横浜・関内の駅前再開発に伴い、旧横浜市庁舎をコンバージョンした〈OMO7横浜 by 星野リゾート〉といった大規模プロジェクトや商業施設、個人住宅、またイトーキと共同開発したオフィス家具など、多方面で活躍する成瀬・猪熊建築設計事務所。プロジェクトタイプを限定せず、多様な活動を支える場を提案する同事務所代表の成瀬友梨氏、猪熊 純氏に「シェアする場をつくること」についてインタビューしました。

〈OMO7横浜 by 星野リゾート〉Photo: Nacása & Partners
猪熊 純氏(以下、猪熊):私たちは2007年に事務所を設立して、来年で20年になります。当時は今ほど新築で住宅を建てるというハードルが高くなかったと思いますが、それでも独立直後から親戚の家を何軒も建てられるというような環境ではなく、「さて、どうやって仕事を取ろうか」と気負わずにスタートしました。
設計して発表するような仕事がなくても、「私たちはこういうことを考えている設計事務所です」という発信をして、選んでもらわなければなりません。当時は東日本大震災より前でしたので、地域の繫がりや絆、コミュニティといった文脈は今ほど言われていないものの、日本の人口が減少し、人と人との距離が物理的にも心理的にも離れていくという時代でした。
そういう時代にあっても豊かに暮らしていくために「シェアをする」ということが必要なのではと考えたのです。

〈柏の葉オープンイノベーションラボ KOIL〉Photo: Masao Nishikawa
成瀬友梨氏(以下、成瀬):2010年に『集まって住む、を考え直す』という展示会をOZONEで開きました。そのころワンルームマンション設計の依頼があったのですが、事業計画が合わなかったので私たちが勝手に企画から考え直してシェアハウスを提案したんです(笑)。結果的にそのプロジェクトは土地取得に至らず実現しなかったのですが、「この案を埋もれさせるのはもったいない! 発表したい!」と思ったことが展示会を開くきっかけでした。
猪熊:当時、建築専門誌でも「シェアハウス」という言葉が登場していないようなころでしたが、周辺の家賃相場を調べ、家賃収入がこのくらい見込めるのでいくら借りられて、どうやって返済していけばいいかといった事業計画を建築家が考えるという内容を面白がっていただき、不動産関係の分野の方が多く来場してくれました。作品のデザインとして奇抜なものではかったですが、建築家が誰もリーチしてないところに入り込み、私たちが考えていることを発信できたと思っています。
シェアは、ブランディングとしては印象的な言葉でしたが、一方でビルディングタイプが限定されません。ありがたいことに、ある時期からはさまざまな仕事をいただくようになりました。
猪熊:仕事に広がりが生まれたきっかけの1つが、2014年に千葉県で手掛けた〈柏の葉オープンイノベーションラボ KOIL〉です。2010年代はオフィスをクリエイティブにしたいという要望が増えてきた時代でしたね。今はインバウンドの方が増えてホテル業界が活況ですので、ホテルの改修や新築の依頼が多いのだと思います。宿泊施設でもオフィスでも、さまざまなプロジェクトタイプの依頼をいただけることは、私たちが「なんでもできそうな事務所」と思ってもらえているのかもしれません。
私たちは1つひとつの案件を丁寧に取り組むことで、次につながるような信頼される仕事をしたいといつも考えています。その結果、リピートをいただけることも多く、手掛ける案件が増えてきているので公共のオープンコンペなどはあまり参加しません。
最近、長く丁寧に取り組んだ事例の1つが尾瀬国立公園の〈LUCY尾瀬鳩待 by 星野リゾート / はとまちベース Cafe & Shop by 星野リゾート〉です。

