson Chan
FEATURE2023.12.22

MoMAが考える「環境建築」のこれから — エミリオ・アンバース建築・自然環境共同研究所

アンバース・インスティテュート ディレクター・カーソン・チャン氏インタビュー

現在、ニューヨーク近代美術館(MoMA)では「Emerging Ecologies: Architecture and the Rise of Environmentalism」と題し、建築と環境、特に米国における1960〜70年代の環境運動に呼応した建築家の活動を中心にその歴史を幅広く振り返る展覧会を開催している。

本展のキュレーターであるカーソン・チャン氏は、2020年にMoMA内に設立されたEmilio Ambasz Institute for the Joint Study of the Built and Natural Environment(エミリオ・アンバース建築・自然環境共同研究所、以下、アンバース・インスティテュート)の初代ディレクターとして活躍する。開催中の展覧会について、また豊かに植栽された〈アクロス福岡〉の設計などで知られる建築家エミリオ・アンバース氏の名を冠し、その研究の一部を引き継ぐアンバース・インスティテュートの活動について、チャン氏にお話を伺った。

※ 上記画像クレジット Don Davis. Stanford torus interior view. 1975. Commissioned by NASA for Richard D. Johnson and Charles Holbrow, eds., Space Settlements: A Design Study (Washington, DC: NASA Scientific and Technical Information Office, 1977). Illustration never used. Collection Don Davis

カーソン・チャン(Carson Chan)プロフィール

アンバース・インスティテュートのディレクターおよびMoMAの建築・デザイン部門キュレーターを務める。展覧会、講演会、ディスカッション、フェローシップなどさまざまなプログラムを通じて、同インスティテュートの多様な研究活動を主導している。2012年には「第4回マラケシュ・ビエンナーレ」の共同キュレーターを、2013年にはデンバーで開催された「ビエンナーレ・オブ・ジ・アメリカス」のエグゼクティブ・キュレーターを務めた。また定期的に『Art Papers』、『Frieze』、『Log』、『Texte zur Kunst』、『032c』などに寄稿している。プリンストン大学博士課程を修了。20世紀における建築、生態系、気候、メディアの融合に焦点を当てた研究を行う。

Photo credit: Jon Roemer

展覧会の概要

── 「Emerging Ecologies: Architecture and the Rise of Environmentalism」は、フランク・ロイド・ライトによる有機的建築〈落水荘〉(1934〜37年)やバックミンスター・フラーの〈マンハッタン・ドーム計画〉(1960年頃)を始め、1960〜70年代の実験的なプロジェクトや90年代の緑化建築など、多様な「環境建築」を網羅的に紹介している稀有な展覧会でした。最新技術に着目するのではなく、環境建築の「これまで」を振り返る展示とした理由を教えていただけますか。

カーソン・チャン(以下、チャン)
環境建築とは、環境や生態系に関する課題を第一に考慮した建築を指すもので、今回の展覧会では1930年代から90年代まで米国でつくられた、あるいは米国の建築家によってつくられた、コンセプトやアンビルトも含む環境建築150点以上を展示しています。おっしゃるようにライトやフラー、またエミリオ・アンバースなどのよく知られた作品も含んでいますが、これまであまり注目されてこなかった女性建築家・専門家や活動家も多く紹介しています。

「Emerging Ecologies: Architecture and the Rise of Environmentalism」の会場風景。Photograph by Jonathan Dorado

 

チャン
たとえば太陽光蓄熱技術の最初期事例である〈Dover Sun House〉は建築家のエレノア・レイモンドと生物物理学者・発明家のマリア・テルケスという2人の女性によって考案・設計され、1948年に建てられました。またコンピュテーションのパイオニアである建築家ビバリー・ウィリスは、1971年に敷地の環境・建築・経済的な分析を行うソフトウェアプログラムを開発しました。その他、1970年代に自己修復素材などを開発したキャロライン・ドライや、環境をジェンダーやフェミニズムの視点で捉えた「Women’s Environmental Fantasies Workshop」を実施したフィリス・バークビーの活動も紹介しています。

〈Dover Sun House〉の前で会話をするエレノア・レイモンド(左)とマリア・テルケス(右)。Harvard University Graduate School of Design. Frances Loeb Library. Special Collections

 

チャン
米国における近代の環境運動は1962年に出版されたレイチェル・カーソンの著書『沈黙の春』に端を発し、工業廃棄物や石油汚染などに人びとが注目し出した1960〜70年代をピークに社会・政治運動へと発展していきました。こうした状況は建築家、建築業界にも大きく影響を与え、革新的で大胆な建築を構想するきっかけとなったのです。

会場風景。ノースカロライナ州ワーレン郡において、汚染物質を流出させたPCB(ポリ塩化ビフェニル)の埋め立て地への反対運動(1982年)を紹介している。Getty Images, Bettmann Archive. Photograph: Otto Ludwig Bettmann

ユージン・ツイによる、ピーター・クラーク夫妻のための風力住宅〈Venturus〉(1982年)。ツイは、フランク・ロイド・ライトに師事したブルース・ガフの元で学んだ建築家で、生物学的建築(biologic design)を提唱している。Collection Eugene Tssui

