TECTURE MAG では、若手の建築家の手がけた事例を積極的に取り上げている。今回の連続記事では「次代の建築をつくる」と題し、これから本格的に活躍する建築家たちにインタビュー。これまで何を大事にして自らの基軸を見出してきたのか、これからどのように建築をつくろうとしているのかを浮き彫りにする。
「建築家」と一概にいっても、人々の暮らし方・働き方が多様化する現代においては建築活動の領域や方向性は多岐に渡る。この記事では、さまざまな視座からその活動が特徴的な建築家たちに注目していくことで、現代の建築界の全体像と、その次代を探ることを試みる。
第3回は葛島隆之氏。前編では、個別具体的な建築を模索してゆっくりと丁寧に土地を読み解いていく設計姿勢と、”住宅+小屋”の構造がもつ、画一的な街並みのを変え得る可能性が見えてきた。これら”田舎らしさ”をキーワードにした建築へのアプローチを、葛島氏は今後どのように発展させていくのか。
INDEX
- 良い循環を生み出す
- 建築と街を繋ぐ”+α”
- 空間にグラデーションを与えるルーバー
- 古いと新しいの混合
- 常に個別具体的な建築を求めて
良い循環を生み出す
── 進行中のプロジェクトをいくつかご紹介いただきたいです。
葛島:〈O clinic〉は、既存の歯科クリニックを増改築するプロジェクトで、つい最近竣工したものです。築40年ほどの既存母屋は1階がクリニック、2階が住居となっています。院長の代替わりを契機に建物のバリアフリー化と、キッズスペース、個室診察室、カルテや歯の模型を補完するバックヤードの増床といった機能の拡充やアップデートが求められました。
単純に空間が足りないので、アプローチを敷地境界に沿って増築し、アプローチの中に待合室とキッズスペースを納め、その分浮いた面積をバックヤードに充てています。
葛島:鉄骨造の増築部は、街に対して開放的なガラス張りの空間です。緩やかに登る階段は坂下側に突き出ていて、そのキャンティ部がキッズスペースとなっています。
母屋と接する中腹が受付と待合いのスペースで、母屋に床高を合わせ、既存の開口部を活用し受付カウンターや母屋への出入口を設けました。母屋と接する壁面は、これまで外壁だったものが内壁となるので、外壁塗装を剥がしたハツリ仕上げとすることで、新旧が馴染むよう意図しています。
葛島:本プロジェクトにおけるテーマの1つが、増改築にともなう新旧の差をいかに調停させていくのか、というものです。機能面では、小さな増築部がこれまで抱えていた問題のいくつかを背負うことで、玉突き的に母屋の環境が改善され、建物全体で良い循環が生まれるようにしています。
デザイン面では、既存と増築部それぞれの要素を互いに配慮し、建物全体のテイストを揃えています。既存の母屋においては、鉄骨造の増築部に合わせて天井・壁面はシルバーやグレーを基調とした壁紙を張りました。できれば素材自体の特徴で実現させたかったのですが、壁紙の方が都合がいいとの要望で。であればと、壁紙に必要となる巾木のアイデアを考えました。薄い合板を用いて、腰壁のような広い巾木を使っています。チェアーが跳ね上がる際に患者さんの足が当たったり、唾液などが飛んだり、汚れやすいことから巾木の範囲を一般的な物から広げました。既存の建物で使われていた枠材などの濃い茶色の木部に合わせて色を調整しています。
同色で仕上げた家具は増築部にも配置しています。既存部と増築部で互いの色を入れ替えて、雰囲気を合わせました。クリニックというとツルピカな新建材が使われがちだと思うのですが、ハツリ壁や鉄骨の素地、合板といった日常的な素材を用いて、素材がつくり出す閉鎖性を解きほぐしたいと考えました。
建築と街を繋ぐ"+α"
── 増築という点では、前編で語られた”家+小屋”の構造と似ていますね。
葛島:そうですね。医療施設などは機能面やプライバシー面でも閉鎖性・完結性が求められることが多いので、商品化住宅よりも顕著に閉じられた建築です。小屋と同じく〈O clinic〉の増築部にはバッファー的な役割も期待していて、開放的な構造とディテールにより、街とクリニックとをグラデ―ションのように繋いでいきます。
実は〈O clinic〉と〈Rural House〉は施主が同じで、道路沿いに隣接しています。それぞれ独立して考えているので直接的な関係はないのですが、敷地境界に沿った構えや傾斜を取り込んだ空間構成など似たように現れていて面白いのです。異なるプロジェクトでも、その土地から読み取れる固有性が近ければ、どこか似通ったアウトプットになるのだと思います。
空間にグラデーションを与えるルーバー
── ほかには、どんなプロジェクトが進んでいるのでしょうか。
葛島:自然豊かな三重県いなべ市で、長年放置されていた倉庫を改装するプロジェクト〈改修 いなべの倉庫〉です。アパレル事業の経営者、アウトドア関係の専門家が立ちあげた会社がクライアントとなり、運営の基板となるオフィス兼オープンスペースを計画しています。
具体的な用途についてはさまざまな構想があり、それらを受け入れる柔軟な空間性が求められました。一方、既存の倉庫内部は緑や赤の錆止めがアクセントとなる鉄骨造の大空間で、人を突き放しているような雰囲気があります。この雰囲気を固有的な魅力として残しながら、いかに人の居場所としていくかが大きなテーマとなりました。