〈LUCY尾瀬鳩待 by 星野リゾート / はとまちベース Cafe & Shop by 星野リゾート〉Photo: Masao Nishikawa
山形陽平氏(以下、山形):群馬県・尾瀬国立公園内の入口となる鳩待峠で、山小屋やお土産屋さんが老朽化し、建て替えたいというご要望でした。私はプロジェクトの企画構想・基本計画フェーズを担当しました。尾瀬は、以前は多くの入山者数を誇っていたのですが、減少傾向にあり、クライアントからは「尾瀬に訪れる人を増やしたい」という思いも受けていました。
山小屋とショップの建て替えということは決まっていたのですが、有名な尾瀬の湿原は鳩待峠のさらに奥にあります。「入口のお土産屋さんを新しくするだけで喜ばれるのだろうか? 滞在者を増やすためにはどうしたらいいのか?」という問いを立て、事業計画や設計与件を決めるための調査、企画業務から携わりました。
具体的には、国内外の近しい事例を調べ、マトリクスに分類して施設ごとの性格を分析したり、実際に各地を訪れて調査し、鳩待峠ならこういった性格を目指したほうがよさそうだ、という提案をまとめたりしました。私たちは調査の専門機関ではありませんが、オーダーメイドでクライアントにとって一番の提案を考え、それに基づいて設計デザインも考えるため、私たち自身がリサーチする意味があると考えています。

〈LUCY尾瀬鳩待 by 星野リゾート / はとまちベース Cafe & Shop by 星野リゾート〉Photo: Masao Nishikawa
猪熊:入口にある施設だからこそ、「金曜にここまで来て泊まってもらえば早朝から散策できる」という観光スタイルの広がりなど、尾瀬全体を盛り上げられる提案をクライアントに行いました。「なぜここに、これを建てるか」という納得感を醸成するための必要なリサーチだったと思います。
最近は「この土地で何か事業を始めたい」という柔らかい段階で相談を受けることも増えています。川上の調査や企画から携わることはクライアントと私たちの方向性を合わせることができ、その後のデザインでもスムーズに議論が進められています。
丸伊紫仍氏(以下、丸伊):尾瀬は冬になると5mも積雪する地帯のため、環境的要因から建物形状がおよそ決まっています。私が入社した時点で建物の形はだいたい固まっていましたが、私がこのプロジェクトを担当するようになってから運営者が変わったため、新しい要望を聞きつつ、飲食や物販を行う空間を設計していきました。それまでは什器を点在させたお土産売り場でしたが、セキュリティ面に不安があるということから、什器で囲われながらも抜けがあり、食事をしている方からもお土産を選ぶ人たちが見える、分けているようでつながっている見通しのよいプランへ変更しました。

〈はとまちベース Cafe & Shop by 星野リゾート〉Photo: Masao Nishikawa
成瀬:飲食スペースと物販を混在させながらも、食事をしている人が居心地よく、くつろげるよう考えました。結果的に回遊性が高まり、売り上げも好調だそうです。これから山歩きに行く準備をする人、コーヒーを飲んでくつろぐ人、帰りがけにお土産を選ぶ人がなんとなく一緒に過ごす空気の中で、それぞれのワクワク感を高めてもらえたらということを意識しています。
猪熊:尾瀬は山登りに慣れた人ばかりでなく、初めて訪れる観光客も多く見られます。運営者からは、登山経験はないが、自然体験や旅行が好きな新しい顧客を呼び込みたいという要望もありました。昔ながらの山小屋に寄せ過ぎず、登山初心者でも快適に過ごせることを心がけて、デザインを調整していきました。私たちの事務所では、デザイン面でもクライアントや運営者の要望やニーズ、長く利用してもらうための使い勝手の面でも、代表だけでなくスタッフ全員が一番いい提案のために時間や手間を惜しまないことが、リピートでお仕事をいただける理由だと思っています。

