[Report, Interview]「AIR RACE X 2025」豊田啓介氏 - TECTURE MAG(テクチャーマガジン) | 空間デザイン・建築メディア
FEATURE
A future where space merges with digital
Interview with Keisuke Toyoda
FEATURE

リアルとバーチャルが融合する都市型イベント「AIR RACE X 2025」

[Report&Interview]豊田啓介が描く 街がデジタルと溶け合う未来

2025年9月6日、大阪・うめきたの街を舞台に、これまでにないかたちのスポーツイベントが開催された。「AIR RACE X(エアレース エックス) 2025 積水ハウス大阪うめきたデジタルレース in グラングリーン大阪&グランフロント大阪」は、XR(拡張現実)技術を活用し、実在する都市空間で飛行機レースを繰り広げるイベントだ。最後まで目を離せない大接戦となり、おおいに湧いたレースの結果は記事の後半でご覧いただきたい。

建築設計やまちづくりに関わる人が「AIR RACE X」に注目すべき特徴は、リアルとバーチャルを融合させた新たなイベントを街なかで実現したところにある。観客はスマートフォンやARデバイスを通じて、街に実存する建物の間を縫って飛行するレース機を、あたかも現実に存在するかのように観戦。開業1周年を迎えた〈グラングリーン大阪〉と〈グランフロント大阪〉という都市空間がそのままレースコースとなり、街全体が巨大なフィールドに変貌した。

今回もう1つ注目すべきは、大阪・関西万博の夢洲会場をARで合成した連動も実施されたことだ。これにより、都市・テクノロジー・スポーツ・未来社会が接続するレースイベントとして、従来のスポーツイベントの枠組みを大きく超えた展開を見せている。

「AIR RACE X」は東京・渋谷での第1回(2023年)、同じく渋谷区〈MIYASHITA PARK〉での第2回(24年)に続く、第3回目の開催となる。エアレースを発案し仕掛けたのは、建築家で東大生産研特任教授の豊田啓介氏(NOIZ)。イベントの発端や発展してきた経緯、リアルとバーチャルの融合がもたらす可能性と未来について聞いた。

(トップ画像提供:STYLY)

豊田啓介|Keisuke Toyoda

keisuke toyoda

「AIR RACE X 2025」会場の1つとなった〈グランフロント大阪〉にて

1972年千葉県出身。安藤忠雄建築研究所、SHoP Architects(ニューヨーク)を経て、2007年より東京と台北をベースに建築デザイン事務所 NOIZ を蔡佳萱と設立、2016年に酒井康介が加わる。コンピューテーショナルデザインを積極的に取り入れた設計・開発・リサーチ・コンサルティングなどの活動を、建築やインテリア、都市、ファッションなど、多分野横断型で展開している。2025年大阪・関西国際博覧会 誘致会場計画アドバイザー(2017-2018年)。建築情報学会副会長(2020-2024年)。大阪コモングラウンド・リビングラボ(2020年-)。一般社団法人Metaverse Japan 設立理事(2022年-)。2021年より東京大学生産技術研究所特任教授。

NOIZ
https://noizarchitects.com/

 

INDEX

  • 豊田啓介氏が語る AIR RACE Xの狙い
  • バーチャルが混ざることで道筋と領域が広がる
  • デジタルと相性が良い都市空間はデバイスになる
  • 「AIR RACE X 2025」レース結果:三つ巴の激戦が最終戦で決着

豊田啓介氏が語る AIR RACE Xの狙い

── AIR RACE Xはどのような経緯で生まれたのでしょうか?

豊田:東急が〈渋谷キャスト〉で2022年に催したウィンターイルミネーションの一環として、ソーシャルVR「VRChat」 (※)で「エアレース渋谷2022-2023」を行ったのが始まりです。そのレースデータを書き出してARに呼び出し、自由な視点で見られるようにしたものが、AIR RACE Xの原型となりました。

※ バーチャル空間で交流できるソーシャルVRプラットフォーム。ユーザーはアバターと呼ばれる3Dモデルのキャラクターを通じてコミュニケーションをとることができる

このアイデアをMetaverse Japan代表理事でレッドブル・エアレースを日本で立ち上げた長田新子さんが知り、エアレースのパイロットである室屋義秀選手に見せることになりました。レッドブル・エアレースが2019年で終了していたため、室屋選手も乗り気になり、開催へと走り出しました。懸念していたのは正確な飛行データを書き出せるかということだったのですが、ちょうど精度の高いフライトシミュレーターデータが取得できるようになったとのこと。XR(※)のプラットフォームを提供するSTYLYの渡邉信彦さんにデータを共有すると、「できるのでやりましょう」と即座に進みました。

※ VR(仮想現実) / AR(拡張現実) / MR(複合現実)を含む、現実世界と仮想世界を融合させる技術の総称

2回目に集客は数百人となったのですが、さらに規模を大きくしたいと、1周年を迎える〈グラングリーン大阪〉と〈グランフロント大阪〉にメイン会場とすることを持ちかけました。万博とセットで開催できる、最高のタイミングと立地です。そしてデジタル化のニーズを広く知ってもらう意味でも、うめきた地区と万博会場のPlateau(プラトー)データを活用して準備を進めました。