葛島:まず、雨漏りをしていた天井面の波板スレートを半透明のFRPに張り替え、同様に壁面でも既存の窓の上下範囲を張り替え、開放的で明るい空間とします。そのうえで壁・天井面を木のルーバーで覆い既存とのバランスを整えていくことで、人と倉庫とのスケール感のギャップを埋めるよう試みています。
この際、ルーバーの間隔が細かく整然と並ぶと倉庫性のようなものを排してしまうため、比較的広めに、かつ柱・梁のスパンで弧を描くように並べました。ルーバーの疎密差のグラデーションが明暗差として現れ、人の居場所を緩やかに規定していきます。
葛島:ルーバーに使われる木材はいなべ市の地産材で賄っていて、自分たちで製材するので断面にある程度融通が効きます。流通しているものだと45×45mmが一般的ですが、ここでは、45×35mm、45×45mm、45×55mmの3種類をランダムに組み合わせようとしています。これは、製材の過程で曲がったり、ひねったりするものが出てしまう自伐材の問題点を空間の特徴として取り入れるために考えたアイデアです。そのほかにも、45×45×7,000mmといった、流通する下地材では探し出せない長さのものを材料化し、ルーバー間の目地の設計をしています。
木材はルーバー以外にも利用し、可能な限り使い切ります。ルーバーにした際に出た端材を間仕切りに、さらにその端材を家具に、さらに壁や床の仕上げ材に、というような計画です。
古いと新しいの混ざり合い
── 進行中の2作品は共にリノベーションですね。何を残して残さないのか、その判断の基準はあるのでしょうか。
葛島:難しい質問ですね。ただやはり、インタビュー冒頭でお話したようにプロジェクトのもつ個別具体性を強められるかによって判断していると思っています。方法論として先に考えることなく、条件からアイデアを生み出したい。以前どこかで見かけたリノベーション会社が、天井高を上げるために天井を剥がす工程のみを専門のメニューにしていて、それはそれで面白い事業だと感心しました。ですが、あらかじめ判断基準やルールを設けてしまうと、あり得たかもしれない可能性を考慮しないことになってしまいます。
そうした取り零(こぼ)しを極力なくすために”ゆっくりと丁寧に”設計しているのです。ですので、リノベーションにおける残すか残さないかという新旧のバランスもまた、建築を考えるイチ材料として捉え、総合的に検討していくべきだと考えています。
常に個別具体的な建築を求めて
── 今後、より資本主義的な側面の強いプロジェクトに携わる機会も当然あるかと思います。その際はどのように建築と向き合うと考えますか。
葛島:たとえ田舎的な要素がなくても、そのプロジェクトごとの固有性や条件を探るところから始めてみると思います。同じようなアプローチの事例として、東京千代田区で〈Office Idein〉というオフィスの内装設計をしています。コロナ禍によるオフィスの稼働率減少に伴う移転計画で、オフィスという場所を何か新しいコミュニケーションの場に変えたいという要望でした。
結果的に、従来の汎用的なオフィス空間では代替できない、自社にリアルで人が集まる可能性とその空間のつくり方を模索し、身体スケールによってつくられる多彩な居場所を内包したオフィス空間を提案しました。
画一的な合理性から逸脱させたいという点においては、田舎の中で固有性を見出してきた設計の過程に似ているようにも思います。
〈Office Idein〉の概要は「TECTURE」サイトページをご覧ください。
https://www.tecture.jp/projects/4559
直感的に感じる良い建築
── 現在の事務所の体制を教えてください。
葛島:現在は僕を含めた所員数が2人で、臨機応変に学生のアルバイトに入ってもらっています。3年前までは僕+アルバイトという体制でしたね。なるべく1人で黙々と作業しない環境にしたくて、アルバイトさんにはつくる模型などについて「どう思う?」と意見をよく求めています。専門に偏りすぎず、素朴なことを聞きたいのです。
施主と同時に街や社会に対しても提案するわけですから、他者による直感的な良し悪しがとても大切です。自分だけでは専門的なロジックに寄りすぎているかどうか気づけないものです。まちを歩いているおじいちゃんや女子高生など、老若男女世代を問わず、誰しもが”いいな”と感じてもらえる建築ができれば素晴らしいことですよね。
── 独立前の活動や経験で現在に活かされてると思うことがあれば教えてください。
葛島:大学院を卒業してからはstudio velocityでの勤務経験のみで、僕が多少なりとも意思をもった設計活動ができているのは、studio velocityで学んだことが大きいと思ってます。
栗原さんも岩月さんも、建築に対する姿勢がピュアで、強い価値観をもっていました。何ごとにおいても「一度やってみればいい」と言って、トライ&エラーを繰り返しながら設計を行う姿勢を学びました。本当に良い建築を見た時には感覚的にそう思いますよね。その理由や説明は後から言葉になって説明されます。つまり”感覚的な良い”は、いくつものロジックを飛び越えて僕たちに伝わってきていて、多くの情報量が詰まっているのだと思います。こういった考え方も2人からの影響だと思います。
僕が時間をかけて個別的な解答を模索しているのも、多くの可能性を取捨選択したうえで、この”感覚的な良い”に近づくためなのかもしれません。
(2024.03.29 オンラインにて。本編の葛島氏と事務所の写真は別日に撮影)
Interview & text: Suzuki Naomichi
Photo: TECTURE MAG