成瀬:柏の葉でのプロジェクト〈KOIL〉が縁で、イトーキさんの社内ワークショップに講師として呼んでいただくといった繫がりができました。その後、イトーキさんが新しく立ち上げるブランドのデザイン監修を担当させてもらうことになり、手掛けたのが「common furniture(コモンファニチャー)」です。工場や研究施設で使われてきた資材を再編集し、クリエイティブなオフィスに活用できるスチールパネルやシェルフなど、機能と色やディテールについて提案させてもらっています。
建築家の仕事は受注して請け負うことがほとんどで、依頼がなくなれば収入もありません。事務所運営を考えたときに、受け身だけでいいのだろうか、ということはよく話し合います。その点、プロダクトはロイヤリティ契約なので、そういう意味でも興味をもちました。また、企業とコラボレーションしてプロダクトを考えることは、その分野や仕組みについて学べる機会でもあります。建築家の目線から家具や建材メーカーと組み、いろいろなプロダクトをこれからも生み出していきたいと思っています。
猪熊:建築設計以外の展望としては、宿泊施設を自分たちで設計したうえで、運営にも手を出してみよう、という話もしています。設計としては宿泊施設に多く関わっているので、ある程度のイメージはありますが、実際に運営を始めると、きっといろいろ課題も出るでしょうが、それでも挑戦することに意味があると思っています。

写真左より丸伊紫仍氏、山形陽平氏
山形:私はアトリエ系の事務所から転職し、2016年に入社しました。以前の事務所では比較的規模の小さなクライアントと近い距離で設計を進めることが多かったので、より大きな企業や多様な関係者と調整しながらプロジェクトを進める経験も積みたいと考え、今の事務所を選びました。担当した〈OMO7横浜 by 星野リゾート〉などは、まさに3社の事業主さん、星野リゾートさん、設計施工の竹中工務店さんなど、さまざまなステークホルダーが関わるプロジェクトで、積みたいと思った経験ができています。
事務所のプロジェクトが特定のビルディングタイプに限定していなかったり、設計以外のコラボレーションも積極的に行っているということは、言い換えれば常に初めてのことにチャレンジし続けられる環境にあるということです。前例のないプロジェクトや難しい依頼も、代表と所員とが一緒に考えて解決していく雰囲気があり、日々鍛えられています(笑)。以前はこうだったからではなく、その都度ベストな解決策やデザインを考える環境で、10年経っても学びが多い日々ですね。
丸伊:私は以前勤めていた個人住宅メインの小規模な設計事務所で「もっといろいろな規模や用途のプロジェクトを経験して、できることを増やしたい」と思い、転職して5年目になります。
入所後は住宅設計のスピード感との違いに戸惑いながらも、何年も続く大規模なプロジェクトを担当し、前職とは異なる経験ができています。一方で、国立公園のプロジェクトでは関係者も申請の数も格段に多く、自分がまったくやったことのない、初めての業務が続く時期もありました。日々勉強したり、代表や先輩に教わったり、さまざまな要望に対して事務所の仲間と一緒に考えながらやりとげた達成感はものすごく大きかったです。

成瀬:ビルディングタイプを限定せず、いただいた依頼に丁寧に取り組んできたことで、指名コンペでは集合住宅、オフィス、商業施設や宿泊施設など、いろんなジャンルで参加させてもらえる今の状況はありがたいですし、私たちの強みだと思います。
いろいろなタイプの場づくりに関わり、ものごとの側面を見て設計を続けていくことで、社会の営みをより深く理解することができるようになります。これからもさまざまなタイプの建物や空間の設計をしていくことで、あらゆる活動を支える場を提案できればと考えています。
猪熊:1人で山に籠る僧でもない限り、人と人との関係性というものはどんな場にも何らかのかたちで存在しています。集合住宅もオフィスも公共建築も地域のコミュニティも「場をシェアする」ものです。使い方や広がりを限定しないほうが企画や設計の面で挑戦のしがいがあります。
私たちの事務所は常にいろんなジャンルに挑戦したいと思っています。具体的な規模や用途が決まっているプロジェクトでも、訪れる人やそこを利用する人の関係性を画一的に考えず、「ともに過ごす場をつくること」の方向性は示しながら広がりをもってイメージして、私たちらしい提案をこれからもしていきたいと思います。

写真左より、猪熊 純氏、成瀬友梨氏
インタビュー:2026年5月14日 成瀬・猪熊建築設計事務所にて
Photograph:Shun Fukuda(特記以外)
成瀬・猪熊建築設計事務所が規模の大きいプロジェクトや複数プロジェクトにおいてチームを牽引し、事務所とともに成長するチーフクラスの意匠設計者を募集