〈グラングリーン大阪〉

会場となった〈グラングリーン大阪〉。Photo: TEAM TECTURE MAG

大阪・関西万博会場でのイメージ

大阪・関西万博会場でのイメージ(動画キャプチャ)。©STYLY

大阪・関西万博会場のポップアップステージ

大阪・関西万博会場のポップアップステージでは連動したイベントが開催された。©︎AIR RACE X

バーチャルが混ざることで道筋と領域が広がる

── 実際にレースを観戦し、リアルとバーチャルのどちらかだけでなく、両方のミックスがこれからの当たり前になることを実感しました。

豊田:これまでのレースイベントはリアル開催という1本道だけでしたが、「バーチャルとリアルの混ぜ方で同じイベントでも複数の場所や体験のチャンネルを提供する」など、道がいくつもできて領域がカバーできるようになる。人が集まるからこその興奮や満足感はどうつくり出すか、というノウハウを模索しているところです。

エアレースの元からのファンは、エンジンや実機が大好きなのですね。一方で、ARの実機と動きの精度はどんどん上がっています。また、実際に収録したレースの音源を適切な音響装置で出すと、皆で見ているという臨場感とあわせてリアリティが一気に増します。実際のフライトではありえないコースがラインで見えるとか、2機同時に競うなどの試みについて「これはこれでいい」という声もあがってきます。リアルとバーチャルの混ぜ方や組み合わせによって、まだ知られていない新しい感情や価値が生まれる可能性があり、開拓しがいがあると感じています。

LEXUS PATHFINDER AIR RACINGチームの実機「EDGE 540 V3」

会場の「ロートハートスクエアうめきた」では室屋選手が搭乗するLEXUS PATHFINDER AIR RACINGチームの実機「EDGE 540 V3」が展示された。Photo: TEAM TECTURE MAG

── AIR RACE Xでは、新規参戦のパイロットたちが躍進しました。データ活用が鍵といわれていますが、どういうことでしょう?

豊田:AIR RACE Xでは、これまで各チームが秘匿していた全参加者のフライトデータを可視化して共有しています。コース取りや上昇タイミング、加速方法などを共有することで、競技全体の質が向上するんです。メジャーリーグのダルビッシュ有選手が全変化球の投げ方をYouTubeで惜しげもなく公開したことで、ピッチャーのレベルが向上した事例がありますが、それと同じ効果が期待されます。

新世代のパイロットはデータありきの“AIR RACE X ネイティブ”で、データ分析を駆使し、従来のパイロットとは異なる成長を見せています。彼らはデータを解析した学習が驚くほど早く、新しい飛び方を身につけてレース競技自体を劇的に変えているのです。

ARで現れるレース機と軌跡

ARで現れる「AIR RACE X」のレース機と軌跡。©STYLY

── 1カ所に集まってレースをしない分散型開催についてはどう評価されますか?

豊田:レースにあたっては、すべての機体は特定の場所に集まっていません。室屋選手は福島、パトリック選手は南アフリカというように、それぞれの地元でタイムアタックを行います。その期間中に各自がイベントを開催すれば、ファンが見に来るので各チームの地元への経済的な還元が可能になります。また、実機を特定の開催地に移動させないことで、脱炭素にも貢献できます。分散型でも「AIR RACE X」ではレースならではの興奮が生まれていることから、F1を統括するFIAからも問い合わせがあるなど、カーボンフットプリント削減の観点から注目されています。

デジタルと相性が良い都市空間はデバイスになる

── 今回の大会で印象的だったことはなんですか?

豊田:予想以上の人が集まり、街の空を同時に見上げてレース機体を追いかけるという、通常ではありえない光景が生まれました。思わず「おー!」と声を上げましたよ。建築家としては、〈グラングリーン大阪〉の都市公園で、〈梅田スカイビル〉などの普段はあまり意識しない都市施設に注目が集まるイベントを実現できたことに、喜びを感じています。

「AIR RACE X」では、街自体が主役のようになりますからね。一般の人が家の中でゲームをして完結するのではなく、「街に出てきて集まるともっと楽しい」と、街の価値を原体験として感じてもらうことが重要だと思います。

〈グラングリーン大阪〉会場で空を見上げる来場者

〈グラングリーン大阪〉会場で空を見上げる来場者たち。©Suguru Saito/AIR RACE X

── デジタルと街との親和性という観点ではいかがでしょう?

豊田:街がイベントを前提に工夫してつくられていれば、より大きな力を発揮できます。例えば、今回はイベント用に仮設のスピーカーを設置していましたが、広場全体を囲む立体音響のスピーカーのようなハードを街にあらかじめ仕込んでおけば、イベントの形態が大きく変わる可能性があります。AR体験をしやすいようにしておくといった、街の新しい価値を高めるための”ツボ”は、建築側にいくつもあるのです。

さらに発想を変えて、”街を没入型のデバイスとして扱う”ようにデザインすれば、スマホやARグラスもなくダイナミックな体験を提供することも可能です。ラスベガスの〈スフィア〉は、1つの建築をデバイス化するようなものですよね。さらに大きく捉えて、渋谷のスクランブル交差点のような都市空間をデバイス化することで、そこで生まれる体験や共有感はまったく異なるものになるでしょう。

ゴーグルなしでVRのような没入体験を提供する 世界最大の球体構造によるアリーナ〈Sphere〉ポピュラス、アメリカ

── 建築や街づくりの観点から、このようなイベントの意義をどう考えますか?