 

チャン
このように、これまでさまざまな環境建築が数多くつくられてきましたが、1つのムーブメントとしてそれらをつなげた視点で検証されたことがありませんでした。未来に向けて環境建築をつくっていくにあたり、まずは過去の実績を検証、共有し、手法や目指されたものから学ぶことが大切だと考え、今回の展覧会を企画しました。

20世紀建築のもう一つの潮流としての環境建築を概観することで、建築とは建物だけを指すのではなく、環境に根差した活動であり、建材の調達やエネルギーの消費など建設の過程も含むということ、そしてを多くの建築家や活動家が何十年も前から理解していたことを感じ取っていただけると思います。

アンバース・インスティテュートについて

── チャンさんがディレクターを務めるアンバース・インスティテュートについて教えてください。

チャン
アンバース・インスティテュートはMoMAの建築・デザイン部門内に2020年に設立された新しい研究組織です。1960〜70年代にMoMAのキュレーターとして活躍した後に建築やインダストリアルデザインに進出、90年代以降自然と調和した建築を探究したエミリオ・アンバース氏からの出資を元にしており、氏の研究を一部引き継いでいます。

エミリオ・アンバース、〈アクロス福岡〉(1990年)。Collection Emilio Ambasz. Photograph: Hiromi Watanabe

 

——美術館が建築、特に環境建築に特化した研究組織を持つ意義とは何なのでしょうか。

チャン
アンバース・インスティテュートは建築環境と自然環境という相入れない2つの関係に関する研究や対話を支える場となることを目的としています。建設分野で排出する温室ガスは全体の約40%を占め、人間の活動の中でも特に地球を汚すものだと言えます。こうした状況に対応するには、従来の建物やデザインといった建築の枠組みを超越する必要がありますが、美術館という開かれた場で建築の枠組みを超えてより幅広いオーディエンスと課題に向き合うことを通して「建築」を「プロセス」として再定義したいと考えています。

ここで言う「プロセス」とは、素材の調達、調達に必要な労働力、建物の社会的・政治的・経済的・民族的コンテクスト、役割を終えた建物の扱いまでのあらゆる過程が含まれます。「建物」は建築のプロセスの1つの状態でしかありません。

 

── 展覧会以外にはどういった活動を行っているのでしょうか。

チャン
展覧会はもっとも幅広いオーディエンスにリーチできる活動です。そのほかには建築学生・設計者・エンジニアに向けた建築素材に関するディスカッションシリーズ、より幅広いオーディエンス向けて環境や生態系に取り組む建築家やデザイナーの活動を紹介する動画シリーズ、研究者向けの学術会議などを企画・実施しています。

 

環境や生態系に取り組む建築家やデザイナーの活動を紹介する動画シリーズ「Built Ecologies: Architecture and Environment」。エピソード4では、大阪の〈海遊館〉などを設計した建築家ピーター・シャーメイエフを紹介している

 

チャン
また一般公開はしていませんが、米国とカナダの全建築大学・学校の代表者が集合するサミットを開催したり、研究内容を子供向けのアクティビティに落とし込んだキットをニューヨーク市内の学校に配布したりもしています。

美術館としての環境問題への取り組みについて、各国のアーティストやキュレーター、展覧会設計者とも対話を行っています。アーティストのオラファー・エリアソン氏とキュレーターの長谷川祐子氏の対談では、ベルリンから東京まで鉄道と船のみで作品を輸送した際の話が聞けて大変興味深かったです。

 

他美術館との対話を通して環境対策を共有し合う「Circular Museum」シリーズ。エピソード4では、2020年に東京都現代美術館で開催された「オラファー・エリアソン ときに川は橋となる」展でのサステナブルな展覧会への取り組みについて語られている

 

── 今後建築家はどういったことを考えながら設計を行っていくべきだとお考えですか。

チャン
日本の建築は素材や空間を効率的に使ってつくられていると思います。空間にも多機能性があり、日本の建築から学ぶことが多いと考えています。

現代のニーズに対応していくためには、建築というフィールドをどう再定義すべきかを考え続ける必要があります。どういった素材を使うのか、代替素材はあるのか、建設のプロセス、建築の永続性、建物の運営に必要なエネルギーなどあらゆる側面を考え直すことが重要で、再定義された建築はラディカルで挑戦的なものでなければなりません。

 

(2023.11.14 オンラインにて)

 

「Emerging Ecologies: Architecture and the Rise of Environmentalism」展開催概要

会期:2023年9月17日(日)-2024年1月20日(土)
会場:The Museum of Modern Art(ニューヨーク近代美術館)
所在地:11 W 53rd St, New York, NY 10019, United States
開館時間:日〜金 10:30-17:30、土 10:30-19:00(クリスマス期間を除く)
休館日:なし(12月25日を除く)
入場料:一般 USD 30、65歳以上 USD 22、学生 USD 17、16歳以下 無料

※ 開催日時はいずれも現地時間

The Museum of Modern Art ウェブサイト
https://www.moma.org/calendar/exhibitions/5609

 

Interview & text by: Erika Ikeda

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