豊田:建築や街づくりは「つくって終わり」ではなく、価値を持続させるための仕込みが重要です。最近はやりの「まちづくり」や「エリマネ」などの仕組みや活動ももちろん重要ですが、街をいかにデバイス化し、デジタルプラットフォームを活かすかも実は大事なんです。ただし、建築や街づくりは長い時間がかかる一方で、テクノロジーの進化は早いので、うまくシステムと効果を組み合わせないと、3年後にはすたれてしまいかねません。長く効果があるものを見極める重要性を強調したいですね。

目利きの能力は、こうしたイベントをすればするほど溜まっていきます。デベロッパーやメーカーの企業も単なる開発事業者やスポンサーとしてだけではなく、イベントの価値や意義を共有し、広げていく共同体だと考えています。私たちが企業に呼びかけ続けてイベントに参加してもらっていることも、啓蒙的な活動と認識しています。

── 今後の展望についてお聞かせください。

豊田:AIR RACE Xは海外展開も視野に入れており、シンガポールやドバイなどの都市が候補として挙がっています。街のシンボルやランドマークを活用したシティプロモーションになるので、とても魅力的だと思います。街のことをいろんな視点で飛び回り、多角的に知れば知るほど、愛着がわきますよね。リアルとバーチャルの融合を通じて街の魅力が強化されることが、私たちの目標です。

また今日のような大型イベントを通じて、小規模なイベントのフォーマットもつくっていけると考えています。そうすれば、都市部で大きな予算をかける派手なイベントでなくても、地方都市や施設単体などでも“ゆるふわな”コンテンツを通じてプロモーションを安価に展開できますし、そうしたイベントをミニチュアとして自宅や学校などで体験することもできるでしょう。リアルとバーチャルの融合は、未開拓のさまざまな可能性を秘めていると思います。

AIR RACE X 観戦

タブレットやスマートフォンで現実の街や建物と合わせて観戦。©Suguru Saito/AIR RACE X


豊田氏の描く未来では、都市空間そのものがインタラクティブなデバイスとして機能する。AIR RACE Xは、スポーツイベントを超えて、都市の新しい可能性を広く示すプロトタイプといえる。

大阪・うめきたの街並みにバーチャルなレース機が駆け巡り、来場者が一体感をもって見上げる光景は、建築物がXR技術との融合によって動的で応答性の高い、そして心躍るメディアとして機能することを実証した。

そしてこれからの空間設計では、物理的な機能を満たすだけでなく、デジタルレイヤでの体験設計も含めた総合的なアプローチが必要となることを示している。これには、五感を補完し増幅させるハード面での工夫も含まれる。同時に、建築の外を含めた街でのデジタル体験を、どのように重ね合わせながら場をつくるかという発想が不可欠になるだろう。

「AIR RACE X 2025」レース結果:三つ巴の激戦が最終戦で決着

決勝トーナメントに進出した、世界6か国から参戦したパイロット

2025年シーズンは、初のシリーズ連覇に挑む室屋義秀選手、その背中を追う挑戦者パトリック・デビッドソン選手、そして新星アーロン・デリュー選手の3人が、順位を目まぐるしく入れ替えながら緊迫の戦いを繰り広げた。

迎えた最終戦・大阪うめきたでは、予選でデリュー選手が1位、室屋選手が2位、パトリック選手が3位。決勝トーナメントの準決勝では、第2戦に続き室屋選手とパトリック選手が直接対決。接戦を制したパトリック選手は、決勝でデリュー選手との対決も制し、最終戦優勝と同時にシリーズランキング首位を奪還。2025年シーズン年間チャンピオンの座に輝いた。

2025シリーズ最終順位
1位(79pt):パトリック・デビッドソン(Team 77)
2位(73pt):室屋義秀(LEXUS PATHFINDER AIR RACING)
3位(62pt):アーロン・デリュー(Aarron Deliu Racing)

うめきたの会場には室屋選手とパトリック選手が来場し、ステージ登壇や決勝後のトークショーを通じて観客と交流。〈グラングリーン大阪〉と〈グランフロント大阪〉の会場では多彩なコンテンツが展開され、家族連れから若年層まで幅広い層が楽しめる都市型イベントとして成功を収めた。

渡邉信彦、パトリック・デビッドソン、室屋義秀の各氏

左より渡邉信彦(STYLY取締役COO)、パトリック・デビッドソン、室屋義秀の各氏

室屋選手は「うめきたのすごくいい場所でレースができて、数万人のお客さんに見て体感してもらえました。この状況はAIR RACE Xのパイロットとしてもチームとしても嬉しいし、来年以降のレースにすごく光が見えてきた」とコメントした。

Interview & text: Jun Kato

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